• 検索結果がありません。

学びの場としてのアウトリーチ――聞き取り調査を通して――

異なる立場の人々が「協働」するアウトリーチの場では、演奏家同士、演奏家とコーディ ネーター、実践側と受け入れ側(聴き手、教師)など、人と人のかかわりが生まれる。

本章では、第1章の第 3節で示した演奏家の力量形成の場としてアウトリーチ可能性を 検証すべく、協働による人々のかかわりに焦点化し、演奏家の経験を考察する。

まず、現在のアウトリーチの動向を整理した上で、特にアウトリーチを経験した若手の演 奏家に着目して、実践における課題を明らかにする。そして、アウトリーチを自身の演奏活 動の主軸に据え、長年実践を積み重ねてきたピアニスト T に焦点をあて、実践を通して生 まれた人とのかかわりとその学びの諸相を捉えることを目指す。

第1節 アウトリーチに関わる演奏家を取り巻く状況と課題

1. アウトリーチの動向

日本では、第2次世界大戦後から、群馬交響楽団の「移動音楽教室」のようにオーケスト ラによる芸術鑑賞教室が各地で実施され、「アウトリーチ」という概念が普及する以前から 類似した活動が存在した。しかし1990年代後半、ハード面の充実に偏った文化政策への反 省から、公共ホールを中心に、ソフト開発の気運が高まり、ホールから市民に打って出る

「アウトリーチ」という手法が注目され、ここで初めて「アウトリーチ」という言葉が使わ れた。この頃は、NPO法の成立や平成の大合併に加え、文化芸術振興基本法が施行された 時期であったため、「芸術普及」「教育普及」を掲げ、「音楽家が出て行く」というアウトリ ーチのスタイルで、活路を見出そうとした自治体、団体が数多く生まれた。

対象やコンセプトを明確に設定し、それぞれの目的や狙いに応じて主体的にアプローチ を工夫できるため、アウトリーチは「芸術振興」という大きな目標を起点に様々な分野に普 及した。

日本においてアウトリーチが普及したのは、この15年あまりの動向であるが、当初は活 動の内容や意味を知る演奏家はほとんどいない状態であった。しかし、最近ではアウトリー チという言葉の認知度は高く、演奏家は演奏活動の一環として積極的に関わり始めている。

33

第 1 章では、音楽系大学が学生のキャリア教育や基礎教育としてアウトリーチをカリキ ュラムに取り入れ、アウトリーチに、コミュニケーション能力や自己プロデュース能力の獲 得など、演奏家養成課程に必要な教育的な要素を見出していることに言及した。林(2013)

は、この15年の動向を「アウトリーチは一応の定着を見せ、導入の時代は終わったと言え る」と述べ、現在は「アウトリーチを供給する側の多様化が進む中、内容に目を向けていく 新たな時代が始まっている」とした1。つまり、アウトリーチは、ホールから演奏家が出て 行くという、新しい形式そのものが重要視された1990年代後半から、そこに、アウトリー チでどのような対象に何をもたらすのか、という視点が加わり、2000 年代後半になると、

より質の高いアウトリーチを支えるための新たな人材を教育、開発していく段階へと推移 している。

日本におけるアウトリーチの普及と発展には、一般財団法人地域創造(以後地域創造と称 す)の存在が大きく関わっている。特に、日本にアウトリーチという手法を広く紹介した点 と、全国の公立文化施設とのネットワークを構築した功績は大きい。

(財)地域創造は、総務省の外郭団体として1994年に設立されて以来、芸術文化の振興 によって豊かな地域づくりを実現することを目的に、様々な事業に取り組んできた。1998 年度に、クラシック音楽の若手演奏家のコンサートとアクティビティ(公共ホール音楽活性 化事業では、アウトリーチのことをアクティビティと呼んでいる)を組み合わせた「公共ホ ール音楽活性化事業」(通称:おんかつ)をスタートさせ、公共文化施設と共同で多様なア ウトリーチを実施してきた。この仕組みのモデルとなったのは、1960年に発足したアメリ カのNPO団体 “Young Concert Artists” 2が展開している「ミニ・レジデンシー」という コミュニティ活動である3。地域創造では、この方法論に着目し、おんかつの枠組みを構築 した。

2010年度までの3事業への参加は延べ304団体、アウトリーチの延べ回数は約1200回 に達している4。半ば手探り状態で始まったこの事業は多様な実践例を積み重ね、次第に現

1 林睦「音楽教育におけるアウトリーチを考える」『音楽教育ジャーナル』20号、日本音楽教育学会、

20136-13

2 NPOであるYCAは、世界中の優れたアーティストを発掘し、そのキャリアを支援することを目的に 創設された。オーディションで選ばれたアーティストには、デビューコンサートの機会が与えられ、マネ ジメントサービスが3年間無償で受けられる。この一連の活動の中に、コミュニティに根差した演奏活動

「レジデンシ―」も含まれている。

3 児玉真「地域創造事業の歩み」『地域創造レター』No.233、一般財団地域創造、20148月、10-11 4 財団法人地域創造『文化・芸術による地域政策に関する調査研究』財団法人地域創造、2010年、6

