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ドキュメント内 アジアの動向 パキスタン 1968 (ページ 181-200)

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一(160)ー ‑260‑

バ キ ス タ ン (6月〉 カッコ内は%〉

開 発 支 出

便, 業間電 信航開・ 電 話

翼 蓄

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7,247  1  4,324  1  5,832  11 

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97   

1)  106  ( 3) 

248  271 

31,391  (60)  25,551  (59)  31,637  (58) 

(単位 10万ノレヒ。ー,

| 附 /

6 原案)11967/6 改定)1196  9 (予算案)

勘 定 本 資

(83)  ( 3)  (10)  ( 4)  45,524 

1,490  5,551  2,000  37,767 

1,841  4,122  500  46,832 

民非繰予

4,330  1,500  55  計(開発支出)

貸の支支

間 部 門 へ 開 発

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54,565  (100) 

収 入

一 外

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13,660 2,397 

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24,064  22,878  24,348  1,206  1,508 

現貸準そその備の

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金他サ基他の残な金預の金高かど返資ら済のの本金の利返(受繰純計取入用済) 

2,184  (24) 

2,128  

(21)  3,008 

4,756  4,115  (24.5)  1,918  377  1,374  1,702  430  1,140  527  598  計(支出)

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多ウカイリ蔵相の予算演説

1968/69年度予算案国会提出に当り同蔵相は要旨以下のようにのベた。

①  国民総生産−GNPの成長率は計画の7 %に比し8.3%と非常な好成績であ った。その結果第3次計画の3年間における平均成長率は6 %になっている。これ は計画目標である6.5%に比べ,若干悪い。

②農業一農業は肥料利用増加,高収穫品種,濯瓶用水の利用,農薬の利用等々

‑261 一(161)ー 計(収入)

パ キ ス タ ン (6月)

のため農業の成長率は10%を越えた。食糧だけをみても350万トン以上の増産でJ 前年比23%の増加をみせている。これは1947年から58年までの11年間に120万トン しか増産しえなかったのと対象的である。第3次計画に入ってからも農業の成長率 は年1.4%にすぎ、なかった。このため小麦の自給は1970年に達成しうる見通しで,

1969年の米の余剰輸出も増加しよう。

③  工業一工業の分野で、は我々が予想したほど成長しなかった。大規模工業の成 長率は1965/66の6 %から11%に回復したものの,計画目標である16%には達しな かった。この理由は工業用原料が,主として外国援助の到着のおくれのため,輸入 量が減少したためで、あるO 前年度の予算では国内貯蓄を生産部門にまわし,物価を 一定に保つことを目標とした。この結果,限界貯蓄率はGNP28%に達した。しか し投資の方は余りふるわず, 1964/65の投資率はGNPの16.7%,  1965/66は13.5

%,  1967/68は14.5%でしかない。

④ 物 価 一 第 3次計画の 2年間物価は非常に上昇した。その理由は主として食糧 事情の悪化および、通貨発行量の激増で、ある。卸売物価は1966/67に16.34ポイント 上昇して133.88(1959/60 100)となった。そのため一方で、通貨発行量をチェック し,他方生産を増加させるよう努力した。その結果一般物価指数は1968/69の初め の9ヵ月に11.47ポイント下った。しかし製造業の物価指数は5ポイント上昇して し、る。

⑤輸出・国際収支一輸出はスエズ運河閉鎖p 主要輸出品目の価格低落(ジュー トは1年間に20%も下落〉,ポンド切下げ,等々の事情があったにも拘らず18%も 増加した。しかし国際収支は好転していなし、。

⑥金融政策一政府は物価および通貨の安定のもとでの経済発展をめざしてい る。第3次計画の2年間の通貨発行量の増加は非常に大きく, 1967年7月から1968 年4月までの10ヵ月間に通貨発行量は1億5910万ノレピー増加したが, 1966年7月か

