• 検索結果がありません。

第一節 ユダヤ神権政治論争とその背景

ヴァイレルが『ユダヤ神権政治』を発行した1976年以降数年、ユダヤ神権政治をめぐる 問題は、宗教と現実政治の関係をめぐる議論の主要な論点となり、新聞やラジオ放送、さ らに学術誌に活発な論争状況が現れた103。さらにその後、今日まで神権政治を主題とする 著作が散発的に発行されており104、現代ユダヤ思想において神権政治解釈は息の長い議論 と言える。この主題の考察は、現代ユダヤ思想の在り様を整理する上で、大きな意義を有 する。

このユダヤ神権政治をめぐる論争を理解する上で、その背景である、近代ナショナリズ ムとユダヤ教の関係、なかんずく現実政治とハラハー(ユダヤ法規)の関係をめぐる議論 を踏まえることは不可欠である。ヘブライ大学ユダヤ思想学科のゼエブ・ハーヴィー(Zev

Harvey, 1943-)は、『エンサイクロペディア・ジュダイカ』第二版において、「20世紀のユ

ダヤ思想の変遷」を簡潔に整理している。これによれば、初期シオニズムの思想家アハッ ド・ハアム以後、彼が取り上げたユダヤ民族とは何かという議論に、ハラハーは位置づけ られるようになった105。近代以降のユダヤ思想家のハラハーへの関心は、常にユダヤ民族

103 ハーヴィーは、これらのヴァイレルへの批判を、事実誤認、テクストの誤解、その他の 間違いと見做した。この論争状況の整理は今後の課題とする。

104 .ח"סשת ןג תמר ,ןליא-רב תויסרבינוא תאצוה ,ןויבא ךלמ ,םיוברברול ריאי Yair Loberbaum, Subordinated King (Israel, Bar-Ilan University Press, The Faculty of Law Publications, 2008). .ח"סשת םילשורי ,סנגאמ ,תיבה רהו ידוהי םזילטנמדנופ ,ירבנע יטומ Motti Inbari, Jewish Fundamentalism and the Temple Mount, (Jerusalem, The Hebrew University MagnesPress, 2008). .4074 ביבא-לת ,גנילסר ,תוינמוהו היטרקואית ,ןוצר םחנמ Menachem Ratson, Theocracy and Humanity –The Political and Social Principles in the Thought of R.

Abraham Ibn Ezra – (Tel-Aviv, Resling Publishing, 2012).

105 Warren Zev Harvey, “Philosophy, Jewish”, Fred Skolnik (Editor in Chief),

Encyclopaedia Judaica, Second Edition, Volume 16, (Detroit, Thomson Gale, 2007), pp.

38

のアイデンティティをめぐる問題意識と深いつながりを持っており、それはイスラエル国 家建設以後においても衰えることはない。ヘブライ大学で近現代ユダヤ思想研究に携わっ たロッテンシュトライフは、その著作である『現代ユダヤ思想の研究』において、ユダヤ 民族性を分析するために、ハラハーに関するいくつかの問題を扱った。同様に、エリエゼ ル・シュバイドも『民主主義とハラハー』を著し、ハラハーと民主主義との関係に注目す る106

しかし、近年のハラハーの性格に関する哲学的議論の高まりは、世俗主義者の側からよ りもむしろヨセフ・ソロヴェイチックとイシャヤウ・レイボヴィッツのような正統的なユ ダヤ教伝統に従う研究者に負うところが大きい。例えば、ソロヴェイチックはハラハーを 数理物理学と類似した概念体系と見なし、自主的で、創造的で、自由なものとして捉えた し、またレイボヴィッツはハラハーを倫理や世俗的民法などからから区別されるべき概念 として探求した。ハーヴィーによれば、特に現代イスラエルにおけるハラハーによる支配 の拡大を主張する人々が拠り所とするダヴィッド・ハルトマンによるハラハー理解もこの 一連の議論の歴史的展開の延長線上に、無視しがたい支脈を形成してきたのである107。ハ ルトマンはハラハーが精神と政治の両方の次元に同時に適用されるべきであると主張して、

ハラハー思想の政治的意味を問う議論を活発化させようとしている。

このようなハラハー議論の政治化に対して、ハーヴィーが言うところの「熱心な世俗主 義者」(a zealous secularist)であるヴァイレルは『ユダヤ神権政治』において反論を試み ている。すなわち、ハラハーは近代国家の理念に対し全く非妥協的な相容れない概念であ り、ハラハーに基づくかぎりユダヤ教はイスラエル国家を転覆させざるを得ない。ヴァイ レルの著作は宗教家たちの間に激しい反論をひきおこした。ユダヤ教の「正統的」な教え 103-104.

