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2008年 12月に中国は改革・開放政策 30

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(1)

はじめに

2008年 12月に中国は改革・開放政策 30

周年を迎えた。30年の歩みを経て、中国の国内総

生産額(GDP)は

1978

年の3645億人民元から

2007

年には

25兆 7306億人民元となり、ドイツ

を上回って世界第3位の経済大国となった(1)。また、近年における貿易面での発展も著しく、

2006年に世界第 3

位の貿易大国となった中国の貿易総額は2007年には初めて

2兆ドルを超え

て、世界貿易の7.7%を占めた(2)。また、国際通貨基金(IMF)によれば、中国の世界経済成 長への寄与度はきわめて高く、2007年にはドルベースで世界最大となり、購買力平価(PPP)

ベースでは世界全体の3分の

1程度を占めるに至っているという

(3)。こうした経済面での台 頭を背景に、グローバル経済の安定に中国がより建設的な役割を果たすべきとの見解が拡 がっている。例えば、2007年3月に上海で講演したヘンリー・ポールソン米財務長官(以下、

肩書きはすべて当時)は「世界市場における中国の規模と役割から言って、中国はすでにグ ローバル経済のリーダーである」と指摘したうえで、リーダーとしての責任を中国が果た すべきことを強調したのである(4)

こうした状況を踏まえて、中国自身もより積極的な回答を外交戦略において示そうとし てきた。2005年

12

月に中国政府が発表した白書『中国の平和的発展の道』は「中国の発展 が世界から離れられないと同様に、世界の繁栄は中国を必要とする」という中国と国際シ ステムとの間の一体性への認識を示したうえで、中国が「将来強大になったとしても平和 的発展の道を歩む」と指摘して、中国外交の協調的な性格を強調した(5)。また、同年9月の 国際連合総会において胡錦濤国家主席が提起した「和諧世界」(調和のとれた世界)論も、外 交方針として、国際的な問題解決や課題対応に際する国際社会との共同対応を主張するも のである(6)

問題となるのは、「平和的発展」論や「和諧世界」論で強調されている共同対応の主張が 中国の国防政策や安全保障政策にどのように反映・翻訳されているのかということである。

2009年 3

月の第

11

期全国人民代表大会(全人代)第2回会議において

2009

年度の中国の国防 予算が公表されたが、それは約

600

億米ドルであり、公表ベースでロシアの国防費に相当す る額である(7)。また、増加する国防費に下支えされた部隊の情報化建設を中心課題とする人 民解放軍の近代化努力も継続している。こうした中国の軍事的動向と、国際社会との共同 対応を主張する「平和的発展」論や「和諧世界」論との関係をいかに捉えるべきなのであ
(2)

ろうか。本稿は、こうした問題意識から中国の安全保障政策における外交と軍事の接点お よびその論理を明らかにするものである。

1

外交資源としての人民解放軍―「軍事外交」

外交と軍事の接点という観点から注目される動きのひとつは、人民解放軍のなかで対外 関係が重視されるようになっていることであり、それには「軍事外交」という高い位置づ けが付与されている。梁光烈国防部長によれば、人民解放軍の軍事外交は、いま「歴史的 な転換」を遂げているという。すなわち、従来の「ハイレヴェルの友好往来から多くレヴ ェルと多くの分野における実務交流へ」、「二国間の往来から二国間と多国間を兼ね備えたも のへ」、「一般的な軍事的専門分野における交流から全方位の対外交流へ」という流れが実現 されていると言い、人民解放軍の軍事外交は「国家の対外政策方針を貫徹している」と強 調する(8)

また、2006年8月末には中央外事工作会議が開かれたが、この会議では「和諧世界の構築 を推し進める」ことが中国の外交方針として確認され、「党の領導」が今後の外事工作の鍵 となることが強調された。すなわち、「全党全国は中央の国際情勢に対する判断に思想と認 識を実際に統一させ、中央が提示した対外政策方針と戦略配置に統一させ、中央の対外工 作方針と政策を必ず貫徹させなければならない」ことが強調され、そこには政党、人民代 表大会、政治協商会議、地方政府、民間団体とともに人民解放軍の対外関係も含まれるこ とが指摘されたのである(9)

中央外事工作会議で確認された政策方針を踏まえて、各レヴェルの地方党委員会・政府 はそれぞれ外事工作会議等を開き、地方の外事工作を中央のそれに一致させることを確認し た(10)。人民解放軍においても、2006年

