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コーポレート・ガバナンス議論の展開と課題

ドキュメント内 SEC (ページ 42-171)

 

 

日本経済団体連合会 経済法制グループ長

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  横尾賢一郎   

 

はじめに 

最近の企業統治議論は日本経済の低迷を背景に、短期的には企業業績の悪化、中長期的 には産業競争力や制度間競争の視点から、盛んに取上げられてきているようである。4 月 1 日に施行された改正商法が会社の機関に新たな形態を選択制を導入したことをきっかけと して、議論はさらに展開をみせている。本稿では、コーポレート・ガバナンスの課題の一 つである企業の社会的責任論と会社の機関のあり方について、歴史的背景や米国の取組み を参考にわが国の現状と課題を考えてみたい。 

 

第 1 節 企業の社会的責任論 

企業は、今日資本主義を支える機能の大部分を担っており、その活動は広範である。あ らゆる種類の製品とサービスを社会に供給し、雇用を創造し、利潤を作り出して株主や社 債権者等に配当と利子を分配し、納税を行っている。また、企業の種類や形態は様々であ る。個人企業を除けば、企業の多くが株式会社(約 110 万社)と有限会社(約 140 万社)で ある。株式会社の起源は 1602 年のオランダ東インド会社に遡ると言われるが、わが国では 19 世紀末に株式会社が確立され、今日では、当時考えられなかったほどの大規模なものへ と発展してきている。いわゆる大規模公開会社の登場である。公開会社の数は約 3500 社に 過ぎないが、全体からみれば少数であるこの企業群の国民経済への影響は大きい。 

株式会社は経営と資本を分離することで、効率的な資源利用を実現する装置である。従 って、株式会社は経営資源を提供する株主のためのものである。だが、株式会社システム の発展に伴いその社会に対する影響が拡大し、企業の社会的責任論が巻き起こってきた。

すなわち、大規模公開会社の取締役は、株主に対して信認義務を負うのか、それとも、従 業員、消費者、地域社会といった企業の利害関係者に対してもこれを負うのかという議論 である。米国では、例えば、20 世紀初頭にダッヂ VS フォード社裁判で、従業員や社会の利 益に合致したとしても株主利益に反する行為は明確に否定された。その後、1953 年の A.P.

スミス社 VS バロー裁判で、水道・ガス装置の製造を行うスミス社のプリンストン大学に対 する 1,500 ドルの寄附の是非が争われた。結果として、企業の社会的責任に基づく合理的 な慈善寄附は会社の権限の範囲内であると正式に認められた。時代を画するこの判決の後、

16 2003年7月31日現在。

米国企業の社会貢献活動が活発化したと言われている。(参考:森田章『現代企業の社会的 責任』商事法務研究会) 

(判旨)「国家の富が、主として個人の手もとにあった時に、個々人は、自発的に慈善目的 に寄附することによって、自分達の市民として責任を果たしてきた。ところが、富の大部 分は、会社の手に移った。また、個人は、重税の負担を課されてきており、博愛的需要の 増大についていけなくなってきている。そこで、会社は、個々人がなしてきたのと同様に、

良き企業市民であるという近代における義務を負うものと考えられるようになった。(中 略)現在の状況は、会社に私的責任と同様に社会的責任をも負わせている。すなわち、会 社は、活動している地域社会のメンバーとしての責任を自覚して、これを果たさなくては ならなくなっている。(略)本件の寄附は、会社の利益になるということでもって正当化さ れる。ただし、この利益というものは、自由企業体制の下で会社が現実に生き残るという ことを意味するものである。現代の状況において、合理的な慈善寄附をなすことは、会社 の権限内に含まれている。会社が寄附することの権限についての 1950 年の立法規定の改正 は、このことを確認するものであり、本件原告会社にも遡及して適用できる。」(前掲森田 63 ページ) 

 わが国においては、この種の判決では、企業の政治献金を容認する 1970 年の八幡政治献 金事件判決がある。この判旨は、政治献金に限らず寄附一般に適用される法理と解されて いるが、一方で、会社の直接的な事業遂行に有益な場合に限り認められるべきであるとの 見解も依然としてある。このように、寄附を含める社会貢献活動のありようについては、

