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ギリシア神話の世界との違 い

ドキュメント内 お話 文芸思潮 (ページ 97-117)

「ギリシア神話Jの世界とならんで、ヨーロッパ文化のルーツとなっているの は、キリスト教すなわち『聖書』の世界です。

『聖書』には

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I日約聖書Jと「新約聖書Jとがあることは皆さんご承知でしょ うが、そのどちらも、いまヨーロッパという名でくくられている地域で生まれ たものではありません。 20世紀以来、いま世界でもっとも脚光を浴びている、

中東はパレスティナと呼ばれる地域で生まれたものです。「ギリシア神話」の世 界はヨーロッパに直接通じていますが、聖書の世界は、キリスト教が、そして 次にはイスラム教が自己のなかに取り入れ、世界に通じる文化を生み出す源泉 とするまで、いま言った通り、きわめて限られた地減の、古代へプライ人とい うきわめて限られた人々のものでしかなかったのです。ユダヤ民族がこの古代 へプライ人の子孫であることは、皆さんご存知の通りです。

しかしこの小さな泉は、のちに世界中の人々が、まさにこれを自己のアイデ ンティティーを形作るものと認めるに足るだけの重い内容、人間の心の深奥に 働きかける強い力をはじめから持っていました。

それがどのようなものであるかを考えるのに、まずギリシア神話の世界と比 較しながら、聖書の世界の特徴をお話したいと思います。

4 ・ 聖 書

最初にあげられるギリシア神話の世界との違いは、これからお話する世界が

『聖書』を持っていた、ということです。

旧約聖書の世界

「ギリシア神話」の本体は語り伝えられたものであって、ホメロスの『オ デ、ユツセイア』にせよ、へシオドスの『神統記』にせよ、これを素材として作 り上げた詩人の創作に過ぎません。それにひきかえ、『聖書』は、もちろん元は といえば語られたもの、それも父から子へ口伝えに伝えられたものだったよう ですが、きわめて古い時代から、「書かれた物J としての存在、すなわち「書J であることを目指していました。この書物を受け入れるか否かが、「神に従う者J とそうでない者との分かれ目でした。『聖書』が世界の線引きをしていたのです。

地理的、物理的線引きではなく、精神の線引きを……。「神話」と「聖壷Jの違 い、これが、 二つの世界の最初の相違点です。

「旧約聖書」というのはキリス ト教の言い方で、現在でもこれを唯一の聖典と しているユダヤ教からすれば、『聖書』はこの一冊のみです。「聖」もキリスト 教がつけた付随的な要素で、もともとの名は端的に「書物(複数)Jということ だったようです。いま、英語をはじめ多くの言語が採用している Bibleという 言葉は、ギリシア語のtaBibliaという言葉から出ており、これは「書物(複数)J  を意味するからです。

現存する『聖書』の基となっているのは、古代へプライ語(一部はアラム語 と呼ばれる地方語)で書かれた 40編ほどの書き物をパレスティナ地方のユダヤ 人が編纂したもので、「パレスティナ版」と呼ばれ、

1 0 0 0

年ほどかかけて書き 貯められ、訂正され、書き直され、とくに

BC 5 0 0

年頃から紀元

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世紀の末頃 にかけて、現在のような形に確定されたものと言われています。

これらの書き物は、内容的に大きく 3つのグループに分けられます:

1 律法(トーラー)……「天地創造」から「エジプト脱出」までの歴史と、

「十戒Jを中心とした戒律。

預言書(ネビイーム)……カナンの地の獲得からイスラエル王国の興亡の 歴史と、預言。

3 諸書(ケスビーム)……詩篇と教訓。

『聖書』にはまた ~70 人訳聖書~ (セプトゥアギンタ)と呼ばれるギリシア語 の翻訳(紀元前3~2 世紀) があります。実はイエス ・キリストの時代から初代

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キリスト教会が採用した聖書とは、エジプトの国際都市アレクサンドリアで作 られたこの W70 人訳聖書~ (エジプト版とも呼ばれる)だったのです。これには パレスティナ版にはないギリシア語の文献がいくつか加わっています。カトリッ ク、正教(ギリシア、ロシアなどの)はこれらの文献を聖典のうちにいれてい ますが、いわゆる宗教改革以後のプロテスタントは『聖書』をへプライ語の原 典にもどって読むことを主張するため、このギリシア語文献は聖典にいれてい ません(つまりパレスティナ版のみに拠るということです)。日本の新共同訳聖 書(プロテスタントとカトリックの共同作業による聖書の日本語訳)のなかで は

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I日約聖書続編Jとしてこのギリシア語文献を収録しています。

初期のキリスト教はこの

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人訳聖書』をもとにしてキリスト教の聖典とし ての

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I日約聖書Jを作り、それにキリスト教独自の「新約聖書Jを加えてキリ スト教の『聖書

