&Aサイ ト
中 教審答詢■
重複 テキス トと各種 メデ ィアを同時布置 した散布図
図7の第 1グループ (表
11の
第1グルー プの語群)の
円枠内 に,「新聞投 書欄」「Q&A
サイ ト」が位 置 してい る。社会規範 の育成 が求 め られ てい る家庭 と学校
,そ
してその育成 を求 める社 会や世間 とい う側面 の強い これ らの一群 を 「社会規範群」 と名 づ け (命名 の理 由については後述,他
の群 について も同様),第
2グル ー プ (表11の
第2グ
ル ープの語群)の円枠内に 「書籍通販」が位置 し
,家
庭学習 の方途や 子育 ての方法 とい うマ ニ ュアル 的 な 面 が際立つ これ らの一群 を 「教育戦略群 」 と名 づけたい。 また,図
7の第3グ
ループ (表11の
第3グ
ループの語群)の
円枠内に 「公 立図書館 」 が,円
枠 上 に 「家庭教育雑誌 」 力`位 置 し
,家
庭 にお ける学習習慣 や,親
と子 の ライ フス タイル に軸足 を置いた これ らの一群 を「生活習慣群」と名づ け,第 4グ
ループ (表11の
第4グ
ルー プの語群)の
円枠内に 「テ レビ番組」が位置 し,演
繹的 に家庭や親子 の あ り方 な どを説 き諭 す,こ
れ らの一群 を 「情 操育成群」 と名づけたい。なお 「中教審答 申」 については
,第 1,第 3,第 4グ
ループの各 円枠外,ほ
ぼ均等 の位 置 にあ り,関
連す る群 を1つに定 めることが で きないが,こ
れ ら3つ
のグル ー プ とやや強 い関係 といえる。また,「公立図書館」「家庭 教育雑誌」 については, ともに第2グループ の円枠に近 くこれ らもやや強い関係 といえる。上記の
4つ
の群 と各種 メデ ィア との関係 を 実線 (強い関係)と
破線 (やや 強い関係)で
示す と図
8の
とお りとなる。情操 育成群
.
テ レビ番組図 8 各群 と各 種 メデ ィア との関係
「家庭教育」 とい う言葉 に対 して もつ各種 メデ ィアの視点 (捉え方
)に ,明
らか な違 い のあることが図8に示 された。ここで
,上
記 の各群 の命名 について論考 を加 えたい。 まず,「社会規範群」 につ いてであ るが,社
会規範 の定義 を小林(1991)は
「ある地位 にいる行為者 がある状況で行 う,望
ま しい行為 についての命題 である」(小林 1991,p.38)と してい る。 この群 (第1グ
ループ)での言葉 は「学校」「問題」「勉強」「学習」「教 える」「先生 (教師)」 「社会」「生活」「責任」
「指導」「時間」の
11語
であ る。 これ らの うち,例
えば 「問題 」や 「社会」,そ
して 「責 任」といつた言葉か らは,「望ま しい行為」を求 めるとい う意味合い を,そ して,「学校」「勉 強」「教 える」「先生 (教師)」 「指導」 といつた言葉か らは,「
望 ま しい行為」が求 め られ る とい う意味合い を感 取す ることがで きる。 そ こで,こ
の群 を 「社会規範群」 と命名 した。この群か らは
,求
め求 め られ る 「望 ま しい行為」 についての言葉 を伴 う「家庭教育」 とい う言葉 の一側 面 を確認す ることがで きた。次 に,「教育戦略群」 についてであるが
,学
歴獲得競争の市場お ける家族 の とる教育戦略 を片岡 (2001)は,「
第1に,家
庭環境 を通 じて文化資本(cultural capital)を
相続 す る文 化的再生産論 の文脈 か らみた,家
族 の文化 的戦略,第 2に ,塾
や予備校 な どの学校外 教育 投資戦略,第 3に ,子
ども数 を減 らす こ とに よつて,子
ども1人
当た りの教育投資 を最大 化す る少子化戦略な ど」(片岡2001,p.259)と してい る。 この群 (第2グ
ループ)で
の言葉 は 「脳」「メ ソッ ド」「決 まる」「グングン」「魔法」「や る気 」「わが子」「合格」「叱 る」の9語
である。 これ らの うち,例
