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1 5 1 ことであ る。消費者 の立場 に立 てば、予想 と判断

の混乱、それ に基づ くマーケテ ィング ・ミックス 的 に不整合な活動は、それだけバ ラバ ラで訴求力 が弱い もの として しか受け取れないのであ る。

そ の後 の トレン ドを見て も、 同様 の債 向が現わ れ て い る。 第1の 商品力 (プ ロダク ト・ミック ス) の点か ら見 る と、新商品が次 々 と発売 され て

「消費者には分か りに くい」 ものだ った。本稿 の 最後 に参考資料

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として、 スーパ ー ドライが発売 された前後 の新製品の リス トを掲載 してあ るが、

スーパ ー ドライの発売を境に、新製品が急増 して い ることが良 く分か る。 しか し、キ リンの フル ラ イ ン政策や各社 の多様化 の試みは、概 して成功 し なか った よ うであ る。

第2の情報力 (コ ミュニケー シ ョン・ミックス) に関 しても、多 くの製品が 「消費者に分か りに く い」形 で しか伝わ らなか った よ うであ る。た とえ ば、発売 中止 にな った新製品の宣伝 コピーを参考 資料2として掲載 してあ るが、 この よ うな宣伝 コ ピーの中には、複雑 な コンセ プ ト表現があ って顧 客 には分か りに くい もの も含 まれ てい る。

また、第

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の営業力 (デ ィス トリビュー シ ョン

・ミックス) に して も、依然 として酒販店 回 りを 中心 に した保守的な営業活動が継続 され ていて、

顧客か ら見 る と 「分か りに くい」 ものにな ってい るのではないだろ うか。

そ して、最後 に最 も重要 な ことは、 ビール業界 では、 この

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つの ミックスが総合力 として戦略的 に把握 され ていないのではないか とい うことであ る。本格的な市場調査 を欠いた製品開発、商品力 の裏付けのない宣伝 コピーや単独 の作品性ばか り が 目立つ広告、営業活動だけに放 った営業努力な

ど、前例 に縛 られた業界 の体質 とバ ラバ ラな活動 と矛盾 したマーケテ ィング手段 の組み合わせが見 られ るよ うに思 え るか らであ る。

繰 り返 しにな るが、 マーケテ ィング ・ミックス について

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つ のサ ブ ミックスの統合を説 いた レー ザ ーは 「マーケテ ィングの成功は個 々独立 したマ ーケテ ィング活動 に閑 した意思決定を下す ことよ りはむ しろ、 さまざまの要素をいかに総合す るか にかか ってい る」 と述べ てい る124)0

だか らこそ、 アサ ヒが スーパ ー ドライの事例 で 実行 した

3

つ のマーケテ ィング ・ミックス要素 の

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革 新 的 で総 合 的 な マ ー ケ テ ィン グ活 動 の展 開 に今 日的 な意 味 が あ り、 改 め て当時 の アサ ヒの戦 略 に 留 意 す る必 要 が あ るの で は ない だ ろ う か 。 そ し て、 さ らにそ の背 景 と事 情 を詳 細 に検 討 す る と、

マ ー ケ テ ィン グ ・ミックスを実践 す るた め に、 ア サ ヒが 経 営 理 念 の策 定

、TQC

活 動 の展 開

、CI

の導 入 、 組織 風 土 改 革 な ど、 全 社 的 な統 合 的 活 動 を展 開 して い た こ とが 注 目され る。筆 者 は、 この よ うな全 社 的 な統 合 活 動 を第2の トー タル ・マ ー ケ テ ィン グ と して、 本 稿 で考 察 した よ うな マ ー ケ テ ィン グ ・ミックス (マ ー ケ テ ィン グ手 段 の統 合

‑第 1の トー タル ・マ ー ケ テ ィン グ) と区別 した い 。そ して、 そ の詳 細 を 次 回 の論文 で考 察 してみ た い 。

(い は ら ひ さみつ 助 教 授 )

( 1 9 9 5 .6.

30 受理)

1)本稿では、原則 としては、企業名には」表示は せず、商品名には」をつけ ることにす る。但 し、

スーパー ドライについては、記述頻度が 多 い の で

」を省略す る。

2)拙稿 「製品戦略の底流」 日経流通新聞 「入門流通 講座」1992728日か ら10月13日まで22回連載の うち、 91、 93、 98、 9月10日、

915、 917日に掲載 された ものがアサ ヒスー パー ドライについて扱 っている。

拙稿 「マーケテ ィングこぼれはな し」産能短期大 学通信教育 コ ミュニケ‑シ ョ./誌 「デ ィベ ロップ」

19895月号か ら19909月号 まで17回 連 載 の う 、899月号、903月号に掲載 された ものがア サ ヒスーパー ドライを扱 ってい る。

3)加藤勇夫 『マーケテ ィング ・アプローチ論』白桃 書房、1982年増補版、p.24

4)山本義徳

( 1 9 9

1)は、 「アメリカマーケテ ィング の空洞化」とい う論文 において、「ManagerialMa・

rketingの三つの神話、統合神話、長期神話、経営 者神話は、戦後のアメリカマーケテ ィングの三つの 側面ない し特徴があ くまで理論的現実的要請にす ぎ ない ものであ り、願望の水準に限 られ、現実化す る には至 らなか った ことを示 してい る」 と述 べ て い る。山本義徳 『マーケテ ィングの基礎的諸問題』同 文館、1991、p.52

