ここではキャッシュ・フロー情報が利用者の意思決定に際してどのように利用され得る のかを検討する。すでにわが国でも一般的となっているキャッシュ・フローの類型分析に ついて述べ,続けてF. J. Plewa and Friedlob G. T.(2002)によって提唱された百分率表 示のキャッシュ・フロー計算書の新技法を紹介する。最後に,わが国で開示されているキ ャッシュ・フロー計算書において,百分率表示を適用した場合に読み取ることができる企 業の経営実態について,有価証券報告書を用いて調査を行う。
なお,類型分析の調査対象会社は,東京証券取引所から平成25年10月7日付けで公表
されたTOPIX Core30およびLarge70を構成する100社を用いている。分析対象として
TOPIX Core30およびLarge70を選んだ理由は,分析対象としての公正性が高いと考えら
れるからである。すなわち,TOPIX Core30およびLarge70の構成銘柄は,選定および入 替の判断に,恣意的な判断や不明瞭な銘柄入替などを排除するために,時価総額および売
X社
X2年12月31日
営業活動
当期純利益 400
減価償却費 100
売掛金の増加額 900
棚卸資産の増加額 -150
買掛金の増加額 50
未払利息の増加額 -10
営業キャッシュ・フロー 1290 投資活動
有形固定資産取得支出 -100 投資キャッシュ・フロー -100 財務活動
長期借入れによる収入 - 長期借入金返済支出 -1,000 財務キャッシュ・フロー -1,000
現金及び預金の増加額 190
期首現金及び預金 280
期末現金及び預金 470
キャッシュ・フロー計算書
36
買代金の数値基準だけが用いられている。また,類型分析の対象は,金融庁が運営する金 融商品取引法に基づく有価証券報告書等の開示書類に関する電子開示システム(EDINET)
より,平成25年10月7日時点において取得可能な上記100社の直前期の連結キャッシュ・
フロー計算書とした。
1 活動別キャッシュ・フローの類型
1会計期間における企業の経営活動によるキャッシュ・フローは,3 つの区分に分けら れ,それぞれの活動毎に正味額が計算される。キャッシュ・フロー情報の利用法の1つは,
各活動別キャッシュ・フローがプラスであるかマイナスであるかにより,以下の図表 4-1
(1)のような8つの類型に分ける類型分析である。
図表4-1(1) 活動別キャッシュ・フローの類型
出典 鎌田信夫著,前掲書,12ページ,一部修正
わが国の会社のキャッシュ・フロー計算書の類型を調査すると,図表4-1に示すように,
類型2の会社数が59社と最も多く,次いで類型4が31社となっている。これらの2つに 分類される会社が全体の9割であった。類型3の会社数は6社であり,類型1,6および 8 に分類される会社は無かった。このような類型分析は,会社のキャッシュ・フローの状 態を要約することに有効である。
しかし,実際の会社について類型分析を行うと,大多数の会社が「類型2」または「類 型4」に分類されるため,利用者が会社の経営実態の違いを把握して意思決定をする際に は,類型に関する情報が意味を持たないことがある。
また,類型分析は,各活動別のキャッシュ・フローが,プラスであるかマイナスである かという2つの局面でしか評価できず,キャッシュ・フローの金額の相対的関係が示され ないから,類型の特徴を正確にあらわさないという欠点もある。例えば,CFO1,000 百万 円,CFI△500百万円およびCFF△400百万円の会社と,CFO100百万円,CFI△500百 万円およびCFF△400百万円の会社では,同じ「類型2」に分類されるが,前者は,営業 活動による現金収入は投資支出および資金の返済に必要な現金を十分賄っているが,後者 は賄うことはできていない。この点について鎌田教授(2006)は,「継続する各期間にお
類型 キャッシュフロー
CFO + + + + - - -
-CFI + - + - + - +
-CFF + - - + + + -
-会社数 0 59 6 31 1 0 3 0
6 7 8
1 2 3 4 5
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いてこれらの類型が変動するときは,変動金額の相対的重要性または特定の類型の継続期 間の長短を考慮して,問題点を明確にするように検討してみる必要がある」99と指摘して いる。
2 百分率キャッシュ・フロー計算書
類型分析は,会社のキャッシュ・フローの状況に関する大まかなパターンを理解するこ とができる一方で,各項目の金額の相対的関係を理解することは難しい。その理由は,キ ャッシュ・フローの金額のプラスとマイナスを識別するだけであり,金額の相対的関係は 無視されるからである。
このような点を改善する方法の1つに,百分率を用いる方法がある。すでに,貸借対照 表および損益計算書では,各項目の金額の相対的関係を示すために構成比や百分比などの 百分率が表示されている。一般の利用者は,有価証券報告書において百分率で財務諸表の 金額の相対的関係を分析することができる。
しかしながら,わが国の有価証券報告書では,主要な財務諸表のうち,キャッシュ・フ ロー計算書だけが百分比を示していない。実際に,有価証券報告書を調査してみると,キ ャッシュ・フロー計算書に百分率を表示している会社は皆無である100。さらには,百分率 キャッシュ・フロー計算書の計算方法および利用方法さえ明らかにされていない。
そこで,以下では,百分率キャッシュ・フロー計算書の内容を整理した後,実際の会社 を例にその計算方法を検討してみる。そのうえで,わが国の有価証券報告書により,会社 の百分率によるキャッシュ・フロー情報開示の実態を明らかにする101。
2-1 水平的分析
キャッシュ・フロー計算書における各項目の趨勢を理解するのに役立つ手法には,百分 率表示の水平的分析がある。この方法は,基準とする期間の各項目の金額を100とし,以 後の年度の各項目の金額が基準期間の金額の百分率で示される。
各会計期間における1つの項目の変動額は,その項目の変動による影響を利用者に適切 に伝えることができないこともある。それは各項目の変動額の大きさだけでなく,基準と する期間からどれくらい変動したのか,または複数の会計期間にわたってどのように変化 しているのかという情報も,利用者の意思決定には重要な情報だからである。
水平的な百分率表示は,各項目の変動に焦点を当てるものであり,それらの変動額の相
99 鎌田信夫著(2006),前掲書,13ページ。
100 TOPIX Core30およびLarge70における100社の連結キャッシュ・フロー計算書では,百分率を表 示している会社はまったくなかった。
101 百分率の分析に関する説明は下記の文献を参考にした。
Franklin J. Plewa, G. Thomas Friedlob,“New Ways to Analyze Cash Flows, ” National Public Accountant,Feb/Mar 2002, Vol.47, No.1.
