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第7章 まとめ

調査結果から得られた結果、及び今後の調査研究に向けた方向性の整理を以下にま とめる。

1.高齢者等の土地・住宅資産の有効活用の可能性・必要性と課題

1-1 高齢者

これまでの調査結果から、わが国だけでなくイギリス、オランダ、デンマークにお いても、全体として高齢者は住み慣れた我が家での居住を続ける傾向が強いことは明 らかになった。特に、欧米では、海外にも住まいを構える一部の層などを除くと、「住 み慣れた我が家で生涯を過ごしたい」という願望は強い。一方、わが国においては、

自発的ではないものの、「家族の事情」により、住み替えを検討・実施する世帯は少な くないものと想定される。本調査のグループインタビューにおいても、親の介護や子 供と近接した暮らしを望むといった理由から、住み替えを検討・実施する高齢者が多 かった。この点において、わが国においては、欧米と同等、あるいはそれ以上に、高 齢者の住み替え需要は高いとも考えられる。

一方、高齢者が住み替えをする上での障害も複数存在する。最初の障害は資金面で の障害である。多くの高齢者が年金以外の収入源を持たない中、不可避ではない住み 替えという投資を行うことに対する不安は大きいものと考えられる。本調査のインタ ーネット調査においても、住み替えをしたいが結局はしないと回答した高齢者の多数 は、その理由として資金面の不安を挙げている。

2 番目の障害として、家族の意向と自ら(配偶者を含む)の意向の折り合いをつける ことが現状では困難なことが挙げられる。高齢者が親の介護を目的とした住み替えを する際には、自らのための「ポスト介護」のビジョンも描く必要があるものの、現状 においてそこまで考える余裕がないケースが多い。また、子供との関係で住み替えを する場合でも、子供(世帯)の動向の変化により、新たな対応を迫られる可能性も想 定される。高齢者が以上のような不安定かつ流動的な環境に置かれている中では、現 住居の売却を前提とした住み替えはリスクを伴うものであると考えられる。

さらに、仮に住宅資産を売却する場合も、1990 年代以降の住宅価格の長期的な下落 により、保有不動産の価値が下がっていることも考えられ、高齢者の将来の生活の不 安を軽減するほどの資金を得られない可能性もある。わが国の高齢者の余生が長く な ったこと、また、国家の財政状況が悪化したことにより公的福祉サービスの向上を望 みにくい現状においては、上記「家庭の事情」を除き、高齢者が、多額の資金を必要 とする不要不急の住み替えを選択する動機は少ないと言わざるを得ない。

一方、これまでの住宅資産の活用による資金調達手法が、売却に偏っていた点も、

高齢者の住み替えを促進する点において課題として挙げられる。わが国の住宅市場の 特性上、賃貸住宅として運用することが、長期的な視点において効果的な資金調達で あることが、本調査におけるシミュレーションでも明らかになったが、グループイン タビューにおいては、多くの高齢者は自らの住宅資産を賃貸物件として活用すること に対しては消極的であった。「古い物件には借り手が現れない」「維持・管理の手間が かかる」などのイメージが口コミにて伝わっているものと考えられる一方、資金調達

手段としての優位性については理解が広まっていないことなどが要因として考えられ る。また、リバースモーゲージについては、住宅価格の下落に歯止めがかからない現 状においては、提供する金融機関側、利用する高齢者側の双方にとって、メリットの 少ない商品であると認識されている。

以上のように、高齢者の居住志向に影響を与える要素、ならびにわが国の住宅市場 の動向を整理すると、高齢者の土地・住宅資産の有効活用を検討する際には、以下の 課題を克服することが必要である。1 点目として、わが国の高齢者の生活のパターンが 家族(親、子供)の動向に影響を受けやすく、一方で高齢者の余生が長期化する中、「自 らのための住まい」を考えることが求められる。高齢期にとって最善の住まいのあり 方を検討する際には、「最終的には住み慣れた我が家で」という要望も多いと考えられ ることから、現在の住宅に将来戻ってくることも加味した住み替えビジョンの提示が 必要である。2 点目としては、上記の将来の再居住可能性も踏まえた、住宅資産を活用 した柔軟な資金調達手法を確立することである。「ビジョン」と「資金面での不安の払 拭」がそろった時に初めて、高齢者の能動的な住み替えが始まるものと考えられる。

1-2 子育て世帯

子育て世帯については、子供が地域との関係を持ち始めた時点(保育 所や幼稚園へ の通園等)から、住み替えに際しても現在居住する地区での滞留を希望するケースが 増えるものと思われる。グループインタビューにおいては、特に首都圏出身者ほど、

自分が生まれ育った場所に住み続けることへの希求が強い傾向が見られた。一方、経 済の低迷の影響による所得の伸び悩みもあり、子育て世帯が居住を希望する地区が都 心あるいは都心近くの場合、現在の家族の希望を満たす住環境を実現することは容易 ではないことが明らかになった。このため、こうした世帯では、「新築から中古へ」、「中 古住宅の購入も厳しい場合は郊外へ」といったように、妥協をしなければならない状 況に置かれているものと考えられる。

