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アンケート調査及びケース調査をもとにしたデータ利活用契約の問題点

上記第2章のアンケート調査では、図表2-52や図表2-60に示したように、契約書のひな型を制御 変数や説明変数として、データ利活用の成果や利害関係者との円滑な協力関係を被説明変数として回 帰推計を行った結果を述べた。具体的には「データ利活用が具体的成果や間接的成果に結びついてい るか」、「利害関係者と円滑なやり取りが行われているか」、「データ利活用の知識スパイラルを回せて いるか」の3つの被説明変数に対して契約書のひな型を使いこなせていることは正で有意であった。

成果変数との関係では内生性の問題が疑われるが、利害関係者に関して因果は逆転することはないだ ろうと思われるため、実際に契約の円滑な締結が利害関係者間の円滑な協力を促す効果が明確にある ことを示していると思われる(詳しくは上記第2章を参照)。

一方、今回実施した国内外のケース調査においては、データ利活用においてどのような連携が実際 に行われているのか、また実際に契約に際してどのような問題が発生しているのかについての把握に 努めた。例えば、オフィス用複写機などの保守サービスの一環として稼働状況をネットワーク経由で メーカーが受け取り、メンテナンスに活かすといった場合には、稼働状況に関するデータを保守サー ビスのみに活用する旨が契約書に記載されている。これはデータ提供側とデータ解析側との間で締結 される最もシンプルなケースとなるが、実際、多くのケースでは、データ提供者とデータ解析者の間 で契約の内容が論点になることが多い。

航空機エンジンのデータ利活用では先進的取り組みとして著名なジェットエンジンメーカーの GE・アビエーション(以下、「GE」)のケースにおいても、データ提供者としての航空会社(エアラ イン)とデータ解析者としてのGEとの間でデータ利活用に関する契約が締結されていた。エアライ ンは航空機メーカーとジェットエンジンメーカーとは別々に契約を行うという慣行があり、GEのケ ースにおいても、GEはエアラインと直接契約を行っていた。その内容は、保守サービスに関するも のに加えデータ解析をもとにしたサービスの提供に関するものもあった。これらの契約は、エアライ ンごとに個別に条件等の交渉が行われており、一律のひな型での契約が行われているということでは なかった。

またデータ利活用サービスの開始までに多くの経験を積んでいるとみられるGEであっても、エア ラインとの契約については、相当の時間や手間がかかっており、特にdata ownership については常 に議論が生じているとのコメントが関係者から得られた。

これらのケースで見られる典型的な契約の課題としては、データを保有しているまたは実質的にア クセスが可能である者が、当該データの分析や解析を第三者に委託するケースで様々な契約の問題が 発生していることである。例えば、大手エアラインにとっては、自社のデータをGEが解析して自社 に対してサービスを行うことについては受け入れられるとしても、自社のデータと他社のデータを混 ぜてより高度で良質な解析結果を提供するというプラットフォーム型のサービスが提供される場合 には自社のデータの提供を躊躇する場合が少なくない。

このような課題の背景としては、自社のノウハウなどが他社に流出してしまうのではないかとの懸 念に加え、すでに一定のノウハウを蓄えて効率の良いサービスを行っている大手エアラインのデータ から得られた知見に基づいて、ノウハウの蓄積もなく生産性も低い新興エアラインに対しても平等な サービスが行われることに抵抗感があるというコメントも得られた。

データ解析者側の立場では、より優れたパフォーマンスを出すためにはより多くのデータを収集し て解析したいものであるが、大手エアラインとしては、新興エアラインに比べれば、自社のデータは、

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データ量が多く、データ量だけ比較すると有利であるため、せっかく優位にある自社のポジションか ら得られた成果物である解析結果を、データが少ない新興エアラインに提供されてしまうと、大手エ アラインの優位性が損なわれかねない。一方、新興エアラインが複数社集まってデータ提供を行うよ うになり、大手エアラインのデータ量と比較しても、その量に匹敵するか凌駕するようになったとし たら、今度は新興エアラインがデータ提供に応じる便益が大きくなり、よりデータ提供が行われるよ うになる。こうなると、大手エアラインにとっても自社データを囲い込むメリットが失われる。

このようにデータ蓄積量が増すにつれて、トレードオフの関係性が変化することは、データ提供契 約の他の事例においてもしばしばみられた。

ノウハウの流出への懸念は、第2章で述べたアンケート調査においても問題として浮かび上がって いる。特に化学工場など固有の技術ノウハウが蓄積されている現場のデータを外部の第三者に提供す るケースでは、自社のノウハウがデータを通じて流出してしまうのではないかといった懸念が生じて いることがうかがえた。このようなケースでは、データ解析者側で営業秘密としてデータそのものの 管理が遵守されたとしても、データから生成された学習済みモデル等についても自社のノウハウがベ ースとなって得られたものであるとして、自社のサービスのみに用いることをデータ提供者側が求め ることが多い。その結果、契約の論点として、成果物に対する使用制限が議論されることが多い。

