わが国は、農業や林業、沿岸域での漁業の長い歴史を通じて、多くの生き物や豊か な自然と共存した日本固有の文化を作り上げてきた。しかし、近年の西洋文明との融 合や科学技術の発達の中で、日本人と自然との関係は薄れ、それぞれの地域の自然と 文化が結び付いた特有の風土が失われつつあるとされている。
わが国は、明治維新(19世紀後半)の後、そして第二次世界大戦後に経済的に発展 した。その一方で、本来豊かであるはずの日本の生物多様性は失われてきた。経済的 な発展の重要性に比べると、生物多様性の豊かさが暮らしの豊かさにつながるという ことは忘れられがちであった。
こうした認識を踏まえて、評価期間である1950年代後半(昭和30年頃)から現在 までの約50年間について、わが国の社会経済状況の推移を概観する。
1.1950年代後半~1970年代前半(昭和30年代~40年代)
<高度経済成長と国土の開発>
この時期に、わが国は、第二次世界大戦からの復興を終えて高度経済成長期を迎え た。1956年度の経済白書は、経済が戦前の水準を回復し、戦後復興による経済成長か ら「近代化」による新たな成長局面を迎える状況を「もはや『戦後』ではない」と表 現した。総人口が年率1~2%と急速に増加するとともに、農村から都市へと人口が移 動した1)。重化学工業を中心とする産業構造に変わり、実質国内総生産(実質GDP)
の増加は年率10%前後で推移した2)。
国外から安価な石油が大量に輸入されるようになり、これまで石炭、水力発電、薪 炭などに依存していたエネルギー供給の構造が石油中心に変わった(「エネルギー革 命」)。一次エネルギーの輸入依存度は1950年代半ばには20%程度であったが、1970 年頃には約80%に上昇した3)。
同時に、核家族化による世帯員数の減少、いわゆる「三種の神器」などの耐久消費 財の普及、自動車の普及などによってライフスタイルが変化し、大量生産・大量消費 の社会が到来した。
総人口の増加や人口移動、エネルギー供給構造や産業構造の変化に応じて、国土の 全域で住宅や産業施設の整備が進み、また経済成長の基盤として社会資本の整備が進 められた。1962年に全国総合開発計画が、1969年には新全国総合開発計画が策定され、
国土の全体で「日本列島改造ブーム」と呼ばれるほどの大規模な開発が進められた。
全国の宅地面積は急速に拡大したものの、1人当たりの宅地面積(民有地)は第二次世 界大戦前と低位または同程度の水準で推移していた4)。工業用地や住宅用地の立地のた め、「太平洋ベルト地帯」などの平野部では都市が拡大し、沿岸部では埋立が進めら
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れた。1960年から1975年にかけて人口集中地区(DID)の居住人口は約1.5倍に増加 し、面積は倍増した1)。他方で、山間地などの過疎が深刻となり、1970年には過疎対 策緊急措置法が制定された。
水需要の増大や都市等での洪水被害に対応して、河川ではダムの整備、河岸の人工 化や直線化が進められ、一部では大規模な砂利採取が行われた。また、沿岸部では台 風時の高潮などの被害などに対応して、海岸の人工化が進められた。
<農林水産業>
第一次産業就業人口の割合は、1955年には約40%であったが、1970年には約20%に 低下した1)。農地の面積は1960年代初頭の約6.1万km2をピークに増加から減少に転 じ5)、農薬・化学肥料の普及、農地の整備、農業の機械化などによって農業のあり方が 変化した。1960年代から数次にわたって農産物の自由化が進められ、食料自給率(供 給熱量ベース)は1960年度の79%から1970年の60%に低下した6)。
高度経済成長にともなって建材や紙・パルプ材などの木材需要が激増し、これをま かなうため、エネルギー革命によって経済的価値を失った二次林などが、スギ・ヒノ キの人工林に転換された(拡大造林)。その後、1960年代の木材の輸入自由化にとも なって外材の供給量が急増し、用材自給率は1960年の87%から1970年には45%に低 下した7)。漁業生産は、遠洋漁業の拡大などにより増加した8)。
<公害の発生>
この頃には、公害の発生が社会的な問題となった。1950年代には東京の隅田川が悪 臭を発するようになるなど、産業排水や家庭排水により河川・湖沼や海域で水質の悪 化もしくは富栄養化が進んだ。1960年代頃からは、工業地帯などで大気汚染が問題に なった。1960年代には水俣病の発生も確認された。
2.1970年代後半~1980年代(昭和50年代~60年代前半)
<安定成長とバブル経済>
1970年代半ばに、石油危機(1973年)をきっかけにして高度経済成長が終わり、実 質GDPの増加は年率5%前後で推移した2)。総人口の伸びは緩やかになり、農村から都
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市部では地価が急上昇するとともに、都市周辺部では、1987年の総合保養地域整備法 などに促されるなどしてリゾート開発が進められた。
<農林水産業>
農村部では過疎と高齢化が問題となった。第一次産業就業人口の割合は引き続き減 少し、1980年代には約10%に低下した1)。コメの需給不均衡が生じ、1970年代から本 格的なコメの生産調整が行われて稲の作付面積は減少した。林業の採算性は悪化し、