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を作って行ったのですが、下って4世紀の終り頃、ローマに 本山のある西方教会(カトリック)が教会の統一言語としてラテン語を採用す るようになってから、ギリシア語からの訳、へプライ語から訳し直したもの、ア ラム語からのもの、ヘプライ語にあたってギリシア諮の訳文を校訂したもの等 を交えてラテン語訳が確定しました。しかしギリシア正教やロシア正教などの 東方教会では今日にいたるまでギリシア語版が使われています。

これらに共通する『聖書』のテキストには、ほとんど差異が存在しません。こ れを信じることによって、先ほど言った精神の線引きがなされるのですから、異 同があってはならないのです。あとでお話するように、これを編纂したユダヤ 人は紀元前6世紀頃からイスラエルの地を離れ、世界に散って、いわゆる「ディ アスポラ(離散)Jの民として異文化のなかで同化を拒みつつ過ごすことになる のですが、もし彼らが『聖書』とりわけ、その中心となる「トーラー」を持た なかったら、そのような特異な存在の仕方は有り得なかったと言えるでしょう。

旧約聖書の世界

4 砂神々と神

次に挙げられるのは、「ギリシア神話」の世界と

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I日約聖書Jの世界における

「神」の性格の違いです。

「ギリシア神話」において、「神」と「人間Jを隔てている特徴はただひとつ、

「人間Jが死すべきものであるのに対して、「神」が不死であること、これだけ だ、というお話をしました。神は複数存在して、たがいに愛しあったり争った り、動物や人聞を殺したりしていました。しかもその不死であることの原因は

「食物」にあると言われていました。

I日約聖書Jの世界における「神Jは、これとまったく異なる存在です。一口 に言えばそれは、肉体を持たないという点で、 ギリシア神話の神々と決定的に 異なっています。ここからして「神Jの存在の仕方は、絶対的に人聞の存在の 仕方を超越していると言うことができます。しかし「神」の特徴はそれだけで はありません。列挙するなら、次の4つが挙げられると思います。

1目にみえない 2唯一 3全能 4創造の業を行う どれも、ギリシア神話の神々にはなかった特徴です。

1  目に見えない

肉体を持たない神は、目に見えません。しかし神の「声」神の「言葉」は聖 書のいたるところに鳴り響いています。アブラハムをはじめとし、預言者にい たる聖書の主要な登場人物たちは直接その声を聞き、神と会話しています。 し かしそれは選ばれた数人にすぎず、またこの会話は神と一対ーで行われますの で、その会話の証人になった者はありません。『聖書』の存在理由はまさにここ にあります。神の存在と、そのメッセージを伝えるのは「言葉」であり、それ を正確に伝えるには、この言葉を記録した「書物」が必要なのです。

「ギリシア神話Jの神々は神殿を持っていました。そこには沢山の神々の像が 和られていました。この目に見える偶像を礼拝することによって、人々は神と 対話することができました。『聖書』の「神Jは偶像崇拝を厳しく禁じています。

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そのために古代世界では、ユダヤ人は f無神論者j と疑われたそうです。ギリ シア支配下のユダヤ教、ローマ支配下のキリスト教においては、目にみえない 神と偶像が真っ向からぶつかって、迫害や殉教を生むことになります。また、

メッカの神殿に並ぶ偶像を叩き援すことによって世界宗教への歩みをはじめた イスラム教は、キリスト教以上に、この偶像崇拝の禁止という提を厳密に守っ ています。

旧約の民は、神を偶像から解き放った最初の人間たちです。

2 唯 一

はこぶね

「ノアの方舟」の話を皆さんはご存知でしょう。人間の世界に悪がはびこり、

これを一掃するために「神Jは洪水を起こします。しかし、ノアとその家族、そ れに動物のひとつがいずつが舟に乗って助かる、という、 f創世記J(旧約聖書 冒頭の章、先の分類の1)に出てくる有名なお話です。じつはメソポタミア地 方に伝わる伝承に、これとよく似たお話があるとのことです。むしろこちらの 方が基になって、「ノアの方舟Jが成立したというのが、いま学問的に認められ ている説であるとも言われています。

しかしこの二つの伝承には決定的な相違点があります。メソポタミアの話で は、天地を創造した神と洪水を起こす神が別々の神であるのに、「ノア」の話で は、洪水を起こすのも止めるのも、天地を創造した唯一の神の仕業であること です。「ギリシア神話Jでは、神々はオリュンポスだけでも

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人いますから、こ れはもう比較になりません。

このように「唯一Jの神、すなわち一神教であることが、他の多くの世界と この世界を分ける『聖書』の神の特徴です。

3 全 能

「全能」というのは、「神にできないことは何もなし、Jという意味です。ギリ シア神話のゼウスは、なんでもできるように見えましたが、ただひとつ「運命J には勝てませんでした。旧約聖書の神が持っている「全能Jの能力は、「運命」

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