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第 9 章 ロシアのアジア太平洋統合と日ロ関係

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第 9 章 ロシアのアジア太平洋統合と日ロ関係

小澤 治子

はじめに

2012 年9月ウラジオストクで APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議が開催さ れたことを契機に、ロシアのアジア太平洋諸国との関係や極東開発の動向に注目が集まっ ている。21世紀に入って10年以上経過したが、ロシアのアジア太平洋地域への統合は、

果たしてどこまで進展し、何が達成されたのであろうか。また達成されていない今後の課 題は何であろうか。さらにアジア太平洋統合の過程で、ロシアの対外政策の中で中国と日 本はどのように位置づけられ、また日ロ関係はどのように展開したのだろうか。本稿では、

以上のことについて考察を行い、ロシアのアジア太平洋政策にみられる近年の傾向を明ら かにして、今後の日ロ関係のあり方についても検討したいと考える。

むろんロシアがアジア太平洋諸国との関係を「最も」重視するようになったというよう な見方はできない。2012 年5月に大統領就任後、プーチン(Vladimir Putin)大統領が まず訪問したのはベラルーシであり、続いてドイツとフランスであった1。ロシア外交の基

調がCIS(独立国家共同体)とりわけ関税同盟参加国とヨーロッパにあることに変化はな

い。しかし、大統領就任前の2012年2月に発表された論文「ロシアと変化する世界」の 中で、プーチンがアジア太平洋地域の役割の増大にまず言及し、次いで、ヨーロッパ・フ ァクターおよびアメリカとの関係に触れていることは、留意に値する。ここではアジア太 平洋諸国との関係の重要性を詳細に述べているが、一方ヨーロッパとの関係については経 済問題を中心に、対米関係についてはミサイル防衛問題を中心に言及している2。言及の順 序、また言及の仕方などから、プーチンがロシアとアジア太平洋諸国との関係の発展に大 きな期待を示しているのは疑いがない。

以上の問題意識をふまえて、考察を行っていきたい。

1 ロシアのアジア太平洋統合の意味

ロシア(ソ連)がアジア太平洋地域への関与を模索するようになったのは、必ずしも最 近のことではない。すでにソ連時代、1969 年 6 月、共産党中央委員会書記長ブレジネフ

(Leonid Brezhnev)はアジア集団安全保障構想を提唱し、アジアへの本格的な関与を訴 えた。また1986年7月にはゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)書記長がウラジオスト

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クで演説し、極東地域の開発の必要性とアジア太平洋諸国との関係強化の意義を主張した のである。しかし、これらの構想はソ連のアジア太平洋諸国との関係拡大を言葉で訴える のみであり、実質的な内容を伴ってはいなかった。また社会主義陣営の影響力の強化をね らうというイデオロギーの色彩が濃厚なものでもあった。中身のあるアジア太平洋諸国と の関係構築がみられるようになったのは、ソ連解体後であると言えよう。

ロシアのアジア太平洋統合を示す第1の指標は、APEC加盟の実現、すなわち国際経済 協力体制への参入であり、それはロシアが国際社会から認知され、受け入れられたことを 意味している。アジア太平洋地域の国際システムについては、ロシアはすでに 1996 年 7 月、ARF(ASEAN地域フォーラム)に参加し、21世紀に入った2010年7月にはアメリ カとともに東アジアサミットへの参加が認められた。しかし、1989年にアメリカ、カナダ、

オーストラリア、日本、韓国など12カ国によって発足したAPECへのロシアの加盟は、

アジア太平洋地域への実質的な役割を求められるようになったという意味で、特に重要で あったと言えよう。1995 年に加盟を申請したロシアの参加は、1997 年 11月のバンクー バー・サミットで承認され、1998年よりロシアはAPECに加盟した。その後2006年11 月、2012年にウラジオストクでAPEC首脳会議を開催するロシア政府の意向が表明され

(ハノイ・サミット)、2012年9月ウラジオストクで首脳会議開催の運びとなったのであ る。

ロシアのアジア太平洋統合の第2の指標は、連邦中央政府による財政的裏付けの伴った 極東地域の開発の本格化が進展したことである。すでに1990年代後半、エリツィン(Boris

Yeltsin)大統領の下で、「1996~2005年の極東ザバイカル経済社会発展連邦特別プログラ

ム」が策定され、極東開発の本格化が模索されていたが、このプログラムは各地域の要望 の寄せ集めのような性格のものであり、内容が総花的であったうえ、連邦財政の負担は20