9

月に全軍外事工作会議が開かれ、「軍隊の外事工作 は党と国家の外事工作の重要な一部分である」(曹剛川国防部長)ことがあらためて確認され、

会議は軍事外交の戦略的研究の強化を全軍の外事部門に求めたのである(11)。こうした状況か ら判断すれば、「平和的発展の道」を歩み「和諧世界を構築する」という中国の外交方針が、

人民解放軍において「軍事外交」として具体化させることが求められていると言える。

外交方針の人民解放軍による具体化を求めるという政策動向は、とくに胡錦濤政権で顕 著になったものである。2002年

11

月の中国共産党第

16回全国代表大会

(16全大会)を経て 発足した胡錦濤政権は、新たな外交路線として「周辺外交」を打ち出し、中国を取り巻く 周辺諸国・地域との二国間および多国間関係を強化する方針を明確にした。「周辺外交」の 提起を受けて、人民解放軍は周辺諸国の軍・国防当局との相互往来を活発化させた。事実、

2003年の人民解放軍と周辺諸国との軍・国防当局との相互往来が急増し、それは人民解放

軍がかかわる諸外国との相互往来全体の43%を占めたのであった(12)。また、2004年

9月に国

防大学防務学院で開講された国際安全保障問題研討班において、人民解放軍副総参謀長の 熊光楷上将も「人民解放軍は国家の全体的な外交という枠組みの下で、周辺諸国との軍事 協力を強化して、国家発展の大局のために有利な戦略態勢を作りだしている」と述べ、軍 事外交が周辺諸国との関係で強化されていることを強調したのである(13)
(3)

もちろん、江沢民時代においても対外的な軍事交流は重視されていた。しかし、梁光烈国 防部長が指摘するように、従来の人民解放軍の対外交流の多くはハイレヴェルの相互往来 や海軍艦艇の友好訪問という、おもに信頼醸成を目的とする象徴的な交流であり、軍事外交 との位置づけも明確には付与されていなかった。また、1990年代半ば以降、アジアにおける 多国間協力の進展にともない、中国は

ASEAN地域フォーラム

(ARF)や「上海ファイブ」(14)

といった安全保障面での多国間対話に積極的な姿勢を示し始め、ARF等の場において中国 はいわゆる「新安全保障観」を示した。しかし、それらは1995―

96

年春にかけて中国が台 湾海峡付近に向けて実施したミサイル演習によって高まった「中国脅威論」への反駁や日 米同盟や北大西洋条約機構(NATO)といった同盟関係の強化への反発という意図が強いも のであった。また、この時期における新安全保障観の主張は、人民解放軍による対外対応と いうよりも、指導部や外交当局による外交上の主張にとどまっていたと言うべきである(15)。 近年における軍事外交の強調は、人民解放軍が「外交」をその任務のひとつとして位置 づけていることを意味する。熊光楷副総参謀長が指摘したように、人民解放軍は「国家発 展の大局のための有利な戦略態勢を作りだす」政策として軍事外交を推進しているのであ る。中国にとって有利な戦略態勢とは、ひとつに経済発展に不可欠な安定した周辺環境を 構築することであり、人民解放軍も積極的に対外関係の強化に動いた。すでに指摘したよ うに、こうした文脈で「周辺外交」が提起された16全大会後の2003年に、周辺諸国との軍 事外交が急速に拡大したのであった。

具体的には、友好訪問等の象徴的なハイレヴェル交流だけではなく、中央アジアとの関 係においては、上海ファイブを発展させて

2001

年6月に成立させた上海協力機構(SCO)を 通じた安全保障協力が進展した。とくに、1990年代後半に中央アジアで顕在化した宗教過 激主義への対応については、それが関係諸国の国内安定に与える影響を重視して、SCO成 立以前から中国、ロシア、中央アジア諸国間での共同対応の可能性が検討されていた。SCO 成立時には、SCO加盟国間での合同軍事演習を行なうことが決定されており、2003年8月に タジキスタンを除くSCO加盟国間で初めての合同軍事演習「連合2003」がカザフスタン東 部および新疆イリ地区で実施された。さらに

SCOの枠組みでは、2005年 8

月に中ロ合同軍事 演習「平和の使命2005」が実施され、2007年8月にはロシア領内で「平和の使命2007」が実 施され、SCO加盟国すべてが参加した。また、2006年

