• 検索結果がありません。

おはじきと位取り表の操作に関する学習者の実態

前章では,「前形式的証明」に関する國本の先行研究を参照しながら,ヴィットマンの操 作的証明の理論的背景やその性格について考察した.そして,操作的証明が,「数学的な問 題状況の探究という学習活動に統合された証明」であり「適切に表現された数学的対象に施 された操作の結果にもとづく証明」であるという特色を持つこと,また,「前形式的証明」

をより具体的に学習活動に位置づけた概念であることを明らかにした.さらに,具体的な例 として「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」を取り上げ,これが,ヴィットマンの編 纂した『数の本(Das Zahlenbuch)』中で,どのように本質的学習環境としてデザインされて いるのかということを明らかにした.さらに,操作的証明の発展性について考察することに よって,その教育的価値を強調した.

本章では,それらの基礎的研究を踏まえ,操作的証明を適切に位置づけた本質的学習環境 のデザインを具体化するために,学習者の既有知識を調査するための実証的研究として,「お はじきと位取り表を用いた操作的証明」を行うに当たって必要とされる基本的なおはじきの 操作を,小学校高学年段階の児童がどのように理解し,活用していくのかを明らかにする.

そこで,基礎的なおはじきと位取り表の操作に関して実施したインタビュー調査の結果を分 析・考察するとともに,本質的学習環境のデザインに向けて得られた示唆についてまとめる こととする.

1節 インタビュー調査の位置づけと実施計画

本研究では,「おはじきと位取り表を用いた操作的証明を適切に位置づけた本質的学習環 境」を開発し,その可能性と限界について考察することを研究の目的としているが,研究の 枠組みとしては,山本(2012),ヴィットマン(2004)による実証的研究という枠組みを用いて いる.ここで小学校高学年の段階の児童を対象に行ったインタビュー調査は,おはじきと位 取り表による操作的証明を用いた本質的学習環境の開発のために,学習者の実態を把握し学 習環境デザインへの示唆を得ることを目的としており,学習環境開発のための準備段階と位 置づけられる.この種の研究が実証的研究という枠組みにおいてはどのように位置づけられ るのかということを明らかにするためにヴィットマンの示す 3 つの実証的研究のタイプを 参照するとともに,今回行ったインタビュー調査の概要について説明する.

79 1.実証的研究

本質的学習環境が学習者に対してデザインされる一種の人工物である以上,その研究開発 は実証的研究と不可分な関係にあることは言うまでもない.山本は,本質的学習環境のデザ インとその実証的研究の必要性について,以下のように述べている.

《サイモンの視点に立てば,人工物としての「本質的学習環境」は,その内部環境(授 業コンセプト,学習のねらい,学習活動とその意図)と外部環境(児童・生徒・学生の 実態)が相互に適合しているときに,その機能が最大限に発揮されることになる.…(中 略)…いずれにせよ,「本質的学習環境」が数学教育において現実的な機能を発揮する ためには,それが機能する「外部環境」,すなわち児童・生徒あるいは学生の実情を解 明する実証的研究が必要となる.したがって,実証的研究を予定しないマスタープラン は生命論的デザイン科学としての数学教育学には存在しない.》(山本(2012), pp.139-140)

つまり,山本は,本質的学習環境を人工物と捉え,そのデザインのためには,常に環境と の相互関係を追及していかなければならないことを示しているのである.

また,ヴィットマンも,本質的学習環境の開発のために必要不可欠な研究として実証的研 究を位置づけ,次のような3つの実証的研究のタイプを示している.(Wittmann(2004))

①学習者の既有知識を調査するための実証的研究

②教授学習過程を調査・分析するための実証的研究

③本質的学習環境の改善のための実証的研究

①は,ヴィットマンが《あるカリキュラムのトピックに対する一連の学習環境をデザイン するには,その学習に入るときに学習者が持っている既有知識を考慮に入れる必要がある.

したがって前提とする知識の実証的研究は不可欠である.》(Wittmann(2004))と述べるよ うに,本質的学習環境をデザインするために必要とされる情報を得るための実証的研究であ る.

②は,本質的学習環境を道具として学習者の学習過程等を調査・分析するための実証的研 究で,《この種の研究において,本質的学習環境は道具として用いられる.ある学習環境に おける一連の教授実験では,個人の学習過程,教師の介入,教室内の相互作用が調査され説 明される.》(Wittmann:(2004))と説明されている.

