5 厚さ方向自由度の影響
5.1 シミュレーション条件
本章では第3章で用いたモデルを厚さ方向に1.5倍して,き裂前縁方向の自由度を増や した系を解析対象とする.平板状の周期セル中央に貫通き裂を導入し,き裂寸法,結晶方 位は第3 章のものと同様の条件である.き裂部の原子を取り除いた原子総数はそれぞれ 249480, 268611, 260796である.各モデルについて,全方向周期境界の下で垂直応力が0 となるようセル辺長を調整しながら100000fsの緩和計算を行った後,y 方向にひずみ増 分∆εyy = 1.0×10−6[/fs]を毎ステップ与えることで引張シミュレーションを行う.
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
Stress, σyy, [GPa]
strain, εyy
0 0.1
0 5 10 15
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
strain, εyy
Number of negative detBα ijatoms
0 0.1
0 1000 2000 3000
(a) stress-strain curves. (b) Change in the number of detBijα <0 atoms.
thick model
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
Stress, σyy, [GPa]
strain, εyy
0 0.1
0 5 10 15
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
strain, εyy
Number of negative detBα ijatoms
0 0.1
0 1000 2000
(c) stress-strain curves. (d) Change in the number of detBijα <0 atoms.
base model
Fig.5.1 Stress-strain curves and change in the number of negative detBijα atoms.
図5.2に引張シミュレーション中の変形の様子を,負のAES原子を赤,それ以外を緑で 着色して示す.[001](010)き裂のみぜい性的にき裂が進展し,[¯110](001),[¯1¯12](111)き 裂ではき裂先端に負の原子が現れた後転位が射出され転位が鈍化するという点は第3章と 同じである.図5.2(i)はそれぞれのモデルで最初に負のAES原子が現れたステップでの スナップショットを示しているが,その分布は図3.4と一致している.しかし[¯1¯12](111) き裂では,第3章ではき裂左端の負のAES原子は転位ループが途中で止まっていたが,
厚さ方向が大きい今回の結果ではき裂左端からも完全転位として負のAES原子が移動す る様子が観察された.図5.3に[¯1¯12](111)き裂での,図5.1の○印の前のステップ(表面 原子以外欠陥がない)における負のAES原子の分布(左)と,その後欠陥と判定された原 子のスナップショット(右)を示す.[¯1¯12](111)き裂ではき裂前縁長さ方向の自由度を増 やしたことによって,両方のき裂先端から完全転位が射出されている.
(i) εyy=0.035 (ii) εyy=0.048 (iii) εyy=0.062
(a)[001](010)crack
(b)[110](001)crack
(i) εyy=0.043 (ii) εyy=0.060 (iii) εyy=0.070
-(i) εyy=0.026 (ii) εyy=0.035 (iii) εyy=0.049
(c)[112](111)crack-
-Fig.5.2 Snapshot colored by positive/negative detBijα.
(a)ε=0.03 (b)ε=0.034
Fig.5.3 Snapshots of [¯1¯12](111) crack negative AES atoms(left) and defect atoms visualized by central cymmetry parameter(right).
5.2.2 負のAES原子数と固有値
図 5.1 の×印におけるひずみと負の原子数を,第 3 章における値と共に表 5.1 に示 す.いずれのモデルも負の原子が初めて現れるひずみはほぼ等しく,またその数も1.5倍 ([001](010)き裂のみ1.4倍)となっていることから,detBαij <0の原子が発生するときの 力学条件には厚さ方向自由度の影響はない.図5.4に最小のηα(1) の変化を,第3章のも のと併せて示す.両者はほとんど同じで,[001](010)き裂,[¯1¯12](111)き裂では-40GPa で一定の値をとり,[¯110](001)き裂では-20GPa程度の値を示して変形が進行する.また ηα(2) が負になった原子数の変化を,第3章のものと図5.4併せて示す.[001](010)き裂 ではパルス状の増加を示した際の原子数が増えているが,それ以外はほぼ同じである.
[¯110](001)き裂はηα(2) <0の原子が出現するひずみがわずかに早くなっており,また2 番目のパルスが非常に大きくなっている.[¯1¯12](111)き裂では,第3章ではεyy = 0.03 近傍からηα(2) <0の原子が現れていたが,それが現れておらず変形後期にパルス状に現
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
Minimum of eigenvalue,ηα(1)
strain, εyy
0 0.02 0.04 0.06 0.08
-40 -20 0 20 [001](010)model
[-110](001)model [-1-12](111)model
strain, εyy
Minimum of eigenvalue,ηα(1)
0 0.02 0.04 0.06 0.08
-40 -20 0 20
(a) base model (b) thick model
Fig. 5.4 Change in the minimum 1st eigenvalue.