えば 「メ ソッ ド」や 「魔法」,そ
して 「グングン」や 「や る 気」 といつた言葉か らは家庭 の文化 的戦略 といえる意味合いが,「
決 まる」や 「合格」 とい つた言葉か らは学習効果 (投資戦略 に繋 が る)と
い う意味合 いを感取す ることがで きる。そ こで
,こ
の群 を 「教育戦略群」 と命名 した。 この群 か らは,「家庭教育」 とい う言葉 に,家庭 にお ける戦略的側面 をあ らわす言葉 が伴 うとい うことが確認 できた。
次 に 「生活習慣群」 についてであ るが
,久
世(1980)は ,生
活習慣 を,
日常生活 に必要 な行動が一 定の型 で繰 り返 し行 われ,人
が健康 で文化的 な規律 ある生活 を 日々滞 りな く送 ってい くた めの基礎 とな るもの としてい る。この群 (第3グ
ループ)で
の言葉は「必要」「大 切」「言葉」「自立」「母親 (母,マ
マ等)」 「自分」「学力」「伸 (ばす,び
る)」 「習慣」「女 の子」「男の子」「算数」の12語
であ る。 これ らの うち,例
えば 「言葉」や 「自立」 とい つた言葉 か らは 日常生活 の中で培 われ るもの とい う意味合 いが窺われ,「
自分 」「学 力」「伸 (ばす
,び
る)」 「習慣」「算数」な どの言葉か らは,家
庭 での学習習慣 を身 につ けると い う意味合いが感取 され る。そ こで,こ
の群 を 「生活習慣群 」 と命名 した。 この群 か らは,「家庭教育」 とい う言葉 に
,生
活習慣 (学習習慣 を含 む)を
育む とい う側面が伴 い あ らわ れていることが確認 で きた。最後 に 「情操育成群」 についてであるが
,こ
こで使 う情操 育成 とい う言葉 は 「豊 かな情 操 を育成す る」 とい う文 の短縮形 といえ る。情操教育 とい う言葉 が存在す るが,そ
れ は一般 に芸術教育(と くに学校教育 において)と結びつ けて とらえ られ る傾 向が強い(増田 2006)
33
とされ る。 そ こで
,教
育 とい う言葉 を育成 (育み成長 させ る)と
した。 この群 (第4グ
ル ー プ)で
の言葉 は 「心」「子育 て」「父親 (父,パ
パ等)」 「学ボ」「命」「人間」の6語
で あ る。 これ らの うち,例
えば 「′い」「命」そ して 「人間」 な どか ら,情
操 を育む ことに結 びつ く意味合いが感 取 され る。そ こで,この群 を「情操育成群」と命名 した。この群か らは,「家 庭教育」 とい う言葉 に,情
操 を育み成長 させ る とい う側面があるこ とが確認 された。ここでは上記 の とお り
4つ
の群 に分 けたが,も
ちろん, もつ と細 かな分類 を行 うことも,また
,そ
の類型 について さま ざまな提示 を行 うことも可能 であると考 え られ るが,そ
れ に ついては今後の課題 としたい。第
4節
本 章のま とめ第
3章
では,数
量化理論 Ⅲ類 を利用す る とともにクラスター分析 を施 し,「家庭教育」 と い う言葉 に伴 って現れ る重複テ キス ト (複数 の メデ ィアに表 出す る)を
もとに,各
メデ ィ アの相関分析 を行 つて きた。「家庭教育」 とい う言葉 については
,諸
辞典 において さま ざまに記 され てい るが,教
育学用語辞典 で高野
(2006)は
冒頭 「学校教育,社
会教育 と並ぶ教育機 能の1つで あ り,家
庭 において親 な どが子 にお こな う教育 を総称 してい う。」(高野2006,p.45)と してい る。親 な どが子 にお こな う教育 を総称 して 「家庭教育」 と してい るわけであ るが
,第 3節
でみ たとお り,「家庭教育」 を 「情操育成」 として捉 える面 もあれ ば 「社会規範」 として捉 える面 もあ り
,ま
た,「
生活習慣」 として捉 える面 もあれ ば 「教育戦略」 として捉 える面 もある。各種 メデ ィアがそれぞれ に 「家庭教育」の概念 を一面か ら捉 え言説 を展 開 してい る。