3

月にはウズベキスタンで

SCO

加盟 国の特殊部隊による初めての合同演習「東方反テロ2006」、同年

8月にはカザフスタンおよ

び新疆伊寧市で中国とカザフスタンの公安部門による合同演習「天山

1

号(2006)」がSCO の枠組みで実施された。

東アジアにおいては、非伝統的安全保障をキーワードとして、中国は東南アジア諸国と の協力関係を進展させた。2002年

11

月の中国・

ASEAN首脳会議では、非伝統的安全保障分

野における協力に関する共同宣言が発出され、反テロや海賊対策等の分野における共同対 応を目指す方針が確認された(16)。近年では、人民解放軍を含めて、非伝統的安全保障分野 での具体的な協力枠組みの構築を目指す動きが出てきた。例えば、海上の治安確保につい ては、2006年

8

月末に大連で開かれた「中国・

ASEAN

海上法執行協力シンポジウム」にお
(4)

いて、中国公安部国境防衛局副局長の郭順少将は、海上法執行機関間の連絡メカニズムや 情報交換メカニズムを早期に確立して、海上の安全保障上の脅威に共同で対応することを 提案した(17)。また、2007年

11

月には北京で中国国防部平和維持弁公室が主催して「中国・

ASEAN

平和維持シンポジウム」が開催された(18)。このシンポジウムにおいて、人民解放軍

の馬暁天副総参謀長は、国際安全保障事務における国連の主導的な役割を確認しつつ「地 域機構の積極的な役割を十分に発揮させるべき」ことを主張して、国連平和維持活動(PKO)

分野における中国とASEAN間の安全保障協力のあり方が検討されたのである。中国側はこ のシンポジウムの一環として、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)に派遣されて きた工兵大隊が所在する61975部隊を

ASEAN

代表団に視察させ(19)、中国は国連

PKO

ミッシ ョンへの要員派遣で蓄積してきたノウハウをASEANに提供する意向を示したとされる(20)

加えて、非伝統的安全保障分野における国防当局間の協力関係の制度化に中国は動き始 めている。例えば、2007年11月の中国・

ASEAN首脳会議において、温家宝総理は非伝統的

安全保障分野での協力の重要性を指摘したうえで、「軍事交流と協力を増進させ、国防当局 間の協力の制度化を進め、国防政策対話を強化する」ことを提案したのである(21)。この提案 に基づいて、2008年

3

月および

2009年 3

4

月に中国国防部は「中国・ASEANハイレヴェ ル防衛学者対話」をそれぞれ北京で主催し(実施は軍事科学院)、軍隊間の協力強化の処方箋 が検討されたのである(22)

こうした軍事外交の動向から言えることは、「平和的発展の道」を歩み「和諧世界を構築 する」という中国の外交目標を実現するための外交資源として人民解放軍が位置づけられ ているということである。1990年代後半以降、中国は「新安全保障観」を提唱してきたが、

1990年代後半においては、おもに大国との「戦略的パートナーシップ」の構築という外交

関係の強化による新安全保障観の具体化が志向されていた(23)。そうした意味で、新安全保 障観は中国の外交上の主張にとどまっていたと言ってよい。しかし、こんにちにおいては、

中国は人民解放軍を外交資源のひとつとして明確に位置づけ、軍事外交を展開することに よって、外交目標の実現に積極的に動き始めたのである。国防大学戦略研究所副所長の王 宝付上級大佐は、中国の軍事外交は人民解放軍による新安全保障観の「実践」であると評 価するのである(24)

2

非伝統的安全保障をめぐる中国の論理―補完関係から相互関係へ

こうした中国の軍事外交を支える論理のひとつは、軍事外交の展開から明らかなように、

非伝統的安全保障である。すなわち、2001年

9

月に米国において発生した同時多発テロ

(9・11事件)や

2003

年春に中国を中心とするアジア地域で重症急性呼吸器症候群(SARS)

が発生・蔓延したことを踏まえて、非伝統的安全保障脅威への対応において、中国は人民解 放軍の対外関係を重視するようになったということである。もちろん、それまで非伝統的 安全保障という政策概念が中国になかったというわけではない。非伝統的安全保障との概 念が中国の対外政策において初めて用いられたのは、2001年

7月に開催された ARF

閣僚会議 と中国・ASEAN対話会の場であった。唐家 外交部長は、ARF閣僚会議において「非伝統
(5)