~30%にとどまっていた。こうして 2002 年 3 月、プーチン大統領の下で改訂版として

「1996~2005年および2010年までの極東ザバイカル経済社会発展連邦特別プログラム」

が策定される。このプログラムでは実行可能性を高めるために開発の優先順位を定め、輸 送部門とエネルギー部門を重視したという特色を持つ。しかし、極東開発の本格化に向け て連邦政府の政治的意思が示されたのは、2007 年 11月に策定をみた再改定版「2013年 までの極東ザバイカル経済社会発展連邦特別プログラム」であろう。このプログラムでは

全予算の75%を連邦政府が負担することにより、輸送部門、エネルギー部門の本格的開発

を行うほか、APEC首脳会議を開催するウラジオストク市の整備にも予算が割り当てられ たのである。その後、2009 年12 月、対象地域にイルクーツク州を加える形で「2025年 までの極東バイカル社会経済発展戦略」が策定され、政府により承認される。この計画の

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進捗については、今後の極東開発の動向を見守る必要があろう3

極東開発の問題と関連して重要な指標の第3は、行政制度における整備、すなわち極東 発展省の新設である。第2期プーチン政権発足後、あらたな行政機関として極東発展省が 設立され、イシャーエフ(Viktor Ishaev)極東連邦管区大統領全権代表が大臣に就任した。

今後この極東発展省がどのような役割を果たしていくのかについては、先に述べた「2025 年までの極東バイカル社会経済発展戦略」がどのような形で実行されていくのかと合わせ て注視する必要がある。また連邦中央と極東地域の関係やイシャーエフ大臣の役割につい ても留意の必要があろう。

次にロシアのアジア太平洋への統合の度合いを具体的に示す第4の指標として、ロシア とアジア太平洋諸国との貿易についてみる必要がある。ロシア政府資料によれば、2011 年のロシアの輸出の総額は5160億ドル、そのうちヨーロッパが51%。APEC加盟地域が

18%、旧ソ連(CIS)が15%である。一方同年の輸入についてはロシアの輸入総額は30

53億ドル、ヨーロッパが42%、APEC加盟地域が34%、旧ソ連(CIS)が15%である4。 この数字をどのように見るかについては、評価が分かれよう。しかし、2012 年 9 月の首 脳会議を契機に貿易額の半分を APEC 加盟地域が占めるようにしたいとロシア政府が本 気で考えているならば、まだまだ課題が大きいと言える。また2009年APEC域内の貿易 に占めるロシアの割合がわずか1.3%に過ぎないという指摘5を考えると、ロシアにとって アジア太平洋諸国の重要性は高まっているが、反面アジア太平洋諸国にとってのロシアの 存在感は依然として小さいことがうかがえる。

関連して、ロシアのアジア太平洋地域との貿易構造において、中国の占める割合が突出 していることも指摘しなければならない。2006 年の同地域における貿易の総額は749 億 ドル、そのうち中国が38%を占めるのに対して、日本は16%、韓国は13%である。さら に2011年には総額1965億ドルという数字が示すように地域全体での貿易総額は顕著に増 大したが、その割合は中国が42%を占めるのに対して、日本は15%、韓国は13%を占め るにすぎない6。このようにアジア太平洋諸国との貿易額は全体として着実に増大している が、反面中国に偏った貿易構造がみられることがしばしば問題となっており、貿易相手国 の多角化が今後の重要な課題であると言えよう。

ロシアは2012年8月、長年の懸案だったWTO加盟を果たした。これを契機にロシア

としてはASEAN諸国やニュージーランドなどとの自由貿易経済圏を設立したいという希

望を明らかにしている7。またニュージーランドのほか、ベトナムと交渉を予定していると の情報もあるが8、自由貿易協定締結については、現段階ではロシアの希望表明にとどまっ ており、今後の課題であると言えよう。

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2 ロシアの対外政策における中国

先述したように、ロシアのアジア太平洋諸国との貿易は 21 世紀に入って顕著に増大し たが、その中でも中国の占める割合が際立っており、ロシアにとっては中国に依存する貿 易構造が問題となる。ロシアと中国の関係、またロシアの対外政策における中国の位置づ けは近年どのように変容しているのであろうか。2001 年に善隣友好協力条約を調印し、

