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[序論]

多くのトランスジェニックマウスが,前核期胚への DNAマイクロインジェクション法 [Brinster et al. 1980]により作出されており,ノックアウトマウスもES細胞を用いた相 同組換え法による方法により作出されている.さらに,近年では,遺伝子編集技術による ZFN [Geurts et al. 2008],TALEN [Sung et al. 2013]またはCRISPR/Cas [Mali et al. 2013]を用いて,特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウスが作出されている.このよ うに,遺伝子改変マウスはマウスの広範な有用性から,ラットと同じように,またそれ以 上の数が作出され続けており,これらのマウスを効率的に維持または管理する方法が求め られている.胚や精子,未受精卵を含む生殖細胞系列の超低温保存は,効率的な遺伝子改 変動物の作出,維持または管理に有効な方法である.特に,ハプロイドの生殖細胞,つま り精子もしくは未成熟卵または成熟卵を含む未受精卵の超低温保存は,保存後に雌性配偶 子もしくは雄性配偶子の選択が可能となり,IVF またはICSI を介した産子作出ができる ことから有用な技術である.さらに,未成熟卵の超低温保存はホルモン投与することによ り過剰に採取した卵を保存することが可能であり,がん治療後に子供をつくる可能性を維 持できることや,ヒトにおける加齢による任孕性低下に対する対策などヒト生殖補助医療 においても広範な利用が可能となる技術である.

超低温保存した未成熟卵はその後の生存性および発生能が低下してしまうことが知られ ている[McEvoy et al. 2000].未成熟卵は,成熟卵と同様に胚や他の細胞に比べて細胞体積 が大きく,また球体であるため単位体積あたりの表面積が最小となり,浸透圧変化による 物理的影響をうけやすいく,細胞サイズが大きい胚と比較し細胞質内への凍害保護物質の 透過や細胞質内の脱水が難しいことから、サイズが大きい未成熟卵の超低温保存後の生存 性は成熟卵と同様に低下する.しかしながら,未成熟卵の核相は第 1 減数分裂前期 (Prophase-I)で停止しており,卵巣から採卵するため得られる卵数は多く,成熟卵と比較 すると未熟であるためサイズは小さいことが多い.このため,超低温保存した未成熟卵の 生存性および発生能は低いものの,核相が第2減数分裂中期(Metaphase-II)で停止してい

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る成熟卵と比較すると核の構造が安定的であるため高い生存性・発生能を示す.そのため,

成熟卵の超低温保存が困難なブタなどの動物種においては,未成熟卵がハプロイドとして の雌性配偶子を保存するためのステージとして選択される傾向にある[Somfai et al. 2012 ].

その一方,未成熟卵は保存後にin vitroの条件下で体外成熟培養(IVM)を行う必要があ ることが,成熟卵とは大きく異なるポイントであり,このIVMの条件を調べることは保 存した未成熟卵の受精能および発生能に対し非常に重要である.本研究は,クライオトッ プを用いたマウス未成熟卵の超低温保存法の確立を目的とし,まず,IVM時間が新鮮マウ ス未成熟卵のIVF後の受精能および胚盤胞への発生能に及ぼす影響を調べ,マウス未成熟 卵のIVM時間を決定した.さらに,第1章第1項で開発した保存液を用いることで,ク ライオトップを用いたマウス未成熟卵のガラス化保存に対して適応が可能であるか調べた.

まず,平衡液への平衡時間がガラス化保存したマウス未成熟卵に与える影響を調べること で,マウス未成熟卵に適した平衡時間を決定した.さらに,これらの条件を用いることで ガラス化保存およびIVMしたマウス未成熟卵における産子への発生能を調べた.

[材料と方法]

本研究は特記事項がない限りSigma-aldrich (St. Louis, MO, USA)の試薬を使用した.本 研究はすべて麻布大学動物実験委員会の承認を経て行った.

<供試動物>

本研究は卵を採取するために,日本チャールズリバー社 (Yokohama, Japan)より供給さ れた3 - 5週齢のICR系マウス(Crlj: CD1)を用いた.また,IVF時に凍結保存精子精子を 採取するために日本チャールズリバー社 (Yokohama, Japan)より供給された12週齢以上

のB6D2F1系マウス(Crlj: B6D2F1)を用いた.これらのマウスは麻布大学付属生物科学総

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合研究所で気温23 ± 2oC,湿度55 ± 5%,光制御(点灯時間: am 5:00 – pm 5:00),飼料と 水は不断給餌の環境下で飼育した.

