第 5 章 実証分析の枠組み
7 まとめ
参考文献
1 はじめに
ここまで、エネルギー価格の変化が需要に与える影響について、エネルギー需要の価格弾 力性に関する理論と実証研究を中心に整理してきた。本章では、ここまでの整理をもとに、
仮に途上国のエネルギー需要抑制策としてのエネルギー価格制度改革が行われ、エネルギ ー価格の変化が起こった場合、エネルギー需要にはどのような影響を与えるかについて、
本論文で行う実証分析の枠組みを提示する。
まず、分析対象となるエネルギー需要はどのような特徴のある財なのか、エネルギー需 要および価格データはどのように定義するのかについて整理する。そのうえで、第 3 章で 取り上げたエネルギー需要関数の推定にあたっての課題を踏まえた分析方法を提示する。
課題の1点目は、エネルギー需要に特有の非線形なトレンドをどのように扱うか、2点目は、
価格変化に対するエネルギー需要の反応の非対称性をどのように扱うかである。最後に、
推定されたパラメータを用いたエネルギー需要の変化要因を分解する手法を提示する。
70 2 推定モデル
第3章では、産業部門のエネルギー需要関数の基本モデルとして、以下の(3-12)式を導出 した。ここで、Eはエネルギー投入、Qは産業の生産規模、 pは投入エネルギー価格である。
ln ln ln ln (3-12)
以下の分析では、(3-12) 式をもとに、第 3 章で整理した実証分析上の課題である「価格 に対する反応の非対称性」と「需要トレンドの非線形性」を考慮した推定モデルを提示す る。
まず、需要トレンドについては、Hunt他 [2003] の定義にならい、生産規模やエネルギー 価格以外の様々な要因の複合からなるトレンドとして捉える。Hunt 他 [2003] は、これ を、”Underlying Energy Demand Trend” と呼び、カルマンフィルターを用いた状態空間モデ ルによって、未知のパラメータとして捉え、推定している。カルマンフィルターは誤差の ある離散的な観測から、時間変化する量を推定するために用いられる手法で、元々は制御 工学で用いられていたものである。しかし、誤差のある離散的な観測(観測方程式)と、
時間変化する量の関係(状態方程式)の 2 つを組み合わせて定式化できる対象であれば、
制御分野に限らず幅広い分野に応用することが可能である.そこで、以下では、(3-12) 式 にHunt他 [2003] のモデルを摘要する。
(3-12) 式を元に、エネルギー需要計E、 業種別実質生産額Q、実質エネルギー価格pと
して、エネルギー需要関数の誘導型を定式化したのが(5-1)式で、上述の観測方程式に相当 する。ここで、(5-1)~(5-6)式における ε、ξ、ρ、η、ω、v はそれぞれ正規分布に従う誤差項 である。
ln ln ln ln , ~ 0, (5-1)
次の(5-2)、(5-3) 式は、上述の状態方程式に相当する。ここで、上の(5-1) 式の第1項目μt が、(5-2) 式で示す「需要トレンドの水準」に、(5-2) 式の2項目φt が、(5-3) 式で示す「需 要トレンドの傾き」に相当する。
, ~ 0, (5-2)
, ~ 0, (5-3)
生産弾力性α、価格弾力性βを時変パラメータとし、各々 (5-4)、(5-5) 式のように定式化 する。
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, ~ 0, (5-4)
, ~ 0, (5-5)
ここで、(5-4) 式は、(5-6) 式で示すトレンド成分モデルにおいて、k=1とした基本的なモ デルであるランダムウォークモデルに相当する。(5-5)式も、(5-4)式と同様の性格を持つ。
, ~ 0, σ ) (5-6)
ただし、 k はk次の差分を示す。
次に、「価格に対する反応の非対称性」を考慮するために、(5-1) 式の価格変数 につい て、Haas 他 [1998]、Gately他 [2002] を参考に、価格上昇時と価格下降時の 2変数とする 場合と、最高価格更新時、それ以外の価格上昇時、価格下降時の3 変数とする場合の 2 種 類の価格変数を作成する。まず 2 変数とする場合については、各変数は以下のように定義 する。ただし Pincは、価格上昇時の累積価格、Pdecは、価格下降時の累積価格を示す。
/ (5-7)
max 1, ⁄ (5-8)
min 1, ⁄ (5-9)
これらは、以下を満たす.
(5-10)
従って以下のように分割可能である。
ln ln ln (5-11)
同様に3変数とする場合については、各変数は以下の(5-12) 式~(5-15) 式のように定義 する。ただし、 は価格の最高価格更新時の累積価格、 は、それ以外の価格上昇時 の累積価格、 は価格下降時の累積価格である。
/ (5-12)
max 1, max , , … , /max , , … ,
(5-13)
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max 1, ⁄
⁄
(5-14)
min 1, ⁄
⁄
(5-15)
これらは以下を満たす。
(5-16)
従って以下のように分割可能である.
