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ドキュメント内 コンピュータ将棋 (ページ 51-55)

寄附講座「富士通・思考の可視化」

概要

可 視化は現代科学の重要テーマである。DNAの可視化(遺伝子配列の特定)等はその典型的な 例と言えるだろう。ビジネス界でも「見える化」が重要キーワードになっている昨今である。

人間の思考,とりわけ,名人の思考の可視化は,分野横断のグランドチャレンジである。ゲー ム情報学における思考の可視化という観点では,プロ棋士のレベルに到達しつつある,コン ピュータ将棋の存在は貴重である。エキスパートレベルのコンピュータの思考プロセスが〔完 全〕可視化され,その応用として,試合中の局面評価の推移パターンを実データに基づいて考 察できるようになった。

ゲーム情報学はこれまで人工知能の観点から,思考アルゴリズムを主流として発展してきた。

(下図参照)ここでは大きな流れとして,思考と感情(エンタテイメント),そして,思考と 脳活動(脳活動計測や脳モデルなど)という,二つの軸でとらえてみる。思考の可視化に関す る洞察を深めることで,人間の知能に関する理解の発展に貢献できるようになる。ゲーム情報 学の新たな幕開けとなることを期待する。

本講座では,以下の三つの観点から思考の可視化(三通りの「みる」)を推進したい。

(1)

試合の流れを視る

(2)

勝負の極意を看る

(3)

名人のわざを観る

本講座では,特任教授として米長邦雄氏(元将棋名人・永世棋聖)をお迎えし,一同が名人の 眼をもって,それぞれの研究課題に関してより深い理解に到達することでしょう。

また,鶴岡慶雅准教授は人工知能分野で世界的に活躍する中,「激指」の作者として,コン ピュータ将棋の最先端の課題とさらなる発展の展望を我々に見させてくださることでしょう。

(文責 飯田弘之・本寄附講座主任教授)

思考と脳活動 思考アルゴリズム

思考アルゴリズム 思考アルゴリズム 思考アルゴリズム

思考と感情

思考の可視化

人間の知能

課題・・・

課題B

課題C 課題D

課題E 課題F 課題G 課題H 課題K 課題A

モデリング

知能と感性

知の力学

情報力学 コンピュータ将棋協会誌 Vol.23(2011)

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寄附講座「富士通・思考の可視化」

試合の流れを視る

プ ロ棋士の思考の特徴は大局観にある。大局観とは総合的な形勢判断を意味する。コンピュー タは,先読み探索と局面評価を組み合わせることで,大局観に相当する高度な機能を実現しよ うと試みてきた。しかし,このとらえ方はプロ棋士の思考の真相を理解するのに十分ではな い。本講座では,先読み探索と局面評価に,「形勢判断の推移パターン」という新たな要素を 加味する。すなわち,形勢判断(局面の評価)という情報の時間変化を理解することが極めて 重要である。

情報力学(Iida

et al. 2011)では情報の時間変化,つまり,形勢判断の推移パターンに着目す

る。コンピュータ将棋が非常に強くなり,各局面での形勢判断は信頼に値する。例として,先 の名人戦「森内 vs 羽生」第七局の形勢判断の時間変化を以下に示す。(飯田ほか 2011)この グラフは,将棋ソフト激指(鶴岡 2008)を用いて分析した。

このグラフから,名人戦第七局がどれほどの接戦であったかがわかる。つまり,試合結果が終 了間際まで判らないシーソーゲームである。ゲーム場の緊張感が徐々に高まり,土壇場のピー ク時に,それは最高潮に達している。情報力学ではこのような,ゲームにおける情報の流れモ デルから,場の緊張感を位置エネルギーと運動エネルギーのダイナミクスとして解析すること ができる。(Iida et al. 2011)

そして,次のような研究課題に挑戦する。

1.

形勢判断の推移パターンにみる人間と機械の類似性

2.

試合進行過程における形勢判断の推移パターンの更新作業

3.

形勢判断の推移パターンの分析法の開発

参考文献 参考文献 参考文献 参考文献

Iida, H., Nakagawa, T., Spoerer, K. (2011). Informa"on dynamic models based on fluid mechanics. Entertainment Compung.

谷 敦 岡根谷 久,Apimuk Muangkasem (2011). しいゲーム 学モデルの とその応 ,エンタテイメントコンピューティング.

