10月9日 三田市福島 稲荷神社 デンデンホウ
正一位稲荷大明神は国道 176 号線で福島の部落に入る右側にある小祠で、現在の福島部落を中心とした氏子中、
24株の株を持っている家が祭祀権を持っている。
踊子
餅搗 当番帳
と表紙をつけた株帳があって、それには24株の株の名が付いている。田畑、糀屋、中、鳥刺、前中、池ノ上、和泉、
稲屋、上垣、元井、新屋、畑中、岡丸、梶屋、山崎、西、西良、上中、こんや、北かいち、芝、沢、酒屋、辻の24 株で株は売買ができる。例へば前中という株は現在は今西さんという人が持っている。今西さんは前中の株を持っ ている外に、上中の株を3/4株持っているので今西さんは13/4の株主である。
株には配当がある。稲荷大明神の祭祀を執行する代償(奉斎)として村から1株に付毎年1升2合貰うことになっ ている。
所が当番帳に記載されている順序にそのうち毎年6株の株主は祭祀権のうち踊子の役を勤めることになっていて、
踊子の役に当っているものは1升2合の外に別に8合、計2升の配当がある。
村としてこの祭座に毎年3斗3升6合を出して村人全体のために祭をやって貰うという定めらしい。いつの頃の 定めか不明である。
踊子に当ったら損だという。というのは踊子に当ると厄神祭に餅 8合、秋の八幡祭にお握り 4合、今日の祭のお 供えに4合の餅、計1升6合を自前で出さねばならぬので2升貰っても割に合はぬという。
稲荷大明神の秋祭には踊子6軒計2升4合の餅をついて御供とし、あとでこの餅を切って餅まきをした。1株持っ ている株主は4年に1回踊子の番が当る。株を半分持っている人は8年に1回廻ってくる番になる。
今は神官が武庫川の川向いの貴志からやって来て祭典をするが、もとはやはりこの株主が勤めたらしい。
午後1時頃本殿で祭典があり、直ちに神幸式に移るのであるが今年は神官がやって来るのか遅れて午後2時頃に なる。拝殿前に控えた神輿に霊移しをするのであるが、この神輿はあまり手入れの行届いたものではない。株座の 人々のいう所によれば村がどこからか中古品を買って来たという話である。成程、全員の紋章に梅鉢の天満社の紋 が入っている。霊移しに先立って拝殿前の石段の下で「デンデンホウ」を株座の踊子6人がする。
今年踊子当番に当っている株は田畑、糀屋、中、鳥刺、前中、池ノ上の株主で、6人とも服装は何れも浅葱小紋の裃、
袴、船座烏帽子によれよれになった古い紙垂れを数条つけてある。中には千切れてしまったのもある。うち 太鼓打 3人。締太鼓径30㎝厚さ13㎝左手に提げて右手に持った桴で打つ。桴は細い棒、区々で皮付の小紋の
もの。削った白木のもの等あり長さ何れも30㎝位。
べんざら 3人。びんざゝらである。(三田市史には「是牟陀羅」とある)。『兵庫県神社誌』上巻(臨川書店 S12)
によれば長さ8寸許、巾1寸なる橿木48枚を竿に繁げるものとある。私の拝見したのは長さ14㎝幅2.4
㎝位の樫の薄板で一方の端に近い所中央に穴をあけて麻紐に1 枚づゝ通しては結ひ目をつけ、継ぐ。板の
枚数は10~16枚で、もとはもっと数は多かったという。1枚ごとにそれぞれ異った
神名が墨書されて跡がある。擦るときは左手はそのまゝ動かず右手を上下して鳴らす。「デンデンボウ」というの はまづ田楽躍の中門口と見てよいようである。基本の態形は神殿の方に向って1列3人、横隊の2列に並ぶ。列に つくとき、履物を脱いで跣足になる。
1、サヽラ前列、太鼓後列、6拍子に楽器を鳴らしつゝ3歩前進。次いで3歩後退する。
2、列、前後入れ替る。所作(1)と同じ。
3、サヽラ前列、後向き、太鼓後列前向き。向き合い、始め双方より3歩前進。次いで3歩、進退して開く。
4、(3)の向き合ったまゝ、太鼓つくばり、サヽラ3歩前進次いで3歩後退する。
5、(3)の向き合ったまゝ、サヽラつぐばり、太鼓3歩、前進。次いで3歩、後退。
6、(1)を再び繰返し終る
ついで神輿の発輦となる。もとは太鼓台(布団太鼓)が神輿の前駆をしたが今は曳き手がなく、倉から出して境 内右手に飾りつけがしてある丈である。大きな立派な太鼓はある。子供が代る代る打っている。
獅子頭 1 つ。これももとは獅子舞が村廻りをしたが今なし。赤、白のあまり大きくない鬼面がある。これはいゝ ものらしいが現在は赤鬼面を拝見したが一方の角は折れ、又顎の部分が割れて、これを紐で穴を通して括ってある。
大きさは能面に近い小さなもの。警固の 1 人が、青い獅子毛模様の半纏を着て、この鬼面をあみだに冠り太い青竹 を持って神輿の先導をする。3本足の熊野権現のお使い鳥の模様のある幟、金幣、神饌を入れた柩を夫々株座の人々 が持って、些かな行が穂田の中道をゆく。神輿は青年が舁ぐ。もとは神社の正面鳥居を出て真直ぐに国道を横断し て両方現在工場の建っている所にあったが国道を横断することが出来なくなり、鳥居を出ると右に折れて、福島の 部落を通ってその北外れの新しくできた、団地アパートへ折れる三つ辻になった角の自然石の大きな明神燈籠のあ
る傍の僅かな空地にある台石に一方の神輿舁棒を乗せて、そこをお旅所とする。簡単な祭典が神輿の前で行われそ のあとで前面の路一ぱいに再び「デンデンボー」がある。こゝではデンデンボーが終ったあと「ガヘル」をする。
デンデンボーにベンザラをやった 1 人が、さゝらを持たないで右手に扇を開いて持ち両手で、それぞれ袖口を軽 く折って持ち、左右に水平に拡げ、少し腰を落して、神輿の正面少し左寄に立ち、右側稍後に太鼓打の 1 人、つく ばって、太鼓を打つ。やはり 6 拍子。その拍子に合せてガヘル後は始め横飛びに両手を少し上下に反動をつけて神 輿に對って右へ3回飛び、次に左へ3回跳んでもとの位置に返る。これを3回繰返す。これでガヘルは終る。その 後同じ道路上でガエルが行司となって、1組の子供に相撲をとらせる。直ぐに還御になる。
神輿が還御になって霊移しをする前に、出発のとき同じ場所で再び、ベンザラとガエルを繰返し、次いで霊移し がすんで秋祭が終了すると、踊子6人は1列になって、お宮の周囲を同じ6拍子で囃しつゝ「参リソー」「戻リソー」
と唱えて 3 回廻る。これを「お百度参り」という。予定より遅れて追入に行けず、追入は明日帰途のことにして、
三田で泊る。