5)マ ッカーシーの定義に従 うと 「マ クロ ・マーケテ ィングは、経済の全体的なマーケテ ィング ・システ ムをいかに運営 し、 またそれがいかに能 率 的 で あ り、正当であ るかを確かめ るために、 これについて

考察を行 う」 ことである。E.JeromeMcCarthy,

"BasicMarketing:A ManagerialApproach,"

Homewood,Ill∴ RichardD.Irwin,Inc.,1960 邦訳 ・粟屋義純監訳 『ベーシック・マーケテ ィング』

東京教学社、1978 (1975年第5版枕訳)、p.1 6)マ ッカーシーの定義に従 うと 「マイクロ ・マーケ

テ ィングは、その経済 システムの中 で 個別 の 企業 が、 どの ように運営 し、あるいは どの ようにして機 能を果たすべ きかを理解す るために検討を行な う」

ことである.前掲訳本 『ベーシック ・マーケテ ィン 』p.1

7)R.Bartels,TheHistoryofMarketingThou‑

ght,2ndedリ 1976、邦訳 ・山中豊国訳 『マーケテ ィング理論の発展』ミネルヴァ書房、1979、p.33 なお、同書 は、第3(良.Bartels,"TheHistory ofMarketing Thought,3rdedリ''1987)を受け て (山中豊国訳 『マーケテ ィング学説の発展』 ミネ ルヴァ書房、1993年) と表題を代 えて訳出されてい る。

8)Marketingの訳語は、当初 「マーケテ ィ ン グ」

ではな く 「マーケッテ ィング」が使われていた。

9)深見義一 『商業学』春秋社、1949、p.50 10)向井鹿松 『配給市場組織一財貨移動の 社 会 的 組

織』丸善、1928

ll)福田敬太郎 『市場配給論』千倉書房、1937 12)福 田敬太郎に よると、 日本で最初にマーケテ ィン

グを紹介 したのは神戸高商 の 内地廉吉教授 (市場 要論』1929年)であ り、大正時代の 「ドイツ商業経 営学」の商品流通に関す る研究がアメリカか らのマ ーケテ ィング導入に よって昭和10年前後か ら 「配給 論」 として展開された とい うことである。田中由多 加編著 『新 ・マーケテ ィング総論』創成社、1990年、

p.49

13)前掲バーテルズ訳本、pp.216‑217

14)三浦后 「マーケテ ィング論の成立 と展開 商業 論究』第23、p.52

15)村 田昭治 『マーケテ ィング ・シス テ ム 論』 有斐 、1970、p.22

16)福 田敬太郎 『商学原理』千倉書房、 1966、 p.

377

17)日本生産性本部は1955年 日米両国政府の援助で発 足、会長には石坂泰三が就任、石坂を団 長 とす る

「トップマネジメン ト視察団」を始め一年間で15 ーム174名の経営者 とが訪米 してい るO ヴァリ ュ ー

・アナ リシスな ど生産管理の手法 と共にマーケテ ィ ングの手法 もこうした訪米視察団を通 じて 日本に紹 介された と言われ る。因みに、 ドラッカーの 『現代 の経営

(野 田一夫監修、 ダイヤモン ド社)やバー ナー ドの 『経営者の役割

(山本安次郎 ・田杉競 ・ 飯野春樹訳、 ダイヤモン ド社)が翻訳 されたのが翌

井原久光 市場適応的経営戦略の理論 と適用事例 1956年である。当時の状況を コンパ ク トに紹介 した

ものに 日本経済新聞記事 「経営伝来 "昭 和 の 遣 唐 使"」1995年1月8日がある。

18)松江宏編著 『現代マーケテ ィングと消 費 者 行 動 (改訂版)』創成社、1990年、p,28

19)荒川祐書 「商業お よび商業学の史的展開」久保村 隆祐 ・荒川祐書編 『商業学一現代流通の 理 論 と政 策』有斐閣、1974年、p.42

20)P.Kotlerは 「マーケテ ィング ・マネジメン ト」

とい う名称の中でマネジ リアル ・マーケテ ィングを 論 じてお り、必ず しも両者の用語は明確に区分 され てい るわけではない。た とえば、 Philip Kotler,

"Marketing Management:analysis,planning, andcontrol(4thed.),"prentice・Hall,Inc.,1980

邦訳 ・村 田昭治監修 ・小坂恕 ・疋田聡 ・三村優美 子訳 『マーケテ ィング ・マネジメン トー競争的戦略 時代の発想 と展開 (第4版)』 プ レジデン ト社、1983 年

21)拙稿 「マーケテ ィング戦略の実際例にみ る伝統理 論の検証 と新 しい コンセプ トの必要性一花王の研究 その1(伝統理論に則 した事例研究)」 産能短期大 学紀要第23号、pp.2‑3

