第4章 人権教育・啓発の効果検証にかかわる指標について
6 エビデンスの蓄積・活用と効果検証
さて、上述のように、行政などにおいて、個々の事業やプログラムのアウトカム指標にも とづく効果測定がもとめられているが、人権教育・啓発の分野をはじめ、アウトカム指標を 設定するのが困難な分野があるというのが実情である。
他方、エビデンスに基づいて行うという潮流があり、無作為統制実験に基づく系統的レビ ューを最上位のエビデンスとする取り組みが行われ、医療をはじめとしたいくつかの分野(た とえば、刑事司法分野の非行の予防・処遇など)においてエビデンスが蓄積されてきている。
人権教育・啓発の分野においても、無作為統制実験を行い、その結果について系統的レビュ ーを行うことによって、効果が科学的な手続きによって保障されたエビデンスを蓄積してい くことが可能となる。
ところで、エビデンスの蓄積は、人権教育・啓発の分野に評価研究の専門家の協力を得る ことにはじまり、デザインされた無作為割付実験を行うなど、かなり大掛かりな事業となる ため、国や大学などの専門機関の関与が不可欠となる。しかし、そうやってつくられたエビ デンスが、データベース化され広く提供されれば、すべての自治体などにおいて活用可能と なる。そして、それぞれの人権教育・啓発の事業やプログラムは、その対象にあう手法や内 容を、一つないし複数のエビデンスを組み合わせて活用することによって、効果がエビデン
スの質に応じて保障されるものとなる。
すなわち、エビデンスをつくるのは、厳格な無作為統制実験などによることとし、個々の 事業やプログラムにおいては、そのエビデンスを活用するという方法をとれば、効果がエビ デンスの質に応じて保障されるものとなるので、それらの個々の事業やプログラムの効果検 証をいちいちする必要はなくなる。もし、活用しているエビデンスの効果について疑いがあ れば、そのエビデンスを活用している個々の事業やプログラムをいちいち検証するのではな く、そのエビデンスを検証するために無作為統制実験などを行い、当該のエビデンスを実験 により再検証すればいいとなる。
一方において、個々の事業やプログラムがエビデンスによって効果が担保され、効果検証 をはぶくことができたとしても、事業やプログラムを組み合わせた全体のプロジェクトにつ いては、そのようなエビデンスが存在しないので、別途、効果検証が必要になる。
そこで、成果重視の業績測定でいうところのアウトカム指標を、マクロのプロジェクト(複 数の事業やプログラムを効果的に組み合わせデザインされた計画)の効果検証にかかわるも のと位置づけ、ミクロの個々の事業やプログラムの効果を担保するエビデンスとの役割分担 を提案したい。
換言すれば、個々の事業やプログラムについては、効果検証のための指標をもちいるので はなく、無作為統制実験等によるエビデンスを蓄積し、それを活用することによって効果が 担保されているとして、ひとつひとつの事業やプログラムの効果検証を省略するとともに、
事業やプログラムは効果について綿密にデザインされたプロジェクトの一部として実行され るものとし、そのプロジェクトについては、最終的にアウトカム指標によって効果検証をお こなうものとなる。
したがって、個々の事業やプログラムの効果検証は、成果重視の業績測定でいうところの アウトカム指標によるのではなく、まず無作為統制実験等によりエビデンスを蓄積すること からはじまり、そのエビデンスを個々の事業やプログラムにおいて適切に活用しているかど うかの確認に帰着する。
文献
Harry,P,Hatry,1999,Perfomance measurement: Getting Result,The Urban institute ( = 上野宏・上野真城子訳,2004『政策評価入門――結果重視の業績測定』東洋経済新報社).
大阪府,2006『人権問題に関する府民意識調査報告書(調査検討会委員分析)』.
総務省自治行政局行政体制整備室,2002『行政評価指標設定の課題と考え方』.
総務省自治行政局行政体制整備室,2001『行政評価導入上の悩みと解決策――平成 12 年度地方 公共団体における行政評価についての研究会報告』.
津富宏,2003「系統的レビューに基づく社会政策を目指して:キャンベル協働計画の取組み」『日 本評価研究』(日本評価学会)第 3 巻第 2 号:23-39.
津富宏,2005「討論 : エビデンス・ベイスト・ポリシーにできること(I 課題研究 最近の刑事 政策関連立法・施策における政策形成過程の再検討――エビデンス・ベイスト・ポリシーの 発想に基づいて)」『犯罪社会学研究』(日本犯罪社会学会)第 30 号:89-93.
Peter H.Rossi,Mark W.Lipsey,Howard E.Freeman, 2004,Evaluation: A Systematic Approach 7th Edition,Sage Publications(=大島巌・平岡公一・森俊夫・元永拓郎監訳,2005『プ
ログラム評価の理論と方法』日本評論社.
