本稿では、日本における生命保険の営業職を金融媒介者として位置づけ、潜在的な顧客を発見し、潜 在的と考えられている生命保険ニーズを顕在化させ、生命保険商品を購入するよう働きかける一連の過 程を考察してきた。最後に、日本の生命保険業における金融媒介者としての役割の特徴を整理し、本稿 の結論としたい。
第一に、日本の伝統的生命保険会社が行ってきた見込み客発見の方法は、全国津々浦々の家計の金融 資産に接続しうる方法を取っている。日本に進出した外資系生命保険会社が、ネットワーク営業によっ て中間層以上を中心に接続しようとする方法とは大きく異なっている8。金融媒介者は、見込み客に対 して、生命保険が必要となるシーンを具体的に顧客に考えさせ、ニーズ自体を喚起させる役割を担って おり、この2段階を接続の側面と捉えた。ここでは、潜在的といわれているニーズが本当に存在し、そ のニーズが満たされたのかを検証することではなく、むしろニーズ自体をつくりだす役割が重要である と考える。
第二に、金融機関としては契約者がどれほど継続的に保険料を支払い続けられるのかがビジネスの安 定・拡大の鍵である。媒介者は、長期的な顧客管理を通じて継続的な資金の流れを媒介する。顧客の家 族構成の変化や資金状況の変動に合わせて、生命保険=家族への愛や感謝の再確認行動として、生命保 険金額を最大限「抽出」する役割を担う。
最後に、以上で議論した媒介者の役割は、普遍的なことではなく、日本の 60-90 年代初めの高度経済
成長期とその後の安定成長期、すなわち日本的雇用システムと男性稼ぎ主モデルが確立し機能していた 時代におけるジェンダーダイナミックスを前提とした時代背景に深く根付いた現象としてみるべきであ ることを指摘しておく。その社会的規範や経済状況によって、営業職員は「生命保険=家族への愛や感 謝の再確認行動」というニーズ喚起が容易になり、生命保険金額の上乗せや家計の余剰資金を最大限誘 導することにつながったといえるからだ9。貯蓄がメインだった高度経済成長期以前や、家族が解体し て単身化・個人化が顕著となり経済の低成長が続いている 90 年代半ば以降においては、生命保険加入 率は下がり保障金額も下がってきている。このように、金融媒介者の「接続」と「抽出」の方法は、時 代状況に合わせて変化していく社会的・文化的産物でもある。
注
1 例外的な研究として、生命保険営業における女性の役割を積極的に位置づけたものとして安藤究(2008)があげら れる。
2 本研究のためのインタビュー及び参与観察は以下のように行った。
2011 年9月7日、生保労連中央書記長、内勤職員委員長、営業職員委員長、労働局長 2012 年1月 31 日、伝統的生命保険会社 J-1 社労働組合中央副執行委員長、執行委員 2013 年3月6日、伝統的生命保険会社 J-2 社営業職員2名(うち1人はマネージャー)
2013 年3月 29 日、生保労連副委員長兼営業職員委員長、労働局長 2013 年4月1日、韓国における外資系生命保険会社 K-A 生命副社長 2013 年4月 25 日、伝統的生命保険会社 J-1 社労働組合副執行委員長 2013 年5月 10 日、日本における外資系生命保険会社 J-B 執行役員
2013 年 12 月 18 日、日本における外資系生命保険会社 J-B 執行役員(営業担当)2名、営業担当内勤職員 2014 年2月7日、日本における外資系生命保険会社 J-B 新入社員研修参与観察
2014 年2月7日、日本における外資系生命保険会社 J-B チーフトレーナー 2014 年2月 11 日、伝統的生命保険会社 J-3 営業職員
2014 年2月 12 日、日本における外資系生命保険会社 J-C 営業職員 2014 年2月 14 日、日本における外資系生命保険会社 J-A 元営業職員 2014 年2月 14 日、2月 16 日日本における外資系生命保険会社 J-B 営業職員 2014 年2月 17 日、伝統的生命保険会社 J-3 元内勤職員
2014 年2月 17 日、伝統的生命保険会社 J-2 マネージャー兼営業職員 2014 年5月 26 日、伝統的生命保険会社 J-1 元営業職員
2014 年6月4日、伝統的生命保険会社 J-4 営業職員
2014 年6月 13 日、ドイツにおける生命保険販売エージェント 2014 年 11 月 23 日、外資系生命保険会社 J-C 銀行窓販担当者 2014 年 12 月4日、新興の日本の生命保険会社 J- ①男性営業職員
2015 年7月 14 日、日本における伝統的生命保険会社 J-1 機関長経験者・現生保労連執行役員、伝統的生命保険会社 J-3 機関長経験者・現生保労連執行役員
2015 年 10 月1日、日本における伝統的生命保険会社 J-5 女性機関長(営業職員出身)
2015 年 11 月6日、日本における伝統的生命保険会社 J-6 女性機関長(総合職出身)
3 日本における生命保険の募集は営業職員が行うが、営業職員には契約締結権はなく、法的には契約締結にあたって の媒介行為をなすものとされている。営業職員は、顧客が保険加入の意思を表明した場合、申込書に必要な事項を 記入し、初回の保険料を受領し会社に提出するだけである。契約を成立させるかどうかは申込書、告知書等を参考 にして本社で決定することとなる(北村編 1992)。
4 外資系や新設の生命保険会社の営業職員数も含む。
5 外資系生保や 90 年代以降の規制緩和によって新設された生命保険会社では、日本の伝統的生命保険会社とは異なっ た販売・雇用戦略が競争の源泉とされている。特に、日本に進出した外資系生命保険会社では、伝統的生命保険会社 とは違った形で雇用戦略を用いており、こうした外資と伝統的日本企業で異なる販売・雇用戦略は極めてジェンダー 化されている。これについてはパイロット研究として国際学会報告(Shin and Kanai, 2014)がある。
