川口 博行(山口県キャンプ協会副会長)
hiroyuki KAWAGUCHI
カンボジアにおける青少年教育とキャンプの現状
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ろう。事実、カンボジアでは、1953 年フランス から独立して以後、1970 年にクーデターが起こ り、その後、内戦と混乱が続いた。特にポル・
ポト時代(1975 〜 1978 年)には、原始共産 制が実施され、プノンペンなどの大都市住民、資 本家、技術者、知識人などの知識階級は財産・身 分を剥奪された。彼らは、農村に強制移住させら れ、農業に従事させられただけでなく、反乱を起 こす可能性があるとされて、海外から帰国した留 学生や資本家を含めて、多くの人たちが虐殺され た歴史がある。
その後、1992 年からの国連カンボジア暫定統 治機構(UNTAC)による暫定統治、1993 年の政 権議会選挙、新憲法公布、そして 1998 年および 2003 年の総選挙によって現カンボジア政府が確 立したのである。
現政権下では「四辺形戦略」と銘打った国家戦 略のもとに安定した政権運営が行われており、経 済的にも比較的堅調な成長をしてきている。(図1)
IMF のデータ(World Economic Outlook: 2011 年 4 月版)では、GDP の年間成長率は、2005 年 に 13.25%、2006 年 は 10.77%、2007 年 は 10.21% となっており、2009 年には世界不況の もとで▲ 1.96% と減少したものの、2011 年には 6.48% が見込まれており、東南アジアの中でも高 い成長率を達成している国の一つになっている。
また、カンボジア教育・青年スポーツ省発表の 教育統計によると 2010 〜 2011 年の統計で、就 学率は小学校 94.6%、中学校 37.2%、高等学校 20.5% となっており、ユニセフの調査によると識 字率は、15 歳以上の男子 85%、女子 64% となっ ている。
学校に行っていない理由も「家事家の手伝いで 学校に行けない」が、男子 23.9%、女子 28.8%
で最も多く、ついで「学校に行きたくない」男子 26.0%、女子 22.5%、「学校が面白くない」男子 6.6%、女子 6.2%、「授業についていけない」男 子 6.1%、女子 6.0%、「お金がないから」男子 0.6%、
女子 0.8% となっており、最大の問題は若年労働 にあるという指摘がされている。
3 カンボジア教育・青年スポーツ省青少年総局 の施策
カンボジア教育・青年スポーツ省は、現在 6 局 26 部局と 24 州教育省で組織されており、
2015 年の完成を目指して部局の再編が行われて いる最中である。私が所属していた青少年総局 は、2007 年に青少年部局とユース・センター部 局の 2 部局に分割されている。
青少年総局の施策の中核をなしているのが、
3 Good Movement と 呼 ば れ る 施 策 で、「Good Child, Good Student and Good Friend」をスロー
図2 青少年総局施策図
ガンに青少年の健全育成を目指したものである。
青少年総局の事業は、①青少年対象の HIV/
AIDS 対策啓発事業、②調査能力と事業評価能力 の向上に関する事業、③ナショナル・ユース・ポ リシー策定とその関連事業、④報道機関を活用し た教育番組制作事業、⑤青少年交流事業、⑥青少 年国際交流事業、⑦職員の資質向上事業の 7 事業 からなっているが、ここでは、その中で青少年交 流事業として実施されているスタディ・ツアーと ナショナル・ユース・キャンプについて報告する。
4 スタディ・ツアーとサマー・ユース・キャンプ スタディ・ツアーは、小学生対象、中学生対 象、高校生対象、学校に通っていない生徒対象と して年 4 回が予定されているのだが、私がカン ボジアに派遣されていた 2 年間は、予算不足の ために学校に通っていない生徒対象のコースは開 催されず、年 3 回実施されたのみであった。こ のスタディ・ツアーは、日本で言うならば修学旅 行にあたるものと言えるが、実施主体が学校では なく国の機関である教育・青年スポーツ省であ ることが重要である。参加者は 200 人。3 Good Movement で顕著な実績があった者として学校か ら推薦された者を州教育省が選抜して決定されて いる。
通常 4 泊 5 日の日程で実施されているのだが、
最初の日は、各地からシェムリアップにあるナ ショナル・ユース・センターに集まり、受付をす るだけで終わってしまう。というのもカンボジア では、乗り合いバスが主な輸送手段なので最も遠 いケップ州からシェムリアップまでは 10 時間以
上かかってしまうからである。
翌朝は、班別に分かれて自己紹介をした後、役 割を決める。午後は、アンコール遺跡群を管理し ているアプサラ機構から派遣された学芸員の「カ ンボジアの歴史とアンコール・ワット遺跡群」と いった内容の講義がある。
次の日から遺跡見学が始まるのだが、6 〜 7 台 のマイクロバスが隊列を作り、その前後に白バ イが配置されて誘導されながら動く様は壮観であ る。
バンティア・スレイ、タップローム、バイヨン、