ら1967年4月までの10ヵ月には5億0820万ノレピーの通貨増であった。

多ウカイリ蔵相,税制改革を発表 (Dawn1968.  6.  9,  11)  財政演説において蔵相の発表した税制改革の要点は以下の通り。

①輸入税をこれまでの三本建(輸入税, 国防過徴金, regulatoryduty) を 廃 止して一本化する。

② 新 た に 以 下 の2商品の関税を増加する。(司船舶に対して15%, (b)波形鉄・鋼 シートに対し15%。

一(162)ー ‑262‑

パ キ ス タ ン (6月)

③  関税が廃止されるものとして種子薯, glasstubingその他,車類の輸入につ いてもボーナス証券で輸入した自転車,スクーターに対しては, 50%を35%に,ジ ープは62.5%を57.5%に(ボーナス輸入のときには37.5%を35%に〕,パス, トラ

ックに対しては43.75%を40%にする。

(主) 売上高税についてはプラスチック製品および石鹸類の税率が変化する。

物大統領選挙についてのインドの見方

Statesman 5月5日はパキスタンの次期大統領選挙について,要旨以下のように論 評している。

アユプ大統領は, もし彼が主要野党グループの指導者に憲法上の若干の譲歩をしな い限り,近い将来きびしい選挙戦に直面させられるだろう。政府に近い筋の伝えると ころによれば, 大統領はもし野党が1970年初の大統領選挙に候補者をたてなければ,

野党と取引をするかもしれないという。

与党の回教徒連盟(ML)はもしアユブ大統領が選挙戦に直面するようなことになれ ば, この2月肺血腫で痛めつけられた大統領の健康に非常に有害となることをおそれ でし、る。大統領の医者は今後の激務を厳禁している。 しかも現在の憲法のもとでは,

大統領立候補者は少なくとも BD(選挙人団〉とは faceto  faceで対立候補との会合 に出席しなければならないのである。もしアユブ大統領が無競争で再選されたいなら,

PDMの主張, すなわち少なくとも国会の直接普通選挙および権限の行政府から立法 府への移転,などを認めなくてはなるまい。 しかしこれはアユプ大統領にとってうけ いれられない要求であろう。 というのは国会で野党が多数を占め,野党と大統領が対 立することになるかもしれない。

アユブ大統領は野党との取引材料として大臣のポストあるいは副大統領のポストを 野党に供与する旨いったといわれる。 しかし野党はこうした動きに,今のところ冷淡 な態度をとっている。 というのは野党のスポークスマンは アユブ大統領との妥協は 政治的自殺を意味する門とのべていることからその可能性が余りに少ないからであ る。なお野党で、選挙について動き出したのはPDMとPPPパ人民党の二つだけ。 PPP のメンパーのカラチのニュースによれば, 「プット氏はアユブ大統領と取引する考え はない。彼はまだ若く,もし彼が政府と手をにぎれば彼の政治的生命は終るだろう」

とのべている。

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パ キ ス タ ン (6月〉

〔I〕 政治・外交

1 日 Vアユブ大統領月初放送一一アュブ大統領の月初放送要旨は以下の通り。

①今年のラピ麦・ボロ米の生産は非常によかった。その結果小麦生産は前年 度より40%もの増産で600万トンを越える。

②  昨年までの食糧不足はパの経済体制そのものに大きな影響を与え,われわ れは食糧問題がわが国経済にとって最も重要であることを知らされた。そのため 第 3次計画を農業が中心となるよう改正したので、ある。またわれわれは増加する 人口の問題にも重大な関心を払っている。

⑧  われわれは食糧不足の解決は耕作方法を古いものから新しいものに変えな い限り不可能だということを知った。耕作者は徐々に新種,化学肥料を使うよう になってきている。

④  とはいえこれで農業問題が解決したわけで、はない。現在は科学技術の時代 であり,農業の機械化などが重要な意味をもっ時代である。したがって現在,わ れわれはいかにして,またどの穂度の農業の機械化が有効であるか真剣に考える 時期に来ている。

