• 検索結果がありません。

新規アルツハイマー病治療薬としての M 1 PAM TAK-071 トランスレーショナルバイオマーカーとしての定量的脳波解析の可能性

第二章において記述した、消化管副作用を低減したM1 PAMの創出に向けた新規スクリーニン グ法を用いて、低α値の選択的M1 PAMとしてTAK-071(α = 199)を同定した19。本化合物はin

vitroおよびin vivo試験において認知機能改善作用と消化管副作用の低減が確認されており、現在、

臨床開発の候補化合物となっている。TAK-071 の前期臨床試験を進める上で、非臨床と臨床を繋 ぐ非侵襲性の定量的バイオマーカーが必須となる。中枢神経作用薬の場合、ポジトロン断層法

(PET)が汎用されるが、TAK-071 がアロステリックモジュレーターという性質上、最適な放射 性リガンドを入手できないため、PET に代わる有望なトランスレーショナルバイオマーカーとし て定量的脳波解析(qEEG)に着目した(図3-1)。

3-1 脳波の各周波数解析

アルツハイマー病患者の脳波に異常があることがBergerらによって発見されて以来89,90、qEEG を用いた研究が盛んに行われている。アルツハイマー病患者におけるqEEG の異常とは、安静時 におけるθおよびδ波帯域の上昇とαおよびβ波帯域の低下によって特徴付けられる91,92。さら に、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(AChE-I)であるドネペジルは、アルツハイマー病患者 においてδ波帯域の有意な低下とαおよびβ波帯域の顕著な上昇を引き起こしたことから、アル ツハイマー病におけるqEEGの異常を正常化することが示唆されている93

健常者において、非選択的ムスカリン受容体アンタゴニストであるスコポラミンはアルツハイ マー病におけるコリン作動性神経障害を模倣する薬剤として広く使用されている 94。同薬は、一 過的な認知機能障害と同時に qEEG パワースペクトルの変化も引き起こすことが報告されており、

このqEEGの変化はアルツハイマー病患者と同様であることが確認されている95-97。つまり、ス コポラミンの投与により安静時のqEEG解析においてδ波帯域の上昇とα波帯域の低下が認めら れた。さらに、スコポラミンを投与した無麻酔下のラットにおいて、ドネペジルやリバスチグミ ン、タクリンといったAChE-Iがδ波帯域を低下させたことも報告されている98,99

本章では、非臨床と臨床を繋ぐバイオマーカーとしてのqEEG解析の有用性を検証する目的で、

健常者で認められたスコポラミン投与による qEEG パワースペクトルの変化がカニクイザルにお

いて再現できるか検討した。続いて、スコポラミン誘発性のqEEG パワースペクトルの変化に対 するコリン作動性薬物(ドネペジル、xanomelineおよび TAK-071)の作用を評価し、スコポラミ ン投与条件下でのqEEG解析がTAK-071に対するトランスレーショナルバイオマーカーとして機 能しうるか検証した。

実験方法

動物

本章で使用した動物は以下の通りである。

雄性カニクイザル(Macaca fascicularis)はハムリー株式会社(Ibaraki, Japan)より購入し、the Association for Assessment and Accreditation of Laboratory Animal Careによって承認されたガイドラ インに則って個別で飼育した。水は自由に摂取させ、果物やグミを含む栄養学的にバランスの取 れた餌を1日1回与えた。サルの飼育・取り扱いについては獣医師の監督下で実施され、エンリ ッチメントを与え、病気の兆候や、姿勢、食欲および行動の変化をモニターした。

試薬

本章で用いた試薬は以下の通りである。

TAK-071(4-fluoro-2-[(3S,4S)-4-hydroxytetrahydro-2H-pyran-3-yl]-5-methyl-6-[4-(1H-pyrazol-1-yl) benzyl]-2,3-dihydro-1H-isoindol-1-one)は武田薬品工業株式会社(Kanagawa, Japan)で合成した。

