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それぞれの権利のぶつかりあい

ドキュメント内 Microsoft Word - takida.doc (ページ 33-36)

第三章 報道に関する権利

第二節 それぞれの権利のぶつかりあい

三章二節で述べた「プライバシー権」「報道の自由」「知る権利」はさまざまな場面で対 立があるから報道による被害者が出てしまう状況があった。最近では個人情報保護法が制 定されて、個人情報の入手および放送に関して報道機関に制限が設けられるという状況が 出てきたため、「プライバシー権」と「報道の自由」+国民の「知る権利」がたびたび発生 している。

2005年4月に起こったJR西日本の福知山線脱線の事故では発生当初、乗客が運びこま れた病院では個人情報の取り扱いをめぐって、家族や報道機関からの問い合わせへの対応 が分かれていた。死傷者の名前を書いた紙を張り出す病院がある一方、個人情報を理由に 安否確認に応じない病院もあった。こういった事件における個人情報保護法の存在は事実 確認の難しさといった点から社会の動き(事件の状況)を国民に伝える正確性が失われて しまうという状況を引き起こしている。そもそも個人情報保護法は本人の同意なしに個人 データを第三者に提供することを禁じているが「人命や身体、財産を守るために必要があ り、本人の同意を得ることが困難なとき」は例外となる。54こういった事件に対しマスコミ はどのように判断して行動すべきか考える必要がある。病院側の判断に則った報道をすべ きか、国民の知る権利に応える報道をすべきか。権利に関する問題は社会情勢や事件内容 によって捉えられ方が違ってくる場合がある。

さらに、憲法上における権利の事実として、プライバシー権(憲法13条)と表現の自由

(憲法21条)は、憲法上対等の重さを持つ権利ではなく、表現の自由のほうが、圧倒的に 優越的な権利だと考える意見もある。プライバシー権のほうは、「公共の福祉に反しない限 り」という条件の下で「最大の尊重を必要とする」というにとどまる条件付き「尊重権利」

であるのに対し、言論・出版の自由のほうは、「言論、出版その他一切の表現の自由は、こ れを保障する」と、明快に言い切られた全面的「国家保障権」なのである。さらに注意す べきは、第21条には第2項があり、そこでは「検閲は、これをしてはならない」と絶対命 令の形で検閲禁止が定められていることである。検閲それ自体は、言論・出版の自由から 当然に導かれることでもあるが、ここであえて規定が重ねられているのは、何度も言うよ うだが、第二次世界大戦の悲劇をもたらした要因の一つが、自由な言論を圧殺していたた めであり、その最大の道具であった検閲を国家が二度と手にしないという決意の国家的表 明と考えられている。検閲禁止というとき、それは法的制度として検閲制をもたないとい うだけでなく、検閲以外の国家権力行使に名をかりての実質的な検閲もしないということ をもちろん意味している。55

権利に関しては様々な解釈がある。では、二章三節で取り上げた実際の事件においては それぞれの権利の間でどのような問題が発生していたのだろうか。

54「メディア規制と知る権利」『朝日新聞』20051018日付 別刷り特集 第3面。

55 立花隆『「言論の自由」VS「○○○』文藝春秋、2004年、21~22ページ。

松本サリン事件

二章の三節では松本サリン事件報道における問題点を五つ指摘した。

①報道における「無罪推定の原則」が守られていないこと。

②報道機関が警察の記者会見の内容の裏付け捜査を行わずに記事を発表したこと。

③報道した記事内容について捜査主の提示をせず、記事に対して責任を負っていないこと。

④誤報であると気づいたときに、速やかに報道被害者に対して謝罪を、そして国民に対し て訂正の記事を書かなかったこと。

⑤実名報道が行われて犯人と疑われた人の所在がはっきりしたため、本人はもちろん、そ の家族にまでメディアスクラムによる精神被害をもたらしたこと。

この五つの問題点の中で特に報道に関する権利について問題となっている項目が②と⑤ である。対立する権利としては、「プライバシーVS 報道の自由+知る権利」という状態に なっている。

詳しい裏付け捜査を行わずに報道を行ったということは、どのような取材をするかはマ スコミ側の自由であるということ、つまり「取材をすることは自由である」といった権利 に基づいている。さらに実際に取材したことを報道・解説・分析するということは、「取材 をしたことを報道することは自由である」といった権利に基づいている。これらの権利は、

国民の知る権利に応えるためだという考えのもとに成り立っている。一方、反対の面から 見ると、裏づけ捜査を行わずに報道をしたということは、真実ではないという部分が含ま れる恐れがある。そういったことのないように、取材される側の権利として、違法な取材 を拒否・排除する権利として、違法な取材には応じる必要がないとされている。

そして、実名が報道されたことによってメディアスクラムが起こったということに関し ては、報道する側にとっては、個人を含む情報源に接近し、その情報を収集して報道する ことは自由であるといった権利に基づいていて、一方報道される側にとっては、自分にと って公表されたくない事実はその記事を指し止めできるといった自己の情報をコントロー ルする権利に基づいている。

表 3、松本サリン事件における権利のぶつかり合いの観点

プライバシー権 VS 報道の自由 + 知る権利

<取材に関すること>

・ 違法取材を拒否する権利

・ 取材を排除する権利

→取材される側の権利として、取材に応じ る義務はないということ。また、承諾なし の取材に対して中止を求めることができ るということ。

・ 国民に知らせる権利

→国民の知る権利に応えるということ。「正 当な公衆の関心事」であるということ。

・ 取材の自由

→個人を含む情報源に接近し、情報を収集す る自由があるということ。

<報道に関すること>

・ 報道の訂正を求める権利56

・ 反論請求権57

→自己の情報を自己がコントロールする 権利として記事の指し止めなどができる ということ。

・ 編集権

→表現の自由に保障されているように、誰か らも検閲を受けることなく、自由な表現をす ることができるということ。

・ 取材したことを放送する自由

→いかなる権力からも強制されずに事実の 報道や解説、分析する自由があるというこ と。

出典:報道被害者支援ネットワーク・東海「報道機関に取材される側、報道される側の一般市民の権利」

http://www.hodohigai-tokai.gr.jp/shiminkenri2006116日確認)より筆者作成 ではなぜ、上のような権利のぶつかりあいが起こったのか。松本サリン事件に関しては、

使用された毒物が今まで聞いたことがないものであったため、その危険性を国民にいち早 く知らせるために迅速な報道が求められていたのではないだろうか。そのため他の犯罪事 件に比べ裏づけ捜査に割く時間を短くしたのではないだろうか。また、報道は「第四の権 力」と呼ばれていることからマスコミによって報道されることで犯人や事件に関する情報 が多く集まるのではと警察やマスコミが考えたのではないか。

以上の調査・分析から、犯罪事件報道においてプライバシーと報道の自由が対立するこ とは避けられないことがわかった。なぜなら報道する側は国民の知る権利に応えるために というとても大切な信念を持っているからである。しかし、現状で報道による被害を受け ている人がいることは見過ごせない。では、こういった状況を少しでも打破するために出 来ること、すべきこととは何であろうか。以下四章で考察する。

56 放送法の4条に由来した権利であり、テレビやラジオといった電波に関する報道特有の権利である。テ レビ・ラジオの場合は誤った報道に対して訂正放送請求が可能である。但し、放送後三ヶ月以内に請求を しなくてはいけない。一方、新聞・雑誌等の活字メディアにはこのような制度はない。

57 裁判によらないで、報道機関に掲載するよう要求する権利のこと。

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