〜 ウィ トゲ ンシュタイ ンの言語哲学の観点か ら
第 1節
キ ャ リア教育 のデ ィ レンマ
職 業 理解 や就 業指 導 のキ ャ リア教 育 を進 めて い くと、特 に就職 希望 者 の多 い学 校 で は、
就 職 へ の意識付 け とは反対 に、就 職 活 動 か ら降 りて い く生徒 が 出て くる とい う逆 説 的な現 状 が あ る。筆者 の以 前 の勤 務校 (以下 、
A高
校 と表記 す る。就 職 約 1/3、 大 学 進 学 約 1/3、専 門学校 進学約 1/3の いわ ゆ る進 路多 様校
)に
お いて もそ の傾 向がみ られ 、キ ャ リア教 育 の取 り組 み につ いて、根本 か らの見 直 しが必要 とな って いる。ベネ ッセ の実 カテス ト実施 時 に併せ て とった ア ンケー トによ る と、A高
校 の生徒 た ちの学 習 に対す る姿 勢 が如実 に表 れ て い る。1年生 の場合 を例 にす る と、 「学 力向上 の要件」 と して挙 げた数値が高 い回答 は、
1位
が 「努 力」 (86.6)、
2位
「授業 を しっか り聞 く」 (77.5)、3位
「上手な勉強法」 (71.7) で あ り、 次 の 「自分 に合 った 問題集や 参考 書」 (59.0)よ りかな り大 きな数字 とな って い る。 これ だ け見 る と自分 の努 力の足 りな さを反省 して 、そ れ を改善 の根拠 と して い るよ う に見 え る。だが 、2年
生 とな って もそ の傾 向は ほぼ変わ らず (表 1)、 また、 自宅 学習 を(表 1)
○ 学 力向上のための要件(生徒 の 回答
)2013年
(とても大切と答 えた生徒数Xl.0+やや大切 と答えた生徒数X05)÷集計人数X100)
(表2)
○ 学習状況[自宅学習](生徒 の 回答)2013年
1
No. %
霊 日 決 め て こ つ こ つ 学 習
毎旦摺 ■■警団駆錯ない̲…
その 日の気分で学習 宿題はする 3
4
5 自宅学普ぼ口まい 45
夫 印 入・ 謳 印 入 合 計
しな い生徒 の数値 も1年か ら
2年
にか けて ほ とん ど減 って いな い (表 2)。 この現 実 を考 え る と、原 因 を 自分 に もって くる もの の、そ れ を改 善す るので はな く、 自分 はそ んな もの だ と努 力の足 りな い 自分 を否定 して いな い とい うことにな る。学校 が行 った授 業 ア ンケー トに もそ の傾 向が み られ る。 同 じ く
1年
生 の場合 、 「私 は こ の授 業で忘れ 物 をせ ず、宿題 0提出物 をきち ん と出す努 力 を して い る」 とい う設 間で は、(:書晟(3)
O毒
群ンソト+ 2013年
そ費
"己
う
あ らかれ え ばそう思う ど 亮 力も ヽモ:まう 刷 聞 い まつК ぞ労到♭櫻い わ られ ヽ 辞 努力不足
tOIL
1 2 3 4
1︑ 2 3︑
4 1︑
2 3︑
ヘ 利
、宿題・
提出
―
出協 力れ てしも
授畔p確薇麗勘和醍貝ユ理 由で最も当 てはまる慣幌り
u颯
一っ記号で増漱ヱだヽヽ
481
133 411
362 78
438 6ラ
「そ う思 う」 と「 どち らか とい うとそ う思 う」 を合 わせ た数 は、どのク ラスで も
90%前
後 の数値 とな って い る。そ の一方 で、 「私 は授 業 の内容 を理解 で きて いる と思 う」 とい う設 間で は、 「そ う思 う」 と 「どち らか とい うとそ う思 う」 を合わせ た数 は 、 どの ク ラスで も60%前
後 の数 値 と下 が って しま う。そ の理 由 を聞 く と、 「苦 手」 と 「自分 の努 力不 足 」 を 合わせ た 回答 数 は 、多 くの ク ラスで80%程
度 あ る (表 3)。 ここで も、結 果 が 出せ な いの は 自分が原 因で あ る と考 えて いる数値 が 出て くる。 自分以外 に原 因が あ る と考 え るのは、責任 転 嫁 で もあ るが 、そ れ は現 状 を打 開 した い とい う気 持 ちの現 れ で あ る。 しか し、現 状 を変革す る行 動 を と らな いままに 自分 が原 因 と考 え るのは、現状 に不満 を感 じて いな い現 れ と読 むべ きで あ る。彼 らには、新 たな可能性 に挑 戦 しよ うとか、今 あ る 自分 を変 えて い こうといった積極 面 が あま り見 られず 、身 の回 りの もの に楽 しみ を見 出そ う と した り、困 難 が 降 りかか りそ うな ことは避 けよ う と した りす る傾 向が あ る。 だ か らとい って彼 らはそ の状態 に劣等 感 を持 って いるわ けではな く、現 状 に不満 を感 じて いな い。