的安全保障分野での協力と対話を徐々に進める」ことに賛意を示し、対話会においては、

非伝統的安全保障分野での協力をASEAN諸国と進めていくことを提案したのである(25)。た だし、この際に提案された協力テーマは、麻薬・密輸・不法移民への対応であり、こんに ちのようにテロリズムへの対応は含まれていなかった。また、対応の文脈も非軍事分野に おける「予防外交」というものであった。加えて、中国国内の専門家等の間でも、非伝統 的安全保障問題への対応の重要性が議論されてはいたが、「軍事安全保障の追及を中心とす る伝統的安全保障の補

」(傍点筆者)として議論されるにとどまっていた(26)。しかし、非 伝統的安全保障への注目は、多国間協力や地域協力への志向を中国にもたらしたという意 味で注目されるものであった。当時、新華社系の『瞭望』誌に掲載された非伝統的安全保 障に関する論考は、非伝統的安全保障問題を「グローバル化のなかで出現した」イシュー と位置づけて、「グローバル化の発展プロセスのなかで問題解決が可能となる」と主張し、

この文脈で多国間協力の重要性を主張していたのである(27)

9・11

事件の発生は、中国の非伝統的安全保障の位置づけに変化を生じさせた。9・11事 件後の2001年末の『人民日報』紙によるインタビューに対して、唐外交部長は「伝統的安 全保障の要素と非伝統的安全保障の要素が相している」(傍点筆者)との理解を示 し、非伝統的安全保障問題が国際安全保障の「重大で現実的な脅威となっている」と言及 したのであった(28)。16全大会における江沢民報告も「平和と発展に影響を及ぼす不確定要 素が増加している」として、「伝統的安全保障脅威と非伝統的安全保障脅威の要素の相互交 錯」という状況の出現を強調した(29)。この相互交錯の典型例として理解されるのが、9・11 事件で顕在化したテロリズムであり、テロリズムと宗教の過激主義や分裂主義との結合で あった。

1990

年代以降、中国は国内においてイスラム勢力による「東トルクメニスタン運動」(東 突)等の分裂主義の脅威に直面してきた。こうした動きは「イスラム教をまとった分裂運動」

であり、暴力や軍事的手段によって「国家主権と領土保全を破壊する」ものと中国では理 解され、伝統的な安全保障脅威と考えられていた(30)。しかし、9・11事件とその後の情勢が 明らかにしたことは、分裂主義という伝統的安全保障脅威とテロリズムという非伝統的安 全保障脅威が国境を跨いで結びついているということであり(31)、中国は両者の関係を「相互 交錯」と捉えることとなったのである。

加えて、伝統的安全保障脅威と非伝統的安全保障脅威は並存し、相互に交錯するだけで はなく、「相互に浸透し、相互に転化する」ものでもある(32)。この相互浸透・相互転化は2 つの形式で発生する可能性があり、ひとつは伝統的安全保障脅威から非伝統的安全保障脅 威への浸透と転化である。例えば、もともと中国が伝統的安全保障問題としていた少数民 族問題や宗教をめぐる衝突は、9・11事件後の世界では、国境を越えて非伝統的安全保障問 題として周辺諸国や地域全体の安定と安全に影響を及ぼす可能性が高まったということで ある。また、冷戦期に伝統的な安全保障問題とされていた大量破壊兵器(WMD)の問題も、

9・11

後の世界では

WMD

と国際テロとの結合の可能性が否定できず、非伝統的安全保障分 野の「突出した問題」となったのである。いまひとつの相互浸透と相互転化は、非伝統的
(6)

安全保障脅威から伝統的安全保障脅威へのそれであり、1997年のアジア通貨・金融危機を 発端とする「社会の動揺、政権の崩壊、国家分裂の危機」が一部の地域諸国で生起したこ とがその事例のひとつとして理解される。

こうした非伝統的安全保障をめぐる「相互交錯」、「相互浸透」、「相互転化」という論理か ら言えることは、伝統的安全保障と非伝統的安全保障の間に絶対的な境界線が存在しない ということであり、対応においても、両者は優先・非優先関係にないということである。

換言すれば、中国は安全保障政策の射程を非伝統的安全保障分野に拡大しただけではなく、

伝統的安全保障と非伝統的安全保障の相互関係に注目することによって、伝統的安全保障 脅威への対応をおもなミッションとしてきた人民解放軍に「外交」という新たなミッショ ンを付与したということである。この点に関して、中央軍事委員会法制局の陸玉法制員は 次のような理解を示した(33)。すなわち、伝統的安全保障と非伝統的安全保障の各要素は