ドネペジル塩化物およびxanomelineはそれぞれMega Fine Pharma Limited(Mumbai, India)および Metina AB(Lund, Sweden)より購入した。スコポラミン臭化物はTocris Bioscience(Ellisville, MO) より購入した。TAK-071およびドネペジルはメチルセルロース(0.5% (w/v))と共に蒸留水で懸濁

し、2 mL/kgの容量で経口投与した。Xanomelineおよびスコポラミン臭化物は生理食塩水に溶解

し、0.5 mL/kg(xanomeline)または0.1 mL/kg(スコポラミン)の容量で皮下投与した。試験スケ ジュールは三剤三期で行なった。

手術手順

電極の埋め込み手術はハムリー株式会社で実施した。イソフルラン(1-5%; ファイザー株式会 社 、Tokyo, Japan) に よ る 麻 酔 下 で 、3-5 歳 齢 の カ ニ ク イ ザ ル に radio-telemetry transmitter

(TL10M3-D70-EEE; Data Sciences International Inc.、St. Paul, MN)を埋め込んだ。EEG leadsは頭 頂部に定位的に配置し、硬膜に接触させた状態でステンレス製のsteel screwで頭蓋に固定した。

片側のelectrooculography(EOG) leadsは片目のsuperior orbital margin部分に配置し、ステンレス 製のsteel screwで固定した。両側のelectromyography(EMG)leadsはback cervical muscleに固定 した。手術後、それぞれのサルにペニシリン(100,000 units/animal; Meiji Seikaファルマ株式会社、

Tokyo, Japan)およびブプレノルフィン(0.02 mg/kg, 大塚製薬株式会社、Tokyo, Japan)を週に一 度、筋肉内注射した。さらに、プレドニゾロン(1 mg/kg, 共立製薬株式会社、Tokyo, Japan)も週 に一度、皮下投与した。

脳波測定

手術から1ヶ月以上の回復期間の後、防音かつ電気信号も遮蔽された部屋に設置した記録チャ ンバーにサルを馴化させた。大脳皮質のEEG、EMGおよびEOGシグナルをDataquest ART software

(Data Sciences International、New Brighton, MN)を用いて500 Hzの測定頻度で記録した。測定中 の動物の行動量および姿勢の変化はビデオカメラで撮影した。測定は午前9時から午後4時の間 で実施した。

EEG データは SleepSign(キッセイコムテック株式会社、Nagano, Japan)を用いてオフライン

解析した。デジタル化したEEGシグナルは0.75 Hzの高域フィルタで選別した。各周波数帯域に 対するパワー値は、連続した10秒間で高速フーリエ変換によって算出した。過大な振幅(> 500 μV) を異常なEEGと定義し、10秒間に異常なEEGを含んだ場合はデータ解析から除外した。特異的 な周波数帯域(δ波帯域: 1-4 Hz、θ波帯域: 4-8 Hz、α波帯域: 8-12 Hz、β波帯域: 12-30 Hz、γ波帯

域: 30-80 Hz)における時間変化解析ではEEGパワー値を周波数帯域ごとに15分間隔で算出した。

サルへの薬物の経口または皮下投与自体が qEEGのパワー値に影響を与えるため、周波数解析は 投与後30分から240分で実施した。薬物投与後に得られたデータはベースラインの取得期間中に 得られた値で補正し、定量化解析では薬物投与後30分から210分の3時間における曲線下面積と して算出した。

統計解析

データは平均値±標準誤差で示した。統計学的有意差検定にはpaired t-testを用いて、P ≤ 0.05 を統計学的有意差とした。全ての解析はSAS system 8(SAS Institute、Cary, NC)で行なった。

