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送法 の対 象と なる 放送 のう ち、 ユニ バー サル サー ビス とし て国 が真 にそ の普 及に 責任 を持 つべ き﹃ 基幹 放送

﹄は 今日 では 地上 テレ ビジ

ン 放送 だけ であ る。 なお

、地 上ラ ジオ 放送 につ いて は、 これ まで 長く

﹃基 幹放 送﹄ とし ての 役割 を果 たし てき たこ とは 認め たい が、 今日 の視 点で みる と﹃ 基幹 放送

﹄と する こと は難 しい と考 える

﹃基 幹放 送﹄ であ る地 上テ レビ ジ

ン放 送に は、 公衆 に﹁ 共有 され る情 報﹂ の提 供が 期待 され るた めに 番組 調和 原則 が義 務付 けら れ、 同時 に情 報源 の多 様化 を図 るた めに 集中 排除 原則 も厳 格に 適用 され る。 なお

、番 組調 和原 則の 規定 は、

﹃基 幹放 送﹄ とし ての 地上 テレ ビジ

ン 放送 に総 合編 成を 義務 付け るも ので ある こと を明 確に する ため

、そ の規 定振 り及 び運 用に つい て検 討の 余地 があ ると 考え てい る。

﹃基 幹放 送﹄ であ る地 上テ レビ ジ

ン放 送に ハー ド・ ソフ ト一 致が 選択 的に 認め られ るの は、 地上 に無 線局 を展 開す るこ とに よっ て初 めて ユニ バー サル サー ビス とし ての 普及 が実 現可 能だ った こと が主 たる 理由 で、

﹁放 送 の自 由﹂ を守 って きた こと はそ の結 果で ある

NH Kに つい ては

、ラ ジオ 放送

、教 育専 門テ レビ 放送 及び BS 放送 を﹃ 基幹 放送

﹄と 位置 付け る考 え方 があ り得 るが

、そ れは NH Kと いう 組織 に着 目し た扱 いで あり

、わ が国 の二 元的 秩序 の在 り方 と関 連す る。 以上

の筆 者の 考え は、 地上 テレ ビジ

ン 放送 に関 する 限り 六〇 年前 に放 送法 が成 立し た当 時の 考え 方と 大き な違 いは ない

。む しろ こう いう 時代 だか らこ そ原 点に 戻っ て考 察し た結 果で ある

。当 時こ のよ うな

﹃基 幹放 送﹄ の役 割 を果 たす こと がで きた のは

、広 帯域 の電 波を 占用 的に 利用 した から であ る。 それ はイ ンタ ーネ ット がこ こま で発 達

した 今日 であ って も基 本的 には 変わ らず

、同 じこ とを 他の 技術 で効 率的 かつ 効果 的に 行う こと は難 しい と言 われ て

( )

いる

。そ の点

、今 後も

﹃基 幹放 送﹄ とし ての 地上 テレ ビジ

ン 放送 の意 義は 大き い。 し 22

かし

、受 信者 から 見れ ば、 メデ ィア ある いは 情報 源は 地上 テレ ビジ

ン 放送 だけ では ない

。先 の震 災に おい て、 携帯 電話 やツ ウィ ッタ ー等 も多 くの 場面 で貢 献し たこ とを 利用 者が 評価 して いる こと に現 れて いる

。従 って

、 今後 も﹃ 基幹 放送

﹄の 意義 があ ると いっ ても

、幅 広い メデ ィア の世 界の 中で

、そ の存 在感 は相 対的 なも ので あり

、 社会 の変 化と 情報 通信 技術 の発 展と とも に変 化し てい くこ とが 予想 でき る。 特に

、グ ロー バル 化が 進展 し、 東京 への 集中 が進 む中 で、 地域 の中 の﹁ 情報 の共 有﹂ が大 きな 意味 を持 つ地 縁社 会︵ ゲマ イン シャ フト