⑤農業機械化のためには小規模土地所有制をやめ,統合して機械を導入しな ければならない。土地所有者,耕作者,農業専門家などはこの問題をいかに解決 するか検討すべきである。

⑥  ワシントンでの債権国会議で5億5千万ドノレが承認された。しかしわれわ れは援助条件の緩和を要求している。

⑦インドとの関係ではガンジス河ファラッカ問題をめぐる両国会談が,ニュ ー・デリーで聞かれた。専門家の会談は終った。今や政治的段階で話し合うべき 問題である。われわれはインドとの有効な話合いを呼かける。

, A・  R・力一ン国防相,カラチに帰る一一一1週間にわたって東パ各地(とくに チヤノレナ, チッタゴン両港および Pussur, カーナブリ両河の運航状況)を訪問 していたA・R・ カーン国防相・内相・カシミーノレ相は 1日カラチに帰任したo

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ヌル・力一ン空軍指令官,国防強化・統一の必要性を強調一一ヌノレ・カーン 空軍総指令官はカラチの海軍学校卒業ノfレ}ドで演説,パキスタンの生存のため には陸海空軍の強化と統ーが何よりも重要であるとのべた。卒業ノξレードには海 一〔164)ー ‑264‑

パキスタン(6月) 軍総指令官のほか訪パ中のソ連船乗組員,外交官等々が出席した。

2日 V回教連盟の活動強化委員会設立か−Kirmani西パ回教連盟(PML)委員長 は,ラワールピンジでのアユプ大統領との会談後その指示にもとづき, PML活 動強化のための常設委員会をつくり,その委員会には強い権限を与えるようにな

ろうと発言した。

Vチッタゴンに集会禁止令

駐ダッ力中国総領事,パ・中友好協会で力シミール人民の闘いを支持一一駐 ダッカ中国総領事TsungShao‑Ching氏はパ・中友好協会で演説,中国はA・A・ LAの解放闘争, とくにベトナム,パレスチナ, カシミーノレ人民の闘争を無条件 で支持するとのベた。また同友好協会GhulamHafiz会長は「アジア・アフリカ

|世界における中国の役割」と題して演説,何人も中国の前進をおしとどめること はできず, 中国の国連加盟もなされなければならない, とのベた。その他Qa‑

marddin Ahmad, Minhaj Barna (PFUJ書記長)が演説した。

3 日 Vクールナに集会禁止令。

4日 V野党東パ議会で、政府の援助政策批判一一野党は東パ議会で政府の援助政策を 以下のように井

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判した。

①  東パ政府の援助受入は年々雪だるま式に膨張し, 1967/68で、累積69倍、ノレ ピーにもなっている。そのため東バ政府はその借金の利子と元本返済に毎年3 億2千万ノレピー支払わねばならない。これはほとんど1年間の税収に匹敵する。

②  東ノミ政府は外国援助を生産的目的のために使っていない。

V最高裁判長に FαzleAkbαr就任 最高裁判所長官に Fazle Akbar氏が就 任,アユブ大統領のもとで就任式が行なわれた。就任式に国会議長,西パ・東ノξ

知事,情報相,法相,大統領顧問フィダ・ハッサンが出席している。前任者はS A. Rahman氏。

5日 Vアユブ大統領,ロパート・ケネディ夫人にメッセージーーーアュブ大統領はロ ノ〈ート・ケネディ上院議員が暗殺されたニュースについて,ケネディ夫人に哀悼 のメッセージを送った。

6 日 V外相,インドの反回教徒暴動でインド政府非難一一ーアルシャド・プセイン外相 は国会でインド各地で起こっている反回教徒暴動に触れ,インド政府は最近2度 にわたりパ政府が送った反回教徒暴動抗議文に何ら答えていないこと,また駐イ ンド・パ高等弁務官の暴動地域立入を禁止していることなどについてインドを非 難,この暴動はよく組織されたものであるとのべた。フセイン外相にるよと1967

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