日本型の感性が導く新しい人と社会の形
武 理一郎
株式会社富士通研究所 准フェロー Take, Riichiro Associate Fellow, Fujitsu Laboratories Ltd.自然の中で生かされているという日本人の感性
私は鉄腕アトムを見て育った世代である。当時の私にとって未来は ロボットと空飛ぶ自動車の行き交うユートピアだった。それを実現す る科学技術や成長を続ける経済を仰ぎ見ていた。多くの子供たちが そうだった様に思う。
しかし、80年代から90年代にかけて人々の心情は仰ぎ見ていたも のに疑問を持つ様に変わって行った。我々を旧弊な共同体や家や貧 しさから救いユートピアに導いてくれる筈だった近代的な社会システ ムは、余りにも大きく複雑で先の読めないものとなった。それらは個 を飲み込んで成長し、個は明るい展望を持てないままにそれぞれが 飲み込まれたシステムのため、奉仕し続けることとなった。
私は日本人の特質の一つに「部分として生きる」という感性がある と感じている。個として自立してシステムと対峙しそれを利用したり 支配したりするのではなく、例えば自然や地域社会といったシステム の一部であることを許容し、むしろその中で生かされていることを 有り難く感じる感覚である。
しかし、我々は現在の社会システムの中で「生かされている」と 感じることができずにいる。我々が以前身を置いてきたシステムは、
我々の内的な世界と連続性を持っているものだった。例えば我々に とっての自然は単純な自然物の世界ではなく、むしろ我々の内面の 投影として存在していた様に思う。山の大きな岩に神様を感じて願 い事をし、川にゴミを捨てれば川の神様に怒られると怯え、そして その物語を他者と共有してきた。これは知識創造の理論として知ら れるSECIモデルの一種とも言えるだろう。経験を共有する中で共同 化され、物語が語られる中で表出化・連結化され、子供たちはその 中に身を置くことで物語を内面化していく。
これに対して現在の社会システムは我々の外部にあるものであ る。我々は経済システムに自分を投影することもなければ、それを内 面化することもない。生かされているなどと感じ様もない。しかし、
単純に過去に戻るということでは問題は解決しない。我々は既に複 雑な社会システムの中に組み込まれているのであり、求められるの はそれを捨てるのではなく、人々がそれと共存し手懐けて持続可能な 生活を送るための仕組みをIC Tに携わる者として提供することだと いうのが我々の考えだった。
新しい自然としてのICTプラットフォーム
2013年にAITC(先端IT活用推進コンソーシアム)が「AR産業論 対談形式」という文章をwebに公開している。この議論の中で私は Social Hormoneというコンセプトを紹介し、「人々の状況に応じて リアルタイムで適切な情報を提供することで、人々の行動や判断に柔 らかく影響を与えて、法律や規制やモラルを補完しようという考え方」
1982年富士通研究所入社、以来、
データベース、人工知能、生物指向コンピュータアーキテクチャ、クラウドシステム、
モバイルシステムなどの研究開発に従事する傍ら、
長期ビジョン活動の主査としてヒューマンセントリックのコンセプトを開発した。
現在は、ライフスタイル、ワークスタイルの変革を実現するためのIoT、UX、 セキュリティなどに関するプラットフォーム技術の研究開発を進めている。
また、社内の技術者コミュニティの立ち上げと運営も行っている。
「運転していてアクセルを踏もうとする瞬間に、スピードを上げること による事故率の増加を知らせるとか」と説明している。
スピードを上げても事故を起こさない能力を与えるのではなく、適 正なスピードでの運転に柔らかく誘導する。ゴミ処理システムを高度 化するのではなく、ゴミを捨てようとする時にその行為が生む環境負 荷を伝えることで柔らかくゴミの量を抑制する。これは、「人々がシ ステムと共存し手懐けるための仕組み」の一つの形だと考えている。
この様な仕組みを実現するには、人の状況を認識し、その状況に 対して適切な情報やサービスを提示するというシステムが必要にな る。これは広義のAR(強化現実、Augmented Reality)と言えるだろう。
この様なARは人と現実世界の間のインタラクションに介入して人々 の特性を変え、あたかも別種の人類に進化した様な変化をもたらす だろう。