バコン、ネァック・ポアン、プレアカン遺跡等々、
その都度見学場所は、変わるのだが、この日に 2
〜 3 の遺跡を見学し、翌日がアンコール・ワット 見学という順序は、変えられることはなかった 。
夜のプログラムとしては、ユース・センターに 付属したカンボジア芸術学校を訪問して生徒たち が踊るアプサラ・ダンスや各地方の踊りなどを見 学することが定番となっていた。
その他のプログラムとして国立博物館の見学や カンボジア芸術村見学が入れられたり、各州参加 者の特技披露といったお楽しみプログラムが入っ たこともあったが、あくまで、このスタディ・ツ アーが目指すところは、「カンボジアの歴史を学 び、アンコール・ワット遺跡群を見学することに よってカンボジア国民としての誇りを高めるとと もに集団生活の中で仲間意識を高めること。」で ある。
このスタディ・ツアーでは、宿泊はゲストハウ スと呼ばれる旅館に州ごとに分かれて泊まるのだ が、食事はユース・センターに仮設の炊事場が準 備され、業者がやってきて 200 人分の食事を 3 食作っている。当初、特別に指示をしなくても丸 いテーブルに 10 人ずつが座り、整然と食事する 風景に驚いたのだが、実はカンボジアでは、この ように多数の人が一緒に食事することは日常茶飯 事で、毎月の法事、葬儀、結婚式などがあるたび に、道路や庭に食事用の大型テントが立てられ、
折り畳みの丸テーブルと椅子がセットされ、10 人が座ったテーブルから食事が運ばれて、食事 が終わったグループから引き上げていき、次のグ ループが席に着くことが習慣になっているのであ る。そのためテント、テーブル、椅子、炊事用具 写真2 アンコール・ワットでの記念写真
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をトラックに積んで、何処にでも出張して、野外 で料理を作り食事を提供する専門の業者が存在す るのである。
また、2010 年には、教育省の新しい試みとし て海外に居住するカンボジア人の青年たちを対象 にしたサマー・ユース・キャンプが企画された。
インターネットを通じて世界中のカンボジア人 に参加を呼びかける画期的、斬新な事業だったの であるが、申込者が少なくて危うく中止の憂き目 を見るところだった。
しかし、急遽、対象をカンボジア国内の大学生 にも拡大して実施されることになり、その運営を 青少年総局が行うことになった。1 ヶ月足らずの 期間にカンボジア国内にある 50 近くの大学に参 加者を募って、大学生 300 人が集められた。郵 便システムの発達していないカンボジアでは、前 年までは、公文書を各州に配るためには、定期便 のバスや乗り合いタクシーの運転手に封筒を預け て、州の中心都市まで運んで貰い、その場まで職 員が受け取りに行くのが当たり前だった。そのた め、一つの文書が処理されるためには、配布に 1 週間、回答が出来るのに数週間、それが青少年局 に届くのに更に 1 週間というのが常識であり、
わずか 1 ヶ月でカンボジア全州から参加者 300 人の名簿が出揃い、大会準備が出来たことは、称 賛に値することだった。このスピード処理には、
コンピュータとインターネットが大きく貢献して いたのである。
この時点では、各州教育省にコンピュータが設 置され、インターネットによって繋がれていたわ けではなかった。そのため各大学への募集要項は 大学に直接メールで届けられ、参加者をまとめる
各州教育省には電話で指示して、インターネット を使える職員をインターネット・カフェまで行か せて、本庁からの書類を USB メモリにダウンロー ドして事務所に持ち帰り、参加者のとりまとめを した後、再び職員が、インターネット・カフェか ら本庁にメールを入れるといった表面には出ない 若手の努力があったのである。
しかしこの出来事によってインターネットの重 要性が認識されるようになり、その 3 ヶ月後に は、韓国ユネスコ協会の支援によって 24 州全て の教育省にコンピュータが贈られることになっ た。更にその後、JICA の支援によって教育省各 局の事務所が LAN で結ばれ、教育省内の IT 化が 一気に進められるきっかけとなったのである。
このようにして開催されたサマー・ユース・キャ ンプもその内容はと言えば、規模を大きくしたス タディ・ツアーのような形態であった。しかし、
参加者の中から選ばれた実行委員たちの手によっ て、全ての行事や討論会の報告が、会議直後、
行事終了時には、コンピュータによってまとめら れ、動画・スライドをまじえて編集され、その日 の夜または翌日には発表されたのである。大学生 たちの情熱と熱気に溢れた会場では、新しいカン ボジアを創るのだという雰囲気が日に日に高まり を見せていった。最終日の夜、閉会式が始まって 間もなく雨が降り出してしまったのだが、会場の 若者たちは席を立つものもなく、雨に濡れながら 来賓の祝辞を聞いていた。そんな中、スタッフが さしかける傘に入ろうともせず、自らも学生たち と同様にずぶ濡れになりながら「君らにカンボジ アの将来がかかっている。」と話す大臣のスピー 写真3 スタディ・ツアー食堂テント
写真4 サマー・ユース・キャンプでの開会式 リハーサル