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アバルヴァネル理解 189

ドキュメント内 著者 平岡 光太郎 (ページ 72-90)

第一節 はじめに

ヴァイレルとラヴィツキーのアバルヴァネル理解をめぐる論争を論じるにあたり、予備 的考察として、二人が前提としている諸概念である「離散」(תולג)、「贖い」(הלואג)、そし て「神権政治」(היטרקואית)を概観する。伝統的ユダヤ教の理解では、「離散」は神によって 与えられた状況であり、その終わりとなる「贖い」が天から到来するまではユダヤ人は「離 散」の状態にあるとされる。タルムードのケトゥボットには「エルサレムのおとめたちよ、

野のかもしか、雌鹿にかけて誓ってください。愛がそれを望むまでは愛を呼びさまさない」

ようにという雅歌2章7節の言葉の注解がある190。ユダヤ賢者は、この箇所に、「イスラエ ルの人々が一度に〔イスラエルの地へ〕上らないこと」191、「イスラエルは諸国民に対して 反乱を起こさないこと」、「諸国民はイスラエルを過度に奴隷として使役しないこと」、「終 わりの時期を明かしてはいけないこと」「終わりの時期を遅らせてはいけないこと」、「異邦 人に秘密を明かしてはいけないこと」という六つの誓いを読み取る。それらの誓いの意図 は主として、ユダヤ人が自分達の贖いのために積極的なアプローチを取ることを禁じると ころにある。

ヴァイレルとラヴィツキーのアバルヴァネル理解において用いられる神権政治という概 念は、こうした贖いに関する見解と密接な関係を持つ。序章に示した通り、神権政治の起 源は、紀元一世紀の歴史家ヨセフス・フラウィウスが『アピオーンへの反論』の中で用い たところに求められる192。この言葉を用いて、ヨセフスはユダヤ人の特殊な政体を王政・

189 本章は、以下の拙稿を改稿したものである。平岡光太郎「現代ユダヤ思想における宗教 と政治の関係―ヴァイレルとラヴィツキーによる「ユダヤ神権政治論争」―」、『宗教研究』

362号、2009年12月、121~142頁、2009年12月)。

190 Talmud, Ketubot, 111A

191 訳文中の発表者による補足は亀甲括弧〔 〕中に示した。以下、同様とする。

192 ヨセフス・フラウィウス(秦剛平訳)『アピオーンへの反論』山本書店、1977 年、208

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寡頭政・民主政という三分法と区別した。ちなみに「神権政治(theokratia)」の元となっ たギリシア語θεοκρατίαは、θεος「神」とκρατία「力/支配」の合成語で、直訳すると「神 の支配」という意味である。こうした語源的意味合いを字義どおりに理解することによっ て、神のみの支配、つまり神が全てを行なうため人間の政治的営みは不必要であるという 理解が次第に強調されるに至ったと思われる193。ヴァイレルとラヴィツキーの議論では、

神による直接支配を意味する神権政治に、さらに未来において天から一方的にやってくる

「贖い」の時代、すなわち「離散」の終わり、という要素が加わりユダヤ神権政治概念の 特殊性が浮き彫りになる。ただしアバルヴァネルのテクストにテオクラティア(היטרקואית)

という術語が見られない。

このユダヤ神権政治をめぐるヴァイレルとラヴィツキーの論争において、とりわけ重要 になるのはイツハク・アバルヴァネルをめぐる議論である。アバルヴァネルはリスボンの 名家に生まれ、イベリア半島やイタリアで王制や共和制の諸国で政治に関わり、15 世紀か ら16世紀にかけて生きた人物である。聖書注解では、ユダヤ教の伝統のみならずキリスト 教の神学者たちによる聖書解釈やギリシア・ローマの哲学者たちの言葉、また当時のヨー ロッパの政治状況などにも言及した194

頁。Michael Walzer, Menachem Lorberbaum, Noam J. Zohar, The Jewish Political Tradition(New Haven・London, Yale University Press, 2000), p. 169.

193 ちなみに現代イスラエルにおいて、神権政治という概念が必ずしも神による直接的な統 治だけを意味するわけではない。2012年8月10日に発刊された『イスラエル・ハヨム(今 日のイスラエル)』の週末の特集である「イスラエル・ハシャブア(今週のイスラエル)」 に掲載されたイランに関する記事においては、「神権政治」が、西洋一般で用いられる宗教 家、聖職者による統治と理解されており、そしてそれは現代イランの統治体制を否定的に 表現される際の術語となっている。

194 二人のアバルヴァネル理解を確認するにあたり、以下のアバルヴァネルのテクストを参 考にした。 ןוד ,ו"טשת םילשורי ,תעדו הרות םירפס תאצוה ,םינושאר םיאיבנ לע םישוריפ ,לאנברבא קחצי ןוד לאנברבא קחצי ,

תישארב הרותה לע שוריפ ,

תאצוה לאברא ינב םירפס ,

םילשורי שת

כ

"

ד , י לאנברבא קחצ ,

שוריפ

םירבד רפס הרותה לע לאנברבא (

ךרוע : דנלטוש ישיבא )

, םירפס תאצוה

"

ברוח

"

, םילשורי נשת

"

