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1.現行の職業教育訓練政策1

2006 年 12 月、リーチレポートにおいて現行の職業教育訓練政策についての勧告と職業教 育訓練改革の基本枠組みの提言がなされた。それを全面的に受け入れ、現在、イギリスでは イノベーション・大学・職業技能省(Department for Innovation, Universities and Skills: DIUS)が中心となり職業教育訓練改革を進めている。

リーチレポートは財務省および旧教育技能省の委任を受けた諮問機関(リーチ委員会:

Leitch Review of Skills)が公表した提言書であり、イギリスが直面している技能労働者不足、

スキル水準の低迷といった課題に対して長期的な視点でのスキル向上の重要性を指摘し、世 界水準のスキルを構築するための基本枠組みを示したものである。

同レポートで示された職業教育訓練の改革案は、他の主要先進国に比べて低位にあると指 摘されるイギリスの教育およびスキル水準を 2020 年までに世界トップクラスに引上げるこ とを目標としており、全般的な職業能力を底上げするために、より多くの労働者への職業教 育訓練機会の提供を改革案として盛り込んでいる。

これまでイギリスでは職業教育訓練政策の主要な対象は失業者、就業前の若年者であり、

在職者や事業主に対する職業教育訓練施策は十分でなかった。リーチレポートでは事業主、

在職者向けの職業教育訓練施策の拡充に重点を置いており、そのために従来の複雑な職業教 育訓練の実施体制を整理するともに、事業主や在職者のニーズに合った職業教育訓練プログ ラムを策定し、事業主の主体的な参加による職業教育訓練の質の改善の必要性を指摘している。

リーチレポートで提言された主な改革案と、世界水準のスキルを構築するために 2020 年 までに実行すべき具体的な数値目標は次の通りである。

[主な改革案]

① すべてのレベルにおける成人スキルの向上

世界水準のスキルへの前進を図るためには基礎的な読み書き・計算能力から高度な職 業能力に至るまでの全般的なスキルの底上げが必要である。これを実現するために GDP に占める職業教育訓練費を増大する。

② 「Train to Gain」「Learner Account」2 等の職業訓練支援プログラムの実施

1 イギリスでは教育および職業訓練政策についてはイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルラ ンド地方にそれぞれ権限を委譲している。そのため政策、スキル目標、担当機関等は地方により異なる。本 稿では特に断りがないかぎり調査を実施したイングランド地方について記述する。

2 Train to Gain」は LSC(教育技能委員会)による職業訓練支援プログラム(第3 節参照)、「Learner

Accounts」は個人向け職業訓練費補助プログラムであり、2010 年「Skills Account」の呼称でその導入が予定

されている(第 7 節参照)。

スキル向上のための公共支出を「Train to Gain」「Learner Accounts」等の職業訓練支援 プログラムに集中的にあてる。

③ 事業主の発言力の強化

既存の組織を合理化し、「雇用・技能委員会(Commission for Employment and Skills)」

を新設することにより、スキルに対する事業主の発言力を強化する。

④ 事業主の関与と投資の拡大

SSCs(Sector Skills Councils:産業別技能委員会)の改革、権限強化を行う。公的資金 の提供は SSCs が承認した職業資格に関連する訓練のみとし、より経済的価値が高い スキルの向上を目指す。目的にあった職業資格の開発とそれに対応した職業教育訓練 を強化するために予算を増大する。

⑤ 職場におけるNVQ3レベル 2以上の取得の推進

雇用主は従業員がNVQ(National Vocational Qualifications:全国職業資格)レベル 2以 上の資格を取得するために、職場での職業教育訓練を推進する。2010 年時点で十分な 進展がみられなった場合には、従業員の法的権利として確立する。

[2020 年までに実行すべき数値目標]

・ 成人の 95%が読み書き・計算能力を習得(2005 年時点:読み書き 85%、計算能力 79%)

・ 成人の 90%以上がレベル 2以上の資格を取得(2005 年時点:69%)

・ 中間となる職業資格レベルをレベル 2 からレベル3にシフト(190 万人のレベル 3 の追 加取得と毎年 50 万人の徒弟制度)

・ 成人の 40%以上がレベル4 以上を取得(2005 年時点:29%)

以上のように、現状のイギリスの技能労働者の不足、教育およびスキル水準の低迷を打開 するために職業教育訓練施策の見直しと生涯を通じた職業能力開発が積極的に進められてい る。とくにリーチレポートの提言を受けて、雇用主のニーズに合った職業資格とそれを取得 するための職業教育訓練施策の拡充、さらにスキルに対する政府・企業・個人の責任の共有 といった点が職業教育訓練政策の改革において重視されている。政府は職業教育訓練施策を 進めるために個人および事業主に対して財政支援をはじめとする様々な支援責任を負い、事 業主は従業員のスキル向上に投資することが生産性及び利益の向上に寄与するものであるこ