「緊密に融合、交錯し」、世界の一地域で発生する状況あるいは趨勢が、中国を含めて地域全 体ないしは世界全体に影響を及ぼす可能性が高まっている。そのため、人民解放軍の「新 たな使命」は世界や周辺地域の情勢変化にこれまで以上に注目することとなり、人民解放 軍の対外関係の強化、すなわち軍事外交が不可欠となったというのである。

3

多様化する軍事任務―不足する早期展開能力

伝統的安全保障脅威と相互関係にある非伝統的安全保障脅威への注目は、人民解放軍に

「外交」という新たなミッションを付与しただけではなかった。非伝統的安全保障脅威への 軍事的な対応能力の不足に人民解放軍は直面することとなった。すなわち、戦力投射能力 の不足がそれである。2008年

9

23

日付の『解放軍報』紙に掲載された戦力投射能力の増 大の必要性を主張する論文は、戦力投射能力を「軍事行動のプロセスと結果に直接影響を 及ぼす」ものと位置づけ、戦争行動における同能力の重要性とともに、人道救難・反テロ 協力・国際平和維持という非伝統的安全保障脅威への『非戦争軍事行動』における「戦力 投射の空間と範囲が不断に拡がっている」と強調したのである(34)

こうした認識が導き出された契機のひとつは、スマトラ沖大地震・インド洋大津波後の 世界各国による支援において、中国が十分な役割を発揮できなかったことである。当時の 人民解放軍副総参謀長の熊光楷上将によれば、中国は「最大限努力して」援助を提供した(35)。 災害の発生を受けて、中国政府は被災国支援の実施を宣言すると同時に、人民解放軍にお いて援助のための「緊急対応メカニズム」が発動され、救援物資や医療チームを被災地へ 派遣した。他方、災害初期の緊急救援段階において米軍は、沖縄の海兵隊第

3海兵機動展開

部隊を中心に被災者救援のための

536

統合任務部隊(JTF-536)を直ちに編成して、これに日 本、オーストラリア、インド等が参加して、調整枠組みをスタートさせた。さらに、JTF-

536

は多国籍で構成された536合同支援部隊(CSF-536)に発展し、タイ、スリランカ、イン ドネシア等に人道支援・災害救難を行なった。しかし、中国は人民解放軍部隊をCSF-536に 派遣することができず、とくに緊急救援段階において存在感を示すことができなかったの である。人民解放軍の上級大佐の一人が筆者に語ったところによれば、中国の海空軍の近
(7)

代化努力の背景には、スマトラ沖大地震・インド洋大津波後の緊急救援段階に人民解放軍 が関与できなかったことについての教訓があり、戦力投射能力、とくに早期展開能力の増 大が不可欠であるという(36)

いまひとつの契機は、大規模な自然災害が

2008年に国内において複数発生したことであ

る。1月末から

2月にかけて中南部では氷雪被害が発生し、100

名を超える死者を出した。ま た、5月には四川省 川県を震源としたマグニチュード

8

の大地震が発生し、8万

7000

名余 りの死者・行方不明者と、4000万人を超える被災者を出した。 川大地震の発生後、人民 解放軍は陸路による部隊展開とともに、空挺部隊、空軍輸送部隊、陸軍航空部隊等による 救難活動を展開し、13万

9000

人の人民解放軍部隊と武装警察が被災地やその周辺に投入さ れた(37)。しかし、『解放軍報』の建軍

81周年社説が指摘したように、これらの自然災害対処

から明らかになったことは、「多様化する軍事任務を完遂する能力を高めることの重大な意 義と戦略的必要性」であり、現状での早期展開能力の不足であった(38)

たしかに、人民解放軍は戦力投射能力とくに早期展開能力を増大する努力を重ねてきた。

例えば、2007年

8

月に実施された

SCO加盟国による合同軍事演習「平和の使命2007」では、

鉄路による1万キロ以上の重装備輸送が演習された。この演習によって、人民解放軍部隊が 他国軍との協同作戦能力とともに「戦略輸送と長距離の機動能力」を演習したことが中国 では強調される(39)。また、2008年9月に実施された演習「砺兵

2008」では済南軍区の部隊が

北京軍区の内モンゴル自治区に所在する訓練基地まで鉄路で機動した(40)。こうした演習に よって、軍区に限定される「区域防衛型」から軍区を跨ぐ「全域機動型」への移行を人民 解放軍(陸軍)は図っている(41)。機動を重視した「全域機動型」の部隊建設を人民解放軍が 図る背景には、非伝統的安全保障脅威への対応緊急性がある。なぜなら、非伝統的安全保 障脅威がもたらす事案は、「発生するタイミングにおいてきわめて強い突発性や緊迫性を有 しており、また事件の規模・地理環境・気候等の面できわめて高い不確実性を有している」

