4.2.1 応力-ひずみ線図と負のAES原子数変化
図4.2に応力ひずみ線図及び負のAES原子数の変化を示す.初めて負の原子が現れた 点,ならびにCSPで欠陥が認められた点を応力-ひずみ上にそれぞれ×,○印で示した.
[110](001)き裂,[112](111)き裂は前章と同様,○印以降非線形性が現れた後応力上昇が 鈍化し,弾完全塑性体のような挙動を示している.一方,[001](010)き裂では応力-ひずみ 曲線はピーク後著しく低下した.図4.3に変形の様子を,負のAES原子を赤,それ以外 を緑で着色して示す.図(i)は各モデルにおける応力-ひずみ線図の×印近傍でのスナップ ショットを示している.その後[001](010)き裂では,き裂先端にAESが負の原子が集中
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
strain, εyy
Number of negative detBα ijatoms
0 0.1
0 1000 2000 [001](010)model
[-110](001)model [-1-12](111)model
Stress, σyy, [GPa]
strain, εyy
0 0.1
0 5 10
(i) stress-strain curves. (ii) Change in the number of detBαij <0 atoms.
Fig.4.2 Stress-strain curves and change in the number of negative detBijα atoms.
して生じた後に,四隅のき裂がぜい性的に成長している(図(iii),(iv)).変形後期では四隅 のき裂が合体して材料がほぼ分離した状態となったため先の応力急減を生じたものと結論 づけられる.[¯110](001),[¯1¯12](111)き裂ではき裂先端に負のAES原子が現れるが,前章 と同様に転位射出によるき裂鈍化を示した.(図(iv)).
(i)ε=0.037 (ii)ε=0.051
(i)ε=0.045 (ii)ε=0.067
(a)[001](010)crack
(b)[110](001)crack
(i)ε=0.027 (iii)ε=0.054
(c)[112](111)crack
-(iii)ε=0.070
(iv)ε=0.097
(iv)ε=0.086 (iv)ε=0.113
(ii)ε=0.040
(iii)ε=0.077
Fig.4.3 Snapshots of atoms colored by positive/negative detBijα .
4.2.2 負のAES原子が発生するひずみと分布形態
負の AES原子が発生したステップでのひずみの値を表4.4にまとめた.いずれのモデ ルもわずかに単一き裂の場合のほうがひずみが小さいが,ほぼ同じ値となっている.複数 き裂の方が応力遮蔽によって局所不安定に達するのが単一き裂より遅くなったものと考え られる.負のAES原子発生時の中央のき裂と四隅のき裂周囲での負の原子分布を,前章 で用いた単一き裂モデルと合わせて図4.4に示す.図中では負の原子を赤,それ以外を緑 で示している.[001](010)き裂では,単一き裂時にはき裂の両端に奥行き方向(周期方向) に整列して負のAES原子が発生したが,複数き裂の場合では中央のき裂の右下と,四隅 のき裂の左下にのみ観察され,また奥行き方向にも全ての原子列が負になってはいなかっ た.ただし,この直後のステップ(1000fs後)のスナップショットでは複数き裂でも単一 き裂と同様の分布となった.[¯110](001)き裂では,単一き裂では一原子内部の原子のみが 負となったのに対して,複数き裂ではどちらのき裂も表面原子と,その一つ内部の原子が 負のAESを示し,単一き裂時に負の値を示した原子列と異なる原子列が負となっている.
[¯1¯12](111)き裂では,単一き裂ではき裂の先端原子とその上下の原子列が負となったが複
数き裂では先端原子のみが負となった.ただし,[001](010)き裂の場合と同様,1000fs後 の原子配置では負の原子分布は単一き裂と同じになった.
Table 4.1 Strain at emerging point of negative AES atoms.
single crack model double crack model
[001](010) 0.035 0.037
[¯110](001) 0.042 0.044
[¯1¯12](111) 0.026 0.027
(a)single crack (b)double crack (left:center right:corner)
(i)[001](010)crack
(ii)[110](001)crack
(iii)[112](111)crack
-Fig.4.4 Snapshots of atoms at emerging point of negative AES atoms.