<マウス未成熟卵の回収>

未成熟卵はすべて過排卵処理した未成熟雌マウスより回収した.3 - 5週令の未成熟雌マ ウスに,妊馬血清性性腺刺激ホルモン (eCG: Nippon Zenyaku Kogyo, Tokyo, Japan)を

300 IU/kg腹腔内投与し過剰排卵を誘起させた.eCG投与48時間後に頚椎脱臼させるこ

とにより雌マウスを安楽死させることで卵巣を採取した.卵巣は60 mm径シャーレに静 置させ,MEM (Minimum Essential Medium Alpha Medium: Life Technologies, CA, USA)に25 mM sodium bicarbonate,5% FCS (Life Technologies, CA, USA)が添加され た培養液中で26 G注射針(Top, Tokyo, Japan)を用いて卵巣を切り裂くことで卵丘細胞が 付着した未成熟卵を回収した.実体顕微鏡(Leica)下で卵丘細胞が数層から十数層付着した 未成熟卵を採取した.回収したマウス未成熟卵はその後,ガラス化保存もしくは体外成熟 培養(IVM)に用いた.ガラス化保存に用いるマウス未成熟卵は20% FCSが添加されたカル シウム無添加PB1(洗浄液)で3 回洗浄され,実験に使用するまで37oC で保持された.ま た,IVM に用いるマウス未成熟卵は,IVM 培養液(MEM に5% FCS および 10 ng/ml epidermal growth factor: EGF)で3回洗浄したのち,培養を行った.

<マウス未成熟卵のガラス化保存>

ガラス化保存は第 1 章で開発した方法により行った.クライオトップ (Kitazato BioPharma, Shizuoka, Japan)を用いたマウス成熟卵のガラス化保存は室温下(25 - 27oC) で行った.卵丘細胞は除去しないマウス未成熟卵は洗浄液で洗浄された後に第1章第1項 の結果より,カルシウム無添加PB1 + 20% FCS + 15% エチレングリコール(EG) の平衡 液に浸漬された.3分間の平衡完了後直ちにPB1 + 20% FCS + 30% EG + 0.5M sucrose を含むガラス化液へ移動した.未成熟卵はガラス化液への平衡が1分間となるように,ク

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ライオトップ先端シートに充填し,液体窒素に直接投入することでガラス化保存をおこな った.クライオトップにアプライされた未成熟卵は液体窒素タンク中で1週間以上、超低 温 保 存 し た . 本 研 究 に お い て , 平 衡 液(Equilibration solution)お よ び ガ ラ ス 化 液 (Vitrification solution)を合わせてガラス化保存液と呼称する.

<ガラス化保存したマウス未成熟卵の加温>

ガラス化保存したマウス未成熟卵はクライオトップ先端シートを 37.5oC に温められた PB1 + 20% FCS + 1.0 M sucroseの加温液中へ浸漬させることで加温をおこなった.この 際,未成熟卵は付着している卵丘細胞を除去しないよう緩やかにピペッティングすること でクライオトップ先端シートより除去した.未成熟卵はこの加温液中に 1 分間静置させ,

その後,PB1 + 20% FCS + 0.5 M sucroseの希釈液で3分間,次いで室温下で洗浄液を用 いて5分間平衡することで行った.加温した未成熟卵はそのまますぐにIVMに用いた.

<マウス未成熟卵のIVM>

COCは約20個ずつ4穴シャーレ(Nunclon Multidishes: Nalge Nunc International, Denmark)を使用することで500 μl の25 mM NaHCO3,5% FCSを添加した に 入れ,14時間37.5oC,5% CO2,湿度飽和下のインキュベーター内で培養した.IVM開始 から 14 時間後,膨化した卵丘細胞卵子複合体は,卵丘細胞を除去しないように注意を払 いながら,体外受精培地 (TYH)中で3回洗浄し,35 mm径シャーレにパラフィンオイル で覆われた100 μlのTYHのドロップに入れ,体外受精(IVF)に用いた.

<マウス精子凍結保存法とIVF法>

IVF は Kohaya らの報告に準じて行った[Kohaya et al. 2011].12 週齢以上の成熟

B6D2F1オスマウスから室温,25 oC 条件下で精巣上体尾部より得られた精子を凍結保存

したものを用いた.オスマウスから採取した精巣上体尾部は35 mmシャーレに静止凍結

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保存培養液であるR18S3 (18% (w/v) Raffinose,3% Skim milk (w/v) (Becton Dickinson and Company, Franklin Lakes, NJ, USA))400 μl中に静置し,眼窩剪刀で数回切り刻むこ とで,精子は浮遊させた.精子は0.25 ml プラスチックストロー(IMV, L'aigle, Cedex,

France)に封入し,液体窒素蒸気中に 10 分間保持した後,液体窒素中に投入し保存した.

凍結保存精子の融解は,ストローを37oC温水中に15秒間浸漬することにより行った.ス トローははストローカッターで切断し,精子が封入されている部分の液を35 径mmシャ ーレに排出し,その後のIVFに用いた.

融解した精子は35 mm径シャーレ(35-1008, Becton Dickinson)にパラフィンオイルに より覆われた100 μlのTYHドロップに入れ,受精能獲得を誘起するために1時間37oC,

5% CO2,湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った.IVF までの間に,精子は,

4% NaCl 中で運動性を失わせ,トーマ氏血球計算盤により最終精子濃度を 0.2 × 105

sperm/mlになるように計算を行った.前培養終了した精子は,卵が入っているIVF培地

である100 μlのTYHドロップに,上記の精子濃度となるように移し,6時間37oC,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った.6 時間後に,2 つの前核が観察された 卵を受精卵,すなわち前核期胚とした.

