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モーツァルトの《ホルン協奏曲第 1 番》

松田 聡

Philharmony June 2015

推定のもと、514 番とした。

 「ケッヘル目録」はライプツィヒ のブライトコプフ・ウント・ヘルテル 社から出版されたが、この出版社は、

さらに 1877 年からモーツァルトの 作品全集を刊行する。現在では「旧 全集」と呼ばれる全集だが、この中 に K.412 のアレグロ楽章と K.514 の ロンド楽章からなる《ホルン協奏曲 第 1 番》が収められ(1881 年刊行)、

以降、この K.412 + 514 の演奏が定 着したのである。一方、曲の成立に ついての理解は、K.412 と K.514 の 双方の自筆譜が行方不明になったこ ともあり、しばらく修正が加えられ なかった。

 事態が動いたのは、2 つの自筆総

譜が再発見された後の 1980 年代の ことである。楽譜の用紙や筆跡の研 究の結果、K.412 が 1791 年に手がけ られた遺作であること、K.514 はジ ュースマイヤーが書いた、1792 年完 成のロンド楽章であることが明らか となったのである。

モーツァルトの総譜と K.514   問 題 は、K.514 を ジ ュ ー ス マ イ ヤーがどのように作成したかであ る。モーツァルトが未完で残した K.412 のロンド楽章の総譜は、主要 声部(独奏ホルンや、それが休みの 箇所の第 1 ヴァイオリン)が最後 まで書かれている一方、オーケスト ラ・パートの多くは空白のままであ

図 1 K.412 のロンド楽章の自筆譜第 1 ページ(部分)。下のほうに、独奏ホルン・パートに添えられた、ロイトゲー プをからかうモーツァルトの書き込みも見られる

名曲の深層を探る

譜例 1 K.412 のロンド楽章(モーツァルトの未完の総譜)の冒頭

譜例 2 K.514(ジュースマイヤーの補筆完成版)の冒頭(管楽器パート省略)

る。ちょうど《レクイエム》の、例 えば〈怒りの日〉と同様の状態だが、

ジュースマイヤーは、《レクイエム》

の場合とは異なって、その空白を埋 める補筆をしたわけではなかった。

 オーケストラが主題提示をする冒 頭を参照しよう。モーツァルトが 書いたのは譜例 1だが(管楽器パ ートは未着手)、ジュースマイヤー の K.514 では、譜例 2のように伴奏 が大きく異なっている(比較のため、

管楽器パートは省略)。ジュースマ イヤーの伴奏は、ヴィオラの 16 分 音符やチェロ、コントラバスの 8 分

音符に埋め尽くされており、すっき りした書法や躍動感が特徴のモーツ ァルトの伴奏とは全く別物となって いるのである。

 また、独奏ホルンの休みの箇所の メロディの違いも顕著で、例えば、

ホルンが冒頭主題を奏した後の第 17 小節から、モーツァルトは譜例 3の メロディを第 1 ヴァイオリンに弾か せているが、同じ箇所が K.514 では 譜例 4のようになっている。続く 独奏ホルンのメロディに基づく 8 小 節のフレーズで、これだけを聴けば

「モーツァルト的」とも受け取れよ

Philharmony June 2015

 では、なぜジュースマイヤーが、

そのような《ホルン協奏曲》のスケ ッチを参照してロンド楽章を補筆完 成したのだろうか。もう少し、推測 を進めることにしよう。

 モーツァルトはロンド楽章を完成 することなく亡くなったのだから、

スケッチもまた作曲家の遺品に含ま れていたのだろう。とすれば、未亡 人コンスタンツェから依頼されて、

ジュースマイヤーが《レクイエム》

の補筆を引き受けた際に、そのスケ ッチも一緒に(紛れて?)渡された と考えることもできる。

 実のところ、《レクイエム》関連 のスケッチをジュースマイヤーがロ ンド楽章に取り入れた可能性も指摘 されている。K.514 の中程に、モー ツァルトの総譜にはない、《エレミ アの哀歌》という聖歌の引用部分が あるが、その聖歌が元来は《レクイ エム》のためにスケッチされたもの う。しかし、譜例 3に示す、実際の

モーツァルトのフレーズが、前半と 後半の対比も鮮明に、実に無駄なく 4 小節にまとまっているのと比べる と、いかにも冗長に感じられる。

スケッチに基づいたのか?

 K.514 は、このように、オーケス トラの部分はモーツァルトが書いた ものとかけ離れているが、独奏ホ ルン・パートはかなり共通する(も っとも、楽章の後半では違いも目立 ってくる)。何とも不思議であるが、

こうなったのは、ジュースマイヤー が未完の総譜ではなく、ホルンのパ ートのみのスケッチを参照したから ではなかろうか。そのスケッチは現 存しないが、同様に主要声部のみを スケッチした例は少なからずある

(例えば、《フィガロの結婚》の伯爵 や伯爵夫人のアリアのためのスケッ チなどが挙げられる)。

譜例 3 K.412 のロンド楽章の第 17 〜 20 小節(第 1 ヴァイオリン)

譜例 4 K.514 の第 17 〜 24 小節(第 1 ヴァイオリン)