実験結果

サルでのスコポラミンの各周波数帯域におけるqEEGパワースペクトルへの作用

カニクイザルでのスコポラミンの各周波数帯域におけるqEEGパワースペクトルへの影響を検 討した。スコポラミンの作用の用量依存性を検討する目的で、25、50または100 μg/kgの用量で サルに皮下投与した。その結果、スコポラミン投与によりα、θおよびδ波帯域において用量依存 的なパワー値の上昇が確認された(図 3-2)。これらの周波数帯域において、スコポラミンによる qEEGパワースペクトルの上昇作用は投与後240分まで持続し、60分から90分の間でピークに達 した。また、これらの周波数帯域におけるqEEG パワースペクトルの時間依存的な変化は、スコ ポラミンの薬物動態に比較的一致した(図3-3)。30分から210分までの累積変化量を定量的に解 析したところ、α、θおよびδ波帯域のqEEGパワースペクトルは50および100 μg/kgで有意な上 昇を示した(P ≤ 0.05、図3-2)。一方、βおよびγ波帯域は25-100 μg/kgの用量範囲では顕著な変 化は観察されなかった(図3-4)。サルにおいてスコポラミンは20-50 μg/kgの用量範囲で中程度の 認知機能障害を引き起こすことが報告されているため62,100、以後の試験では25 μg/kgを検討用量 として採用した。

3-2 サルでのスコポラミンによるαθおよびδ波帯域におけるqEEGパワースペクトルへの作用

カニクイザルにスコポラミンを25-100 μg/kgで皮下投与した。スコポラミンまたは溶媒投与後30分から240分で αAθB)およびδ波帯域(C)におけるqEEGパワースペクトルを測定した。スコポラミン投与後30-210 分における累積変化は曲線下面積で算出した。各群4例。P ≤ 0.05(vs. 溶媒投与群)

3-3 サルにおけるスコポラミン(10および20 μg/kg)の皮下投与時の薬物動態プロファイル

カニクイザルにスコポラミンを 10または20 μg/kgで皮下投与した。スコポラミン投与後、5、15、30、60、120 および240分で血液サンプルを取得した。データは平均値+標準偏差で示した。各群3例。

3-4 サルでのスコポラミンによるβおよびγ波帯域におけるqEEGパワースペクトルへの作用

カニクイザルにスコポラミンを25-100 μg/kgで皮下投与した。スコポラミンまたは溶媒投与後30分から240分で βA)およびγ波帯域(B)におけるqEEGパワースペクトルを測定した。スコポラミン投与後30-210分にお ける累積変化は曲線下面積で算出した。各群4例。P ≤ 0.05vs. 溶媒投与群)

サルにおけるスコポラミン誘発性qEEGパワースペクトル変化へのAChE-Iドネペジルの作用 カニクイザルでのスコポラミンによる α、θおよびδ 波帯域のqEEGパワースペクトル上昇が

AChE-Iであるドネペジルによって拮抗されるか検討した。これまでに、サルを用いたドネペジル

の薬効評価に関する報告において、ドネペジル(1-3 mg/kg)の経口投与がスコポラミン誘発性の 認知機能障害を有意に改善することが示されており 62、本報告に基づいてドネペジルの用量を 3

mg/kgに設定した。サルにドネペジル(3 mg/kg)の経口投与とスコポラミン(25 μg/kg)の皮下投

与を同時に行なったところ、スコポラミンによるαおよびθ波帯域のパワー値上昇がドネペジル により抑制される傾向が認められた(図3-5Aおよび5B)。さらに、以前のラットでの報告と一致 して 98、ドネペジルはスコポラミンによるδ 波帯域の上昇を有意に抑制した(図3-5C)。本作用 は薬物処置後60分から240分間で持続的に観察された(図3-5)。

3-5 サルでのスコポラミンによるαθおよびδ波帯域でのqEEGパワースペクトル変化に対するドネペジル

3 mg/kg)の作用

カニクイザルへのスコポラミン(25 μg/kg)の皮下投与とドネペジル(3 mg/kg)の経口投与は同時に行なった。薬 物または溶媒投与後30分から240分の間のα(A)、θ(B)およびδ波帯域(C)におけるqEEGパワースペクト ルを測定した。薬物投与後30-210分における累積変化は曲線下面積で算出した。各群4例。*P ≤ 0.05vs. 溶媒投 与群)#P ≤ 0.05vs. スコポラミン投与群)

関連したドキュメント