度によって変形モードが異なる可能性がある.各モデルでのηα(2) < 0の原子数の変化 を,き裂長さ変化と併せて図5.6に示す.[001](010),[¯110](001)き裂は ηα(2) < 0の出 現とき裂長さが急増する点が対応しているが,[¯1¯12](111)き裂はき裂長さ変化が緩慢であ るためηα(2) <0の出現と対応していると結論づけることは難しい.
Table 5.1 Strain at emerging point of negative AES atoms.
single crack model thick model strain atoms strain atoms
[001](010) 0.035 40 0.035 56
[¯110](001) 0.042 56 0.043 84 [¯1¯12](111) 0.026 48 0.026 72
(a) base model (b) thick model
[001](010)model [-110](001)model [-1-12](111)model
strain,
ε
yy Number of negative ηα(2) atoms0 0.02 0.04 0.06 0.08
0 20 40 60 80 [001](010)model
[-110](001)model [-1-12](111)model
strain,
ε
yy Number of negative ηα(2) atoms0 0.02 0.04 0.06 0.08
0 20 40 60 80
Fig.5.5 Change in the minimum 2nd eigenvalue.
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
strain, εyy
0 0.05 0.1
0 20 40 60 80
0.2 0.4 0.6
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
strain, εyy
0 0.05 0.1
0 20 40 60 80
0.2 0.4 0.6
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
Number of negative ηα(2) atoms Crack length
strain, εyy
0 0.05 0.1
0 20 40 60 80
0.2 0.4 0.6
(a)[001](010)crack (b)[110](001)crack
(c)[112](111)crack
-Fig.5.6 Change in the minimum 2nd eigenvalue.
6 結論
本研究では,Niの薄板周期セルにモードI型き裂を導入したモデルに,分子動力学法に より引張シミュレーションを行い,き裂進展挙動を原子弾性剛性係数Bijα の行列式detBijα と固有値ηα の観点から議論した.以下に本論文で得られた結果を総括する.
第2章では解析手法の概要を述べた.はじめに分子動力学法の基礎方程式を示し,原子 間相互作用の評価に用いたEAMポテンシャルの概要を説明した.さらに,各原子の安定 性評価の指標となる原子弾性剛性係数について概説した.
第3章では薄板状の周期セル中央に貫通き裂を有する系を解析対象とし,[001](010), [¯110](001),[¯1¯12](111)の三種類の結晶方位について検討した.いずれのモデルにおいて も無負荷平衡状態ではdetBijα < 0の原子は存在しておらず,き裂近傍に detBijα < 0と なる原子が生じた後,き裂先端から欠陥が発生し応力-ひずみ線図に非線形性が現れた.
detBijα <0の原子が初めて出現するときのひずみはそれぞれ0.035,0.042,0.026で,き 裂先端近傍の原子列がそれぞれ2,2,3本,detBαij <0となっている.固有値の変化を 調べた結果,構造変化が起こる点(欠陥が発生する点)ではηα(1)の最小値がほぼ一定の負 の値([001](010),[¯1¯12](111)は-40GPa,[¯110](001)は-20GPa)となっていた.
第4章では,先の3つの周期セルの四隅に4分の 1き裂を配置したダブルき裂モデル のシミュレーションを行い,周期き裂の配置を変えた影響を調べた.初めてdetBijα < 0 の原子が出現するひずみは先の単一き裂に比べてわずかに高ひずみ側(0.002程度)となっ たが,これはき裂配置による応力遮蔽効果と考えられる.欠陥生成時のdetBαij <0原子 の数はいずれも単一き裂モデルのほぼ二倍であり,き裂先端の不安定領域は一定の寸法で
ほぼ先述の値(-40GPaと-20GPa)と一致していた.
第5章では第3章のシミュレーションセルを厚さ方向に1.5倍とし,き裂前縁方向の自 由度の影響について検討した.[¯1¯12](111)き裂のみ,厚さ方向の自由度を増やしたことに よって変形モードがわずかに変化することが,応力-ひずみ,原子配置変化,第二固有値の 変化などから示された.ただしdetBijα < 0の原子が初めて現れるひずみにはどのモデル も変化がなく,その原子数も1.5倍([001](010)のみ1.4倍)となっていることから,き裂 先端にdetBijα < 0の原子が発生するときの力学条件は厚さ方向の自由度の影響はない.
欠陥生成してき裂が開口するときの第一固有値の値も先述の値と同じである.以上を総合 すると,結晶方位による差はあるが,き裂先端に初めてdetBijα < 0が出現するときの局 所力学状態は常に同じ(detBijα <0の原子列=不安定領域が一定)であり,またその後き 裂先端から転位射出しき裂が鈍化・開口するときのBijα の第一固有値が一定の値を示すこ とが本研究で得られた事実である.
参考文献
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