名曲の深層を探る されるだけのものではなく、未だ重 要な版であり続けている。

 それに対して、K.514 の場合は、

モーツァルトの意図からの離反がは るかに明確で、その分、未完の総譜 に直接基づく新たな補筆完成版の作 成が、より望まれるところだったと いえる。それに応えたのが、その方 面の第一人者、レヴィンである。彼 の校訂によるスコアも 2013 年に出 版されたから、今後は、K.514 では なく、ロンド楽章の新たな補筆完成 版を終楽章とする《ホルン協奏曲第 1 番》(レヴィン版)K.412 の演奏が 一般化していくのであろう。

 ただ、音楽作品の価値は、音楽面 にのみ求められるものではない。モ ーツァルトの没後すぐに、近しい人 物、ジュースマイヤーによって書か れた K.514 が、ちょうど《レクイエ ム》のジュースマイヤー版の場合と 同様に、歴史的にユニークな意義を 持つものであることも、忘れてはな るまい。

であっただろう、という推測である。

 K.514 の完成は、楽譜に記されて いるように 1792 年 4 月 6 日のこと と考えられる。ジュースマイヤーは

《レクイエム》の補筆が完了した後 に取りかかったのだろうが、こちら もコンスタンツェから頼まれた、と いうわけではなかろう。もしかした ら、モーツァルトが親友ロイトゲー プのために新たに協奏曲を書こうと した遺志を自発的に受け継いだのか もしれない。また、キリストの受難 をしのぶ聖金曜日の日付を記して

《エレミアの哀歌》を引用している 点に、モーツァルト哀悼の気持ちを 見てとる解釈もなされている。

2 つの版の意義

 《レクイエム》のジュースマイヤ ー版は 1970 年代以降、「非モーツ ァルト的」なところがあるという批 判の声が高まり、レヴィン版のほか、

バイヤー版やモーンダー版等の新版 が出されることとなった。ただし、

ジュースマイヤー版も一方的に批判

松田 聡(まつだ・さとし)

大分大学教育福祉科学部教授。著書に『フィガ ロの結婚─モーツァルトの演劇的世界』ほか。

Philharmony June 2015

をはじめとするR.シュトラウス・プ ロで、レコーディングも行われる。

Cプロはバルトークの傑作《管弦楽 のための協奏曲》に加えて、五嶋み どりの独奏によるショスタコーヴィ チ《ヴァイオリン協奏曲第 1 番》が 大きな聴きものとなる。

 11 月はAプロにディエゴ・マテ ウス、Bプロにネヴィル・マリナー、

Cプロにウラディーミル・フェドセ ーエフと多彩な顔ぶれがそろう。デ ィエゴ・マテウスはベネズエラの教 育システム「エル・システマ」が生 んだ気鋭の若手。また、Cプロでは 10 月に開催されるショパン国際ピ アノ・コンクールの勝者が出演する。

5 年前の前回はユリアンナ・アヴデ ーエワが招かれたが、はたして今回 はどんな才能と出会えるのだろうか。

名誉音楽監督デュトワが贈る R.シュトラウス《サロメ》

 12 月は今年も名誉音楽監督シャ ルル・デュトワが指揮台に上る。恒 例の演奏会形式によるオペラとして、

R.シュトラウス《サロメ》が上演さ れる(Aプロ)。サン・サーンス《交 響曲第 3 番》(Bプロ)、マーラー

《交響曲第 3 番》(Cプロ)など、ス ペクタクルに富んだ曲目がそろった。

 2016 年 1 月は世界を席せつけん巻するふ たりの若手指揮者が登場。パリ管弦 楽団をはじめ世界を舞台に実績を積  いよいよ首席指揮者パーヴォ・

ヤルヴィのもと、2015 年 9 月より 新シーズンがスタートする。注目の パーヴォ・ヤルヴィの定期公演への 登場は、10 月と 2016 年 2 月の 2 回、

計 6 プログラム。それぞれに意欲的 なプログラムが用意された。客演指 揮者およびソリスト陣も充実してお り、話題に事欠かないシーズンとな りそうだ。

注目のパーヴォ・ヤルヴィ 首席指揮者就任記念は 10 月  来季も 9 月は名誉指揮者ヘルベル ト・ブロムシュテットが招かれ、A、

B、ふたつのプログラムで 3 年間に わたる新たなベートーヴェン・シリ ーズを開始する。曲目は《交響曲第 1 番》《第 2 番》《第 3 番「英雄」》そ してティル・フェルナーを独奏に迎 えた《ピアノ協奏曲第 5 番「皇帝」》。

マエストロならではの研ぎ澄まされ たベートーヴェンを聴くことができ るだろう(《第 5 番》《第 6 番》につ いては 2016 年バンベルク響が演奏)。

Cプロでは、広上淳一とニコライ・

ルガンスキーがラフマニノフ《ピア ノ協奏曲第 3 番》で共演する。

 10 月はパーヴォ・ヤルヴィ首席指 揮者就任記念として、華やかなプロ グラムが並ぶ。Aプロはマーラーの 大作、《交響曲第 2 番「復活」》。B プロは《歌劇「ばらの騎士」組曲》

2015/16 シーズンの聴きどころ

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