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第1日 平成24年4月28日(土)
シンポジウム
対談
「福島の放射能と食の安全」
特定非営利活動法人チェルノブイリ救援・中部 理事
河 田 昌 東 氏
株式会社ジェイラップ 代表取締役
伊 藤 俊 彦 氏
≪対談資料≫
東京電力福島原発事故とは・・・
ここに、2012年3月1日発行の「原子力資料情報 室通信No.453」に、今中哲二さん(京都大学助教 授 原子炉実験所/原子力工学)が、チェルノブイ リ原発事故と福島第一原発事故について専門家の視 点で綴った所感の一部を紹介させていただきたいと 思います。今中哲二さんは、広島、長崎の原爆によ る放射線被ばく量評価などを行ってきました。ま た、世界一厳しい放射能食品基準「ウクライナ基 準」を翻訳し、日本に紹介された方でもあります。
チェルノブイリ原発事故から25年 −チェルノブイ リ26年、福島1年−
京都大学原子炉実験所 今中哲二
ず、チェルノブイリと同じ規模あるいはその規模を 超える原子力災害をこの25年間私たちが経験しな かった幸運に感謝するとともに、これからも経験し ないことを願いたい」という書き出しの原稿(『通 信』2011年4月号)を原子力資料情報室に送った のは昨年3月9日のことだった。そして、その2日後 に東北地方太平洋沖地震が発生した。福島第一原発 では、まず送電線の倒壊などにより外から電気を受 けられなくなる外部電源喪失という事態が発生し、
さらに津波による浸水にともなって非常用ディ−ゼ ル発電機が役に立たなくなった。原子力安全委員会 が安全審査のために定めている原子炉施設安全設計 審査指針の中で「考慮する必要はない」とされてい る 長期にわたる電源喪失 がはじまったのであっ た。
【対談要旨】
放射能対策には、チェルノブイリ事故で築かれた知見を取り入れ、対策を練り上げることが必要であり、
チェルノブイリと福島の事故の違いを正しく理解することが重要である。
福島の事故で放出された放射性物質は、ヨウ素とセシウムが大半であるが、既にヨウ素はほとんどなく、
今後はセシウムに的を絞った対策が課題となる。現在、セシウムは、大半が土に吸着した状態で存在し、非 常に細かい粒子の土に吸着しているため、乾いた天候時に風で舞い散った土を吸い込むことによる内部被曝 に注意が必要である。マスク着用等放射性物質を体内に取り込まないことが重要であるが、一方、体内に取 り込んでしまった放射性物質を、いち早く体外に排出するためには、バランスの取れた食生活が求められ る。
今後はアミノ酸バランスの取れた食生活を達成できるよう、放射能対策を徹底した福島の農業の確立に努 める。
大な見出しの片隅に 福島原発冷却できず周辺3キ ロ住民に避難指示 という記事が出ていた。12日
(土曜)は予定を変更して研究室に出ると、電源喪 失が継続し炉心へ注水できない状態が続いており1 号機の格納容器内圧が上昇しているとのことだっ た。この段階で私は「福島でスリ−マイルが起きて いるな」と判断した。1979年に起きた米国スリ−
マイル島原発2号機事故では、冷却水が漏洩して炉 心の水位が半分以下になり、核燃料の約半分が溶融 した。幸い、半日後に主循環ポンプの再起動に成功 して事態は収束に向かった。溶融した燃料片は原子 炉圧力容器の底にたまり、もう少しで容器壁を貫通 するところだったが辛うじて持ちこたえた。
12日午後、1号機で爆発が起きて原子炉建屋の最 上階が吹き飛んだとき私は、「福島はスリ−マイル を越えてしまった」と思った。そして、その爆発が 水素爆発なのか水蒸気爆発なのか、爆発の様子を 繰り返すテレビ画面を注視した。格納容器から漏れ た水素が原子炉建屋の天井にたまって爆発したのな ら、放射能漏れの最後の防壁である格納容器の破壊 は免れた可能性があり、その場合はまだ打つべき手 が残っている。一方、水蒸気爆発であれば、溶融し た核燃料の塊が格納容器の中で水と接触して爆発的 な蒸気発生に至ったものであり、格納容器は破壊さ れ炉心の放射能がそのまま大量に環境へ飛び散った ことを意味していた。 チェルノブイリ つまり原 発で起こりうる最悪の事態に至ったことになる。テ レビをじっくり眺めると、幸い、格納容器はまだ破 壊されていないようだった。
14日には3号機の水素爆発があり、そして「福島 事故がチェルノブイリになってしまった」と私が実 感したのは、15日午前11時の記者会見で、菅首相 と枝野官房長官が「2号機の格納容器が破壊され、
4号機建屋でも水素爆発があった」と発表したとき であった。「ごく微量で人体に影響を及ぼすもので はない」と述べる枝野さんをテレビで眺めつつ、
(この人は自分が言っていることの意味をわかって いないのだろうなと思いながら)フィクションと現 実が区別できなくなって、なんだか自分が映画の世
ている。
この20年間、私はチェルノブイリ事故がどのよ うな事故であったのか追いかけてきたつもりでい る。本稿は、チェルノブイリと福島の事故プロセス と放射能放出の違いについて紹介しておく。
事故プロセス
チェルノブイリの原発(電気出力100万kw)
は、ソ連が原爆用プルトニウムを生産するために開 発した原子炉を発電用に大型化したもので、RBMK
(ロシア語の 大出力チャンネル型原子炉 の略)