106 .ח"לשת םילשורי ,סנגאמ ,הכלהו היטרקומד ,דיבש רזעילא Eliezer Schweid, Democracy and Halakhah, (Jerusalem, Magnes, Hebrew University, 1978) p. 738.

107 David Hartman, Maimonides: Torah and Philosophic Quest, (Philadelphia, Jewish Publication Society 1976).

39

に従おうとする陣営は、正式なラビ的教育を受けていないヴァイレルがその主題にひどく 無知なため、そもそもこのような主張をすべきではないと全否定した108。これに対しハー ヴィーは、ヴァイレルの批判に、事実誤認、テクストの誤解、その他の間違いがあるにし ても、それらはヴァイレルの命題の重要性を減じるものではないとする。ハーヴィーは、

それはむしろ現在のイスラエルにおける宗教と政治をめぐる論争状況が、ヴァイレルの提 起した問題を真正面から取り上げるべきであると考える。ヴァイレルは『ユダヤ神権政治』

によって、ハラハーを政治の領域から完全に斥けることにより、議論の決着を図ったが、

むしろハラハーと政治との関係をめぐる議論に火を点けることとなった109

ただし「ユダヤ神権政治(Jewish Theocracy)」というハラハーの議論を含む枠組み概念は、

ヴァイレルの独創ではなく、むしろハーヴィーによる以上の整理が触れない、ベンツィオ ン・ネタニヤフ(Benzion Netanyahu 1910 – 2012)110の『ドン・イサク・アヴラヴァネ ル―政治家と哲学者―』(1968 年初版・英語)に負うところが大きいと思われる111。ベン ツィオン・ネタニヤフはアバルヴァネル研究と歴史研究を主な作業分野とした修正主義シ オニストである(彼は1996から1999年、また2009年3月よりイスラエル国首相を務め るベニヤミン・ネタニヤフの父親でもある)112。アバルヴァネルの思想に「神権政治」と

108 ヴァイレルの『ユダヤ神権政治』への反論に関しては、次節で扱う。

109 Warren Zev Harvey, ‘Philosophy, Jewish’ , Encyclopaedia Judaica, Vol.16, p. 104.

110 ベンツィオン・ネタニヤフに関してはMartin A. Cohen, ‘Netanyahu, Benzion’, Skolnik, Fred (Editor in Chief), Encyclopaedia Judaica, Second Edition, Volume 15, (Detroit,

Thomson Gale, 2007), p. 91を参照にして記述を行った。

111 ヴァイレルはBenzion Netanyahu, Don Isaac Abravanel: Statesman and Philosopher, (2th edition) (Philadelphia,Jewish Publication Society of America, 1968)に依拠している。

ラヴィツキーは『ハラハー国家は可能か?―ユダヤ神権政治のパラドックス―』(1998)に おいては『ドン・イサック・アヴラヴァネル―政治家と哲学者―』の第三版(1972)を用い、

ヴァイレルについて言及する『ハラハー国家は可能か?―ユダヤ神権政治のパラドックス―』

(2004)においては、ヴァイレルが用いた1968年の第二版を参照する。ちなみに『ドン・

イサック・アヴラヴァネル―政治家と哲学者―』は1982年に第四版、1998年に第五版が出 版されている。

112 ベンツィオン・ネタニヤフ(1910-)の主な研究は歴史とアバルヴァネルを含む文学作 品であり、主著としては『ドン・イサック・アヴラヴァネル―政治家と哲学者―』の他に『ス

40

いう概念を適用し、アバルヴァネルの「現実の政治に対するアプローチ」113に焦点をあて たのは彼であった114

興味深いのは、ネタニヤフもヴァイレルもアバルヴァネルの「神権政治」思想を英語で 論じたことである。とりわけ、ヴァイレルは、『ユダヤ神権政治』のヘブライ語への翻訳を アーロン・アミール(Ahraon Amir, 1923-2008)115に委ね、同書は1976年にまずヘブラ イ語で刊行された116。アミールは 1923 年にリトアニア中部のカウナスで生まれ、1935 年 に パ レ ス チ ナ に 移 住 し 、 反 イ ギ リ ス 委 任 統 治 の 地 下 組 織 で あ っ た 「 レ ヒ 」