2004年には国境問題の確定にこぎつけた中国とロシアの関係は、今世紀初頭めざましく発 展した。1992年には46.5億ドルに過ぎなかった中ロ間の貿易総額は2008年には560億 ドルとなり、さらに2010年には600億ドル、2011年には835億ドルまで増大したと言わ れる9。国家間関係の進展に加えて2009年9月に調印された「2009~2018年のロシア極 東・東シベリア地域と中国東北地方との間の協力プログラム」に基づき、地域レベルの関 係も前進した。さらに2001 年に発足した上海協力機構の枠組みの中で反テロを掲げる両 国の合同軍事演習が行われた他(2003年8月「連携2003」、2007年8月「平和の使命2007」、 2010 年 9 月「平和の使命 2010」)、ロシアと中国による 2 国間の合同演習も実施された

(2005年8月「平和の使命2005」、2009年7月「平和の使命2009」、2009年9月「平 和の青い盾2009」海軍合同海賊対策演習・アデン湾、2012年4月「海上連携2012」海軍 合同演習・黄海)。

このように 21 世紀の初頭に経済・貿易、軍事・外交・安全保障など多岐にわたって関 係が深まった中ロ関係であったが、最近では関係の深化ゆえの矛盾が大きくなっている。

つまりアジア太平洋地域において中国に対する貿易依存の割合が大きいことは、ロシアが 中国を警戒する要因になる。さらに国境地域における関係の強化の結果、中国からの労働 者の数がロシア極東で増大し、また中国人の移住者も増えるようになり、人口問題、労働 力問題などの「中国の脅威」をロシア側に認識させる結果となった。さらにロシアが中国 に売却する天然ガス価格や武器供与をめぐる問題など利害対立の要因は枚挙にいとまがな い。このような利害対立によって、ロシアにとって中国は予測が難しい相手であり、北東 アジアで政治経済協力を行う別の存在を見つける必要性が生じることになる10

次に旧ソ連諸国、特に中央アジア諸国との関係をめぐるロシアと中国の利害対立を指摘 したい。もちろん中央アジア各国はそれぞれ政治状況も経済状況も特色があり、ロシアや 中国との関係の実情は異なっている。しかし、近年中央アジア諸国が中国の資金をてこに 経済開発を進めようとしているのに対して、中国ではこれらの諸国から穀物やエネルギー 資源の輸入を期待する傾向が強まっており11、このことはプーチンが掲げるユーラシア経 済同盟とぶつかる可能性がある。つまり上海協力機構内部における中国とロシアの競合に

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拍車がかかっている。加えてロシアにとって気がかりなのは、ウクライナと中国の関係で ある。2010年9月にウクライナの大統領が中国を訪問したのに続いて、2011年6月には 中国国家主席のウクライナ訪問が実現し、最高首脳の相互訪問の結果、両国はエネルギー と農業分野での協力強化に合意した。ウクライナとロシアの関係強化に反対する中国の立 場は、アメリカやEUに共通するものだ12、というロシアの新聞報道の指摘は興味深い。

それでは極東や旧ソ連諸国にみられる中ロの利害対立は、グローバルなレベルでの両国 の利害対立につながっていくであろうか。21世紀の初頭には、アメリカの単独行動主義や 一極支配を求める試みを牽制するために、ロシアと中国が戦略的に同調する必要があると いう動機付けがあったが、その動機付けは2009 年以降、アメリカでオバマ政権が誕生し て米ロ間で「リセット」の傾向が強まってから明らかに弱まったと言える。前述した中国 とロシアの間でしばしば行われる軍事合同演習も、両国が軍事能力を互いに点検する機会 に変容してきた可能性が大きい。このように考えるとロシアと中国の利害対立がどこまで 進むかを判断する一つのカギは、アメリカがアジア太平洋地域で展開するミサイル防衛シ ステムを両国がどのように認識し、対応するかにあるのではないだろうか。アメリカのミ サイル防衛をめぐるロシアの警戒感は依然として大きい。ロシアの有識者の中には、ヨー ロッパとアジアの米ミサイル防衛に対抗するために中ロ両国が軍事協力を拡大する必要が あることを訴え13、またミサイル防衛システムをめぐるロシアとアメリカの交渉、さらに ロシアと NATO の協議においては中国の利益を考慮して話し合いの枠組みを創設する必 要があるという主張もみられる14

