「30箱分しか圧延していないが,送付した鉄板はそのうちの
1
枚である.鉄の ほとんどは十分に良質だが,明らかにダウライスの職人のなかにきわめて劣悪な 仕事をしている者がいる.以前はダウライスからこれほど劣悪な製品が送られて くることはなかった.問題は鉄にあるのではなく,ダウライスの職人気質の劣悪 さにあると思い知らされたと考えている.」オージャーベッド社宛の鋼鉄
2
トン分という少量の注文書を同封いたします.同 社への前回の発送分は「きわめて金鱗が多い」と報告され,今回は金鱗が除去され ているよう確認を求められております.これはウィリアムズ氏の指摘と一致すると お考えになられることと思います.(略)71)このように,フォレスター商会によってダウライス製品の品質の問題点が 指摘されたが,課題が明らかになるにつれて顧客の姿勢も問われた.
バッド氏と長時間の面談をいたしました.バッド氏はいくつかの書簡や電文を見 せてくださいました.結論は,手短に言うならば,イスタリフェラ社はロンドンに 配達された鉄板について
1
シリングの弁償をも認めず,返品して解約すると申し出 たということです.これは買い手の気に召さなかったということで,鉄板は回送さ れます.実際には,このような「小さな穴」は多かれ少なかれ鋼鉄には付き物で,おそらくは補正できるはずです.何が問題なのか説明することは難しいですが,強 力な拡大鏡で検査したところ,小さな黒い穴がはっきりと見えました.「大口の顧客」
の一部には鋼鉄に対する明らかな偏見があります.それは,この
2
年間,均質性の 追求に失敗し続けていることが原因です.板金業者に引き続きコークス銑鉄を利用 させるようにありとあらゆる努力がされておりますが,それでもだんだんと鋼鉄に 代わりつつあります.バッド氏側にはいかなる意味でも我われの契約に介入する意71) DG/A/1/517, 30th June 1879.
図がないことはご理解ください.バッド氏は,補正できるものは補正すべく全力を 尽くすことができるように,ありのままにバッド氏の工場や他の場所で見出される あらゆる問題を示しているのです.(略)当社は最後には成功するという確信を抱い ておりますので困難に怖じけることはございません72)
.
3. 4 鋼鉄に対する反発
新製品である「鋼鉄に対する明らかな偏見」は,上記のような品質の問題 にとどまらず,板金工業とその労働者の間に根深く浸透していた.つまり,
鋼鉄の登場が銑鉄の加工処理における熟練技能に対する脅威となるという危 惧である.
(略)鋼鉄については,残念なことですが,複数の板金工場の労働者に対してきわ めて深刻な問題を生み出してしまったことをご報告いたします.コークス銑鉄で作業 していた多数の同僚の雇用が無くなってしまうことになるので,鋼鉄で生産すること に労働者が反対し,ある会社(フィリップス・ナンズ社)は鋼鉄の利用を中断せざる を得なくなりました.また,少なくともしばらくのあいだ,この問題が当地を見舞う ものと危惧されており,その結果として鋼鉄の注文はきわめて僅かです.(略)73)
このような偏見を解くことにも,フォレスター商会は尽力している.
グラントウ社のデイヴィッド・ウィリアムズ氏(同氏の書簡を土曜日にお送りし ました)と長時間の面談をし,貴社に「工場を鋼板に即時転換させて板金業者を滅 ぼす」意図は全くないということを理解いただくのに成功しました.同氏には毎月 鋼鉄
125
トンあるいはそれ以上使用するのであればそれに応じた量を今後8
カ月間 イスタリフェラ社と同じ条件で1
トン7
ポンド計1,000
トン分を販売することになり72) DG/A/1/517, 2nd July 1879.
73) DG/A/1/517, 25th November 1879.
ました.(略)74)
フォレスター商会は鋼鉄の導入に対する板金工業内の理解を促すことに よって,南ウェールズの鋼鉄の生産者と消費者の調整を行い,南ウェールズ における鋼鉄の実用化を進めたのである.