からであり(42)、「迅速で有効な対応が不可欠である」からである(43)。また、すでに指摘した ように、非伝統的安全保障脅威が伝統的なそれへ「転化」するとの文脈が中国では強調さ れており、部隊の早期展開能力の増大が部隊建設の喫緊の課題と認識されている。

しかし、2008年に発生した氷雪被害や 川大地震は早期展開能力の面で人民解放軍に新 たな課題を突きつけた。例えば、 川大地震の救難活動に際する兵員等の輸送の

48%

余り が陸路によるものであったが、地震によって道路や鉄路の多くが使用不可能となり、早期 の救難活動が停滞したのであった(44)。換言すれば、地理的条件を克服した機動が可能な空 中輸送能力の不足が明らかになったのである。こうした状況を踏まえて、 川大地震後の

6

月18日には民間旅客機も参加して航空緊急輸送演習が実施されたが、それを視察した中央 軍事委員会副主席の郭伯雄上将も、「わが軍の戦略的輸送能力の整備はわれわれに突きつけ られた現実的で喫緊の課題である」と強調した(45)。この文脈で重視されるのが、大型輸送 機とヘリコプターの導入を急ぐことである。とくに陸軍航空部隊にヘリコプターを導入す ることが強調され、『解放軍報』紙(2008年

9

9

日付)は、任務区域における偵察、人員や 物資等の輸送におけるヘリコプターの有用性を強調する論考を掲載した(46)。また、空軍指
(8)

揮学院戦略教研室教授の喬良少将も 川大地震の教訓を踏まえ、人民解放軍の「即応可能 な輸送能力の向上を急がなくてはならない」と指摘し、大型輸送機とヘリコプターの導入 に言及した。喬少将もとくにヘリコプターの数量不足に言及し、軍民双方におけるヘリコ プターの開発と導入の喫緊性を強調したのである(47)

こうした中国の状況は、非伝統的安全保障脅威を含む「多くの脅威」に対応する人民解 放軍の能力がなお十分ではないことを示している。従来では、「情報化条件化の局地戦争」

に勝利することが軍隊建設の主要な目標に掲げられてきた。これに加えて、2009年

1月に発

表された『2008年中国の国防』(国防白書)は、「多くの安全保障脅威に対応し、多様化する 軍事任務を完遂する能力を高める」ことを国防政策の主要な目標のひとつとすることを追 加明記した。2008年の氷雪被害や 川大地震は、人民解放軍の早期展開能力、とくに空中 輸送能力の面での課題を明らかにしたが、「多様化する軍事任務」の範囲は広範なものであ り、単一の能力向上で補えるものではない。部隊の情報化建設や、訓練メカニズムの改革 を通じた軍種間の統合や兵種間の協同の推進(48)、他の政府部門等との政策協調等、「多様化 する軍事任務を完遂する」能力の建設という要求が人民解放軍に投げかける課題は、きわ めて多くかつ大きい(49)。こうした文脈で2008年版の国防白書は、突発的事件や災害救難等 に対応する「非戦争軍事行動」の重要性を強調している。

おわりに

非伝統的安全保障という政策概念の導入は、中国にチャンスとチャレンジの双方を与え ている。チャンスという観点から言えば、非伝統的安全保障を伝統的安全保障との相互関 係と捉えることにより、中国は人民解放軍に「外交」という新たなミッションを付与し、

周辺諸国・地域を中心とする国際社会との協力関係の構築を軍事分野でも可能にしている。

こうした文脈で、中国は外交と軍事の接点を「軍事外交」という政策概念のなかに見出し たと言えるかもしれない。しかし他方で、非伝統的安全保障分野における人民解放軍の国 際協力をさらに具体化させる能力や、国内における非伝統的安全保障脅威へ対処する能力 の不足も明らかになっている。こうした複数の文脈を踏まえて、中国は「多様化する軍事 任務を完遂する」人民解放軍の能力強化や制度整備を総合的に図っていかねばならず、中 国の安全保障政策が直面する課題は依然として大きいと言わざるをえない。

