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 続いて,うつ傾向の程度と時期の交互作用が見られたために単純 主効果の検定を行ったが,有意差は見られなかった。

5.可能自己の筆記における即時的な影響について

 筆記の即時的な影響を調べるために,筆記直前と筆記直後の感情 を測定し,筆記条件と時期を独立変数とし,PA及びNAを従属変数 とした二要因分散分析を行った。その結果,PAにおいて,筆記1 回目と筆記3回目で,筆記条件と時期と交互作用が見られ単純主効 果の検定の結果から,可能自己群では筆記直前に比べて筆記直後に PAが高かった。

 NAでは,筆記1回目と筆記2回目に筆記条件や時期の主効果お

よび交互作用は確認されなかった。しかし筆記3回目において,筆 記条件と時期の交互作用に有意傾向が確認されたため,単純主効果 の検定を行った結果,可能自己群において,筆記直後の方が筆記直

前よりもNAが低くなったことが明らかになった。

 Pennebaker&Seagal(1999)の指摘から,効果測定では,筆記 条件とうつ傾向の程度と時期を独立変数とした三要因分散分析によ って,筆記の影響を検討した。同様に,筆記の即時的な影響につい ても,各セッションにおいて筆記条件とうっ傾向の程度と時期を独 立変数とした三要因分散分析を行った。PAでは,筆記1回目と筆 記3回目に筆記条件と時期の交互作用が確認され,単純主効果の検 定の結果,可能自己群において筆記直後の方が筆記直前よりもPA が高いと解釈できる。続いて,NAでは,筆記1回目では,うつ傾 向の程度による主効果が確認され,うっ傾向高群の方がうつ傾向低 群よりもNAが高いといえる。筆記2回目では,筆記条件とうつ傾 向の程度と時期の交互作用が確認されたため,単純主効果を行った。

その結果,可能自己群において,筆記直前では,うつ傾向低群とう つ傾向高群にNAに差は見られない。しかし,筆記直後において,

うつ傾向低群の方がうっ傾向高群よりもNAが低いことが示された。

予定群では,うつ傾向の高低に関わらず筆記直前と筆記直後におい て差は見られなかった。筆記3回目では,時期の主効果に有意傾向 が見られ,筆記直後の方が筆記直前よりも低いと読み取れる。

 以上の結果から,筆記による即時的な影響について考察を述べる。

PAについては,筆記条件と時期を独立変数とした二要因分散分析に おいても,筆記条件とうつ傾向の程度と時期を独立変数とした三要 因分散分析においても,筆記条件と時期の交互作用が見られており,

可能自己群で筆記直後に筆記直前よりもPAが高くなっている。こ の結果は仮説③を支持する結果である。King(2001)において,最 高可能自己の筆記によってPAが有意に上昇していたことを示して いる。また織田(2010)においても,肯定的な経験を筆記する「よ いこと日記」群は否定的な経験を筆記する「気がかり日記」群より

も肯定的な感情が高いことを示している。本研究の結果は,それら の結果を支持している。これは,可能自己群で筆記した内容が予定 群の筆記した内容よりもポジティブな内容であったために,予定群

よりもポジティブな感情が高まったと考察する。

 NAについては,筆記条件と時期を独立変数とした二要因分散分 析と,筆記条件とうっ傾向の程度と時期を独立変数とした三要因分

と筆記2回目において,筆記条件の主効果や時期の主効果,交互作 用は見られなかった。しかし,筆記3回目において,交互作用に有 意傾向が見られている。筆記条件とうっ傾向の程度と時期を独立変 数とした三要因分散分析では,筆記1回目において,うつ傾向の程 度の主効果が見られており,うっ傾向高群の方がうっ傾向車群より

もNAが高いことが示されている。うっ病の奮うつ病エピソードに は,担うつ気分や興味喜びの減退,無価値感,希死念慮などが含ま れている(高橋ら,2003)ことから,それらはネガティブな気分や ネガティブな認知を含んだものであると考えられる。したがって,

うつ傾向の高い人では,ネガティブな気分の高さやネガティブな認 知によってネガティブな感情が高まったと考えられる。筆記2回目 では,筆記条件とうっ傾向の程度と時期の交互作用が確認された。

可能自己群において,筆記直前では,うっ傾向低位とうつ傾向高群 にネガティブな感情に差は見られない。しかし,筆記直後では,う つ傾向低群の方がうっ傾向高群よりもネガティブな感情が低いこと が示された。この結果は,うっ傾向の低い人は,可能自己の筆記に よってネガティブな感情が緩和されたのではないかと推測する。筆 記3回目では時期の主効果が見られたことから筆記直後の方が筆記 直前よりも低いと読み取れる。この結果から,筆記直後は筆記直前 よりもネガティブな感情が弱まっているといえる。