ミサイル防衛をめぐっては、ヨーロッパとアジアにおける今後の展開を注視する必要が あるが、地域のレベルではなくグローバルなレベルではロシアは中国との対立を回避した いと考えているのではないか。仮に米中の衝突が生じた場合にはロシアは積極的中立の立 場をとる必要があるという指摘は15、今日の米ロ関係、中ロ関係、米中関係におけるロシ アの立ち位置を表していると考えられる。

3 21世紀の日ロ関係の展開

これまで考察してきたように、ロシアはアジア太平洋地域の政治経済関係において中国 に偏重した関係を修正し、協力の選択肢を増やしたいと考えている。そのように考えるロ シアにとって日本はどのように位置づけられるのであろうか。以上の問題意識で 21 世紀 の日ロ関係を考察していきたい。

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(1)第1期プーチン政権(2000年5月~2008年4月)

ソ連解体後、ロシアの国際社会への統合に伴い日ロの首脳同士の会談の機会はそれ以前 とは比較にならないほど増大した。国連や主要国首脳会議での会談はもとより、APEC首 脳会議などさまざまな国際会議の場で日ロ首脳会談が行われるようになった。また 1990 年代には 1993 年 10 月のエリツィン大統領訪日による東京宣言の発表、1996 年から 97 年にかけての二度にわたる日ロ非公式首脳会談(橋本・エリツィン)、1998 年 11 月の小 渕首相の公式のロシア訪問とモスクワ宣言の発表など、いくつか需要なポイントがある16。 しかし、2000年以降プーチン大統領の下で、領土問題の解決を含めた日ロ関係の発展が具 体的に提案され、検討されるようになった。このことは、領土問題をめぐる両国の立場に 依然として隔たりがあるとはいえ、第2期プーチン政権におけるロシアの立場と今後の日 ロ関係の行方を考えるうえで、留意に値しよう。

第1期プーチン政権においては、自民党の森、小泉、安倍の3人の首相が日ロ交渉に携 わった。まず2000年9月にプーチン大統領の公式の訪日が行われ、森首相との首脳会談 の席上、プーチンは1956年の日ソ共同宣言が有効であることを、口頭ではあるが認めた。

次いで翌年2001年3月、森首相がロシア(イルクーツク)を訪問し、日ロ首脳会談の結 果、イルクーツク声明が発表された。この声明は日ロ両首脳が平和条約締結交渉を継続す ることを表明しただけではなく、1956年の日ソ共同宣言の有効性を確認した。1990年代 のゴルバチョフとエリツィンの姿勢が領土問題の存在を認めるにとどまっていたことを考 えると、日ソ共同宣言の有効性が文書で確認されたことは明らかに一歩前進であったと言 える。

2001 年 4 月森首相に代わって小泉政権が誕生する。小泉政権下、日ロ関係は一時停滞 したが、2003 年 1 月には小泉首相のロシア訪問によってプーチン大統領との首脳会談が 行われ、「日ロ行動計画」が発表された。「日ロ行動計画」は、政治対話の深化、平和条約 締結交渉の加速化、国際舞台における協力、貿易・経済分野における関係の発展、防衛・

治安分野における関係の発展、文化・国民間交流の進展という6つの分野を挙げ、それぞ れの分野で日ロ関係を進展させながら、領土問題を解決に導こうという内容であった。小 泉首相はその後も国際会議の席上何度かプーチン大統領と会談を行い、意見交換を重ねる。

また2003年から2005年にかけて、ロシアと日本の両国で公式、非公式を問わずさまざま な場、いろいろなレベルで、領土問題解決の選択肢が表明され、検討されたと言える。し かし2005年11月、プーチン大統領の公式の訪日が実現し日ロ首脳会談は行われたものの、

会談後に共同声明は発表されなかった。領土問題の解決に向けて日ロ間の接点を求めてさ

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まざまな選択肢が水面下では検討されたが、それが具体的な成果につながることはなかっ たのである。その後2006年9月、小泉首相の退陣に伴い安倍政権(第1次)が誕生する。

安倍首相も2006年11月から翌年2007年9月まで三度にわたり国際会議の場でプーチン 大統領との首脳会談に臨んだが、2007年9月に退陣した。

第1期プーチン政権下、2000年から2005年にかけて、ロシアは1956年の日ソ共同宣 言に基づく平和条約締結と日ロ関係改善の可能性の有無を模索していたと思われる。日ロ 平和条約を前提にロシア極東や日本が主張する北方領土の開発に日本の参入を期待した可 能性も大きい。しかし、それは実現には至らなかった。2007年から2015年までの8年を 実施期間とする「クリル諸島、社会経済発展プログラム」が2006 年に策定されたこと、

