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2.1 構造変化の視点と時間軸

 東アジアの鉄鋼業の構造については、川端 (2005)、利 (2007) などにおいて分析がなされてい るが、2008 年のリーマンショック以降についての構造変化についての研究は少ない。また、先 行研究は生産構造、供給面からの分析が主であり、需要面からの分析は少ない。そこで、本稿で は、まず、生産面を川端 (2005) のフレームワークを用いてどのように変化しつつあるのかを考 察する。次に、需要面の構成変化について考察する。そして、最後に、鉄鋼需給について検討す る。

2.2 生産面の3類型

 川端(2005) は鉄鋼業における主要企業を以下の 3 つに分類する。

①高炉法による銑鋼一貫企業(高炉一貫企業)

 鉄鉱石と石炭・コークスから銑鉄を作り、銑鉄を炉で鋼にし、鋼を圧延する「製銑・製鋼・圧 延の全工程を持つ企業」である。

②電炉法による製鋼・圧延企業(電炉企業)

 製銑工程を持たず、主にスクラップを電気炉で熔解し鋼を造り、圧延する企業。

③単純圧延企業

 製銑工程と製鋼工程をもたず、半製品を購入し圧延する企業。

2.3 東アジアの生産構造の変化

 日本、韓国、台湾には大規模な高炉一貫企業があり、高い競争力を持ち、アジア諸国に輸出し

東アジアにおける鉄鋼業の構造変化

ている。日本は 1970 年代に、新技術を積極的に導入することによって米国企業へのキャッチア ップに成功し、生産量も 1 億トン前後で安定的に推移している。韓国 POSCO 社も 1980 年代に 日本から旧式の技術を安価に導入し、キャッチアップに成功してきた(He and Lee 2016)。電 炉企業も一定数存在する。また、韓国では 2010 年から 13 年にかけて現代製鉄が合計 1200 万 トンの高炉一貫企業として登場し生産能力を大きく増強した。

 中国では小規模であり製銑工程だけを持つ高炉企業(小規模高炉企業)が多数存在すると同時 に、高炉一貫企業も存在する。小規模高炉企業は生産効率が悪く、十分な環境対策を行なってい ない(川端、趙 2016)。また、電炉企業が少ないのも特徴である。すでに生産能力が過剰とな っているが、800 万トン以上の生産能力を保有する高炉一貫製鉄所の建設プロジェクトが 3 件 も進行中である。

 最近までは東南アジア諸国には高炉一貫企業は存在しなかったため鉄鋼生産能力が限られてい た。そのため、経済成長すると鉄鋼輸入せざるを得ない状況に陥った。日本メーカーは、東南ア ジア諸国に単純圧延企業を設立し、日本で生産した半製品を輸出し、現地において機動的に圧延 し日本の自動車・電気メーカーに供給するという生産ネットワークを 1990 年代から構築してき た。

 ところが、2013 年にインドネシアにおいて韓国 POSCO がインドネシア国営製鉄会社と合弁 で生産能力 300 万トンの高炉一貫企業を設立し稼働を始め、2016 年には台湾プラスチィック も中国鉄鋼とともにベトナムで生産応力 710 万トンの高炉一貫企業を設立し稼働予定である。

他にも東南アジアでは高炉一貫製鉄所の建設プロジェクトがいつくも計画されているが、日本企 業に生産ネットワークを構築され先を越された韓国・台湾企業が、高炉一貫企業の設立によって 対抗しようとしていると考えられる。

 インドは、日本と同様に戦後鉄鋼業の振興に力を入れ、国営企業による高炉一貫製鉄所が存在 したが効率が悪く、近年では、民間企業の高炉一貫企業が生産拠点を増やし生産能力増強を行っ ている。タタスチールやミッタルスチールは大規模な外国企業を買収することによって急速に成 長したという点でも注目される。

2.4 需要形態からみた構造変化   2.4.1 統計上の問題

 鉄鋼需要という場合、通常、その国の生産量に輸入量を足して輸出量を差し引いた国内向け供 給量を「見掛け消費量」として需要として用いる。しかし、これでは、つねに供給と需要は等し くなってしまうので、需要の方が供給より大きい超過需要(物不足)の状態を説明することがで きない。また、供給の方が需要より大きい超過供給(売れ残り)の状態も説明することもできな いので、直接需要を推計する方法を確立する必要性は高いと思われる。

2.4.2 東アジアの鉄鋼需要の構造変化(図表1)

 2015 年度の中国の需要(見掛け消費量)は 7 億トンと全世界の 43% であり(World Steel association 2016)、東アジアの 70%に相当する大規模なものである。この中国の需要が 2013 年をピークに 2014 年、2015 年と連続して減少しており、今後も伸び悩むと予想されている

(POSCO Research Institute 2016)。その背景には「新常態」と呼ばれる中国経済の変質がある。「新 常態」とは、2014 年より中国政府指導部によって使われるようになった言葉であり、10%近く の高度経済成長は終わり 7%程度の安定成長を目標とし、安定成長への転換期に構造改革を行う というものである(五味 2015)。つまり経済成長が低下するだけではなく、投資から消費へと いう構造転換によって鉄鋼需要の所得弾力性が低下しているのである。POSCO Research Institute (2016)によれば、鉄鋼需要の所得弾力性は 2000 年には 3.57 であったが 2014 年に は 0.35 へと大きく低下している。

 日本、韓国、台湾、シンガポールはすでにインフラが整っており、鉄鋼需要は横ばいである。

一方、東南アジア諸国、インドは継続的に鉄鋼需要が増加しており、将来的にも増加が見込まれ ている。ベトナムの需要増加は著しく、東南アジアで最大の鉄鋼需要国となった。

図表1 東アジア諸国の見掛け消費量の推移

(単位:百万トン)

* 2015 年時点で 5 百万トン以上の国のみを掲載。 出所:WorldSteelAssociation(2016)

** 10 年増加率 = 2015 年の消費量 - 2006 年の消費量

2006 年の消費量 × 100

2.5 過剰設備問題

 生産能力と見掛け消費量の差を過剰生産能力と考えると、2000 年には 2 億トンであった過剰 生産能力が 2015 年には 7.5 億トンと大幅に拡大した(図表2)。このうち中国の過剰生産能力 は 4 億トンと過半を占める。これは、リーマンショック後に投資中心に内需拡大を行った結果

東アジアにおける鉄鋼業の構造変化

鉄鋼生産設備が増強されると同時に、低成長化と投資から消費への転換によって鉄鋼需要が伸び 悩んだ結果、過剰生産設備が増加したと考えられる。

 中国政府も第 18 回共産党大会において、供給側改革を掲げ、過剰生産設備解消のための具体 策を打ち出した。しかし、鉄鋼の過剰設備の解消は、地方政府の税収を減らしたり、失業を増加 させたりと多くの問題を引き起こすので難しいのではないかとの指摘もある(豊田 2016)。中 国鉄鋼政策の企画立案を行う冶金工業規格研究院の李新創院長は,中国はすでに大幅な設備能力 を削減しており、輸出比率も日本やドイツよりも低いとし一帯一路政策の中で国際貿易を積極的 に行うとしている(李 2016)。

 

図表2 世界の過剰生産能力

(単位:百万トン)

出所:生産能力(世界合計、OECD 計、非 OECD 計)は OECD(2016)    見掛け消費量は 2015 年まで WorldSteelAssociation(2016)