 ネガティブな感情については,分析方法や結果の生じたセッショ ンも異なっていることから,推測の域を出ることはないが,筆記条 件と時期の交互作用,筆記条件とうっ傾向と時期の交互作用という ように,筆記条件と時期の交互作用を含む結果が得られている。こ のことから可能自己の筆記が,ネガティブな感情を緩和する機能を 有することが示唆される。

6,筆記体験や筆記内容に対する評価について

 筆記の内容や経験に関する評価について,重要度と有意義度,困 難度に有意差が認められ,可能自己群の方が予定群よりも重要度・

有意義度・困難度が有意に高いことが示された。この結果から,可 能自己群の方が予定群よりも筆記内容を重要だと捉え,筆記体験を 有意義だと捉えていたことが明らかになった。また可能自己群の方 が予定群よりも難しかったことも読み取れる。これは,予定の筆記 が日常的な内容であることに対して,可能自己の筆記は自分の将来

の目標を明確にするために,重要で,有意義だと捉えられたのだろ う。可能自己の筆記が予定群よりも難しいと評価されたのは,予定 の筆記は,日々の生活の流れから想像しやすいと思われる。それに 対して,可能自己の筆記は日頃ほとんど考えない内容であること,

また実験終雨後の予定に比べて曖昧であるために困難だと感じたと 推測される。

7.本研究の課題

 本研究には,いくつかの限界と課題がある。一つ目は,可能自己 の筆記の長期的な影響の検討である。本研究では,可能自己の筆記 による短期的な影響を検討することができたが,長期的な影響につ いて検討できていない。King(2001)では,筆記終了3カ月間の医

療機関訪問数から,Pennebaker&Beall(1986)では,筆記後6

カ月間の医療機関訪問数から長期的な影響を検討している。伊藤ら

(2009)においても,実験終了3カ月後にフォローアップを行い,

筆記による長期的な影響を調査している。したがって,今後,可能 自己の筆記による長期的な影響についても検討する必要がある。

 二つ目に,自己制御に基づく変数がある。可能自己の筆記が精神 的健康に影響を及ぼすという考えは自己制御の考えに基づいている。

本研究では,精神的回復力尺度の下位尺度に「感情調整」があり,

この下位尺度は自己制御の一部を測定していると考えることができ る。本研究では,可能自己の筆記によって,「感情調整」が高まるこ とはなかった。しかし,自己制御には,感情だけでなく行動や思考 の制御も含まれていることから,今後の研究で可能自己の筆記が,

行動や思考の制御にどのように影響しているのかを調査することが 求められるだろう。

 三つ目に,実験条件の設定である。本研究は,King(2001)の研 究を参考にしている。King(2001)では,可能自己の筆記群とトラ ウマの筆記群の比較を行っているが,本研究では可能自己の筆記群 とトラウマの筆記群の比較は行われていない。したがって,今後の 研究で,可能自己の筆記とトラウマの筆記で,短期的・長期的な影 響に違いがあるのかについて検討することが望まれる。

 四つ目に,実験場面の設定である。Pennebaker&Beall(1986)

周囲に他者がいるという環境は,自分自身の感情,思考と向き合い にくいと述べており,周囲が静かで,集中しやすく,より参加者自 身の感情や思考と向き合える環境が必要と指摘している。本研究で は,短期間で実験を行うために二人同時に実験を実施するように実 験場面を設定した。このような設定のために,対象者が自分の思考 や感情と向き合える環境設定でなかったことが考えられ,そのため に可能自己の筆記の影響が,弱まった可能性が推測される。したが って,今後,対象者が自分の思考や感情と向き合いやすい環境を設 定し,可能自己の筆記の影響を調べることが課題となるだろう。

8.今後の展望

 本研究では,可能自己の筆記は,筆記直後において,ネガティブ な感情の著しい上昇は見られなかったが,ポジティブな感情が高ま ることが明らかになった。このことから,トラウマ体験や怒り体験 といったネガティブな内容の筆記と比較して,筆記者の負担も少な いと思われる。また可能自己の筆記によって,レジリエンスの一部 が高まることが示唆されている。

 以上のことから,臨床場面において,うつの傾向が低い人や,う つ傾向が回復してきた人に対して,ホームワークで可能自己の筆記 を行うことで,レジリエンスを促進させる手段として用いることが できるのではないかと思われる。

 今後,可能自己の筆記の長期的な影響について知見を重ねること で,レジリエンス構築の一手段へとつながるのではないかと考えら

れる。

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