Social Hormoneはライフハックのプラットフォームであり、人々は 自らが選択したプラットフォーム上で、同じプラットフォームを選んだ 仲間とその文化を共有し、育て、実践し、フィードバックを得る。プ ラットフォームは個々人の内的な世界と連続性を持つ様になるだけで なく、狭くなった地球の上で複雑な社会システムと共存し持続可能な 生活を送る知恵を与えてくれる外部脳として機能するだろう。
これは余計なお節介だろうか。プラットフォーマーによる個人情報 の行き過ぎた活用だろうか。帰属への欲求を逆手に取ったビッグブ ラザーへの道だろうか。しかし、私にはこの様な外部脳の助けを借り て人類2.0に進化しなければ、法律や政治などこれまで人類が発明 してきたものだけでは我々は生き延びられない段階に来ていると思 えてならないのである。
ER No.1
「シンギュラリティの本質」
2015年9月30日発行
ER No.2
「2030年の街づくり」
2016年4月1日発行
ER No.3
「プラットフォームと
シェアリングエコノミーの未来」
2016年9月1日発行
ER No.5
「人間を見つめ直す マシンとの共進化」
2017年5月22日発行
ER No.6
「人間を見つめ直す 人類の適応力と理性が試される時」
2017年10月2日発行
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2018年1月18日発行
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「賢慮との対話 知性を鍛える」
2018年4月2日発行 ER No.4
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2017年1月10日発行
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編集後記
大型連休の前半、和歌山と奈良の世界遺産を巡ってきました。高 野山では、奥の院の参道を歩きましたが、休日の昼間だったために 外国人も含めて観光客であふれて喧騒に包まれていました。ハラムカ 先生が記事の中で書いているように、夜に歩けば違った経験ができ たのかもしれません。しかし、宿坊に泊まり、朝のおつとめに加わり、
金剛峯寺で阿字観を体験し、少しだけ弘法大師の時代の日本人の心 に近づけたような気もしました。吉野山では、有名な庭園のある寺 院が経営する旅館に泊まり、役行者が開いたとされる金峯山寺で蔵 王権現を拝観し、護摩供を参拝してきました。
吉野は初めてでしたが、高野山には30年以上前、学生時代に一 度のぼったことがありました。当時は、当然世界遺産になる前で、
早朝だったため人も少なく、静謐な場所だったという記憶はあります が、それほど強い印象は残っていません。学生時代は、日本的なも
のよりも海外の文化にあこがれる気持ちが強かったからでしょう。し かし、そのあと海外留学したときには、外国の人たちと少し深いコ ミュニケーションが必要になると、日本人としての自分を意識しない わけにはいきませんでした。
私が自分の内面を省みるとき、日本で生まれ育った自分という視 点を外すことはできません。逆に、日本の精神性や心のあり方を考え ることは、自分の内面を探ることにもつながります。インターネット が普及し、多くの情報が世界を飛び交い、「ダイバーシティ」や「シェ ア」というような言葉も日常的に聞くようになりました。そのような ときにこそ、「寄り添う」「分け与える」「思いやる」といった言葉で表 される日本の精神性や心、山や川などあらゆるものに精霊が宿ると いう日本人の宗教観などを省みてみることが、この時代における自分 自身の身の振り方を考えることにもつながるのではないでしょうか。
株式会社富士通総研 経済研究所 研究主幹
浜屋 敏
発 行 日 2018年5月21日 (非売品)
発 行 株式会社富士通総研 経済研究所
〒105-0022 東京都港区海岸1-16-1 ニューピア竹芝サウスタワー TEL (03)5401-8392 / FAX (03)5401-8438
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編 集 浜屋 敏(富士通総研 経済研究所 研究主幹)
吉田 倫子(富士通総研 経済研究所 主任研究員)
ニック・オゴネック(富士通総研 経済研究所 研究員)
中山 元子(富士通総研 経済研究所)
印刷・製本 株式会社グラフィック