おわりに――今後の研究課題
内田龍史
本報告書では、「自治体における人権啓発の現状把握調査」から明らかとなった、大阪府内 の自治体における人権啓発の体制・内容・課題ならびに、効果検証指標の作成に向けた視点を 整理した。本書を閉じるにあたり、今後の課題をあげておきたい。
本研究事業の当初の予定では、人権啓発の現状把握調査については、効果的な啓発実践を行 っている自治体を抽出し、その具体的なありようを検証することを計画していた。しかし、こ れまで行われてこなかった効果検証の視点を明らかにするための研究であることから、研究会 での議論を踏まえ、まずは自治体における人権啓発の現状を丁寧に把握することを研究の出発 点とした。そのため、2006 年度を中心とした大阪府内の自治体における人権啓発の大半を把握 することができたのではないかと考えている。しかしながら、データ収集に重きが置かれるこ とになったため、いくつかの研究・分析課題が残されている。
今後の課題としては、資料編C「各自治体の啓発事業の一覧」で示しているように、これら 収集されたデータを活かし、各自治体で行われている
個々の啓発事業の内容分析を行い、類 型化する作業が求められる。さらに、
それらの実践を、例えば講演・講座・ワークショップ などに類型化したうえで、それぞれに対する効果検証の手法についても整理しなければならな いだろう。アンケートの実施など、
いまだ個々の啓発プログラムに対する効果測定の方法に ついてのは積み残したままである。
最低限把握しておかなければならないねらいの設定や、汎用性の高いアンケート案の作成なども今後の課題となるだろう1。
また、第3章で検討した効果測定指標の視点については、あくまでもアウトプットに過ぎず、
アウトカムではない。つまり、実際に効果検証を行ったわけではなく、アンケートやヒアリン グ、研究会の議論から見出された効果検証の視点を整理したにとどまっている。今後は効果測 定指標が妥当であるのかどうか、その検証作業ならびに検証方法の考察が必要となるだろう。
さらに、第4章で指摘されているように、エビデンスの蓄積など、効果検証指標作成に向けた 基礎的な研究の深化も求められている。
最後になりましたが、大阪府内の全自治体における人権(啓発)担当の方々には、お忙しい ところ、アンケートへのご協力にはじまり、おおむね1時間半~3時間にわたる長時間のヒア リング、ならびに資料編の校正作業にご協力いただき、大変お世話になりました。特に、Good Practice の事例など、本報告書の知見がそれぞれの現場で活かされ、効果的な啓発事業の発展 につながることを願っております。
また、「人権啓発の効果検証に向けた指標作成のための研究会」の皆さまからは、これまで の豊富な経験をもとに、多様な視点からのアドバイスをいただきました。ヒアリング・資料の 収集・整理にあたっては、調査補佐の佐小田聡さんに献身的なご助力をいただきました。ここ に記して
皆様に深く感謝いたします。ありがとうございました。
1 ほかにも、人権行政・人権啓発等の基本方針等の内容分析なども、望ましい人権行政・啓発のあり方を展望
するうえで、重要な研究課題になるように思われる。
資料編
A:人権行政の新たな発展に向けて
――「人権企画研究会」研究報告書
B:自治体における人権啓発の現状把握調査のお願い
C:各自治体の啓発事業の一覧
D:各自治体の概要
A:人権行政の新たな発展に向けて――「人権企画研究会」研究報告書
(http://www.geocities.jp/humanrightspolicy/past/rs012/01a.htmlより)
平成17(2005)年3月大阪人権行政推進協議会 人権企画・人権啓発に係る専門会議人権企画研究会
I はじめに
大阪府内の自治体の「人権政策」「人権推進」「人権啓発」などの担当者によって構成されてい る大阪人権行政推進協議会「人権企画・人権啓発に係る専門会議」人権企画研究会(以下、「研究 会」)」では、2003(平成15)年6月から2005(平成17)年3月まで「人権行政を浸透させるための取 り組み」について計13回の話し合いを持ち、その方向性やあり方について研究を深めてきました。
研究会発足当初、各参加者の自治体内での業務の位置付け(内容)が必ずしも同一の内容ではなく、
事務分掌上においても統一されたものではないため、必然的に参加者の問題意識にもかなりの隔 たりがありました。(参考:末尾記載『各自治体における人権関係部局の機構について』) しか しながら、研究会を進めていくうちに、人権行政や人権教育・人権啓発を発展させ、深化させて いくためには、現状の問題をしっかりと把握・分析して、府内の自治体において共通認識を培い、
できうる限り歩調を合わせた取り組みが必要であるという共通の理解が生まれてきました。 本 報告書は、府内自治体が抱えるさまざまな問題を共に解決し、自治体行政が「人権行政」として 発展し、それぞれの地域において特色のある「人権のまちづくり」を進めていくために、そして、
「人権教育・人権啓発」の活動がその中心的・先導的な役割を担えることを期してまとめたもの です。
II これまでの経過
1 1996 年研究報告書「人権行政の確立にむけて」以後の各自治体の取り組み
「大阪府自治体人権啓発連絡会議」(※1)に設置された「自治体人権啓発行政あり方研究会」(※
2)によって1996(平成8)年6月に研究報告書「人権行政の確立にむけて」(以下、「96年報告書」) が出されました。 この報告書では、人権行政と人権啓発行政を進めていくために、次の三つの 課題が提起されました。
(1) 自治体行政は人権行政自治体行政の目標は、人権行政を市民と共に創造することであり、
憲法の理念である平和主義、民主主義、基本的人権の尊重を地域社会で実現させていくこ とである。そして、その中身はさまざまな差別を解消していく行政の総合的な推進によっ て深まっていくものである。
(2) 自治体職員の役割このような自治体行政の本質を深く理解した職員が存在してこそ、人権
行政の確立や人権啓発行政の発展が期待できる。このため、すべての自治体職員には人権 意識と人権感覚の研鑽が必要であり、多角的な職員研修が進められなければならない。行 政に携わる職員もまた人権意識の確立と高揚が不可欠なのであり、市民に対する啓発の目 標が実は職員自身の課題でもあるという認識が大切である。そのためには、何よりも「差 別の現実に学ぶ」姿勢が望まれる。