進 学希望 の生徒 も就職 希 望 の生徒 もい る、 いわ ゆ る進 路 多様校 で は、 中学
3年
生 の高校 受験校 決定 にお け る 「序 列 」 で は、そ れ ほ ど高位 で な い位 置づ け とな る。 「 自分 は勉 強 が で きな いのだ」 とい う現実 が、 「自分 は何事 もで きな いのだ」 とい う意 識 とな って 、何事 に も消極 的 にな って しま う意識がで きて しま う。 「自分 は他 の子 のよ うには勉 強がで きな い (正確 にはテ ス トの点数 を取れ な い)。 」 とか、 「自分 は後 か ら遅 れ て つ いて行 くしか な い。」 とか い う意識 が 、 「遅 れ て しまって も う ど こに も行 けな い。」 とな って しま うの で あ る。そ のた め に、 困難 を乗 り越 えて 自分 の希望 を実現 しよ うと意識 す るので はな く、困難 に打 ち負 か され る 自分 の現 実 を見 た くな く、そ んな姿 を突 きつ け られ るのが嫌 だか ら、
そ れ を避 けるた め にあ らか じめ希望 か ら降 りて しま うので ある。 ここに、早 くに競 争か ら 降 りた進 路多様校 の生徒 た ち の実 態 が あ る。
そ の ことは、 かつ て苅谷 剛彦が 「イ ンセ ンテ ィブ・ デ ィバ イ ド」 と指摘 して いる (苅谷 2001)。 苅谷 は、
1990年
代 以 降見 られ た 学習 時 間 の減 少 に見 られ る学 習 意欲 の低 下 を、社 会 階層 ごとに分 けて検 証 した。子 供 の意 識 の違 いを説 明す る社 会 階層 の要 因 と して母 親 の学歴 に着 目した。そ れ を も とに学 習時間 の変化 を見 た と ころ、階層上位 層 に比べて下位 層 の低 下 が顕 著 に表 れ て い る。 「教 師 によ る統 制 の弱 い、子 供 の主体 的な学 習 を求 め る教 授 法 ほ ど、新 中産 階級 の文化 と親和 的で あ る とす るイ ギ リス の研 究 (バー ンステイ ン
1975=80)が
あ るが 、日本 で も同様 の ことが予想 され るので あ る。」 (苅谷 2001,p.219) と、 階層 間の違 いを意識 した と らえなお しを して いる。 さ らに、 「学校 で の成功 か ら降 り て しま う、相対 的に階層の低 いグルー プの子供た ち に とって 、 あえて降 りる ことが 自己 の 有 能 感 を高 め るはた らき を も もつ よ うにな って い る。」 (苅谷2001,p.219)「
社 会 階 層 0 下位 グル ー プ の生徒 に とって は、学校 で の成功 をあき らめ、現 在 の生活 を楽 しもう と意 識 の転換 をはか る ことで 、 自己 の有能感が高 まるので あ る。」 (苅谷2001,p.220)と
指 摘 し、そ れ ゆえ、非常 に危 険な ことと して 、 「<降
りる>こ
とによ って 自己 を肯定 で き る低 い階層の子 どもた ちを、<降
りず に>い
させ る ことは、か え って彼 らか ら自己 の有 能 感 を 奪 う ことにな りかね な いか らで あ る。」 (苅谷2001,p.220)と
指 摘す る。そ んな現実か ら、将 来 のた め に今 を計画 的 に生 きよ うとす る展望 が弱 く、他者 との競 争 を避 けて 身近 な ところに満足 を見 る ことにな る。そ の現実 につ いて 、古市憲 寿 は 「一泊二 日で友 達 と千葉 にバ ー ベキ ュー に行 く幸せ 」 と『
AERA』 2010年
11月 1日号 か らの 引用 をす る。 「若者 に広 まって い るのは、 もっ と身近な人 々 との関係や 、小 さな幸せ を大切 に す る価 値 観 で あ る。」 (古市2011,p.13)と
