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私はよく道端に落ちている小石やガラクタに魅力を感じつい拾ってしまう(図 91)

いったいどの部分に魅力を感じているのかというと、中身が詰まっていて重さがあること、表 面が様々な汚れやマチエールを持っていること、欠けや歪みなどの形の欠陥があること、連れ去 りやすい大きさであること、いつから存在しているのか不明だがきっと永い時間を有してきたこ と、最も大きな魅力として私が体験していない古い時間を持っていることなどが挙げられる。

道端の小石にも記憶がある。大地の記憶が詰まっていて、火山岩なら何億年も昔の地核である。

小石それ自らが記憶を語り出すことをしないが、その素材が持つ純粋な記憶がある。

91 筆者の小石コレクション一部

かつて人は昔、言葉を持たないとき自分の心情を最も表している形の石を探し、感情を石に託 し相手と交換し合って心を通わせる「石文いしぶみ」を行っていたという。人間がみずからの心理を伝え たい、主張を表現したいという原始的な欲求を残そうとするとき、そこにはいつも「物質」とそ れに触れた時の重みがその責任を担ってきた。

「物質」はひとの記憶を記録する媒体であり、また関わった人がいなくなっても「物質」とい う純粋な存在は朽ちるまで残り続け、「物質」としての一生を全うする。残った物質にひとはま た自分の思想を重ね合わせ、時空を超越して過去の記憶を味わうことを楽しむ。人は自ら手にし たものに名前を付けたり、○○のようだと形容したり、それにまつわる記憶を自分の中から蘇ら せたりして時間軸にとらわれない記憶の世界を楽しむことができる。ものの中に刻み込まれた記 憶は読まれて蘇るものだ。そこに物質の持つ記憶の特質がある。物質にはそれ自体の素材が持つ 記憶と、手に取った人間が蘇らせる記憶と二つある。ブロンズもまた、金属という素材としての 純粋な記憶を持っている。それをダイレクトに手のひらで感じるとるために私は無垢の重みある ものを制作している。

2011年の修了制作展において私は「into」の他に、「流転」という作品も同時に発表した( 92)。会場は彫刻棟三階のアトリエで、一部屋を自由に使用し表現することができた。私は会場

92 「流転」

「流転」は私が生まれる前から家にあった古い丸テーブルを使った。万物の時空を超えたつな がりを視覚化した作品であり、一見関わりのないように見えてもいつかは接する時が来る、その 予感をブロンズ作品が古テーブルと床の砂を繋ぐように配置することで表現した。

ここでの砂の役割は、「建物」「古テーブル」「ブロンズ」という物質それぞれが持つ記憶の関 係にひとつの時間軸を通すためであった。自分がつい最近つくった物質と自分が生まれる以前か らあった物質がひとつの空間にあることを繋ぐ役割として、太古の地球の記憶を持つ砂を選んだ。

砂は、足裏に感じる不安定さが暗さと合わさることにより、鑑賞者が会場の空間に集中できる という利点があった。鑑賞者の足音を消す効果もあり、足音のしない中で吊るした鋳物同士が接 触した時に鳴る金属音がより際立っていた。

なにより、幼少の記憶がブロンズを通し蘇った私にとって、砂遊びは最も身近で原始的な遊び であり、砂という素材はロストワックス法を通しても記憶に目を向けるきっかけともなった重要 な存在だった。

インスタレーションは、場の性格を最大限に活かし、かつトリップできる空間をつくることで ある。それは、“もの”だけを魅せるのではなく、そこから派生する鑑賞者の個人の中の宇宙を 刺激するためにある。空間から感じ取る、見えないものこそが永遠性を持っていると私は考えて いる。建物の歴史、性格、会場の暗さ、足元の不安定さ、金属音、すべてがバランスを取りひと

つの空間を造れるよう心掛けた。物質を見ながらも、そこから物質のもつ記憶を感じ取り、残る もので訴えかける、そのような作品としてクリスチャン・ボルタンスキーを挙げたい。

2009年越後妻有トリエンナーレ(新潟) で、私は初めてクリスチャン・ボルタンスキーの作品 に出会った。使われていない小学校の体育館や理科室や教室の中に展示してある大規模なものだ った。広くても、狭くても、彼の作品からは死の予感が漂っていた。印象的だったのは体育館の 大空間の展示だった。天井から電球が大量に垂れ下がっているが大変暗く、足元は干し草を敷き 詰めてあった。まず足を踏み入れると干し草の香りがして、目は暗闇に慣れないまま足元のふわ ふわした感触に驚く。目が慣れるとそこにはオレンジ色の電球が中空を漂っているのが見える。

それはひとだまのようで、私にはかつてこの体育館で元気に運動していた子供たちのエネルギー を表しているように思えた。幻想的であり、かつ「失われてしまった何か」を五感で体感したイ ンスタレーションであった。共同制作者のジャン・カルマンは現代ヨーロッパの代表的な舞台照 明家である。

クリスチャン・ボルタンスキーは1944年パリ生まれのユダヤ人、11歳から登校拒否をはじ めたため、美術学校での正規の教育は受けていない。彼によれば、芸術家の仕事は〈他人が自分 を自分と認めることのできる鏡の製造人〉になることだと語っている。62

これは、彼の作品から私が死の予感を感じ取ったことを表している。誰にも免れられない死と 向き合うときに人間は生きていく意味を確認するのだ。ボルタンスキ―のその他の作品も、子供 の写真や電球がよく登場する。失われてしまったもの、ある日の時間の停止は写真と子供という モチーフで表現され、電球の使用や写真の並べ方によって祭壇のような遺影のようなイメージを 鑑賞者に与える。インスタレーションのところどころに鑑賞者の潜在的な連想作用に働きかける 多義的な道具立てがあるが、これらは舞台装置であり、具体的な事実とは関係ないのである。

空間や鑑賞者の五感を利用して記憶を喚起させ、死から生きることを問いかけるような「装置」

を作品として提示していることは、おこがましいが作家として共鳴する部分がある。

また、彼の扱うモチーフが子供、成年などが多いことについて「・・・老人の写真ではなく子 供の写真が選ばれたのは、老人よりも先の長いはずの人生の中断が人の心に訴えかけるからで す。」と語っている。63 これは作品の狙いとともに作家本人の人生で起きたことが大きく影響 していることに他ならないのではないかと私は考える。 人間には身体が大きくなっても変わら ない核の部分があるといえるのだろう。

私の場合、作品をつくるために意識して行った行為が、無意識の記憶を蘇らせたことが自分の 身体について考えるきっかけとなった。彫刻を通して感じた実感に興味を持ち、自分の身体は自 分のものだけでは無いような気がした。このような感覚から、まだこの身体の中に記憶が眠って いるように思えて私はロストワックス法を引き続き行う決心をした。自分の身体が持つ記憶をみ たいと思った。しかし、その身体も永遠ではない事実も意識することになりそれについてどのよ うに考え作品を展開させていくのかが課題となった。