1)「中国在全球経済中作用超越排名」『人民日報』2009年1月19日。

2)「我国進出口総額占世界7.7%」『国際商報』2008年10月28日。

3 International Monetary Fund(IMF), World Economy Outlook, Washington, D.C.: IMF, October 2007, p. xi.

4 U.S. Department of the Treasury, “Prepared Remarks by Treasury Secretary Henry M. Paulson, Jr.,” March 7, 2007.

5) 中華人民共和国国務院新聞弁公室「中国的和平発展道路」『人民日報』2005年12月23日。

6) 増田雅之「『和諧世界』論をめぐる中国外交の二律背反性」『東亜』第491号(2008年5月)、36―

47ページ。

7 Annual Report to Congress: Military Power of the People’s Republic of China 2009, Office of Secretary of Defense, 2009, p. 31.

(9)

8) 梁光烈「与時代同行的中国軍事外交」『解放軍報』2008年12月23日。

9)「中央外事工作会議在京挙行」『人民日報』2006年8月24日。

(10) 例えば、次の報道等を参照されたい。「伝達学習中央外事工作会議精神」『新華日報』2006年8 27日、「陝西省委外事工作会議在西安挙行」『陝西日報』2006年12月29日、「全省外事工作会議在哈 爾濱召開」『黒龍江日報』2007年1月8日、「市外事曁港澳工作会召開」『北京日報』2007年1月10日、

および「習近平出席全市外事工作会議並講話 積極探索創新外事管理模式」『新民晩報』2007年8 8日。

(11)「全面貫徹落実科学的発展観, 努力開創軍隊外事工作新局面」『解放軍報』2006年9月23日。

(12) 張 「培育和建樹中国特色軍事外交理論」『中国軍網』2008年6月17日(http://www.chinamil.com.

cn/site1/2008b/2008-06/17/content_1320099.htm、2009年4月4日アクセス)

(13) 熊光楷「中国軍事外交与中国対外政策和国防政策」、熊光楷『国際形勢与安全戦略』、北京:清華 大学出版会、2006年、135―136ページ。

(14) 1996年4月に中国とロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンによって締結された国境地

区軍事領域での信頼醸成強化についての協定(上海協定)、および1997年4月の国境地区の軍事力 の相互削減に関する協定(モスクワ協定)以降に首脳会議が定例化されたことによって「上海フ ァイブ」という枠組みが成立したとされるが、当初は上海ファイブとの呼称は存在せず、中国側

では1999年12月の中ロ共同声明において初めて公式に上海ファイブという呼称が用いられた(「中

俄聯合声明」『人民日報』1999年12月11日)

(15) 参照、国防部外事弁公室「改革開放以来的中国対外軍事交流与合作」『人民日報』2009年1月20日。

(16) “Joint Declaration of ASEAN and China on Cooperation in the Field of Non-Traditional Security Issues,”

Phnom Penh, 4 November 2002.

(17)「中国和東盟将合作厳打海上跨国犯罪」『北京日報』2006年8月31日。

(18)「中国・東盟維和研討会在京挙行」『解放軍報』2007年11月20日。

(19)「東盟十国維和研討会代表参観中国維和待命部隊」『軽兵器』2008年第4期、4ページ。

(20) ヴェトナム国防省関係者からの聴き取り(東京、2008年4月)

(21) 温家宝「拡大合作 互利共贏」『人民日報』2007年11月21日および中華人民共和国外交部政策研 究司編『中国外交2008年版』、北京:世界知識出版社、2008年、237ページ。

(22)「中国・東盟高級防務学者対話在京挙行」『解放軍報』2008年3月13日、「2009中国―東盟高級 防務学者対話在京挙行」『解放軍報』2009年331日、および中華人民共和国国務院新聞弁公室

『2008年中国的国防』、北京:外文出版社、2009年、57ページ。

(23) 増田雅之「中国の大国外交―『戦略パートナーシップ』をめぐって」『東亜』第402号(2000 12月)、85―104ページ。

(24) 王宝付「世界軍事形勢与大国軍事戦略調整新動向」、国防大学戦略研究所『国際戦略形勢分析 2005―2006』、北京:時事出版社、2006年、301ページ。

(25)「唐家 在東盟地区論壇外長会議上発表講話」『人民日報』2001年7月26日、および「唐家 別発表講話」『人民日報』2001年7月27日。

(26) 張運成「非伝統的安全挑戦難以回避」『瞭望新聞週刊』2000年第21期(5月22日)、21―23ページ。

(27) 同前。

(28)「 論世界風雲 暢談中国外交」『人民日報』2001年12月17日。

(29) 江沢民「全面建設小康社会,開創中国特色社会主義事業新局面(2002年11月8日)、中共中央文 献研究室編『十六大以来重要文献選編』(上)、北京:中央文献出版社、2005年、36ページ。