一方、データ解析側の立場で考えると、当該案件のデータ解析を請け負ったとしてもその成果物は データ提供者1社のみにしか提供が許されず、それ以外の収入に発展する可能性がないと考えられる 場合、その解析を行うメリットが小さすぎると判断する可能性があり、アライアンスは成り立ちにく い。これを相殺するための金銭的補償や、その他のオプションなど様々な論点を考慮して、双方が折 り合える条件を模索することが重要であると思われる。

データ利活用契約においては、このような生じ得る問題について事前に十分検討することで、丁寧 に解決していくことが必要になる。

データが誰に帰属するのかの問題は、GEのケースでも指摘されたように、契約交渉・締結の障害 となることは少なくない。本研究プロジェクトの一環として行った分科会の議論においても、データ が誰に帰属するのかの問題が解決されないため、契約締結に支障を生じるといったケースがかなりの 頻度で生じることが指摘されている。

データの帰属を無理に決めようとしても、よりどころもないため議論が前に進まないということは 想定されるところである。しかし、データの利活用においては、帰属を明らかにすることよりも、当 該データにアクセスでき利活用できることが重要であるという実態を考えれば、データの帰属のみに こだわることで契約全体が円滑に行われないことは当事者にとって大きな損失である。帰属を明らか にせずとも、合法的にそのデータにアクセスできる者が、データ利活用を意図する者との間で、それ ぞれの貢献に応じた合理的な内容の契約を締結することでデータ利活用を前に進めることができる。

本報告における検討もこのような考え方に基づいて行われたものである。

このように、契約を行う際には、それぞれの組織がどのような貢献をしているかを整理して利益配 分などに反映させる必要がある。

本検討において様々な事例を観察して整理したところ、データ利活用における一連の役割としては、

① データ発生源:組織、個人、自然等の行動・事象によってデータが発生する源

② データを生成させた組織:自らの意志で利活用を目的とするデータを発生させた組織

③ データ取得を介在した組織:センサー機器等によってデータを発生させることを可能にした組 織

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④ データを管理する組織:生成したデータを保管・ 管理する組織

⑤ データを利用する組織:データを購入したまたは利用許諾を受けた組織

⑥ データを解析する組織:AI(人工知能)等を使ってデータを解析する組織

⑦ データ解析結果を利用したサービスを提供する組織

⑧ データ解析結果を利用したサービスを受ける個人や組織

の8つの役割が観察された。図表3-1にデータ利活用における8つの役割の例を挙げる。

原理的にはこれら8つの役割を別々の法人が分担することは可能であるが、実際の事例では、①と

⑧は多数の法人や個人である場合においても、おおむね2 社ないし 3社が中心となり、一連の役割 を分担していることが多かった。それぞれの組織がどの役割を担っているのかを明確にして、その際 に果たすべき役割と得るべき利益を、分担した役割、貢献や義務に応じた合理的なものにしていく努 力が必要となる。

図表3-1 データ利活用における8つの役割の例

その他の論点として、現在も進化しつつあるAI(人工知能)特有の問題点がある。

現状、実業に利用可能なAIとは、ディープラーニング(深層学習)のような高度な機械学習を指 すことが多い。機械学習とは、データの中から一定の規則を発見し、その規則に基づいて未知の入力

(データ)に対する推測・予測等を実現する学習手法の一つとされ、線形回帰、ロジスティック回帰 やサポートベクターマシーン(SVM)、決定木、ニューラルネットワーク、クラスタリング等種々の アルゴリズムが用いられるが、いずれもデータに基づいて帰納的に学習済みモデル(成果物)が構成

利害関係者 (データ利活用における位置づけ) 自社

(A社)

顧客

(B社) 提携企業 1.データ発生源

(組織、個人、自然等の行動・事象によって

データが発生する源)

2.データを生成させた組織

(自らの意志で利活用を目的とするデータを発

生させた組織)

3.データ取得を介在した組織

(センサー機器等によってデータを発生させる

ことを可能にした組織)

4.データを管理する組織

(生成したデータを保管・ 管理する組織)

5.データを利用する組織

(データを購入したまたは利用許諾を受けた組

織)

6.データを解析する組織

(AI(人工知能)等を使ってデータを解析す

る組織)

7.データ解析結果を利用したサービスを提供

する組織

8.データ解析結果を利用したサービスを受け

る個人や組織

データは顧客企業のB社工場内で発生 A社にメンテナンスを依頼するためB

社自らデータを生成 C社のセンサー機器を使用 A社がB社から利用許諾を得て管理

データ解析はA社からD社へ委託 A社がメンテナンスサービスを提供

B社がメンテナンスを受ける

出典:経済産業省経済産業政策局知的財産政策室「データ利活用促進に向けた企業における管理・契約などの実態調査」より抜粋・改編