第 4 章 生体循環系モデルにおけるシミュレーション 22
4.2 シミュレーションの概要
4.1節で説明した生体循環系モデルの定数を変化させ,若年者と高齢者の生体循環系を模擬 したモデルを作成した。そして血圧,心拍数,血管運動と関連する信号の3つの信号間のITE を求めることで,血圧調整システム内における各信号間の因果関係を調べ,若年者モデルと高 齢者モデルとで違いが見られるかを検証した.
若年者と高齢者の生体循環系を模擬したモデルを作成するにあたり,圧受容器反射機能は年 齢に伴い低下する[36, 37]ことを考慮した.
まず,心臓系においては,交感神経活動と副交感神経活動を表すvs,vpにおいて圧受容器反 射機能のゲインを表すkbs,kbpを若年者モデルの方が大きくなるように設定した.そして,血 管系においては,Windkesselモデルの時定数τvを高齢者モデルの方が大きくなるように設定 した.若年者モデルと高齢者モデルにおける各定数の設定値を表4.1,表4.2に示した.
表4.1 若年者を模擬した生体循環系モデルの各定数の設定値.赤字は若年者を模擬するため に設定値を変更した定数である.
p(0) 50.0mmHg θp 0.5s
k1 0.02mmHg−1 S(0) 25.0mmHg k2 0.00125smmHg−1 kSc 40.0mmHg vs(0) 0.8 kSt 10.0mmHgs−1
kbs 0.75 nS 2.5
krs 0.1 Sˆ 70.0mmHg
fr 0.2s−1 T(0) 1.1s
∆ϕrs 0.0 kϕcN a 1.6 vp(0) 0.0 ˆccN a 2.0
kbp 0.35 ncN a 2.0
krp 0.1 kϕp 5.8
∆ϕrp 0.0 ˆvp 2.5
τcN a 2.0s np 2.0
ksc
cN a 1.2 τv(0) 1.8s
θcN a 1.65s ¯τv 1.25s
τvN a 2.0s ˆcvN a 10.0 ksc
vN a 1.2 nvN a 1.5
θvN a 1.65s τsys 0.125s
ITEの対象とした信号は,血圧は拍内平均血圧M BP を,心臓系では心拍数HRを,血管 系では収縮期血圧と拡張期血圧の差である脈圧P P とした.血管系の信号としてP P を用いた 理由は,以下で述べるように総末梢血管抵抗T P Rと関連しているためである[38].
(4.21)式のように,総末梢血管抵抗T P Rは拍内平均血圧M BP を心拍出量COで除するこ
とで算出できる.
T P R= M BP
CO (4.21)
血管コンプライアンスCは血圧の変化∆P とその際の血管の容積変化∆V を用いて,C =
∆V /∆P と表すことができ,また∆P は脈圧P P,∆V は一回拍出量SV で近似できること
表4.2 高齢者を模擬した生体循環系モデルの各定数の設定値.赤字は高齢者を模擬するため に設定値を変更した定数である.
p(0) 50.0mmHg θp 0.5s
k1 0.02mmHg−1 S(0) 25.0mmHg k2 0.00125smmHg−1 kSc 40.0mmHg vs(0) 0.8 kSt 10.0mmHgs−1
kbs 0.6 nS 2.5
krs 0.1 Sˆ 70.0mmHg
fr 0.2s−1 T(0) 1.1s
∆ϕrs 0.0 kϕcN a 1.6 vp(0) 0.0 ˆccN a 2.0
kbp 0.2 ncN a 2.0
krp 0.1 kϕp 5.8
∆ϕrp 0.0 ˆvp 2.5
τcN a 2.0s np 2.0
ksc
cN a 1.2 τv(0) 2.4s
θcN a 1.65s ¯τv 1.0s
τvN a 2.0s ˆcvN a 10.0 ksc
vN a 1.2 nvN a 1.5
θvN a 1.65s τsys 0.125s
から,
C= ∆V
∆P≒ SV
P P (4.22)
と表される.
(4.23)式のように,心拍出量COは一回拍出量SV と心拍数HRの積で表される.
CO=SV ×HR (4.23)
以上,(4.21)〜(4.23)式から,
M BP =C×P P ×HR×T P R (4.24)
∴P P = M BP
T P R×C×HR (4.25)
となる.
シミュレーションにより得られたデータのうち,定常状態時におけるM BP,HR,P P の 500秒間のデータを解析に用いた.シミュレーションにより得られた血圧波形,M BP,HR,
P P の一例を図4.3に示した.なお,ITE解析前の処理として,拍ごとのデータである各信号 に,再サンプリング周波数を2Hzとして3次のスプライン補間を施し,補間後の各信号を0.04
〜0.15Hzを通過域とする帯域通過ディジタルフィルタ(3次バターワース型)に通した.そし
てフィルタ処理後の各信号を平均0,分散1に正規化し,M BP,HR,P P の3つの信号間にお けるIT Emaxを求めた.M BP,HR,P P の3つの信号間の関係性を見る場合,M BP →HR, HR→M BP,HR→P P,P P→HR,P P→M BP,M BP →P P の計6通りの方向がある.
その6通りのIT Emaxの中で最も大きい値をとる方向を最大移動エントロピー方向(maximam transfer entropy direction: MTED)とすると,MTEDが3つの信号間において最も確率的な 因果関係が強い方向であるとみなすことができる.
図4.3 若年者モデルでのシミュレーションにより得られた血圧波形,平均血圧(M BP),心 拍数(HR),脈圧(P P)の例.
図4.4 高齢者モデルでのシミュレーションにより得られた血圧波形,平均血圧(M BP),心 拍数(HR),脈圧(P P)の例.