<IVFにより作出された胚の体外発生培養>

体外発生培養はKohaya et al. (2011)の方法に従って行った.IVFにより作出された前 核期胚はさらに37.5oC,5% CO2,95% 空気,湿度飽和下のインキュベーター内でパラフ ィンオイルに覆われた50 μlのKSOM-AA により培養した.前核期胚の判定から24時間 後に2細胞期胚,96時間後に胚盤胞を観察し,それぞれ評価した.

<胚移植>

マウス未成熟卵のガラス化保存により作出した2細胞期胚は産子への発生能を調べるため に,偽妊娠誘起されたレシピエントメスマウスに胚移植を行った[Kohaya et al. 2011].9 -

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24週齢の ICR系メスマウスは精管結紮術により受精させる能力を失わせた15 - 80週齢 のICR系オスマウスとday 0,18:00 - 22:00の間に交配させることで偽妊娠を誘起した.

IVFにより作出された前核期胚はday 1,20:00 - 23:00に外科的方法により,メスマウス 卵管に2細胞期胚を移植することで胚移植を行った.day 21,に産子作出へ至らないメス マウスは帝王切開により産子の確認および着床痕を観察した.

< 統計処理 >

全ての実験は3回以上繰り返し起こった.全てのデータはアークサイン変換後にStatcel2 (OMS, Tokyo, Japan)を用い一元配置分散分析法(one-way analysis of variance: ANOVA) によりP値を算出した.さらに,Turkey-Kramer法による多重比較検定により群間を検討 した.また,P<0.05を統計上有意な差があるとした.

[実験計画]

実験1: 成熟培養時間が新鮮マウス未成熟卵における IVMおよび IVF後の受精能と発生 能に及ぼす影響

成熟培養時間が新鮮マウス未成熟卵におけるIVMおよびIVF後の受精能と発生能に及 ぼす影響について調べるために,過剰排卵処置をしたICR系メスマウスから未成熟卵を採 取した.採取した未成熟卵は,MEMを用いてIVMを行った.IVMは8, 10, 12, 14, 16 時間行い,その後IVFを行った.IVF終了後に2前核を形成している卵を前核期胚とし,

IVF 24時間後に2細胞期胚率をさらに96時間後に胚盤胞率を観察した.

実験2: マウス未成熟卵のガラス化保存における平衡液への平衡時間がIVM・IVF後の受 精能と発生能に及ぼす影響

ガラス化保存を行うために,平衡液への平衡時間を検討した.採取したマウス未成熟卵

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は室温下でカルシウム添加PB1 + 20% FCS + 15% CPA (DMSO : EG = 1 : 1)の平衡液に3,

5,7分間平衡した.その後,カルシウム添加PB1 + 20% FCS + 30% CPA (DMSO : EG =

1 : 1) + 0.5 M sucroseのガラス化保存液へ浸漬し,1分間平衡終了と同時に,クライオト

ップ先端シートに充填した未成熟卵を液体窒素に投入することでガラス化を行った.加温

は,Cryotop先端を37.5℃の加温液中へ浸漬させることで行い,未成熟卵をこの加温液中

に5分間静置し,次いで洗浄液にて5分間平衡を行った.平衡終了後,MEMで3回洗 浄した.IVMは実験1の結果より14時間行い,その後IVFを行った.IVF終了後に目視 による形態的な評価により生存率,第一極体の放出により成熟率,さらに,2 前核を形成 している卵を前核期胚とした.さらにIVF 24時間後に2細胞期胚率を,96時間後に胚盤 胞率を観察した.

実験3: ガラス化保存したマウス未成熟卵におけるIVMおよび IVF後の産子への発生能 に及ぼす影響

マウス未成熟卵は,実験2の結果より3分間の平衡液への平衡時間によりガラス化保存 された.さらに,実験1の結果より,マウス未成熟卵は14時間のIVMを行い,その後IVF を行った.IVFにより得られた前核期胚は,さらにKSOM-AAにより2細胞期胚まで体外 発生培養を行いった.2 細胞期胚は産子への発生能を調べるために,偽妊娠誘起されたレ シピエントメスラットに胚移植を行った[Kohaya et al. 20011].9 - 24週齢のICR系メス マウスは精管結紮術により受精させる能力を失わせた15 - 80週齢のICR系マウスオスマ

ウスとday 0,18:00 - 22:00の間に交配させることで偽妊娠を誘起した.IVFにより作出

された2細胞期胚はday 1,20:00 - 23:00に外科的方法を用い,メスマウス卵管に2細胞 期胚を移植することで胚移植を行った.day 21に出産に至らないメスラットは帝王切開に より産子の確認および着床痕を観察した.

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