3 イギリスでは資格の取得を教育訓練の到達目標の重要な指標としており、1986 年に多くの公的資格、民間資 格を NVQNational Vocational Qualification:全国職業資格)として一元化しており、Academic Qualification

(教育資格)、General National Vocational Qualification(職業教育証書)、Occupational Qualification(職業資格)

が相対的に認定されている。なお NVQ はイングランド、ウェールズ、北アイルランドで適用されているが、

スコットランドでは SVQScottish Vocational Qualification)が用いられている。公的資格制度の詳細につい ては補論を参照されたい。

とを認識して職業教育訓練により一層、投資し、個人は生涯を通じたスキル向上は自身の責 任であると認識する必要性がある。

2.職業教育訓練実施機関の構成と役割分担

(1)中央政府の組織再編

2007 年 6 月、ゴートン・ブラウン政権の発足に伴う省庁再編により、貿易産業省および教 育技能省が廃止され、新たにイノベーション・大学・職業技能省(Department for Innovation, Universities and Skills:DIUS)、児童・学校・家庭省(Department for Children, Schools and Families:DCSF)が設置された。

イノベーション・大学・職業技能省は、旧教育技能省が所管していた 19 歳以降の高等教 育・スキルに関する業務と、旧貿易産業省が所管していた科学・イノベーション関連業務を 引き継ぎ、高等教育および成人向けの教育・スキル分野を所管している。職業教育訓練政策 を推進する主要な行政機関であり、イギリスが科学、研究およびイノベーション分野におい て世界的拠点の一つとなり、またグローバル経済での競争を勝ち抜くために世界水準のスキ ルを構築するという政府の長期ビジョンを実行する責任を担っている。また同省はリーチレ ポートの提言の実行を含む政府のスキルに関連する広範囲な課題を前進させる役割も担って いる。

発足時に公表されたイノベーション・大学・職業技能省の主な政策は、①世界水準の研究 基盤の維持・発展、②すべての経済活動分野におけるイノベーション推進のための研究基盤 の最大限の活用、③高等教育への参加率の拡大、④義務教育修了後の 16 歳以上の若者およ び成人の教育や学習への参加率、修了率の向上、⑤基礎的な読み書き・計算能力を向上させ ることによる成人間のスキルギャップの解消、⑥科学・技術・工学・数学分野の人材の強化 等である。

2008~2010 年度のイノベーション・大学・職業技能省の予算は第 3 - 1 - 1 表のとおりであ り、2008 年度の予算総額は 181.5 億ポンドとなっている。そのうち職業教育訓練関連予算で ある「継続教育および職業訓練」は 48.1 億ポンドと同省庁の予算額の約四分の一である。

政府は「高等教育」および「継続教育および職業訓練」のための予算増を決め、毎年平均 2 %の増加により 2008 年度の 142 億ポンドから 2010 年度には 158 億ポンドまで増やす方針を 示している。

第 3 - 1 - 1 表 イノベーション・大学・職業技能省のプログラム予算(2008-2010 年度)

(単位:100 万ポンド)

2008-09 2009-10 20010-11

高等教育 9,421 9,935 10,476

継続教育および職業訓練 4,806 4,987 5,316

科学 3,524 3,745 3,970

イノベーション 350 394 387

本部 48 48 48

合計 18,149 19,109 20,197

出所:DIUS Business Plan 2008-09

また 2007 年の省庁再編により旧教育技能省が担っていた教育分野のうち高等教育機関に 通っていない 19 歳未満の学習と学校および徒弟制度の枠内での職業訓練については児童・

学校・家庭省がその業務を引き継ぎ、旧貿易産業省が所管していた業務のうちイノベーショ ン・大学・職業技能省へと移管された業務以外の経営革新、地域開発に関連する雇用および 能力開発については、新設されたビジネス・企業・規制改革省(Department for Business Enterprise & Regulatory Reform:BERR)が所管している。

この他、職業教育訓練と関連のある中央省庁としては、失業者、経済的弱者向けの就職支 援を主管する雇用年金省(Department for Work and Pension:DWP)があり、ジョブセンタ ー・プラスの運営、転職者・求職者の支援、能力開発に結びつく能力診断プログラム等は同 省が担当している。

(2)関係団体

イギリスの職業教育訓練政策の関連機関は非常に多く、複雑な組織体制となっている。公 的な職業教育訓練は政府が直接資金提供するのではなく、政策に沿ったプログラムを提供す る教育訓練機関に公的機関を通じて公的資金を助成する方法を用いている。

また資格取得を前提とした職業教育訓練が実施されているため、資格制度関連機関も職業 教育訓練政策の実施機関として重要な役割を担っている。第 3 - 1 - 2 図は 2008 年 11 月時点の 在職者、第 3 - 1 - 3 図は失業者の職業教育訓練政策に関連する組織をそれぞれ示したもので あり、以下ではその中でとくに主要な役割を果たしている組織について紹介する。

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