表4.2に各モデルでの非弾性変形開始直前 (CSPでの欠陥生成点,非線形性が現れる 点)のひずみと負のAES原子数を,前章で用いた単一き裂のものと合わせて示す.ただし
[¯110](001)き裂ではき裂の右端と左端で欠陥原子が出るタイミングが異なるため,それぞ
れ欠陥原子が出る直前のステップでの原子数を求め,足したものを用いている.鉄による 先行研究9)では,ほとんど塑性変形を生じずへき開する結晶方位([001](110),[¯1¯12](111)) では,き裂の大きさや数,配置に関わらずき裂先端に現れる負のAES原子数が一定であ ることが明らかにされている.fcc-Niでは[001](010)き裂では非弾性変形時にき裂が進 展し,[¯110](001),[¯1¯12](111)き裂では転位射出によるき裂の鈍化が起こった.しかしい ずれのモデルにおいても非弾性変形が起こるひずみがほぼ同じで,ダブルき裂モデルは単 一き裂モデルのほぼ二倍の負のAES原子を生じている.鉄の場合と同様に,き裂先端の 不安定領域は一定の寸法である可能性がある.
Table 4.2 Number of negative AES atoms at the onset of inelastic deformation.
single crack model double crack model strain atoms strain atoms
[001](010) 0.050 294 0.053 602
[¯110](001) 0.044 168 0.045 266 [¯1¯12](111) 0.030 69 0.030 137
4.2.3 固有値による検討
図4.5に最小固有値(ηα(1) のうち最も小さいもの)の変化を示す.図中にはき裂の長さ の変化を赤線と青線で示してある.[001](010)き裂ではεyy = 0.025近傍から最小固有値 の値が前駆的に減少し始める.その後すぐにき裂長さにステップ上の変化があらわれてい るが,このときはまだηα(1) は負ではない.ひずみεyy = 0.025以降ηα(1) は負値となる が,ηα(1)が-40GPa(Bijαεj=σαi =ηαεiより)程度になったとき,四隅のき裂が急激に成 長している.その値を保った状態となるが,この点からき裂の長さが急激に伸び始めてい
る..[¯110](001)き裂ではやはり×印の少し前から最小値が減少し始める.この結晶方位
ではき裂開口せず転位射出するが,負値に達した後のピーク状の変化が転位の射出に対応 するものと考えられる.[¯1¯12](111)き裂ではηα(1) の減少が最も急激で,き裂成長時-40
〜-60GPaの一定の値を示す.図4.6に第二固有値が負の原子数の変化を,き裂長さの変
化と共に示す.前章と同様,[001](010)き裂,[¯110](001)き裂では負の原子数がパルス状 の増加を示したのちにき裂長さが変化している.[¯1¯12](111)き裂も他より早い段階で負の 原子が観察されるとともに,穏やかにき裂長さが変化している.ダブルき裂モデルにおい てもき裂長さが変化し始める点と第二固有値が負の原子が発生する点が対応している.
(a)[001](010)crack (b)[110](001)crack
(c)[112](111)crack
-strain, εyy
Minimum of eigenvalue,ηα(1)
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
Crack length
0 0.05 0.1
-60 -40 -20 0 20
0.2 0.4 0.6
strain, εyy
Minimum of eigenvalue,ηα(1)
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
Crack length
0 0.05 0.1
-60 -40 -20 0 20
0.2 0.4 0.6
strain, εyy
Minimum of eigenvalue,ηα(1)
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
Crack length
0 0.05 0.1
-60 -40 -20 0 20
0.2 0.4 0.6
Fig.4.5 Change in the minimum 1st eigenvalue and crack length.
strain, εyy
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
0 0.05 0.1
0 25 50 75
0.2 0.4 0.6
strain, εyy
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
0 0.05 0.1
0 25 50 75
0.2 0.4 0.6
strain, εyy
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
minimum of eigenvalue cracklength(center crack) cracklength(corner crack)
0 0.05 0.1
0 25 50 75
0.2 0.4 0.6
(a) [001](010) crack (b) [110](001) crack
(c) [112](111) crack
-Fig.4.6 Change in the minimum 2nd eigenvalue and crack length.
5 厚さ方向自由度の影響
5.1 シミュレーション条件
本章では第3章で用いたモデルを厚さ方向に1.5倍して,き裂前縁方向の自由度を増や した系を解析対象とする.平板状の周期セル中央に貫通き裂を導入し,き裂寸法,結晶方 位は第3 章のものと同様の条件である.き裂部の原子を取り除いた原子総数はそれぞれ 249480, 268611, 260796である.各モデルについて,全方向周期境界の下で垂直応力が0 となるようセル辺長を調整しながら100000fsの緩和計算を行った後,y 方向にひずみ増 分∆εyy = 1.0×10−6[/fs]を毎ステップ与えることで引張シミュレーションを行う.