2. 手法
2.10. シミュレーションによる自由エネルギー計算
2.10.2. 自由エネルギー計算
分配関数を用いて自由エネルギーを計算できることは2.8節で紹介した.ここでは その計算法を説明する.また,カノニカルアンサンブルにおける自由エネルギーにつ いて説明しているが,NPTアンサンブルにおけるギブスの自由エネルギーについても 同様の形となる.これは式(2.98)と式(2.108)で示されるように自由エネルギーの 式は一致しており,状態がうまくサンプリングされていれば,カノニカルアンサンブ ルにおける自由エネルギーも NPT アンサンブルにおける自由エネルギーも同様の形 で計算することができるからである.
粒子の運動エネルギーの他に系のポテンシャル 𝑈 も考慮した時,分配関数は,
𝑍𝑁 𝑉,𝑇 = 1
𝜆𝑇3𝑁𝑁! d𝒓𝑁exp − 𝑈 𝑘B𝑇 (2.120)
となる.ここで
𝑉𝑁 = d𝒓𝑁 = d𝒓𝑁exp 𝑈 𝑘B𝑇 exp −𝑈 𝑘B𝑇 (2.121)
この関係式を用いて,分配関数を書き直すと,
𝑍𝑁 = d𝒓𝑁exp 𝑈 𝑘B𝑇 exp −𝑈 𝑘B𝑇
𝜆𝑇3𝑁𝑁! d𝒓𝑁exp 𝑈 𝑘B𝑇 exp −𝑈 𝑘B𝑇
× d𝒓𝑁exp − 𝑈 𝑘B𝑇
(2.122)
= d𝒓𝑁exp −𝑈 𝑘B𝑇
𝜆𝑇3𝑁𝑁! d𝒓𝑁exp 𝑈 𝑘B𝑇 exp −𝑈 𝑘B𝑇
× d𝒓𝑁exp 𝑈 𝑘B𝑇 exp − 𝑈 𝑘B𝑇
(2.123)
= 𝑉𝑁
𝜆𝑇3𝑁𝑁! exp 𝑈 𝑘B𝑇 𝑈 (2.124)
となる. exp 𝑈 𝑘B𝑇 𝑈 はポテンシャル 𝑈 空間の状態数を平均するという意味をも
つ.この得られた分配関数を自由エネルギーの式(−𝑘B𝑇log𝑍 𝑉,𝑇 )に代入すると,
𝐹 =−𝑘B𝑇log𝑍 𝑉,𝑇
=−𝑘B𝑇log 𝑉𝑁
𝜆𝑇3𝑁𝑁! exp 𝑈 𝑘B𝑇 𝑈 (2.125)
=𝑘 𝑇log exp 𝑈 𝑘 𝑇 − 𝑘 𝑇log 𝑉𝑁 +𝑘 𝑇log 𝜆3𝑁𝑁! (2.126)
となる.この式は,ポテンシャルエネルギー 𝑈 𝑘B𝑇 に依存して急速に増加する式で あり,このままの式の形を用いるには精度が悪く,シミュレーションにそのまま用い るには現実的でないため,少しばかり工夫する必要がある.
2.10.3. 平均力ポテンシャル( Potential of means force: PMF )
前節で自由エネルギーの計算について紹介した.ここでは平均力ポテンシャル[68, 69]による自由エネルギー計算を説明する.ある状態を表すパラメーター 𝜁 があった とき,𝜁 の mean force は 𝒓𝑁 でポテンシャル 𝑈 を積分することで,次のような式で 得られる.
mean force = d𝒓𝑁δ 𝜁′− 𝜁 exp −𝑈 𝑘B𝑇 d𝒓𝑁exp −𝑈 𝑘B𝑇 = 𝜕
𝜕𝜁 𝑘B𝑇 log𝜌 𝜁 (2.127)
𝜌 𝜁 は状態 𝜁 の確率分布であり,
𝜌 𝜁 = d𝒓𝑁δ 𝜁′− 𝜁 exp −𝑈 𝑘B𝑇
d𝒓𝑁exp −𝑈 𝑘B𝑇 = δ 𝜁′− 𝜁 𝑈 (2.128)
となる.ここで,
𝑊 𝜁 =−𝑘B𝑇l log𝜌 𝜁 (2.129)
が導入でき,
𝜕
𝜕𝜁𝑊 𝜁 = 𝜕
𝜕𝜁 𝑘B𝑇log𝜌 𝜁 (2.130)
mean force の式と一致することがわかる.
2.10.4. シミュレーションにおける PMF の計算例
上述したように,反応座標 𝜁 を用いて,自由エネルギーを計算できることを示した.
ここでは,シミュレーションにおける,計算例を示す.シミュレーションにおいてよ く用いられる反応座標 𝜁 は,図2.10.2に示すように,対象とする二つの分子の内,片 方を反応座標に沿って引っ張りそれぞれの重心間距離を反応座標とするものである.
このとき,反応座標の方向を固定するため,もう片方は位置拘束をする.
図2.10.2 アンブレラサンプリングの概要.
図2.10.3に実際にシミュレーションを行った例として,凝集したプリオンタンパク
質の一つのβシート構造が外れるのにどれくらいのエネルギーが必要かを示す.ここ で示す反応座標 𝜁 は緑で示した β シート領域の重心と,赤色で示した β シート領域 の重心間距離としている.この結果は凝集したプリオンタンパク質を崩すには非常に 強い力が必要であることを示している.
図2.10.3 プリオンタンパク質の破壊過程におけるPMFの見積の例.
反応座標 ζ
A
B
図2.10.3