子育て世帯の多くは持家の購入を望んでいる。ただし、グループインタビューにお いて挙げられた持家のメリットは、「自分たちの望む住環境の実現」や「賃貸住宅での 不自由さ、敷金・礼金などの無駄がなくなる」「高齢期においても住宅に不自由しない」

であり、必ずしも持家でないと実現が不可能という性質のものではない。一方、 持家 の最大のメリットの 1 つである、住宅の資産性にこだわる参加者はいなかった。持家 と賃貸住宅の最大の違いは不動産という資産を持つか否かである。子育て世帯が「持 家のメリット」として考えている事項は、賃貸住宅においても実現することは可能で ある。

「1-1 高齢者」にて述べた、「住宅資産を活用した柔軟な資金調達手法」を確立 させるためには、潜在居住者たる子育て世帯にとって魅力的な賃貸住宅を提供すると いう視点を取り入れることが求められる。グループインタビューから導き出された、

「住み慣れた地域で見つかる」「現在の家族構成や状況に適した住宅を廉価にて提供さ れる」「少なくとも子供の就学中は同一地区への居住が可能である」「高齢期になって も住み替えが簡単にできる」賃貸住宅は、高齢者の所有する住宅資産が優良な中古住 宅として市場に十分に供給されることにより、子育て世帯にとっても新たな選択肢と して提供される可能性が高まる。

一方、高齢者が所有する住宅を子育て世帯が利用する上での課題も残されている。

多くの子育て世帯は、中古住宅の中でも築年数の浅い物件を望む傾向が強い。一方、

高齢者の所有する住宅は、子育て期に新築した築 20~30 年程度の物件が多いものと思 われる。高齢者の住宅資産の有効活用を図るためには、上記のような物件でも安全性 が確保されること、また、現代の家族のライフスタイルに適応した設備が整えられる とともに、中古住宅に対する理解を深めてもらうための工夫が必要になってくるもの と考えられる。

2.課題の解決方策と今後の調査研究の方向性

高齢者が所有する住宅の有効活用を図るための先導的なスキームとしては、 JTI の

「マイホーム借り上げ制度」が挙げられる。本調査の新スキーム検討に際しても、同 制度の仕組みが重要な役割を果たした。マイホーム借り上げ制度は、高齢者が自らの ライフスタイルに合った居住地を選択する自由を享受しつつ、住宅を活用した資金調 達が可能となるので、高齢者にとってメリットの大きいスキームであると考えられる。

しかし、「ポスト定年」「ポスト介護」等の明確なビジョンを描ききれない状況におい ては、こうした制度の良さが活かしきれていない可能性もあることが、本調査で明ら かになった。

そこで、本調査で検証したのが、高齢者が能動的に住み替えを希望するような新た な居住形態に対する高齢者の反応である。具体的には、コレクティブハウスに対する 印象や期待・懸念を把握した。調査の結果、コレクティブハウスのような 、他の居住 者との新たな社会的なつながりを作り出す活動については一定割合の高齢者が評価を していることが明らかになった。コレクティブハウスへの期待については、自宅では 実現できない共用設備の利用といったハード面のメリットから、共助の実現といった 無形の財産への欲求など多様にわたっている。したがって、本調査の結果は、高齢者 の住み替えを促進するにあたっては、「住宅」というハード面での質の確保(現在居住 している住宅と比較した際の利便性の向上等)と、「生きる場所」という意味での社会 における高齢者の存在意義をセットで提供することの重要性を示している。「家族との 関係」というわが国特有の事情を尊重しつつ、高齢者の「個」としての意思・存在意 義が活かされる住環境の提供により、高齢者が「幸せな住み替え」のビジョンを描き 始めると考えられる。なお、アンケート調査の結果からも、コレクティブハウスへの 居住について肯定的な態度を示した回答者の期待や懸念事項は、現在の居住地ではな く、現在居住の住宅種別(戸建、マンション)の影響を受けることがわかった。この ため、戸建居住者、マンション居住者の生活や周囲とのコミュニケーションの特性を 把握した上で、コレクティブハウスをはじめとする魅力ある住環境を提供することが 求められると考えられる。

もう 1 つの課題である、高齢者の資金面の不安解消への解決策、子育て世帯の居住 の選択肢拡大策として、マイホーム借り上げ制度を基礎とした「買取 オプション付き 定期借家制度」の利用意向の把握を行った。これは、将来的に再居住する可能性を残 しつつも所有する住宅を活用した資金調達を行いたい高齢者や高齢者の家族と、現在 は十分な資金はないものの質の高い住環境の実現に向けて住宅購入を検討している子 育て世帯の双方にとってメリットとなることを目指して検討したスキームである。イ