さらに前述したように2007年11月に「2013年までの極東ザバイカル社会経済発展連邦 特別プログラム」が策定されたことは、日本の資金に依存することなく地域の開発を行お うというロシア政府の政治的意思であったと読み取ることも可能である。

(2)メドヴェージェフ政権(2008年5月~2012年4月)

2008 年 5 月、プーチン大統領に代わってそれまで首相であったメドヴェージェフ

(Dmitry Medvedev)が大統領に就任し、2012年4月までその職を務めた。プーチンが 首相に就任したことから二人の「2 頭体制」が注目を集めた時期であったが、日本では短 命な内閣が続いた。メドヴェージェフ政権の4年間で、日本では自民党の福田、麻生に続 き、民主党の鳩山、菅、野田が首相を務めた。頻繁に首相が交代する日本、また2009年9 月には衆議院選挙の結果民主党への政権交代が起こった日本とどのように付き合うか。メ ドヴェージェフ政権は領土問題の解決と平和条約の締結は脇に置いて、経済関係やエネル ギー問題などで日本との関係拡大を図ることに力点を置いたと思われる。

2007 年 9 月に辞任した安倍首相に代わって福田首相が誕生した。福田首相も日ロ関係 の改善を求めて2008年4月の末にロシアを訪問し、また同年7月には北海道洞爺湖での 主要国首脳会談の場で、メドヴェージェフ大統領と会談を行った。しかし、9 月には辞任 した福田政権に代わって、麻生首相が誕生する。麻生政権も2009年9月までの短命な政 権に終わったが、しかし、2009 年 2 月にサハリンを訪問し、州都ユジノサハリンスクで メドヴェージェフ大統領との会談を行ったことは、留意に値しよう。これはサハリンの LNG(液化天然ガス)工場稼働式典に合わせて行われた首脳会談であり、日ロ関係のあり 方をめぐる日ロ首脳の考え方が反映されたものであった。会談を通じて領土問題の解決に 向けて具体的な成果はなかったが、メドヴェージェフ大統領が「新たな独創的で型にはま らないアプローチ」を提案したことは、日ロ両国間でエネルギー資源をめぐる協力が大き

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な位置づけを占める可能性を示唆するものであった。なお同年5月には首相プーチンが訪 日し、日ロ間で原子力協力協定が調印されている。

2009 年 9 月、民主党への政権交代によって鳩山首相が誕生したが、鳩山政権も短命に 終わり、2010 年 6 月には菅政権が誕生した。鳩山首相も菅首相もメドヴェージェフ大統 領と数回、国際会議の場で会談を行ったが、特に目立った成果はなかった。鳩山は 1956 年の日ソ国交回復を実現した時の首相、鳩山一郎を祖父に持つことから日ロ関係改善に意 欲を示したが、あまりにも在任期間が短かった。菅政権は、2010年11月のメドヴェージ ェフ大統領やロシア閣僚による北方領土訪問に強く反発したこともあり、日ロ関係の改善 は進まなかった。「麻生と鳩山は日ロ関係の発展に前向きだったが、菅は日ロ関係を停滞さ せた」とのロシア紙の評価は17、興味深い。その後2011年9月、菅政権に代わって野田政 権が誕生したが、同じロシア紙が野田首相のロシアとの対話姿勢を評価する論調を示し、

ロシアと日本の外交関係打開に期待を示した点についても言及に値しよう18。2012年1月、

ラブロフ(Sergey Lavrov)外相の訪日により日ロ外相会談が行われ、両国間の問題は一 気に解決できるものではないが、落ち着いた雰囲気で議論を行うことによって互いに受け 入れ可能な解決策の模索を継続することに合意したことは、日ロ両国政府が対話を継続す る意思を確認するものであった。

(3)第2期プーチン政権(2012年5月~)