ט ,

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第二節 アバルヴァネル研究における「神権政治」の適用

20世紀において、特にアバルヴァネルの生誕500年となる1937年以降、アバルヴァネ ル研究は盛んになる。アバルヴァネルにおける神権政治解釈については、とりわけベンツ ィオン・ネタニヤフによる史的研究『ドン・イツハク・アバルヴァネル――政治家と哲学 者』(1968 年)に詳しい195。アバルヴァネル研究史を取り扱ったエリック・ラウィーによ ると、ネタニヤフの著作は、当時のアバルヴァネル研究において必須の参考文献となった196

ネタニヤフのアバルヴァネル理解には、人間の支配と神の支配という二つの相克する政 治の様相が存在する。典型的には、アウグスティヌスの「神の王国」と「人間の王国」と いう二つの「政治」モデルに相当し、ネタニヤフによれば事実それらがアバルヴァネルに 影響を与えたのである。一見すれば、アバルヴァネルの二つの政治モデルは、いずれも「モ ーセの法による政体」(Mosaic constitution)であり、相互に調和的とも見える。しかしネ タニヤフによれば、アバルヴァネルはこの二つの間に調和ではなく、対立と抗争を見出す

(Netanyahu 1968: 190)。またアバルヴァネルは、アウグスティヌスの神の王国という思

י לאנברבא קחצ ,

תומש רפס הרותה לע לאנברבא שוריפ (

ךרוע : דנלטוש ישיבא )

, םירפס תאצוה

"

ברוח

"

, םילשורי

נשת

"

ז ו ןומימ ןב השמ , לאנברבא קחצי ןוד

, תובא תלחנו תובא יקרפ ,

ןמרבליז תחפשמ ,

וינ -קרוי שת י

"

ג , קחצי ןוד

לאנברבא ,

ונקדצ חישמ תאיבו הלואגה יניינע ללוכ וחישמ תועושי רפס ,

ןעירגנאל טע רעבורג ,

גרעבסגינעק ,

7691 .

なおヴァイレルは自身が用いたアバルヴァネルのテクストを示さないが、ラヴィツキー は使用したアバルヴァネルのテクストを示す。ラヴィツキーは筆者が使用した版と違うも のを使う場合もあるが、表現に若干の差異はあっても、議論の理解が変わるほどの大きな ものではない。

195 ベンツィオン・ネタニヤフの主著としてはThe Marranos of Spain: from the late 14th to the early 16th century, according to contemporary Hebrew sources, Third Edition (New York, Cornell University Press, 1999), The origins of the Inquisition in Fifteenth Century Spain, Second Edition (New York, New York Review Books, 2001) などもある。

196 Eric Lawee, “Isaac Abarbanel’s Intellectual Achievement and Literary Legacy in Modern Scholarship: A Retrospective and Opportunity”, Studies in Medieval Jewish History and Literature ІІІ, ed. Isadore Twersky and Jay M. Harris (Cambridge, Mass., Harvard University Press, 2000).

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想に、人間による人間支配への批判を見ており、ここから君主制の本質に悪が潜むとの理 解にいたる。またネタニヤフによれば、君主制が神の王国ならざるものとして受け取られ るべきであり、そもそも「イスラエルが王を立てる際、唯一の王である神を斥けること、そ れが『本当の』悪である」とアバルヴァネルが考えたのである(ibid., 190-191)。

アバルヴァネルの聖書解釈には、一見すると、民主主義を希求する趣があるが、むしろ 古来の神権政治を切望していたとネタニヤフは考える。すなわち、モーセや士師の時代の

「神が民を治める」政治をイスラエル民族の神権政治の黄金期とし、民が罪を犯さなけれ ば、つまり王である神を斥けることがなければ、この神権政治は終末まで続いたのである。

ネタニヤフは、さらにアバルヴァネルと同時代に、フィレンツェで活動していたジローラ モ・サヴォナローラ(Girolamo Savonarola, 1452-1498)を引き合いに出し、アバルヴァ ネルとの比較を行なう197。この比較では、二人とも人類に与えられる完全な秩序、つまり神 が王として治めるところの神権政治を求めたと理解される。ただ、フィレンツェの政治を 短期間とは言え掌握したドミニコ会士サヴォナローラに対し、アバルヴァネルはそのよう な神権政治を樹立するための行動をそもそも意図しなかった。またネタニヤフによれば、

「現今の政権は神によって定められたものであり、その改良を行なうことは人間の力の範 囲を超える。そしてこの打破を試みることは、神の意志のさらなる侵害、または神の法に 対するさらなる罪(crime)であり、おそらくより大きな罰と悲惨に終わると思われる。人 間はこの〔改良の〕機会を過去において与えられた。現在、彼に許されていることは、変

197 筆者は、2010年9月14日に、100歳になるベンツィオン・ネタニヤフの家を訪問し、

アバルヴァネル自身が使用しない‘theocracy’という単語をアバルヴァネル研究に使うに 至った経緯の確認を試みた。確認の結果として、ジローラモ・サヴォナローラ研究で用い られた‘theocracy’を、同時代に生きていたアバルヴァネルの研究にネタニヤフが持ち込 んだと考えるのが妥当だと思われた。ちなみに、テオドール・ヘルツル、モーゼス・ヘス、

ダヴィッド・ベングリオンなど政治シオニズムの中心的な人物たちが、‘theocracy’という 単語を用いる。筆者はネタニヤフもスピノザの『神学・政治論』の‘theocracy’理解に影 響を受けた可能性があると考えた。しかし、このことをネタニヤフに確認した際、明確に スピノザの影響ということを否定した。

ドキュメント内 著者 平岡 光太郎 (ページ 72-90)

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