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3. ピアノでの舞曲演奏

3.4. J. S. バッハ フランス風序曲 BWV831

3.4.2. クラント

クラントは、荘厳で優雅な 3拍子の舞曲である。舞踏実践の詳細は 3.3.2 に記したため、

本節では、舞踏との共演とチェンバロでの演奏研究から見た考察を中心に述べる。

舞踏との共演の際、私は曲冒頭のアウフタクトから 1 拍目に入る時に時間がかかってし まい、音楽の立ち上がりが遅れがちであった。曲冒頭の弾き方はその後の音楽の流れを決定 づける重要なポイントであるため、舞踏とのずれにヒントを得ながら演奏の改善を試みた。

譜例18 クラント冒頭部分

舞踏では1拍目の瞬間、足の支えに体軸がすっと垂直に乗るのに対し、私は、1拍目のア ルペジオを比較的幅広く奏し、さらにFisに重さが来るように弾いていたため、音の頂点が 舞踏の拍点とずれてしまっていた。身体的には、無意識に多少骨盤を後ろに傾けて腕全体の 重さを使ってhからFisにかけて手首を徐々に回し下げながら弾いていたのだが、骨盤を立 て、アルペジオの際の手首や前腕の動きをやや控えめにすると、拍に乗りやすくなった。

また、私は弦楽器のアップダウンを意識して、アウフタクト音でわずかに手首を上げ1拍 目で下ろして重さをかけるように弾いていたのだが、それも 1 拍目にうまく乗れない原因 になってしまっていた。1拍目に向かって手首を下ろす途中経過の動きの中でアウフタクト 音を弾くと、音楽が舞踏と共に自然に流れ出すようになった。その際、アウフタクト音より 前の、音のない拍における息づかいが重要である。重さの乗る1拍目も、響きは下向きにな らないよう注意したい。なお、13 小節目からの曲後半の始め方にも、同様の弾き方が適用 できる。

譜例19 クラント 13-14小節

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クラント特有のステップであるパ・ド・クラントは、1拍目から2拍目まで踵を上げたエ ルヴェの状態を保ち、プリエを経て 3拍目で軽い跳躍を行い、次の 1 拍目でまたエルヴェ の状態になるステップである。演奏者も、1拍目から2拍目に向けて上半身の支えを保つこ とと、3拍目から1拍目への推進力を意識することが重要である。私が舞踏の身体感覚を取 り入れることで最も演奏に変化を感じたのが、この「保つ」身体感覚であった。1拍目から 2拍目の間は、手首を下に回しすぎたり肘を横に逃がしすぎたりせず、身体内部では横隔膜 の張りを保つイメージで演奏することで、舞踏と共に推進力を持って演奏できるようにな った。また、2拍目右手の4分音符をスタッカート気味に奏していたところ、チェンバロの レッスンの中で、クラントの場合、2拍目ははねない方が望ましいというご指摘を受け、舞 踏の「保つ」身体感覚との結びつきを感じた。譜読みをした当初は、3拍子のいわゆる「強、

弱、弱」に従って演奏していたのだが、舞踏やチェンバロでの演奏研究を経て、現在ではク ラントは「乗る、保つ、(軽い跳躍を伴って)進む」という拍感を基本に演奏している。

譜例20 クラント冒頭部分

チェンバロのレッスンで度々、小節最後の拍と次の小節へのアウフタクト音との間(譜例 20 の、楕円で囲んだ箇所)をよく聴くように、とのアドバイスをいただいた。その瞬間を 特別に聴く習慣がなかったので初めは戸惑ったが、宮廷舞踏においても同様のご指摘をい ただいたのが興味深かった。宮廷舞踏では、跳躍後の空中にてエキリブル(つま先から頭ま でが垂直な状態)になる瞬間があり、その後つま先から着地する。実践すると分かりやすい が、その動きは身体を引き上げている時間が長いことを意味する。そして、チェンバロで聴 くようにといわれた瞬間がまさに、宮廷舞踏の跳躍によって空中でエキリブル状態になっ ている瞬間なのである。特にクラントにおいて3拍目を空中に放ち(重さを下に沈めない)、 次の小節へのアウフタクトにて丁寧に着地し、そのまま次の 1 拍目に向かう感覚は演奏に も踊りにも共通する拍感であった。

クラントは拍子感が捉えにくい舞曲である。ヘミオラが特徴となっており、楽譜上では3 拍子でありながら、内在している2拍子的拍感に惑わされる。舞踏もステップ自体は複雑で はないが、2つの拠り所の間に浮遊しているようなバランス感覚が必要とされる。この曲で は、付点2分音符ごとに登場するバスのH に示される通り、ヘミオラの特徴が冒頭から提

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示されており、右手と左手の示す拍感にずれがあるところが興味深い。(譜例20参照。)

譜例21 クラント22-25小節

宮廷舞踏と共演する場合、舞踏のカダンスが音楽と一致する場合もしない場合もあるの だが、特に一致しない場合には、拍の回転と身体感覚にねじれが生じる。その際に重要なの は、拍点でも重心を落とせないことであり、演奏時にこの感覚を持つことで、曲終わりや節 目で、エネルギーが早く切れてしまうことを予防できる。フレーズの終わりで現れるヘミオ ラは適切に演奏すると音楽が自然に収まるので、いたずらなritardandoは避けたい。例えば、

このクラントの最後(譜例 21)では、右手のフレーズの捉え方は何種類か考えられるが、

左手で1→2、3↷1…という、舞踏の基本ステップに内在する拍感を保っておくと、最後まで

クラントの拍感を維持しながら音楽を収めることが出来る。舞踏でも演奏でも、ヘミオラの

「ねじれ感」を捉えていることが重要であり、王様のダンスとして愛されていた理由は、そ の知的な愉しみにあったと思われる。

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