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第 3 章 異文化芸術としてのカンカンソーレ

第 3 節 まとめ

本研究の目的は、カンカンソーレの伝統音楽の教材としての可能性を明らかにすることであった。

そのために、カンカンソーレの音楽的特徴について考察し、学校音楽において何を教えようとして いるかを、音楽科の指導内容の 4 側面からの分析を通じて、韓国の伝統音楽の重点指導内容と伝統 音楽学習の特徴を把握した。

ここでは、これまでの論究と考察を踏まえ、以下の 3 つの観点から総括的に考察を行うことで、

本論の結論とする。

①カンカンソーレに見られる伝統音楽の特徴

カンカンソーレは、西洋音楽とは違う韓国固有の音楽的語法に基づいてつくられた伝統芸能で、

さらに以下のような音楽的特徴があることがわかった。

まず、速さの異なる 3 段階構造をもっている儀礼のカンカンソーレと所作を伴う遊び歌で構成さ れている生活のカンカンソーレには長短という伝統音楽のリズムパターンが数多く表れている。そ れは、3 拍子系の音楽が多い韓国の伝統芸術を理解する上でも有効に働く。

第 2 に、西南地方の音階であるユッチャペギ調(ミ・ソ・ラ・シ・レ)で成り立っているカンカン ソーレは、「震わす音」「平たく出す音」「落とす音」などの特徴ある音の働きによって、渋くて趣の ある音楽を表している。特に、ミが主音となることは韓国伝統音楽のもっとも重要なポイントとな る。

第 3 に、カンカンソーレは音楽と言葉と動きが一体になって行われる民俗芸能である。その中で も歌を伴う所作は、カンカンソーレを最も特徴づける要素である。時には、輪を崩して色んな形態 をつくること、対になって踊ること、一定の形を描きながら自由に動くことがある。これらは、全体 に躍動感をもたらし、リズミカルにさせる要因となっている。

最後に、カンカンソーレを行う時は、歌い手が自分の人生を投影した歌詞を新しく創り出してい くことが多い。地域によって、歌い手によって歌う内容が多種多様であることは、カンカンソーレ の歌詞の大きな特徴であり、女性の口承によって歌い継がれている文学としての価値も含まれてい るといえる。

②カンカンソーレにおける教科内容構成

前述したような伝統音楽の特徴をもっているカンカンソーレは、小学校の低学年から高学年に至 るまで、伝統音楽の教材として扱われているが、教科書に掲載されているカンカンソーレの題材曲 は体系化されず、重複して教えられている現状がみられた。

カンカンソーレの指導内容を音楽科の指導内容の 4 側面から分析したところ、声や楽器で表す技 能的側面から長短、装飾音など構成要素を知覚する形式的側面の学習は行われていると考えられる。

しかし、音楽の特質を感受する内容的側面と背景を理解する文化的側面の学習が十分でなく、課題 となっていることが明らかとなった。

カンカンソーレのもっている伝統音楽の特徴を活かした学習となるためには、何より「所作をす ること」の意図を明確にし、イメージ、曲想、雰囲気を味わうための工夫を考えねばならない。ま た、カンカンソーレが生まれた背景や歌われる歌詞の意味、また歴史や風土という文化的側面を取 り上げることが必要であると考えられる。

③カンカンソーレの音楽科教材としての可能性

最後に、カンカンソーレの音楽的特徴と指導内容の分析から考察した、音楽科の教材としての可 能性について述べる。カンカンソーレを伝統音楽の教材として定着させるためには、言葉、動き、音 楽が三位一体となっているカンカンソーレの総合芸術としての特徴を一層活かす方法を工夫しなけ ればいけない。例えば、《わらびを摘もう》の学習の際に、長短とシギムセという伝統音楽の構成要 素を「歌うこと」と「所作をすること」の活動の中で、渾然一体として考える。さらに、楽曲の背景 となる歌詞と動きの意味について理解することにより、カンカンソーレそのものの特徴が表され、

良さを生かした意味のある学習になるといえる。

カンカンソーレは、速度の変化に合わせて、儀礼のカンカンソーレと生活のカンカンソーレを適 宜に組み合わせることもでき、歌詞も場の雰囲気に応じて即興的につくり変えることが可能な仕組 みになっている。従って、子どもへの指導の際には子どもの実生活を反映する「歌詞を変える」とか

「所作をつくる」などの創意工夫を生かした活動を取り入れることができるといえる。

韓国固有の音楽的語法を多く含んでいるカンカンソーレが学校教育に伝統音楽の教材として多く 扱われていることは望ましいことである。儀礼のカンカンソーレと生活のカンカンソーレをともに 知覚し感受させるためには、カンカンソーレの歌詞と所作の意味、由来、歴史など文化的側面を新 しい指導内容に加えることで、カンカンソーレ本来の伝統芸能の姿が伝わると考える。

第3章の注

1) 韓国の重要無形文化財第 8 号カンカンソーレの芸能保有者である金宗心氏は、1946 年珍島の義新面接 島里で生まれた。幼い頃からカンカンソーレと接する機会が多く、後に祖母や村の巫女の歌からレパ ートリーを調査・研究した。現在は、珍島のカンカンソーレ保存会の中心的存在であり、地元を中心 に各校種及び国立国楽院などでカンカンソーレ教育者として活躍している。

2) インタビューの内容は次のようである。

Q1. カンカンソーレを習ったきっかけは?