(30) 陳傑軍「非伝統安全中的宗教極端主義問題」、陸忠偉主編『非伝統安全論』、北京:時事出版社、

2003年、269―301ページ。

(31) 同前、294―295ページ。

(10)

(32) 耿麗華「対非伝統安全与伝統安全中幾個問題認識」『遼寧大学学報(哲学社会科学版)』第32

6期(200411月)、84―85ページ、および傅勇『非伝統安全与中国』、上海:上海人民出版社、

2007年、36―38ページ。

(33) 陸玉「履行歴史使命必須具備世界眼光」『軍隊政工理論研究』第7巻第1期(2006年2月)、11 ージ。

(34) 趙占平「加快推進我軍戦略投送能力建設」『解放軍報』2008年9月23日。

(35) 熊光楷『国際形勢与安全戦略』、北京:清華大学出版社、2006年、126ページ。

(36) 人民解放軍上級大佐からの聴き取り(北京、2007年6月)

(37) 陳兆仁・彭富兵・周東陽「 川抗震救災兵力投送研究」『軍事交通学院学報』第10巻第5

(2008年9月)、5ページ。

(38)「社論:全面提高我軍履行歴史使命的能力」『解放軍報』2008年8月1日。

(39) 張幼文・黄仁偉ほか『2008中国国際地位報告』、北京:人民出版社、2008年、344ページ。

(40)「信息化『藍軍』邀請対手『探営』『解放軍報』2008年9月25日、および「三次転変帯来軍事訓 練持続発展」『解放軍報』2008年10月13日。

(41) 中華人民共和国国務院新聞弁公室『2008年中国的国防』、北京:外文出版社、2009年、22―23 ージ。

(42) 張治平・叶海源「努力提高我軍完成多様化軍事任務的能力」『理論前沿』2008年第21期、18ページ。

(43) 建華「着眼應対非伝統安全脅威 提昇国防動員系統非戦争軍事行動能力」『国防』2008年第12 期、47ページ。

(44) 李仁府・張平華「 川抗震救災対我軍運輸保障能力建設的啓示」『軍事経済学院学報』第15巻第 4期、200810月、37ページ、および陳兆仁ほか「 川抗震救災應急行動軍事交通運輸保障的啓 示」『軍事交通学院学報』第10巻第6期(2008年11月)、7―8ページ。

(45)「我軍首次挙行航空應急投送演練」『解放軍報』2008年6月19日、および「我軍首次挙行航空應急 投送演練」『汽車運用』2008年第9期、53ページ。

(46) 陶炳蘭・陳 玉「陸航在多様化軍事任務中的運用」『解放軍報』2008年9月9日。

(47)「啓示録:与地震的『戦争』―専訪空軍少将喬良」『中国軍転民』2008年第6期、48ページ。

(48) 中国では軍種間の統合と兵種間の協同をあわせた概念として「聯合」との用語が使用されている。

(49) 呉志忠「緊緊圍繞履行我軍歴史使命為構建和諧社会提供堅強安全保障」『軍隊政工理論研究』第 8巻第3期(2007年6月)、7―9ページ、および姜春良「軍事力量在非伝統的安全中的運用」『学習時 報』2008年7月7日。

■参考文献

防衛省防衛研究所編『東アジア戦略概観2009』、ジャパンタイムズ、2009年。

増田雅之「中国の『和諧世界』外交―国際社会における『定位』の模索」、大西康雄編『中国 調和 社会への模索―胡錦濤政権二期目の課題』、アジア経済研究所、2008年。

増田雅之「中国外交における『国際責任』―高まる国際的要求、慎重な自己認識、厳しい国際情勢認 識」『アジア経済』第50巻第4号(2009年4月)

村井友秀・阿部純一・浅野亮・安田淳編著『中国をめぐる安全保障』、ミネルヴァ書房、2007年。

熊光楷『国際形勢与安全戦略』、北京:清華大学出版社、2006年。

陸忠偉主編『非伝統安全論』、北京:時事出版社、2003年。

査道炯主編『中国学者看世界6 非伝統安全巻』、北京:新世界出版社、2007年。

ますだ・まさゆき 防衛省防衛研究所教官 [email protected]

参照

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