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対的大きさを明確にするため,変動の重要性について利用者の理解を高めることができる。
なお,水平的分析には,2 年またはそれ以上の継続する会計年度において基準年度と比 較して百分率表示を行う基準年度方式と,前年の会計年度と比較して百分率表示を行う前 年比方式がある。
2-1-1 基準年度方式
基準年度方式は,2 年またはそれ以上の継続する会計年度を比較する場合に最も適切な 方法であり,以下の3つの手順により表示する百分率を求める。
1.基準年度を決定する(通常は,比較する会計年度の初年度とする)。
2.比較を行うために,基準年度から連続する各年度までの各項目の変動額を求める。
3.2で求めた変動額を,各項目の基準年度の金額で除することで,基準年度の各項目
を100%とした各項目の変動額の百分率を求める。
図表4-2-1-1は,株式会社松屋フーズの平成25年3月期以前3期分の百分率連結キャッ
シュ・フロー計算書を,基準年度方式を用いて作成したものである。なお基準年度は平成 23年3月期とする。
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図表4-2-1-1 基準年度方式によるキャッシュ・フロー計算書(株式会社松屋フーズ)
注:EDINET,株式会社松屋フーズ(E03164),有価証券報告書(単位:百万円)を用いて筆者が作成。
2-1-2 前年比方式
前年比方式は,連続する会計年度において変動する各項目の変動額を,前年度の金額と 比較して百分率表示したものである。これは基準年度方式における基準年度を,各年度に おいて前年度に換えて百分率表示したものである。
前々連結会計年度 前連結会計年度 当連結会計年度
(自 平成22年4月1日 (自 平成23年4月1日 (自 平成24年4月1日 至 平成23年3月31日) 至 平成24年3月31日) 至 平成25年3月31日)
(単位:百万円) (増減率:%) (単位:百万円) (増減率:%) (単位:百万円)
営業活動によるキャッシュ・フロー
税金等調整前当期純利益 4,394 2.3 4,495 △60.1 1,752
減価償却費及びその他の償却費 2,559 27.1 3,253 73.2 4,431
減損損失 49 124.5 110 573.5 330
賞与引当金の増減額(△は減少) 502 △194.4 △474 △93.8 31
受取利息及び受取配当金 △31 △6.5 △29 29.0 △40
支払利息 155 △9.7 140 32.3 205
有形固定資産除売却損益(△は益) 10 330.0 43 △320.0 △22
店舗閉鎖損失 42 △47.6 22 △95.2 2
建設仮勘定及び店舗賃借仮勘定 からの振替等調整費用
売上債権の増減額(△は増加) △48 △108.3 4 25.0 △60
たな卸資産の増減額(△は増加) △647 △83.3 △108 86.1 △1,204
仕入債務の増減額(△は減少) 262 278.6 992 △542.0 △1,158
未払消費税等の増減額(△は減少) 35 △651.4 △193 580.0 238
その他 △73 △139.7 29 1545.2 1,055
小計 7,748 19.1 9,229 △15.8 6,526
法人税等の支払額 △1374 106.3 △2835 18.6 △1630
営業活動によるキャッシュ・フロー 6,373 0.3 6,393 △23.2 4,895
投資活動によるキャッシュ・フロー 建設仮勘定の増加及び有形固定資産 の取得による支出
店舗賃借仮勘定、敷金及び保証金等 の増加による支出
店舗賃借仮勘定、敷金及び保証金等 の減少による収入
利息及び配当金の受取額 8 △50.0 4 △50.0 4
その他 △71 60.6 △114 159.2 △184
投資活動によるキャッシュ・フロー △4024 191.5 △11728 91.9 △7724
財務活動によるキャッシュ・フロー
短期借入れによる収入 3,248 139.0 7,762 131.2 7,509
短期借入金の返済による支出 △3331 101.1 △6,700 158.4 △8,607
長期借入れによる収入 1,100 645.5 8,200 745.5 9,300
長期借入金の返済による支出 △3558 △18.8 △2,890 5.1 △3,738
リース債務の返済による支出 △35 117.1 △76 345.7 △156
自己株式の取得による支出 △0 - 0 - 0
利息の支払額 △151 △5.3 △143 38.4 △209
配当金の支払額 △57 701.8 △457 701.8 △457
財務活動によるキャッシュ・フロー △3186 △278.7 5,693 △214.2 3,639
現金及び現金同等物に係る換算差額 △5 △100.0 0 △120.0 1
現金及び現金同等物の増減額(△は減少) △842 △142.4 357 △196.4 812
現金及び現金同等物の期首残高 4,131 △20.4 3,289 △11.7 3,647
現金及び現金同等物の期末残高 3,289 10.9 3,647 35.6 4,459
608
943 965
△10,067 △7,173
△1,763 △978
212
80.0
210.2
△3321
△836 196 536
8.2 75.9
116.0 203.1
17.0 110.9