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アウトリーチが誘引する演奏家の資質・能力

第 2章では演奏家による自己分析と他者分析を通して、演奏家の意識が4つの側面にお いて変容していることが明らかになった。続く第3章では、筆者による事例分析によって、

実践の内容や方法が 4 つの側面において質的に変容していることが明らかになった。この ような変容過程は、まさに演奏家の「成長」の過程といえるものであり、資質・能力の育ち という意味で、とりわけ以下の5つが特徴的である。

本章では、アウトリーチの「経験」を通して演奏家の中に育った5つの資質・能力につい て、以下に、前章までの分析を根拠として示しながら考察する。

1. 多様な観点からの自己省察

演奏家は、アウトリーチの実践を振り返り意味づけることを繰り返しながら、次第に多様 な観点を獲得し、多角的に自己分析をするようになる。筆者は、第2章第2節のTへの聞 き取り調査において、実践を重ねることで、準備・実践・省察の循環が、Tの実践を見直す 観点としても機能し始めたことを指摘した。演奏家は、多様な立場の人々と関わりながら、

新たな視点を獲得し、それらを内包する形で自身の実践を評価できるようになっていく。

こうした自己省察を繰り返すことによって、演奏家の理解は深まり、事象に対する予測・

想定が可能になる。例えば、聴き手とのかかわりに関して、経験の少ない若手の演奏家は、

対象を子ども、大人、高齢者というように大きく区分し働きかけをしていた。一方で実践を 重ねたT は、聴き手である児童に対して、子どもという大きな括りではなく、その発達段 階に応じた働きかけを行っていた。Tは「子どもとはこういうものだ」という自身の固定観 念にとらわれず、教師のかかわり方、子ども同士のやりとり、具体的な反応など、現場で得 た気づきを自己の内部で検証し理解しながら、こうした聴き手とのかかわり方に到達して いる。すなわち、多様な視点を内包しながら演奏家の中にしだいに「観」が形成されていっ たと考えられる。アウトリーチは演奏家観を再考する場として機能していることは既に指 摘した。演奏する存在だけでなく、教室における演奏家の立場を考えたり、生の音楽を届け

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る責任に気付いたり、自身の言動の影響を目の当たりにしたりと、かかわりの中で、「自分 は何者か、演奏家とはどのような存在か」という問いを繰り返す。そうした多様な視点から の自己内対話により、演奏家としての意識が芽生えたり、演奏家の役割を新たに付与したり と演奏家観を形成し、表現者として育っていった。

アウトリーチは、現場で起こる出来事や聴き手の反応をもとに演奏家が反省的に振り返 る機会となり得る点が重要である。実践を積み重ねることで、単にノウハウを身につけ、次 の現場に活かすという技術面の省察だけでなく、演奏家としての自己や音楽を対象化し客 観的に捉え直すという批判的な思考を伴う自己省察力が培われていった。

2. 他者意識の形成

Tの変容を促した要因には、聴き手の存在が大きく関わっていた。特に、ぶつかってくる 他者、あるいは概念を壊してくる他者の存在は、既存の知識や固定観念の問い直しや、組み 直しを促す。

第 3章の事例の分析を通して明らかになった4つの観点、すなわち、①アウトリーチの 目的の明確化、②方法ツールの多様化、③言語コミュニケーションの多様化と深化、④空間 演出・配置、に共通していたのは、「聴き手の立場に立つ」という意識への移行であった。

もちろん、各演奏家は現在に至るまでのコンサートやその他の活動においても、常にこの意 識をもち演奏をしている。しかし、アウトリーチでは、「聴き手の立場に立つ」ことを企画、

演奏等のどの場面においても、より具体的に思い描き実現することが求められるため、演奏 家はより強く、聴き手を意識する必要性を感じている。例えば、「本物の音楽を聴かせれば 聴衆の印象に強く残る」とは、簡単なようで実に難しく、それだけでは音楽の本質を伝え、

共有したとは言えない。演奏家には、聴き手の立場に立って、個々の音楽観や音楽の捉え方 を表現する方法のバラエティを広げることが求められる。また、自身が学んできた音楽や既 存の知識を、他者に伝えるという観点で再編することによって、演奏家に新たな知がもたら される。

Tは実践を重ねる過程で「聴き手の立場に立つ」という意識レベルから、その意識を具体 的な選曲や方法、働きかけとして体現するような質的な変容を遂げていた。

アウトリーチでは、発信する演奏や言葉といった投げかけに対して、目の前の聴き手から の反応が即座に返ってくるという実に自由で生々しいものであるため、それぞれの場面で

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の出来事は、自分の働きかけや音楽そのものを捉え直す明確な指標になりやすい。Tは児童 や教師、スタッフなど多様な立場の人々と関わりながら新しい知識を獲得したり演奏家と してあり方を再考したりしており、アウトリーチが学びの場として機能していたと言える。