34

在のスタイルを構築していっており、日本におけるアウトリーチの普及を牽引してきた団 体のひとつと言える。

一方で、(財)地域創造が普及したアウトリーチの課題と限界も指摘され始めている。

そのひとつに、4回のアウトリーチと1回の本公演という形式が挙げられる。そもそも、

公立文化施設の活性化が主たる目的であるため、アウトリーチが本公演の集客を目的とし た宣伝活動という側面がある。一方で訪問先である、学校の文脈では、アウトリーチにより 教育的な内容を期待したり、平等な芸術体験を求めたりするなど、提供側と受け入れ側の意 識のズレや認識の差異が生まれるケースもある。15 年の活動を経て蓄積された多くの実践 を分析し、仕組みや位置づけを見直す転換期を迎えている。

こうした背景には、アウトリーチの認知度が高まったことで、演奏家や公立文化施設が独 自の事業を展開するようになり、「アウトリーチ」という活動が多様化したことが挙げられ る。コミュニティプログラムや、エデュケーションプログラムなどと称し、識別を図ろうと する動きもみられ、アウトリーチを独立した活動として位置づけ、研究・実践していこうと する団体や演奏家が出始めている。

2. 演奏家が抱える諸問題――演奏家とプロデューサーへの聞き取り調査より――

多様なアウトリーチが展開されている現在、関わる演奏家も急増している。活動自体の認 知度が高まる一方で、演奏家がアウトリーチの実践を見学したり、学んだりする機会は少な く、訪問した現場が演奏家にとって初めてのアウトリーチ経験となることも少なくない。

高橋(2014)は、アウトリーチ研修で関わった若手演奏家の様子について「アウトリーチ の考え方やプログラムの立て方は理解しているものの、実践の場でどのように取り組んだ らよいかわからない様子が窺えた」と述べ、実践をイメージした研修プログラムの必要性を 強調した。演奏家たちはアウトリーチの現場で多様な課題に直面している5

ここからは、アウトリーチの経験が3年未満の若手の演奏家3名(演奏家P、演奏家V

演奏家R)とアウトリーチを企画運営する立場であるコーディネーター2名(コーディネー

ターK、コーディネーターH)、への聞き取り調査をもとに、現在のアウトリーチ実践におけ る演奏家の問題意識や課題を明らかにする。

5高橋千絵「音楽アウトリーチを行うアーティストの養成についての実証的考察」『エリザベト音楽大学研 究紀要』第35号、2014年、エリザベト音楽大学、27-35

35

インタビューの詳細は巻末に付録として付した。インタビューは、筆者との対談形式で、

1回1時間~1時間半を目処に実施した。主な実施場所は喫茶店や公共ホールの会議室など であり、いずれも対象者の許可をとり、録音による記録を行なった。聞き取り調査の内容か ら、演奏家が直面する課題は、大きく 3 つに分類できることが明らかになった。ここから は、引用箇所を「」で提示しながら考察していくこととする。

(1) アウトリーチの理解と位置づけの違い

アウトリーチは、「演奏家が出向いて音楽を届ける」という形式が独り歩きし、その内容 や企画側の意図、聴き手への影響を含めたアウトリーチの場全体を意識することなく、現場 に出ていく演奏家も少なくない。

Pは、初めてアウトリーチを見学した際の印象を「最初に見たときは、色々な仕掛けがあ ることに気付かず、言い方は悪いが、やればできるだろうと思っていた」と述べ、「自身が 経験して初めて認識が変わった」(演奏家P)と続けた。一方で、アウトリーチという言葉 を知る以前に、既に学校等での演奏経験がある演奏家も多い。Vは、「訪問して演奏すると いうことは知っていたが、それ以上の認識がなかった」(演奏家V)と答え、演奏活動のひ とつということ以上の意識がなかったことを振り返った。

Kは、「地方の演奏家にとってアウトリーチは非常に切実な問題として捉えている」(プロ デューサーK)と述べ、アウトリーチに関わることで演奏家意識を回復し、自身の重要な演 奏活動として位置づけている演奏家たちの例を示した。

このように一口にアウトリーチと言っても、関わる演奏家の認識に差異がある点が第一 の課題である。アウトリーチでは、演奏の環境に関しても、訪問先が教育機関のみならず、

病院、高齢者施設などの福祉施設、公立文化施設など多岐にわたり、演奏空間としての設備 も、万全とは限らない。また聴き手に関しても、必ずしも音楽に興味を持っているとは限ら ず、通常のコンサートと異なる要素が多い。

演奏家には、このような特徴を理解しつつ、アウトリーチの場で「何をするのか」という 明確な目的を設定することが求められる。この認識がないまま現場に赴くと、「行って演奏 する」という形式に終始した活動になりやすく、演奏家と聴き手の双方に予想以上の経験を もたらすまでには至らないケースが多い。演奏家がアウトリーチの独自性や今までの活動 との違いを認識することで、現場に向かう構えが生まれてくる。そうした心づもりや想定と

関連したドキュメント