プーチンは2012年5月の大統領正式就任以前に、内外政策の方向性を明らかにする論 文を合計7本発表した。そのうちの1本がすでに言及した「ロシアと変化する世界」であ る。この論文はアジア太平洋諸国との関係の重要性を詳細に述べているが、反面日本につ いての具体的言及はない。しかし、プーチンは大統領就任以前よりロシア内外の報道機関 に対して日本との領土問題解決に向けて道筋をつけたいという意欲を明らかにし、「引き分 け戦略」という表現を用いて対日関係改善の必要性を訴えた。この「引き分け戦略」が何 を意味するかについては日本国内でさまざまな憶測を呼んだが、その具体的意味について は明らかではない。しかし領土問題解決に意欲を示すプーチン大統領の姿勢に日本政府も 呼応し、野田政権が2001年3月のイルクーツク声明をベースに日ロ関係の再構築が可能 かどうか検討を行った向きもある。こうして2012年9月のAPEC首脳会議を前に両国間 の対話の姿勢は強まっていった。7 月初めにメドヴェージェフ首相が国後島を訪問したに もかかわらず日本側、玄葉外相は予定通りロシアを訪問し、ラブロフ外相との日ロ外相会 談に臨んだ。この事実は、日ロ間に無用な波風を立てることで両国の政治対話の可能性を 閉ざすことを回避したいという日本政府の意志の表れであった。

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2012年9月、21カ国の参加によりウラジオストクでAPEC首脳会議が予定通り開催さ れ、プーチン大統領は各国首脳との会談を行った。野田首相との日ロ首脳会談においてプ ーチンは日本との領土問題に決着をつけたい意向を明らかにし、12月の野田首相のロシア 訪問を要請した。またサミット開催に合わせ両首脳の立会いの下、日ロ両政府による「ウ ラジオストク液化天然ガスプロジェクト」に関する覚書の調印式が行われ、ロシア側はア ジア太平洋地域におけるロシアのエネルギー市場拡大の重要性と日ロ協力の意義を訴えた。

ロシアの新聞報道では、「極東では領土問題解決の道筋が見えてきた」という論調も表れる が19、この論調には注意も必要である。ロシア側は日ロ間の対話を歓迎しているが、ここ でいう「領土問題解決の道筋」とは、日本の主張に沿ったものでは決してない。むしろ中 国や韓国などの近隣諸国と領土問題を抱える日本の方が、外交上の成果の必要性から譲歩 してロシアに歩み寄り、領土問題の解決と平和条約の締結につながることを期待している。

日ロ首脳会談は国際会議の席上、年に数回行われるのが通例になってきたが、日本の首 相によるモスクワ訪問は2008年4月末の福田首相の訪問以来実現していない。その意味 で日ロ双方が日本の首相による公式訪ロの実現の意志を確認したことの意義は大きい。

2012年9月のAPEC首脳会議での日ロ首脳会談の後、ロシアからはパトルシェフ安全保 障会議書記が 10 月末に訪日するなど、日ロ間では要人の交流が相次いで実現した。日本 政府も野田首相のロシア訪問に先駆けて森元首相のロシアへの派遣を検討していた。しか し、日本の政局の動向なども影響して、野田首相のロシア訪問が実現することはなく、12 月の衆議院選挙で惨敗した結果、民主党の野田内閣は退陣し、自民党の安倍政権が誕生し たのである。このような日本側の動きをロシア側は比較的冷静に見守っていたように思わ れる。安倍政権の誕生後日ロ首脳は電話での会談を行い、早期に安倍首相がロシアを訪問 することについて双方の意向を確認した。今後の成り行きについては注視する必要がある が、双方は2013年春の安倍首相訪ロに向け、検討を開始している。

2012 年5月の第2期プーチン政権の誕生後、ロシア政府は何らかの形で領土問題の解 決を行うことによって日本との関係の再構築を考えていたと思われる。その姿勢は民主党 から自民党への政権交代を経ても変化はない。プーチン大統領にとって重要なのは政権の 担い手がどの党であるかではなく、日本の政権がどの程度安定して対外関係を構築できる かである。その意味で新たに誕生した安倍政権に期待しつつも、その動向を慎重に見極め ようとしていると思われる。またプーチンが考える領土問題解決の中身については、日本 側も慎重に対応する必要がある。ただプーチン大統領がアジア太平洋諸国との関係をこれ までより重視する傾向が明らかになってきた中で、何らかの形で領土問題を解決して日本 との協力関係を拡大する意思を持っていること、この点を過少評価はできないであろう。

(10)

おわりに

21世紀に入ってからロシアのアジア太平洋地域への統合がどこまで進展し、何が課題と して残されているかを検討し、またアジア太平洋統合における中国と日本のロシアにとっ ての位置づけについて考察を行ってきた。第一に、ロシアのアジア太平洋統合は国際経済 協力体制への参入、連邦中央政府による財政的裏付けの伴った極東開発の本格化、行政制 度上の整備など、具体的な進展がみられる。反面、アジア太平洋地域諸国との貿易構造の 問題点など依然として大きな課題が残っている。