「『 家庭教育』 とい う用語 を使 いつづ けることは
,も
はや困難なのではないか」(太田 2012,p.336)と いわれ る。「家庭教育」 とい う言葉のもつ諸概念には 「情操育成」「社会規 範」「生活習慣」「教育戦略」力`ある。 しか し,そ
れ らは 「家庭教育」 とい う言葉を語 るときに
,ま
た語る場において どの概念で使用す るのかは選択 されている。 このことは,大
田(2012)の
い う使いつづけることの困難 さを示 しているともいえる。終
章
「家庭教育」 とい う言葉の多義性
「家庭教育」 とい う言葉 の意味内容 (概念
)に
焦点 をあて,本
研 究 をすす めて きた。 第1章
第1節
では,「
家庭教育」 とい う言葉 の誕生か ら包含 され ていた二面性 (「徳育」。「知 育」)を
示 し,第 2節
では,「家庭教育」 の変遷 を辿 る中で,そ
の誕 生以前 にお ける 「家業」に対す る必要性 としての 「しつ け」
,明
治期 にお ける親 の教育権への国の関与 とその独 占,大正期 にお ける 「教育す る家族」 の登場
,昭
和前期 か ら戦 中にお ける学校教育の補 完補 強 と しての 「家庭教育」 の位置づ けを確認 した。 さらに,戦
後 か ら現代へ 「大衆教育社会 」 にお ける 「家庭教育」 の二層 (生活優 先層 と教育熱心層)の
存在 と拡 大 を確認 した。 第3 節 では,「家庭教育」の諸 問題 として 「教育の私事化」 と「ペ ア レン トクラシー」 の伸 張 を, そ して 「家庭 の教育力 の低 下」 とい う言説 の背景 にあ る社会的圧 力 を確認 した。 第1章
で 明 らか となつたのは,「家庭教育」 とい う言葉 には さま ざまな意 味内容 (概念)が
含 まれ て い る とい うこ とである。それ は,「
家庭教 育」 とい う言葉 の もつ意 味合 いが,時
に 「徳 育」で あ り「知 育」 であ り
,時
に 「しつ け」 で あ り「学校教育 の補完」 である とい う点 な どで ある。「多義性 の存在 を明 るみ にす る」 とい う本研究の課題 に対 して,歴
史的な背景 と現代 にお ける諸状況か らのアプ ローチができた,と
考 える。次 に
,第 2章
では,「家庭教育」 とい う言葉 の もつ意味内容 (概念)の
明確化 を 目指す意 味か ら,さ
ま ざまな情報 を伝達す る媒体 としての メデ ィア を研 究対象 とした。 そ こでは,メデ ィアに よつて
,そ
れ ぞれ に特徴 があ り,そ
の こ とか ら 「家庭教育」 とい う言葉 に対す る意味合 いに違 いが あることが明 るみ となった。 そ して,メ
デ ィア ご との近似 と相違 のあ ることも明 るみ となつた。最後 に
,第 3章
において,上
記 のメデ ィア ごとの近似 と相違 を もとに,分
類化 (類型化)を試 み た。結果
,4種
類 の群 (ク ラスター)に
分 けることがで きるのではないか, との結 論 に至 つた。新教育社会学辞典では、「家庭教育」 とい う言葉 は 「家庭 の中で子 どもに対 して行 われ る 教育」(牧野1986,p.120)と され
,つ
づけて,狭
義 には じつ けや訓練,指
導な どの形 で意図 的 に行 う教 育的働 きかけを,広
義 には家庭 の生活様式や雰 囲気 な ど,子
どもが 自然 に体得 してい くよ うな無意図的な形成作用 を含 めて用い られ る, としてい る。 ここに 「家庭教育」とい う言葉 の もつ多義性 の存在 がみて とれ る。 それ は
,狭
義 と広義 に分 けた上 での記述 も そ うで あるが,意
図的 な働 きか け と無意 図的 な形成作用,
しつ け 。訓練・ 指導 と自然 な体 得 とい う対照的な事象 の併記 である。本稿 にお いては
,各
種 メデ ィア ご とに 「家庭教育」 を捉 え るそのパー スペ クテ ィブ (観 点)の
特徴 とそ の差異 に注 目す るこ とで,上