22)嶋 口充輝 『戦略的マーケテ ィングの論理一需要調 整 ・社会対応 ・競争対応の科学‑』誠文堂新光社、

1984年、p.2

23)嶋 口充輝 『統合 マーケテ ィング』 日本 経 済 新 聞 社、1986年、p.52

24)三浦盾 ・来任元朝 ・市川貢 『新版 マー ケ テ ィ ン グ』 ミネルヴァ書房、1991年p.6

25)原田一郎 『マーケテ ィング』産能大学 (通信教育 テキス 日,p.7

26)前掲加藤勇夫 『マーケテ ィング ・アプローチ論』

p.38の脚注 (1)

27)前掲加藤勇夫 『マーケテ ィング ・アプローチ諭』

p.19

28)拙稿 「マーケテ ィングこぼれはなし一理念 として の コソセプ り 産能短期大学通信教育 コ ミュニケー シ ョン誌 「デ ィベ ロップ」1989年11月号、pp・4‑5 29)前掲 コ トラ‑邦訳 『マーケテ ィング ・マネジメン

』pp.16‑19

30)前掲訳本 『べ‑シック ・マーケテ ィング』pp・14

‑15原典はR.J.Keith,"TheMarketingRevo‑

lution,"JournalofMarketing,γol.24,January 1960,pp.,35‑38

31)田内幸一 (1985)は、 「ニュー ・デ ィール政策が 成功 して、 アメ1)カ経済が回復 した と思ってい る人 が多いが、それは誤 りで」本当の経済回復 (デフ レ ギ ャップの解消)は 「第二次大戦のお か げ で あっ た」 と述べ、1920年代のフォー ドとGMの例をあげ て、 「技術者が正 しい と思 う製品をつ くった」後、

‑ 33

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マーケテ ィング担当者に渡すや り方‑の反省か らプ ロダ ク ト・プラニング機能が発生 して 「マーケテ ィ ングの意思決定 レベルは、 トップになった」 と述べ ているO(田内幸一 『マーケテ ィング』中央経済社、

1985年、pp.5‑8)マネジ リアル ・マーケテ ィング 発生を歴史的な観点か らコンパ ク トに説 明した例 と 言えよう。

32)Harry J.Hansen,"Marketing:Text,Cases, and Readings,"RichardD.Irwin,Incリ 1956, p・7邦訳 ・宇野政雄訳編 『マーケテ ィング』 日本 生産性本部、1960年

33) 「市場の要請を取 り入れ る"Market・in"」に対 し て 「社会の要請を環極的に取 り入れ る」 とい う意味 で考えた、筆者の造語

34)嶋 ロ(1986)は、 「需要空間を構成す る顧客 とそ のニーズを確認 ・吸引」す ることをマーケッ ト・イ ンと呼び、 「それを製品、サー ビス、事業 コンセプ トな どに転化 して、 さらにマーケテ ィング諸政策で 援用 しなが ら、"生か され る形''を市場 に打ち出す」

ことをプロダク ト・アウ トと呼んでい る。 この嶋 口 のマーケッ ト・インの定義は筆者の理解す るところ とほぼ同 じだが、 プロダク ト・アウ トについての理 解は多少異なる。嶋 口のプロダ ク ト・アウ トは、 マ ーケッ ト・インを受けて市場に見合 った ものを送 り 出す形で捉 えられているが、筆者は、そ うした 「売 れ る製品を市場にニーズに合わせて創 りだす こと」

こそマーケ ッ ト・イソと理解 している。本論の繰 り 返 しになるが、‑ソセンの言 う 「作 った ものをいか に売 るか」か ら 「売れ るものをいかに作 るか」が プ ロダク ト・アウ トか らマーケッ ト・イソ‑の転換 と 考えてい る訳である。

35)前掲拙稿 「製品戦略の底流」 日経流通新聞 「入門 流通講座」1992年9月8日

36) 「ビール戦争 "スーパー ドライ"の奇跡はなぜ起 きたか」 『プ レジデン ト』1988年12月号、p.281 37)拙稿 「国際市場戦略に関す る比較研究」長野大学

紀要第16巻第 1. 2号合併号、1994年の第 1項 「T 型 フォー ドの成功 と失敗」参照

38)ポケッ ト社史 『アサ ヒビール』経済界、1990年、

p.112

39)アサ ヒは 「アサ ヒゴール ド」の広告で 「かねて、

吾社は "品質第一''を信条 とし "世界最高の麦酒"

‑の精進を続けてまい りました。」 と製品志向の コ ンセプ トを誼 ってい る。 (毎 日新聞1957年3月17日 付け広告) また、社史には 「本場 ドイツに負けない 最高の品質」 (アサ ヒビール株式会社社 史 資 料 室

『AsahilOO』1990年、p.42)や 「本場 ドイツに ビー ル製造技術を輸出」(同p.52)な ど、 ドイツを本場 とした上で、同社 の製品 ・技術水準の高 さを誇 った 記述が見える。

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