今日、必ずしも一致した国民的合意形成があるとは言えないと考える。しかし、企業のこ の種の活動に対する社会の期待は大きい。日本経団連の長年の社会貢献活動への取組みの 中で、企業からは「事業経営上の効果があることは認めつつも、それだけが社会貢献をす る理由ではない。」との意見や、「社会貢献とは企業の社会形態の一形態である。企業も社 会の一員として社会の課題に取り組み、できるだけ解決に参加すべきである。」との意見が 寄せられており、今や主流となりつつある。こうした企業と社会的責任論は、企業と企業 の利害関係者の関係のあり方を取り扱うコーポレート・ガバナンス議論の文脈の中でなお 議論が継続している。そこでの大きな課題は、株主と勤労者や地域社会との利害の収斂で ある。(参考:江頭憲治郎『株式会社・有限会社法』有斐閣 18 ページ、経済団体連合会編・

『社会貢献白書 1996 年』17 ページ日本工業新聞社) 

 

第 2 節 商法改正と会社の機関のあり方 

90 年代を通じての経済低迷と企業経営の不振、そして、並行して生じた 90 年代中期の株 主の議決権に関する利益供与事件―いわゆる総会屋事件や最近の食品の偽装表示事件等の 企業不祥事がいわゆるコーポレート・ガバナンスの議論を活性化してきた。コーポレート・

ガバナンスの定義は、いまだ一致したものはないが、一般的には、①商法上の会社機関の あり方と②企業と企業の利害関係者の関係のあり方という2つの問題と考えられている。

①は、さらに、企業経営の効率化に関する問題―例えば、取締役会のあり方や意思決定手 続の改善、と企業経営のモニタリングに関する問題―例えば、監査役会のあり方、社外取 締役の導入、会計監査人のあり方、内部統制、という問題へと派生する。企業の社会的責 任論は、②に包摂される。 

近年、注目されてきた社外取締役(米国では、独立取締役)の役割については、取締役 会に外部の視点を取り入れ経営戦略の構築に資するとの意見と外部者によるモニタリング の強化が図れるという評価の双方があり、課題の①と②のいずれにも関連する。こうした 考え方は、取締役会とそれを監視する監査役会の 2 層構造の従来型会社機関では、閉塞し た経営状態を打開できないとする意見に押されて出てきたものであり、本年 4 月 1 日施行 の改正商法に反映されている。新商法では、執行役と社外を含む取締役の役割を分化する ことで、業務執行と監督の分離を狙うものである。具体的には、「委員会等設置会社」を選 択した会社は、執行役と取締役会に報酬、指名、監査の 3 委員会を置くことが求められる。

3 委員会は 3 人以上の取締役を置き、社外取締役を過半数とする。これにより、社外取締役 が取締役会の意思決定過程に参加するとともに、報酬、指名、監査の3委員会の過半数を 占めるメンバーとして、取締役会や執行役の業務執行を監視するという構想である。新商 法は委員会等設置会社を従来型の監査役設置会社に代えて選択できるとしている。なお、

委員会等設置会社が米国の会社機関と異なるのは、委員会の決定を取締役が覆せないとい うことである。それだけ、委員会の権限が大きい。 

一方で、監査役(会)の権限を強化をする流れがある。監査役制度は、終戦直後に米国 商法に倣って取締役会を監視機関としての導入したことに伴い、会計監査の権限に限定さ れてしまった。しかし、その後、1960 年代の粉飾決算事件の多発に対応して再び強化の歴 史を辿っている(1974 年、1981 年、1993 年、2001 年。以上、改正商法の成立の年)。監査 役制度を支持する意見はこうした歴史的経過と商法体系を背景にしている。2002 年 5 月 1 日に施行された改正商法では、監査役の任期の長期化(3 年→4 年)、権限の強化(選解任 の同意権、辞任にあたり意見の陳述権等)、社外監査役の定義の厳格化と員数の強化が図ら れている。したがって、ここ 1 年間で、わが国は社外取締役を中心とする会社機関と強化 された監査役を中心とする会社機関の2つの制度を手に入れることとなった。 

 

第 3 節 期待される内部統制の役割 

商法改正による選択制の導入は、いずれの制度が優れているかとの議論を巻き起こして いるが、実務からすれば、そのことよりも経営手法に選択肢の幅を持たせたことの方が重 要であり、わが国の国際競争力の強化に貢献するものと期待されている。近年の企業組織 再編の活発化により、純粋持株会社が数多く設立されていることから、こうした企業では 委員会等設置会社を選好することが考えられる。既に、本年の 6 月株主総会で委員会等設 置会社に移行する企業が出始めている一方で、監査役設置会社の枠組みの中で独自の経営 機構を追求するリーディング・カンパニーがあるなど、わが国のコーポレート・ガバナン

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