して 、苅谷 の指 摘が、そ の時か ら10年
が た って 、そ の時以 上 に若者た ちの意識 として広 まって い る ことを指摘 して いる。大学 生 の場 合 、そ れ で もいずれ は 自分 で キ ャ リア を開拓 して い け るのだが 、高校 生が進 学 か らも就 職 か らも降 りて しまった場合 、そ こか らの道 は閉ざされ た もの にな って しま う。そ んな状況 で 、今 あ るキ ャ リア教育 を進 め るほ どにキ ャ リアか ら遠 ざか って い く生徒 の現状。ここに、キ ャ リア教 育 のデ ィ レンマ が存在 す る。
第
2節
「産業化社会 」的発 想の キ ャ リア教育 の限界どこに問題点があるのか。 これは前章で も、本田や児美川の指摘を挙げたが、それ以上 に教育の本質の問題点があると考える。今多 くの学校で実施されているキャリア教育は、
生徒 をす で に この社会 にあ る職 業 に当て はめて い く教育 となって いる。そ して 、そ の発想 の根 底 には、一方 向へ の子 供 の発達 、す なわ ち小学校 か らの右肩 上が りに発達 して いき、
そ の先 には、現 に あ る社 会 へ の適 応 、 つ ま り社 会化 のた め に教 育 が あ る とい う考 え方 で あ る。 しか もそ の考 えの前提 と して 、社 会そ の ものが右肩 上が りに発展 して い く、生産 力が 向上 して 人 々 の生活 が よ り良 い もの とな って い くとい う発 想 が あ る。子 どもか ら大 人へ と、
発達 して い く社 会 に適 合 す るよ うに導 いて い く教 育 な ので ある。 しか し、 高度 経済 成長 を 支 えて きたそ うい った意 識 は、成 熟社 会 とな った現 在 で は通用 しな い。 今 我慢 して努 力す れ ば、や がて いつ か は報わ れ る、将来 の役 に立 つ といった一方 向 に伸び る時 間軸 的発想 は、
今 の子 供 た ち を動 かす 力 と して は弱 い。
そ の変化 を、既 に社会 構 造 の変化 と して
60年
代 か ら始 ま った と、 山崎 正和 は 『柔 らか い個 人主義 の誕生 』(1984)で
指 摘す る。 山崎 の考 え を ま とめ る と以 下 の よ うにな る。戦後 の 日本 、
60年
代 まで は 「産 業化 」の時代 と して 、国家が社 会 全体 の 目標 を決 め 、国 民全体 がそ の一つ の方 向 に向か って進 んで い く時代 だ。そ の象徴 が1964年
の東京 オ リン ピック と1970年
の大 阪万博 だ と山崎 は い う。 この60年
代 に 日本 は国 民総 生産 (当時 はGNP)で「西側世界」の第 二位 の額 に届 く。そ の後
70年
代 に入 つて起 こった 「石 油危 機」によって 日本 の成長 にブ レーキがかか って産 業構造 の変化 が起 こって きた と言 われ て いる が 、山崎 は「じつ はそ れが な くとも、
60年
代 の あれ ほ どの成 長 率 は別 の理 由で 抑 制 され た」とす る。す なわ ち、 「極 度 に微 妙な均衡 の うへ」 に ある国際情勢 は、 「大 きな現状 変更 を 許 さな い膠着 状態 」 を作 つてお り (この点 は 「ベル リンの壁崩壊」以 降 は修 正 され な けれ ばな らな いが)、 経 済 的な拡 張 はそ の 力関係 の 中で 抑 制 され る。 日本 は 、 「石 油危 機 とい う外 的な障碍」がかえってタイ ミングの良いきっか けとな って、構造変化 を成 し遂げ られ た とす るので ある。そ うなると、国家 は国民にとって 「個人の人生を励 まして くれ る劇的 な存在」ではな くな り、国民は国家 といった大 きな ものへのつなが りを求 めるのではな く、
「身近な生活環境」 に関心 を持つようにな り、 「紐帯 としてはよ りゆるやかな、いわば文 化的共感 によって結 ばれて行 く」 ことになる。 リオタールの言 う「大きな物語」が成立 し な くなった現代 につ いて の指摘は、山崎によって も示 されている。
そ の中で、労働時間の短縮 と家庭 にお ける家事時間の短縮 によって余暇時間が増加す る ことと、生産現場 の機械化 による労働人 口の第