鶴岡慶雅(2008). 最近のコンピュータ将棋の技術背景と激指,情報処理 Vol.49 No.8

寄附講座「富士通・思考の可視化」

勝負の極意を看る

現 役時代,泥沼流と呼ばれた米長邦雄特任教授(元将棋名人・永世棋聖)は,独自の勝負哲学 でつとに有名である。泥沼流とは何を意味するか,そして,名人の勝負哲学とはいかなるもの か(米長 1982;2004),科学的な分析を通して数理モデルの構築および定式化を試みる。

ゲーム情報力学(Iida and Nakagawa 2011)では情報粒子の流れを仮定し,対戦結果(勝負)に 関する情報の時間変化に着目することで,情報とその流れ速度,情報フォース,情報モーメン ト,情報エネルギーなどを物理と同じように議論する。

例えば,次式は勝負に関する情報の時間変化のモデルを表す。

ξ=[sin(π/2·η)]n

ξは無次元の情報を表し,ηは無次元の時間(あるいはゲームの無次元長)を表す。nは正の実

数パラメータである。無次元の情報速度は一階微分によって得られる。

dξ/dη=n·π/2[sin(π/2·η)]n−1·cos(π/2·η).

こうして,無次元情報運動エネルギーE

k = 1/2 · φ· (dξ/dη) 2

を得る。均質な情報流れの仮定の下 では,無次元情報質量 φ=1 となり,結局,E

k = 1/2 · (dξ/dη) 2

となる。無次元情報運動エネルギー

Ek の時間変化を下図に示す。試合の終了間際にピークがくることがわかる。

名人は,何らかの方法により,図のような勝負の流れの形状を認識し,情報運動エネルギーを 感じ取って,適宜,試合をコントロールすることで,勝負の場を演出していると考えられる。

その一つが泥沼流かもしれない。

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2

Non-dimensional Information Kinetic Energy

Non-dimensional Game Length

n=1 n=2 n=4 n=6 n=8 n=10 n=20

参考文献 参考文献 参考文献 参考文献

米長邦雄(1982).「人間における勝負の研究 - さわやかに勝ちたい人へ」祥伝社 米長邦雄(2004).「大局を観る 米長流・将棋と人生」(NHK人間講座)日本放送出版協会

Iida, H., Nakagawa, T. (2011). Game Informa"on Dynamics. Interna"onal Conference on Entertainment Compu"ng.

コンピュータ将棋協会誌 Vol.23(2011)

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名人のわざを観る

任 意のゲームは,自由度の小さな確率的なゲームに帰着する。チェスのグランドマスターらを 被験者とした調査によると,各局面で有望そうな候補手の数はおよそ1.7である。(de Groot

1965)つまり,チェスでは見かけ上の自由度約30に対して,グランドマスターにとっての本質

的な自由度は小さい。これはスキルによって選択すべき候補手が大幅に絞られるからである。

将棋の場合,見かけ上の自由度約80に対して,本質的な自由度は2と3の間だろうと推定する。

チェスや将棋は理論上,決定論的なゲームに分類されるが,現実的には自由度の小さな確率的 なゲームに帰着する。何故,確率的であるか。それは,もはやスキルでは唯一の必然的な指し 手を特定できないからである。このようなゲームのとらえ方を「ゲームの核」と呼ぶ。自由度 の小さな確率的なゲーム(すなわち,ゲームの核)では,通常のランダムとは異なる「高貴な 不確定性」が存在し,ゲームの遊戯性を深める要因となっている。(飯田 2005)

名人のわざについて考えてみる。確率的なゲームではどのような戦略が良いか。例えば,ポー カーの名人は,周りからみたとき規則性・恣意性がないかのように戦略を実行する。自分らし さ(棋風)を見抜かれないように細心の注意を払う。一般に,棋風を隠すのは決して容易なこ とではない。ゲーム理論的な観点で言えば,ナッシュ均衡解(Nash 1950)を求めることに相当 する。コンピュータなら,ある確率分布のランダム戦略で優雅にプレイすることだろう。一 方,名人は「無」の境地をさまようのではないか。

カスパロフとディープブルーによる世紀の対決は,棋風を見抜けるかどうかについての歴史的 な例と言える。相手モデル(相手の棋風を見抜いて罠を仕掛ける)の達人として知られるカス パロフは,コンピュータの弱点を見抜くことで,1996年の初対決同様,難なく勝利する予定で あった。ところが1997年の再戦では,相手モデルを未然に防ぐ秘術の前に,カスパロフは敗れ てしまった。

本講座では,名人対コンピュータという切り口で,名人の奥深いわざを観察し,ゲーム情報力 学を用いて定式化を試みる。

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