ln ln ln ln (5-17)
価格に対する反応の非対称性を想定した最終的な観察方程式は、価格上昇時と下降時の2 種類の価格を用いる場合、(5-1) 式の価格 を、 で置き換えるので、以下のよ うに書き換えられる。
ln ln 1 ln 2 ln ln 1 , ~ 0,
(5-18)
3 データ
以下では、分析に用いるデータである、エネルギー需要、エネルギー価格のそれぞれに ついて整理する。
3.1 エネルギー需要
エネルギー需要データについては、IEAのエネルギーバランス表から、産業部門の業種別 最終エネルギー消費合計を用いた。エネルギーバランス表は、エネルギー生産・転換・消 費の各主体からなる縦列と、各エネルギー源からなる横列で構成されている。各エネルギ ーは、熱量換算されており(表では石油換算トン)、投入側と産出側のエネルギーのバラン スが記述されていることから、エネルギーバランス表と呼ばれる。表5-1は、簡略化したエ ネルギーバランス表を示している。
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まず縦列は、総エネルギー供給ブロック、エネルギー転換ブロック、最終エネルギー消 費ブロックの3つからなる。総エネルギー供給ブロックでは、エネルギーの生産、輸出入、
在庫変動から、国内一次エネルギー総供給量を求めている。
エネルギー転換ブロックは、燃料等を投入して電力を産出する発電部門、原油等を投入 して石油製品を産出する石油精製部門などからなる1。各転換部門を横方向に見ると、マイ ナスでの表記はエネルギー投入を、プラスでの表記はエネルギーの産出を意味する。
最終エネルギー消費ブロックは、産業、運輸、民生の各エネルギー消費部門とアスファ ルトや潤滑油などの非エネルギー消費部門からなる。産業部門は農林水産業、製造業各業 種、鉱業、建設業などからなる。民生部門は、家庭部門、業務部門からなる。このうち本 論文では、産業部門に焦点を当て分析を行う。
横列は、石炭、石炭製品、原油、石油製品、天然ガス、水力、原子力に加え、地熱、バ イオマス、太陽光・風力などの再生可能エネルギー、電力、熱からなる。化石燃料や水力、
原子力などの一次エネルギーだけでなく、これらから生成される電力や熱も同時に表記さ れている。
1原料炭からコークスを産出し、コークスガスを副生するコークス炉部門や、原料炭、コークスから粗鋼を 生産し、高炉ガスを副生する高炉部門などからなる。表には主要なもののみ示しているが、この他にも、
熱プラント部門やコジェネレーション部門などがある。
表 5-1 エネルギーバランス表のイメージ(日本,2010 年)
出所)IEA, Energy Balance Table より作成
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本論文は、比較的長期間の途上国を含む国際比較を念頭においた、マクロの時系列デー タによる分析であることから、エネルギー量の集計値については、 Vouyoukas [1995]、永田 [1995]、天野 [2003]、星野 [2013] と同様に、各産業部門の熱量ベースでの最終エネルギー 消費合計量を用いている。エネルギーの集計方法としては、このほかにコストシェアによ る集計方法があり、電化の進展など、エネルギーの質的変化(エネルギー消費がよりコス トの高いエネルギー源にシフトする)を捉えることに適している。本論文では、省エネの 観点での分析であることから、より効率の高いエネルギー源へのシフトを捉えることので きる熱量ベースでの集計値を用いている2。
3.2 エネルギー価格
エネルギー価格データは、IEAのEnergy Prices and Taxesの産業別エネルギー源別価格を もとに、業種ごとの集計価格を推定した。産業用の第 エネルギーの価格を 、第 業 種の第 エネルギーの投入量を とすると、第 業種の集計価格 は以下のように推 計する。
∑
(5-19)
ただし 石炭、石油、天然ガス、電力である。
推計されたエネルギー価格は名目価格である。これを、GDPデフレータでデフレ―トし、
実質価格とする。
4 モデルの推定方法
以下4.1節は、北川 [2011]の9章から、引用・一部編集したものである。
4.1 カルマンフィルター・モデルのアルゴリズム
以下のような状態空間モデルを想定する。(5-20) 式は状態方程式、(5-21) 式は観測方 程式である。
2 ただし、鉄鋼部門に関しては、転換部門の高炉部門、コークス部門における副生ガス、熱について、適 当な価格データを得ることが難しいため、鉄鋼部門の最終エネルギー消費量から、コークス、コークス炉 ガス、高炉ガス投入量を差し引く代わりに、鉄鋼コークス部門での原料炭投入量を加えた。
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(5-20) (5-21)
はl変量の観測ベクトル、 はk次元の状態ベクトルである。 はm次元の状態ノ イズで、平均ベクトル0、分散共分散行列 に従うホワイトノイズである。 はl次元の観 測ノイズで、平均ベクトル0、分散共分散行列 に従うホワイトノイズである。 , , は、それぞれ (k,k), (k,m), (l,k) の行列である。
今、観測値 , … , を元に、t期における状態 の推定を行う場合を考える。一 般に、観測値 , … , が与えられたもとでの状態 , … , の条件付き同時分布を求める には、膨大な計算資源が必要であるが、これを逐次的な計算アルゴリズムによって、効率 的に計算するのが、カルマンフィルターのアルゴリズムである。
状態 の条件付き平均 | と分散共分散行列V| を次のように表す。
| ≡ E |
V| ≡ E | | (5-22)
ここで、 の場合は、観測区間の最終時点である現在の状態を推定する問題となり、
「フィルタ」と呼ばれる。 の場合は、観測区間より先の将来の状態を推定する問題と なり、「予測」と呼ばれる。カルマンフィルターで直接取り扱うのは、 1 の場合であ る「1期先の予測」と、 の場合である「フィルタ」である。「一期先の予測」と「フ ィルタ」を交互に繰り返すことで、逐次的に状態の推定を行っていくアルゴリズムである。
まず、「一期先の予測」は、次のように行われる。
| |
| | (5-23)
次に、「フィルタ」の計算は、以下のように行われる。まず、カルマンゲインと呼ばれる が求められ、予測誤差にカルマンゲインを乗じたものを、予測ベクトル | に加算し て のフィルタの平均ベクトル | と分散共分散行列 V| が求められる。
| |
| | |
| | (5-24)
4.2 カルマンフィルター・モデルの推定
モデルの推定および統計的検定には、カルマンフィルター・モデルの推定に関して定評