国内の森林が利用されなくなった。食料や木材の輸入はやや増加し、食料自給率(供 給熱量ベース)は50%台、用材自給率は30%台で推移した6)。漁業生産は、1980年代 にピークを迎え、沖合漁業を中心に高い水準で推移した。
3.1990年代~現在
<低成長と人口減少>
実質GDPの増加は一時的なマイナス成長も含めて年率3%未満で推移した2)。東京圏 への人口の移動は継続しているが、総人口の伸びは鈍化し、2000年代前半には減少に 転じた1)。今後、2050年には、総人口が1億人を切るとともに、65歳以上の高齢者が
40%にも上るという人口減少・高齢化社会が予測されている9)。
経済・社会のグローバル化が進み、人・物の国を越えた出入りが増加した。貨物の
輸入量は1950年に約1,050万トンであったが、1975年には約5.5億トン、1995年には
約7.6億トン、2005年には約8.2億トンに増加している10)。
社会資本の整備は依然として継続しているが、高度経済成長期から増加傾向にあっ た建設投資額は、1990年代に減少に転じた11)。
<農林水産業>
農村部の過疎化と高齢化が一層進んだ。第一次産業就業人口の割合は引き続き減少 し、1990年代以降は10%を下回ってなお減り続けている1)。
食料や木材の輸入はなお進み、食料自給率(供給熱量ベース)は40%台、用材自給
率は20%前後で推移した6),7)。魚介類についても輸入量が増加し、自給率(重量ベース)
は60%前後で推移している6)。
<地球環境問題など>
2000年代後半には一時的に石油価格が高騰し、エネルギーや食糧の供給の不安が高 まった。また、1990年代以降、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出にともなう地球 温暖化の進展など、地球規模の環境問題への認識が急速に広がり、国際的な対応が求 められるようになった。世界の二酸化炭素の人為的な排出量は、1950年代以降増加し ており、1990年代以降も引き続き増加傾向にある12)。わが国の二酸化炭素の排出量は
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そのうちの4%を占めており(2006年)、二酸化炭素を含む温室効果ガス排出量は2007
年度には13億7,400万トン(二酸化炭素換算)で、1990年の水準と比べて9%上回っ
ている12)。総排出量のうち最も大きい割合(36%)を占める産業(工場等)部門の排出 量は、1990年比で2%減少しているが、運輸(自動車・船舶等)部門は15%増、業務そ の他(オフィスビル等)部門は44%増、家庭部門は41%増となっている12)。
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引用文献
1) 総務省, 国勢調査.
2) 内閣府, 国民経済計算.
3) 資源エネルギー庁, 総合エネルギー統計.
4) 総務省, 固定資産の価格等の概要調書(土地).
5) 農林水産省, 耕地及び作付面積統計.
6) 農林水産省, 食料需給表.
7) 農林水産省, 木材需給表.
8) 農林水産省, 漁業養殖業生産統計年報.
9) 国立社会保障・人口問題研究所, 2006: 日本の将来推計人口(平成18年12月推計).
10) 国土交通省(編), 平成20年度国土交通白書.
11) 国土交通省総合政策局, 建設投資推計及び建設投資見通し.
12) 環境省(編), 平成21年度環境白書/循環型社会白書/生物多様性白書.
第 II 章 生物多様性の損失の要因の評価
本章では、評価期間中(1950年代後半~現在)に生物多様性の損失を直接的に引き起 こした要因について、その影響の程度と傾向を評価する。また、要因別に対策実施の傾 向について評価し、最後にそれらの実施の基盤となる国民の理解や資金・技術について 評価した。
第 1 節 第 1 の危機の評価
本節では、評価期間中(1950年代後半~現在)に生物多様性の損失を引き起こした要 因である「第1の危機」について、影響力の程度と傾向を4つの指標を用いて評価し、
あわせて関連する対策実施の傾向についても評価する。
1.第1の危機
○「第1の危機」は、開発など人が引き起こす生物多様性への影響である。開発・改 変や水質汚濁は、生態系の規模の縮小、質の低下、連続性の低下を引き起こす要因 となり、野生生物の直接的な利用(狩猟・漁労、観賞目的などによる野生生物の捕 獲・採取)は、種の分布や個体数の減少の要因となる。
2.第1の危機に含まれる損失要因の評価
○「第1の危機」の影響力は、1950年代後半から現在に至る評価期間において非常に 強く、長期的には増大する方向で推移している。
○評価期間前半の高度経済成長期には、急速で規模の大きな開発・改変によって、自 然性の高い森林、農地、湿原、干潟といった生態系の規模が著しく縮小した。いっ たん生態系が開発・改変されると、その影響は継続し、あるいは一定の時間が経過 した後で影響が発生する可能性がある。
○狩猟などの野生生物の直接的な利用は、長期的にみれば、明治時代以降の高い狩猟 圧が続いた時期と比べれば減少しているものの、利用自体は継続してみられる。