本節は,ダウライス製鉄会社とフォレスター商会が製品の価格や品質など の問題を共有し,また,その解決にフォレスター商会が板金業者を動員して 見本品を試用させ,また偏見を解くべく説得にあたったことを示した.鋼鉄 生産が本格化する時代に,このような形で南ウェールズの製鉄産業と板金工 業が結びつき,イングランド製鉄産業に対抗して産地間競争を展開する基盤 となった.このような技術革新への貢献は
1860
年代の鉄道会社の事例では見 られなかったことである.おわりに
本稿は,第一節でダウライス製鉄会社による鉄取引の概要とフォレスター 商会が果たした役割を示した.フォレスター商会は販売契約とその履行であ る納品までの管理に深く関与していた.第二節では,不安定な顧客の要望に ダウライス製鉄会社が柔軟に対応するためにフォレスター商会による調整が 大きな役割を果たしたことを示し,これが
1860
年代の鉄道会社が果たした機 能に類似することを示した.しかし,第三節では,鉄道会社の例では見られ なかったこととして,フォレスター商会が顧客を動員して鋼鉄の品質上の問 題を吟味し,また顧客の偏見の解消に努めて技術革新を後押ししたことを示 した.しかし,マーシャルの指摘はいわゆる産業集積の機能を説明するものであ り,本稿の事例がこれに合致するかどうかについては検討の余地が残る.つ まり,通常
19
世紀南ウェールズの製鉄産業集積とされるのはグラモーガン州74) DG/A/1/517, 30th June 1879.
やマンモスシャー州にまたがる山間部の製鉄会社の一群を指す.本稿の他方 の対象であるフォレスター商会や板金工業は同じグラモーガン州でも西部沿 岸部の港湾都市スウォンズィーを中心に立地し,製鉄産業集積とは区別され るべきであろう.では,本稿の事例はどのように評価され,とくに
1860
年代 の鉄道会社の例とどのように区別されるべきなのだろうか.19世紀前半までは製鉄会社が連帯して生産設備や資源,価格水準,熟練労 働力を管理することが重要であったが,1850年代には生産や経営の専門化,
技術革新,資源の確保が実現し,60年代には全国的な輸送体系に接続する輸 送インフラが整備された.70年代のダウライス製鉄会社に必要だったのは,
新たな市場への接続を確保し,顧客の煩多な要望を柔軟に整理するパートナー であった.この限りでは
60
年代の鉄道会社と70
年代の鉄鋼商の役割は共通 している.ダウライス製鉄会社に不足していた納品管理能力や市場調査能力 を補助産業が補った.マーサー・ティドヴィルが製鉄産業集積としての機能 を弱める一方,そのような機能は同地の製鉄会社間の機能から鉄道会社や鉄 鋼商によって接続された広範な地域,本稿に即していえば南ウェールズの金 属工業を包括する関係の機能へと変容した.しかし,製品流通の問題にとどまらず,鉄鋼商フォレスター商会は鉄生産 の問題についても製鉄会社と課題を共有し,消費者からのフィードバックを 可能にした点に特徴がある.ここでは産業集積における技術革新がマーサー の製鉄産業集積を超えたものとして見出される.もちろん,これはマーサー の産業集積の機能を否定するものではなく,ダウライスにおける製鉄協会(the
Iron and Steel Institute)
の機能にも留意しなければならない75).しかし,
本稿は,一都市における同業者の集住としての産業集積とは別に,鉄道や電信によっ て一体化された地域において複数の関連業種が一つの技術革新の課題を共有 するものとしての産業集積の機能を,ダウライス製鉄会社,フォレスター商会,
板金生産者の関係に見出すものである.実際に,マーシャルは冒頭の引用部
75) Owen, A Short History, pp.42-43.
76) Marshall, Principle, p.272 (『原理』202頁).
77) Wilson, J.F. & A., Popp, Districts, networks and clusters in England: An introduction, in Wilson
& Popp (eds.), Industrial Clusters and Regional Business Networks in England, 1750-1970, (Ashgate, 2003), pp.15-16.
分につづいて,地域的な悪条件による困難が「鉄道,印刷機および電信によっ て減少」することを指摘している76)
.また,
マーサーの製鉄産業集積とは別に,それを包含する南ウェールズ規模の金属産業集積を想定することは,産業集 積を階層的なものとして再検討する必要があるという近年提起されている論 点とも合致する77)
.
ダウライス製鉄会社にとって,フォレスター商会は受注獲得手段にとどま らない産業集積の協力者であった.つまり,両者は財やサービスの需給関係 において相互依存していただけでなく,技術開発競争における課題をも共有 した.本稿は,冒頭のマーシャルの指摘に倣えば,ダウライス製鉄会社が鋼 鉄生産の実用化という「新たな考察を始めると」
,鉄鋼商フォレスター商会を
通じてグラモーガン州西部の板金業者によって「取り上げられ,それらの人々 の考えと結合され,そのようにしてさらに新たな考案の源泉となる」過程を 示したものである.(すげ いっき・同志社大学経済学部)