80

③は,本質的学習環境をより良いものへとリデザインしていくための実証的研究である.

ヴィットマンは《教授実験は,学習環境の持つ特別の構造とは無関係の学習過程についての 情報を与えるだけでなく,より良い結果を得るために学習環境をどのように改善すべきかに ついての情報を与える.》(Wittmann:(2004))として,この種の実証的研究を強調してい る.

本研究では,「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」を適切に位置づけた本質的学習 環境のデザインを目的とする以上,山本,ヴィットマンが指摘するような実証的研究を避け て通ることはできない.そこで,「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」を行うために 必要とされる基本的なおはじきと位取り表の操作について,児童がこれをどのように理解し,

活用することができるのかということを明らかにするため,実証的研究を行うことにした.

もちろん,上記のヴィットマンの分類に従えば,今回の実証的研究は,操作的証明を行うた めの学習者の実態を明らかにするという意味において,「①学習者の既有知識を調査するた めの実証的研究」に位置づけられるものである.

2.インタビュー調査の概要

今回のインタビュー調査は,「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」を適切に位置づ けた本質的学習環境をデザインするために,そこで必要とされるおはじきと位取り表の基本 的な操作を,学習者がどのように理解し,活用できるのかということを調査することを目的 としている.

本研究では,探究的な学習活動としての広義な論証活動(proving)を具体化するために,

「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」を適切に位置づけた本質的学習環境のデザイン を行うことを目的としている.そこで,そのような学習活動は,数のさまざまな性質が考察 対象となってくる小学校高学年から,文字を用いた形式的証明を学習する中学校の段階を対 象としたものになることが想定されるため,その初めの段階に当たる小学校高学年の児童を 対象にインタビュー調査を行うことを計画した.

おはじきと位取り表の操作に関するインタビュー調査の調査対象となった児童は,熊本市 内の公立小学校第5学年の児童45名である.調査に当たっては,附属小学校の児童3名を 対象とした予備調査を行い,調査内容(質問事項)の検討・修正を行った上で,本調査を実 施した.

インタビュー調査は,平成22年11月末から12月にかけて行った.1対1の面接方式で

81

1人あたりに要する時間が 10分から 15 分程度であったため,昼休みや放課後の時間を利 用し,1日に4名ないし5名ずつ,11日間にわたってインタビュー調査を行った.インタ ビュー調査の様子は,すべてビデオカメラに記録し,発問の様子,児童のおはじきの操作,

説明する児童の発言等を分析した.

3.インタビュー調査の内容

おはじきと位取り表の操作に関するインタビュー調査で扱った内容は,以下の 3 つから 構成されている.

①おはじきと位取り表による数の表現

・位取り表におはじきで示された234,405を児童はどのように認識するのか.

・児童は253,550という数をどのように位取り表におはじきを置いて表現するのか.

②位取り表におけるおはじきの操作の意味理解

・位取り表におはじきで 123 を表しておき,一の位から百の位へおはじきを移動し て222としたとき,いくつ増えたかをどのように説明するのか.

・おはじきの移動を「一の位から1つ取り去って,新たに百の位へ1つ置く」という ように変えたとき,いくつ増えたかをどのように説明するのか.

③おはじきの操作の活用

・「233と332の差」「123と321の差」をおはじきと位取り表を用いてどのように 求めるのか.

・「差が99となる2数」をおはじきと位取り表を用いてどのように作るのか.

まず,①は,児童はおはじきと位取り表によって表現された数をどのように認識するのか,

また,具体的な数をおはじきを用いてどのように位取り表に表現するのか,ということを見 るものである.「おはじきと位取り表を用いた操作的証明」で扱う位取り表での数の表現が,

児童が使う一般的な教科書に示されている位取り表における数の表現と異なるため,それら の違いに混乱することなく,おはじきで表現された数を読み,また数をおはじきで表現する ことができるかどうかを見るために設定した質問項目である.

【図3-1】は,一般的な教科書(一松(2005))に示された位取り表による数の表現である が,ここでは,一の位はブロック,十の位は10個のブロックからなるスティック,百の位

関連したドキュメント