と呼ばれる。その構造からは、 黒鉛減速・軽水沸 騰冷却・チャンネル型 である。1986年4月26日 未明、チェルノブイリ4号機では、保守点検のため 1983年末の運転開始以来はじめての原子炉停止作 業が行われていた。予定されていた電源テスト等の 作業が終わり、運転員が原子炉停止のため制御棒一 斉挿入のスイッチを入れたら、逆に出力が急上昇し 暴走事故 が発生した。出力暴走に伴う爆発によ り原子炉と建屋が一瞬のうちに破壊され、建屋外の 目撃者によると夜空に花火のような火柱が立ち上っ たそうである。炉心の黒鉛で火災が発生し、10日 余りにわたって放射能の大量放出が続いた。
暴走の原因には、炉心での蒸気割合が増えると出 力にプラスにフィ−ドバックする 正のボイド反応 度係数 とう炉特性の欠陥と、特殊な条件下で制御 棒を一斉に挿入するとはじめの数秒間出力増加する ポジティブスクラム という制御棒の欠陥が関与 していたとされている。(この見解はソ連最高会議 に設置されたチェルノブイリ事故原因見直し委員会 による1991年の結論で、いまだに他の説もある)
いずれにせよ、チェルノブイリ事故は、炉心そのも のが爆発したもので、蓄積されていた放射能がほぼ そのままの組成で環境に飛び出したと考えてよい。
すなわち、揮発性のヨウ素やセシウムに加えて、ス トロンチウムやプルトニウムといった不揮発性の放 射能が大量に放出された。
一方、福島の事故では、前電源喪失にともない、
3つの原子炉で炉心溶融に至った。チェルノブイリ 事故と違って、炉心そのものが吹き飛んだわけでは
や揮発し易いヨウ素、セシウムが中心であったと考 えてよいだろう。
地震が起きた時に運転中であった1˜3号機では、
地震計が振動を検知し自動的に制御棒が挿入されて 核分裂反応は停止した。しかし、核分裂は止まって も炉心での発熱が止まったわけではない。運転後の 炉心には膨大な放射能(核分裂生成物)が蓄積され ており、放射線という形でエネルギ−が放出されて いる。その放射線エネルギ−が炉心の物質に吸収さ れて熱となったものが 崩壊熱(残留熱とも呼ばれ る) である。崩壊熱の大きさは、原子炉停止直後 で電気出力の約20%あり、時間とともに減衰する ものの、この熱を除去できなければ核燃料は高温に なり溶融する。おまけに、燃料棒被覆管の材料であ るジルコニウムという金属は、1000℃を超えると 水や蒸気と急激に反応する。ジルコニウム(Zr)
と水(H2O)が反応すると、酸化ジルコニウム
(ZrO2)ができて水素(H2)が発生する。溶け た核燃料は、原子炉容器底部に落下し溶融塊を形成 する。(ここまではスリ−マイル島事故での経験が ある)福島では、溶融塊が原子炉容器を溶かして貫 通孔が出来たであろう。そして格納容器の中は、水 蒸気、水素ガス、溶融炉心から放出された希ガス、
ヨウ素、セシウムなどの放射能が充満した。
日本政府がIAEAに提出した報告書(2011年6 月)や東京電力の報告書(2011年12月)に示され ている格納容器の内圧デ−タを眺めると、1号機で は12日午前0時過ぎに約7気圧、3号機では13日の 昼頃に6気圧、2号機では14日の午前0時頃に6.5気 圧に達している。格納容器の設計圧は約4気圧であ り、内圧上昇で格納容器が破壊される恐れがあっ た。格納容器破壊という最悪の事態を避けるため に、放射能ともども格納容器内の ガス抜き をし てやろうというのが ベント である(ベントは福 島原発の建設当時はなかった。欧州の原発に設置さ れたベントラインは巨大な空気フィルタ−がある文
放射能放出が行われた。この間、格納容器の継ぎ目 や破損個所から水素が漏れ出し、原子炉建屋の天井 にたまって1号機では12日午後3時36分に、3号機 では14日午前11時1分に水素爆発が発生した。も ちろん、水素と一緒に漏れ出していた放射能も爆発 で飛散した。そして15日、2号機の格納容器が破壊 され、今回の福島事故で最大の放射能放出が発生し た。
2011 年 3 月 15 日
東電発表のデ−タを眺めると、2号機では14日の 午後9時頃から格納容器の内圧の上昇がはじまり、
午前0時前に6気圧を超え、その状態が15日午前7 時過ぎまで続いている。それから急激な圧力低下 がはじまって15日の夜には1気圧程度に下がってい る。定性的な推測であるが、2号機では(蒸気駆動 により辛うじて炉心を冷却していた原子炉隔離時冷 却系ポンプが14日午前10時30分に停止した後)炉 心のメルトダウンがはじまり、その日の夕刻に圧力 容器が破損した。格納容器内圧が徐々に上昇し、格 納容器からの漏洩も大きくなり6気圧を超えたとこ ろで内圧増加と漏洩がしばらくバランスした。15 日の午前7時頃ついに格納容器破損が起き、大量の 放射能放出がはじまり、その日の夜まで続いた。
3月15日付 で発表されているSPEEDIの計算結 果を見ると、この日の未明から午前中に放出された 放射能は南に流れ、東京には午前10時前に到達し ている。放射能雲の流れは午後になって向きを変 え、夕方には飯館村から福島市方向へ流れている。
飯館村や福島市の方々にとって不幸だったのは、放 射能雲が通過する際に雪や雨が降り、大気中の放射 能が一気に地表に沈着してしまったことである。
下記は、緊急モニタリングチ−ムが測定した15日 の とんでもないレベルの放射能汚染 である。
○3/15 17:28 川内村付近 葉菜 I−131/
862,000Bq/kg Cs-137/106,000Bq/kg
○3/15 17:58 浪江町付近 葉菜 I−131/