ペインのマラノ』、『15世紀スペインにおける異端審問の起源』などがある。修正主義シオ ニズムは、ゼエブ(ウラジミール)・ジャボティンスキー(1880-1940)によって創設され た。彼は大イスラエル主義を主張した。大イスラエル主義はイギリスの委任統治領はもと もとトランスヨルダンも含むとし、委任統治領の「修正」を求めるもので、より大きな地 域をイスラエルに取り込むべきという主張である(手島勲矢(編著)『わかるユダヤ学』日 本実業出版、2002年、220頁)。

113 第四章において、アバルヴァネルの「現実の政治に対するアプローチ」に関する議論を 詳細に取り上げる。

114 アバルヴァネルの政治思想に関する研究はイツハク・ベエル、アブラハム・メラメッド 等によってもなされているが、「神権政治」や「現実の政治に対するアプローチ」とは別の 角度からの研究である。 םיידוהיה םיגוהה לש תינידמה הבשחמה תומכחה לש הנטקה ןתוחא ,דמלמ םהרבא יקלטיאה סנאסינרב ,

ראותה תלבק םשל רוביח

"

טרטקוד היפוסוליפל

"

לת תטיסרבינוא לש

-ביבא , לשת

"

ז.

Avraham Melamed, Wisdom’s little sister; the political thought of Jewish thinkers in the Italian Renaissance(Thesis submitted for the degree “doctor of philosophy” of Tel-Aviv University, 1976).

115 アーロン・アミールについてはGitta (Aszkenazy) Avinor, ‘Amir Ahron’, Fred Skolnik (Editor in Chief), Encyclopaedia Judaica, Second Edition, Volume 2, (Detroit, Thomson

Gale, 2007), p. 78を参照にして記述を行った。

116 『ユダヤ神権政治』の原稿は英語で書かれ、ヘブライ語訳が最初に1976年に刊行され た。その後、1988年になってBrill社よりJewish Theocracyという題名によって英語で刊 行されている。英語版『ユダヤ神権政治』に関する以下の論文と書評があるが、「神権政治」

に焦点を置いているわけではない。Gerald J. Blidstein, “Weiler, Jewish Theocracy”, The Jewish Quarterly Review, LXXXII, Nos.3-4(January-April, 1992) pp. 498-501; Raymond L.Weiss, “Judaic Revelation and Liberal Democracy, The Review of Politics, Vol.50, No.4, (Autumn, 1988), pp.783-741; Laurence J. Silberstein, “[Untitled]”, International

Journal of Middle East Studies, Vol.23, No.4. (Nov. 1991), pp. 686-693.

41

(「イスラエル自由戦士ロ ハ メ イ ・ ヘ ル ー ト ・ イ ス ラ エ ル

」の略称117)の文化・広報活動を担当したメンバーである。彼は極 めて高い政治意識をもち、後に、宗教の教えより、むしろイスラエルの地という地理的な 概念によってヘブライ文化を定義しようとするカナン運動の創設者の一人になる。アミー ルとヴァイレルが邂逅したのは、1959年にアミールが創刊した文学的・政治的季刊誌「ケ シェット」を通してである。さらにアミールは2005年にベンツィオン・ネタニヤフの『ド ン・イサク・アヴラヴァネル―政治家と哲学者―』もヘブライ語に翻訳した。二つのテク ストをアミールがヘブライ語に訳したとによって、ユダヤ神権政治論争はイスラエルにお いて、広範な議論の対象となった118

ヴァイレルの『ユダヤ神権政治』が発刊されてからおよそ30年近く経った2004年、ア ヴィエゼル・ラヴィツキーは『ハラハー国家は可能か?―ユダヤ神権政治のパラドックス

―』と題した著作を出版する。この著作でラヴィツキーははじめて没後のヴァイレルを名 指しで批判し、「ユダヤ神権政治」と「現実の政治に対するアプローチ」をめぐるアバルヴ ァネルの対抗解釈を示した。

以上のように、ヴァイレルとラヴィツキーの論争は、現代イスラエルの現実政治に深く コミットする論者による多様な議論の一環である。彼らの議論はアバルヴァネルの思想が 持つ現代的意味を問うことへと展開する。これらのことから、両者によるアバルヴァネル の思想理解の試みは、現代イスラエル政治における思想的緊張を理解するための補助線を 用意したと言える。

第二節と第三節でヴァイレルとラヴィツキーの二人の生涯を瞥見する。

117 シュムエル・エッティンゲル、(石田友雄訳)、『ユダヤ民族史6』、六興出版、1978年、

214頁。

118 本論は、イスラエルの文脈における『ユダヤ神権政治』の影響を特に考慮するため、イ スラエル国で主に読まれた、ヘブライ語版を中心に取り上げる。

関連したドキュメント