記 とは違 った視 点か ら多義性 の存在 を確認す ることがで きた。各種 メデ ィアの差異 は,「家庭教育」 とい う言葉 の もつ多義性 を生 じさせ る (させ た)原
因 ともい え,逆
に,多
義性 に よって生 じた (てい る)結
果 ともい え る。西 り││(1996)は ,社
会言語学 のア ンケー トを とお して,あ
るべ き 「家庭」の規範性 は強 い,35
とし
,
日本型近代家族 をあ らわす行政語 として用 い られ た 「家庭」 とい う言葉 が,
しだい に コノテー シ ョン (共示)の
複雑 な,規
範性 の強い言葉 になった こ とを指摘 してい る。 手 法は違 うが,本
稿 においては 「家庭 教育」 とい う言葉 につ いて,コ
ノテー シ ョンの複雑 さ の存在 を確認す ることができた。「『 家族 とは何 か』 とい う間 に対す る回答 は『 誰 に とつての家族 か』 で異 な る」(目黒 1987,p.65)と され るが
,こ
の ことは 「家庭教育 とは何 か」 とい う問いに対 して もい える。「誰 に とつての家庭教育か」で異 なる回答が発せ られ ることは
,本
稿 でみた各種 メデ ィア による 「家庭教育」 とい う言葉 の捉 え方 の違 いか らも明 らかで ある。本稿 では,各
種 メデ ィアの差異 に着 目した多義性 の析 出を行 うことで,「家庭教育」 とい う言葉 に外延す る意 味 領域 の類型 を明 らかにす ることがで きた。以下に,「家庭 教育」への新 たな視座 を提示す る本稿 の知見 を
2点
にま とめた。まず第1に,「家庭教育」 とい う言葉 は外延す る場 (ここでは各種 メデ ィア
)に
よって,意味の捉 え方 に明 らかな違 いが あ り
,そ
の ことが多義性 の内包 を示 してい る。 この ことは「家庭教育」が論 じ語 られてい る場面 (紙面
,誌
面,画
面,書
面 な ど)に
接す る時 に,内
包 され てい る多義性 の うちの どの意 味が
,そ
こで使 われ てい るのか を峻別す る必要性 が あ ることを示 している。第
2に ,「
家庭 教育」 とい う言葉 は 「情操育成」「社会規範」「生活習慣」「教育戦略」 と いった意味領域 に分類す ることが可能であ り,「
規範性 」的な側面 と 「戦略性」的な側面 を 有 してい る。 この こ とは 「家庭教育」 とい う言葉 が四面体構造 であ り,ど
の面が伝 え られ るのかは,「規範 」 を問 うのか 「戦略」 を問 うのか とい うスタンスの相違 に留意す る ことで 可能 になることを示 してい る。上記 に示 した知見 のそれ ぞれ につ いて考察 を加 えたい。 まず
,使
われ る場 (「家庭教育」とい う言葉 が
)に
よる意味の相違 に対す るその峻別 の必要性 についてである。「家庭教育」にお け る 「不安 」や 「焦 り」 をあお る情報源 のひ とつ にメデ ィアがあ ることをまず認識 し たい。 その上で
,メ
デ ィアに もさま ざまな形態 があ り,そ
れぞれ違 った意味 (「家庭教 育」とい う言葉 の もつ
)を
発信 してい る ことをふ まえて受信す るこ との必須 を確認 したい。 例 えば,新
聞投書欄 で語 られ る 規範性"を
求 める 「家庭教育」 を,ベ
ス トセ ラー書籍で語 られ る 子 育てマニ ュアル"的
な視 点での 「家庭教育」 と混 同 してはな らない とい うこ と である。「しつ け」 の欠如 をなげ く投書 が掲載 され,そ
こか ら家庭教育がで きていない との 論調 が展開 され た として も,そ
れ は親 の 「家庭 学習」 に対す る取 り組みが足 りていない と い う認識 に移行 してはな らず,ま
た,逆
に各家庭 にお ける学校外教育への投資行動 の高 ま りを感 じさせ る家庭 教育雑誌 の記事 に触れ た として も,そ
れ は行政面か らの 「家庭 教育 」 へのサポー トを減 らす ことがで きる と捉 えてはな らない とい うことである。次 に,「家庭教育」 とい う言葉 を四面体構造 として