他者意識は、アウトリーチを実践するにあたり非常に重要な力であり、「音楽を伝える」

努力を継続した結果、形成されたと考えられる。

3. 臨機応変な対応力

アウトリーチの実践場面において、特に重要な力として明らかになったのが、臨機応変な 対応力である。

第 2章の第1節で、若手演奏家の課題として、想定外の反応や予期せぬ出来事に対する 対応の難しさに触れたが、この臨機応変な対応力は、まさに経験からの学びであり、入念な 準備と多くの経験を経て培われる力である。

Tの事例分析では、まず、聴き手と演奏家の言語によるコミュニケーションの場面で、そ の力が拡充される様子を捉えることができた。Tの言語は、説明や情報伝達に用いる「発信 する側面」だけでなく、児童の発言への応答、傾聴、そして転換、発展と言った「応答的側 面」が豊かに拡大しており、経験の蓄積によって深まりを見せた。

さらに、アウトリーチのプログラムの中で、児童を移動させたり、活動を求めたりする、

人的な配置を変える場面においても、演奏家の臨機応変な対応力が必要となることが明ら かになっている。人的な配置を変えることは、演奏家にとっても聴き手にとっても、相互の 関係性が変化する要因となり、予想外の出来事が起こる確率が上がる。こうした局面で必要 となる臨機応変な対応力には、事態に応じて必要な手続きをとるという、所謂「措置」だけ でなく、児童の様子や活動の内容から様々な事態を想定し、対応するための備えをしておく という「構え」も含まれる。Tの実践では、次の事態を予想して、何らかのキーワードを提 示して児童の行動を緩やかに方向づけたり、活動によって生まれた児童の様々な次元の感 想に対して、個別に対応するだけでなく、それらを結びつけたりするなど、次第に全体の把 握と判断が迅速になっていく様子が見られた。

臨機応変な対応力の中でも、演奏家にこうした「構え」が備わっていくことで、聴き手か らの反応を柔軟に受け止め、発展させたり、結びつけたりと、アウトリーチの内容自体をよ り豊かに更新していくことが可能となる。実践を重ねることで、目の前の事象にその都度対

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応するだけではなく、アウトリーチに臨む演奏家の姿勢が、多様な事態を想定した「構え」

になっていくことは、特筆すべき変容であった。

以上のように、経験を通して熟達する様子を捉えることができたが、臨機応変な対応には、

実践の積み重ねと同様に、演奏家の感受性が欠かせない。目の前に広がる状況、あるいは文 脈から何を感じ取るか、読み取るか、その洞察力が前提となる。聴き手から発信されている 情報は、言語的な反応に限らず、表情や目線、声色に至るまで多岐にわたる。それらを瞬時 に感じ取り、1曲の演奏、1つの言葉、短い時間でどう応答できるか、何を残せるかという 点で、演奏家としての力量が問われる。これは、演奏家にとって最も困難な課題であり、同 時にアウトリーチの醍醐味でもある。

臨機応変な対応には、演奏家の人間性や力量が出るため、実践を積むとともに、地道に研 鑽を積み、自身の内面と音楽を磨き続けることが不可欠である。

4. 協働する力

協働する力の「協働」(collaboration)とは、「異なる立場の人たちが、自身の枠組みの境 界線を越えて、それぞれの力を発揮して協力し合うこと」を意味している。

アウトリーチは、演奏家と聴き手に限らず、コーディネーターや教師、共演者、主催者な ど多様な人々によって形作られるという特徴がある。「演奏家―聴き手」の関係は、「提供者

―受け手」といった一方向ではなく、そこに介在する誰もが誰かに学びをもたらす可能性を 持っている。

Tは、共演者とのかかわりを通して、比較によって自己の特性、楽器の特徴を再考する機 会を得た。また、コーディネーターからの指摘や聴き手の反応から、長年続けてきたアウト リーチの構成を大幅に変更するなど、かかわりから多くの示唆を得て、緩やかに変容してき た。他方、Tの実践から演奏家の可能性を見出したコーディネーターの語りや、児童への働 きかけが変化した教師のエピソードにも触れたが、実践に関わった人々も同様に、意識や行 動が変化していることが明らかになっている。このように、アウトリーチにおける人々の関 係は、提供者―受け手といった一方向ではなく、そこに介在する誰もが誰かに学びをもたら す可能性をもつ、実に複雑なコミュニティと言える。

しかし、こうした協働の場は、単に人が集まることだけでは生まれない。例えば、演奏家 が自身の思いや意図を言語化してスタッフや教師に伝えたり、また異なる意見を受け入れ

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