幼い頃から(4~5 歳)見て育ちました。わが家の庭は村で一番広かったのです。歳時的に意味のある 日には村人が集まってカンカンソーレを行いました。街灯もなかった時代に、満月が昇り、また暮れる まで一晩中カンカンソーレを行うのを見ました。小学生になってからは、お母さんたちの真似をして休 みの時間には「みんなおいで、カンカンソーレしよう」といって友だちと遊んだ記憶があります。

大人になって、育った島から都会へ嫁に行くと、そちらではもっと大規模なカンカンソーレをしていま した。それで、私もカンカンソーレやらせて下さい、というと、義理母からは、うちのしきたりでは歌 ったり踊ったりすることはダメだと言われました。あまりにもやりたい気持ちで夫に何回もねだって、

やっと許してもらいました。それで、カンカンソーレを一所懸命やりましたね。1976 年に伝授奨学生 になり、1980 年に課程を履修して助教になりました。その時から村でカンカンソーレのチームを率い て、年をとって退く人、健康上の問題でやめる人がいると、また新しい人を誘って、大体 40~50 人の チームを率いてきました。その功労が認められて 1994 年度に保持者候補になり、2000 年に芸能保持者 になりました。

Q2. あなたにとってカンカンソーレとは?

幼い頃はただ見て楽しむだけでしたが、大人になってから振り返って深く考えてみると、カンカンソー レは女の恨(ハン:人生の苦難・絶望などの集合的感情)を晴らす意味があると思います。お母さんた ちが歌っている歌詞は、胸にこびりついている折々の悲しい、切ない気持ちを歌ったものでした。例え ば父親は、私が小さい頃に亡くなって、母親は早くも 31 歳で未亡人になりました。私は末っ子でした が、母は再婚もせずに私の兄弟・姉妹を育ててくれました。夜になると、私にカンカンソーレの歌を教 えてくれました。今振り返ってみると、むかしは人々の娯楽というのはカンカンソーレしかなかったの だろうと思います。歌詞を見ると、「娘よ、娘よ、末の娘や、ご飯食べて可愛く大きくなれ」とか、寂 しい気分の時には亡くなった父に対して「むごくてきつい人よ、赤子のような子どもを私に残して、貴 方だけ先に逝ったのか」のような歌を泣きながら歌っていたのを今も生々しく覚えています。その時 は、母親が泣くのが恥ずかしくて、「母さんは、なぜ泣くのよ、恥ずかしいからやめてくれ」と言いま したが、この年になって考えると、それが母さんの恨(ハン)の音楽だったことがわかりました。母が 苦労をして育ててくれたお陰で、私が芸能保持者になったのだと思っています。

Q3. これからの願いは?

ある時は、先祖の魂が込められているカンカンソーレの脈が途中で途切れるのではないかと心配して いましたが、国から文化財として保護され、大衆に広く知られるようになりました。ところが、最近の 若者たちはカンカンソーレをあまり知らないです。じっくり考えるとカンカンソーレは、本当に深みの ある伝統芸能なので、もっと多くの人々にカンカンソーレをやってほしいと思います。そして、代々受 け継がれていくことを望みます。最後に、UNESCO から「人類の無形文化遺産」に指定されて、政府 からいろいろな支援をもらうようになったことは光栄なことと思いますが、誇らしいカンカンソーレ を国・国楽院・珍島郡が一丸となって世界に向けてもっと発信してほしいと願っています。ありがとう ございました。

3) 李長烈『韓国 無形文化財の政策』関東出版、2006、p.54

4) 韓国文化財庁の発表による、2009 年 12 月現在の重要無形文化財の指定現況は、音楽 17 種目、舞踊 7 種目、演劇 14 種目、飲食と武芸 3 種目、伝統遊び(ノリ)と儀式 24 種目、工芸技術 49 種目である。

5) 韓国文化財庁『重要無形文化財(Important Intangible Cultural Properties in Korea)』2009、p.26

6) 金惠貞『カンカンソーレ』民俗苑、2009、p.20

7) 同上書、p.24

8) 〈ソーレ〉は、カンカンソーレの最後に歌われる曲で、速度は〈速いカンカンソーレ〉と類似している。

音頭の歌に対して、一同は〈ソーレ〉と歌うため、このように名付けられた。音頭と一同の変拍子の混 じりによってリズム感をもたせる。

9) 植村幸生「朝鮮半島のチャンダン」『事典 世界音楽の本』岩波書店、2007、p.44

10) 徐漢範『改定版 国楽通論』台林出版社、1997、p.41

11) インターネット、http://www.gugak.go.kr/data/education/theory/theo_viw4.jspより(2011 年 9 月 13 日に最 終アクセス)。

12) 李成千ほか『わかりやすい国楽概論』風南出版社、2000、p.84

13) 同上書、p.174

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