: G e m e i n s c h a f t

︶ 的な 面が 都市 部か ら薄 れて いき

、地 域を 超え た﹁ 情報 の共 有﹂ が意 味を 持つ 利益 社会

︵ゲ ゼル シャ フト

: G e s e l l s c h a f t

︶ 的な 面が 強ま って いる

。そ れと 同時 に、

﹃基 幹放 送﹄ が対 象と する 地域 社 会の

﹁公 衆﹂ もデ ジタ ル化 の進 展の 中で 分断 され つつ ある よう にみ える

。 だか ら、

﹃基 幹放 送﹄ の役 割が 小さ くな って いる と考 える べき か、 だか らこ そ、

﹃基 幹放 送﹄ の役 割が 大き くな っ てい ると 考え るべ きか

、﹃ 基幹 放送

﹄の 根本 的意 義が 問わ れる こと にな る。 また

、﹃ 基幹 放送

﹄の 前提 であ る放 送用 周波 数に つい ても

、そ の特 殊か つ優 遇的 な取 扱い をよ り限 定的 にす べき とい う考 えが 今後 強く なる こと は十 分予 想さ れる

。経 営的 視点 から

﹃基 幹放 送﹄ 事業 の見 直し が進 む可 能性 も大 き い。 その 場合

、﹁ 当該 地域 社会 のす べて の構 成員 が、 映像 を含 む大 量情 報を 瞬時 にか つ同 時に 受信 でき るこ とを 可 能に する

﹂と いう 放送 用周 波数 の意 義と 必要 性を 踏ま えた

﹃基 幹放 送﹄ 論が 必要 にな ろう

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六 お わ り に 今回

、こ のよ うな テー マで 新放 送法 に対 する 論評 を試 みる のは

、東 日本 大震 災の 際の 放送 の役 割と 影響 力に 対す る認 識を 新た にし たこ とが 大き な理 由で ある

。そ れは 放送 と地 域社 会と の関 わり

、更 には

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以降 の流 行り と なっ た﹁ あっ ちの 世界

﹂に 対し ての

﹁こ っち の世 界﹂ とし ての 地域 社会 とは 何だ ろう かと いう 問題 とも 関連 して い る。 とこ ろが 考察 を進 める うち に、 次第 に戦 後の 復興 の中 で放 送法 制定 に取 り組 んだ 立法 者の 考え に思 いを 馳せ る よう にな った

。何 故、 電波 によ る放 送を 国民 に普 及さ せよ うと した のか

、当 時描 いて いた 民主 主義 はど のよ うな も のだ った のか

、表 現の 自由 をど れだ け大 事に して いた のか

、社 会と は何 か、 国と は何 かに つい てど れだ け真 剣に 考 えて いた こと か。 東日 本大 震災 後既 に一 年が 過ぎ たが

、新 しい 日本 を作 るの だと いう 思い が人 々に 広が る今 日ほ ど、 放送 の持 つ意 義を 考え るに ふさ わし いと きは ない よう に思 う。 新放 送法 がそ うし たき っか けを 作っ てく れた こと を考 える と、 そ こに 至る まで の関 係者 のご 努力 に敬 意を 表し

、筆 を擱 きた い。

︵追 記︶ 舟田 先生 に最 初に お目 にか かっ たの は、 電気 通信 制度 改革 の本 格的 議論 が始 まっ た、 一九 八三 年頃 だっ たと 思う

。そ の 頃、 郵政 省で 塩野 宏先 生を 座長 とす る経 営形 態問 題研 究会 が開 催さ れ、 舟田 先生 が委 員と して 参加 され てい たと きに

、事 務 局の 一端 を担 って いた のが ご縁 の始 まり で、 その 後先 生と 経済 学の 黒川 和美 先生 の共 同主 催で 続い た通 信行 政問 題研 究会 の 事務 局を させ てい ただ いた こと もあ る。 以降

、折 に触 れ先 生に 教え を請 うこ とが 続い た。 しか し、 私が 放送 行政 に関 わっ て

ドキュメント内 ﹃ 基 幹 放 送 ﹄ 概 念 の 今 日 的 意 義 (ページ 54-58)

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