6 生命保険においては、販売することを募集といい、購入することを加入という。
7 ある伝統的生命保険会社では、今までは保険料と保険金額によって成績は計算されてきたが、近年、会社収益に連 動させる報酬体系に変更した。保険料と保険金額ではなく、商品ごとに細かく会社が係数を決めた。簡単には、貯蓄 性の商品は成績が下がり、死亡保障系の商品かつ年齢が高ければ高いほど成績が高くなるよう設定された。
8 外資系の販売・雇用戦略については、注5でも参照したが、パイロット研究として国際学会報告(Shin and Kanai, 2014)がある。
9 このように「抽出」された資金は、時間経過における貨幣の増加分に対する期待率という点からみると低く抑えら れていた可能性がある。この抽出された資金の性格については今後の検討課題としたい。
参考文献
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生命保険協会『生命保険事業概況』各年度版。
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Elson, Diane. “Finance, Production, and Reproduction in the Context of Globalization and Economic Crisis.” 『ジェンダー 研究』第 15 号 (2012): pp.3-12.
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Shin, Ki-young and Kanai Kaoru “Professional Career Versus Women’s Ordinary Job? : Two Models of Gendered Labor in Life Insurance Companies in Japan,” Delivered at the International Association for Feminist Economics Annual Conference, 29th Jun 2014, Ghana University.
(かない・かおる/埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授)
(しん・きよん/ IGS 准教授)
<特集論文>
高齢社会における生産・再生産領域のインターフェイス
――介護保険制度下の福祉用具貸与サービスのジェンダー分析 斎藤 悦子
In this paper, we examine the aging society industy and long-term care insurance system as an interface between the production and reproduction spheres. The aging society industry provides a wide range of services and goods for the well-being of elderly people.
We focus on the most symbolic item of welfare equipment - wheelchair.
Most wheelchairs are rented through the quasi-market of the Long-Term Care Insurance system.
The purposes of this paper are:
1) To clarify the actual use and process of the wheelchair rental service.
2) To examine the relationships between the actors and analyze the quasi-market from a gender perspective.
Our findings will contribute to further analysis of the financial disproportion between genders in the Long–Term Care Insurance system.
キーワード:高齢社会、再生産領域、インターフェイス、介護保険、福祉用具
はじめに
本稿は、高齢社会における生産と再生産領域のインターフェイスとして、高齢社会対応産業と介護保 険制度を取り上げる。山田和代(2015)は高齢社会対応産業を高齢者が日常生活・活動を健やかに営む ことができる条件を創りだす生産活動として位置づける。高齢社会対応産業は数多く存在するが、本研 究では福祉用具産業、中でもとりわけ象徴的な存在である車いすに着目した。今日、車いすの多くは、
介護保険制度下に誕生した準市場の中で、貸与という仕組みを通じて使用され、再生産領域と接合して いる。介護保険制度下の準市場については、その原理に言及したものは多々あるが、福祉用具そのもの の準市場構造、すなわち生産、流通、貸与、利用という複雑で独特なサービス提供の実態は明らかにさ れてこなかった。さらに、この福祉用具の準市場内でのアクター間のジェンダー分析をしたものは管見 の限りない。従って、本研究では以下の2点を明らかにすることを目的とする。
① 介護保険制度下の準市場で展開する車いす貸与サービスの実態を生産と流通、貸与過程を通じて明 らかにする。
② 準市場内でいかなるアクター間の取引が生じ、ジェンダー関係が構築されているのかを検討する。
特に、②のジェンダー関係の分析においては、準市場に関与するアクターを取り上げ、それらの相互