第二に、ロシアと中国との関係について。両国関係の緊密化の結果、ロシアの中国に対 する警戒感がさまざまなレベルで増大しており、また旧ソ連諸国との関係をめぐる両国間 の利害対立も無視できない。しかし、グローバルなレベルではアメリカのミサイル防衛な ど中国がロシアと利害をともにする問題もあり、両国は決定的な関係の悪化を極力回避し たいと考えている。その意味で米ロ関係、中ロ関係、米中関係におけるロシアの立ち位置 が今後どうなるかを注視する必要がある。

第三に、ロシアと日本の関係について。ロシアは北東アジアにおける政治経済協力の相 手となり得る選択肢として、日本を意識してきたし、また今日も意識している。また中国 との利害対立が高まった場合には、中国を牽制するためにも日本との関係は重要である。

ただし、領土問題でイルクーツク声明の内容よりもさらに譲歩して対日関係の改善を図ろ うとしたことはなかったし、現在もそのような意思は見受けられない。むしろ中国や韓国 との島の帰属をめぐる問題、とりわけ中国との尖閣列島をめぐる対立などにより、日本の 側が日本を取り巻く国際環境の厳しさからロシアに譲歩することを期待する向きもある。

それでも、第2期プーチン政権が日本との領土問題を何らかの形で解決して対日関係の拡 大を図ろうとしていることは見逃せない。退陣した野田政権に対してもまた誕生して間も ない第2次安倍政権に対しても、プーチン大統領は対日関係拡大を望むメッセージを送っ てきている。そのメッセージにどう対応するか。日本外交の力量が問われる。

-注-

1 E.Grigor’ev, “Evropa-estestvennyi vector dlya Rossii”, Nezavisimaya Gazeta, 31 May 2012, p.7.

(11)

2 V.Putin, “Rossiya I Menyayusshiisya Mir”, Krasnaya Zvezda, 29 February-6 March 2012, pp.4-7.

3 堀内賢志・齋藤大輔・濱野剛編著『ロシア極東ハンドブック』東洋書店、2012 年、10

-18頁。

4 『日本経済新聞』2012年9月2日。

5 前掲『ロシア極東ハンドブック』3頁。

6 『日本経済新聞』2012年12月6日。

7 V.Skosyrev, “Lavrov isshet partnerov na Tikhom okeane”, Nezavisimaya Gazeta, 31 January 2012, p.7.

8 A.Panov, “Vostok-delo tonkoe, no perspektivnoe”, Mezhdunarodnaya Zhizn’, October 2012, pp.94-95.

9 前掲『ロシア極東ハンドブック』31頁。石郷岡建「プーチン新政権の東アジア政策」『国 際問題』613号(電子版)、2012年7-8月合併号、49頁。

10 S.Nikanorov, “Vostochnaya politika Rossii:ot slob k Praktike” Nezavisimaya Gazeta, 24 October 2012, p.8.

11 『日本経済新聞』2012年9月12日。

12 S.Zhil`tsov, “Kitai osvaivaet Ukrainskoe napravrenie”, Nezavisimaya Gazeta, 14 May 2012, p.11.

13 V.Skosyrev, “Ochen` svoevremennye manervy”, Nezavisimaya Gazeta, 23 April 2012, p.1, p.6.

14 Yu.Belobrov, “Kitai I PRO”, Mezhdunarodnaya Zhizn’, August 2012, pp.38-39.

15 Yu.Tavrovskii, “Kitai:odinochestvo bez izolyatsii”, Nezavisimaya Gazeta, 17 September 2012, pp.9-10.

16 小澤治子「ロシアの対日外交―領土交渉を中心に」、横手慎二編『東アジアのロシア』

慶応義塾大学出版会、2004年、133-154頁。

17 A.Fenenko, “Tikhookeanskaya al`ternativa dlya Rossii”, Nezavisimaya Gazeta, 28 May 2012, pp.9-10.

18 A.Fenenko, “Strategiya Khikivake”, Nezavisimaya Gazeta, 19 March 2012,p.3.

19 Yu.Tavrovskii, “Rossiya-Yaponiya:okno vozmozhnostei”, Nezavisimaya Gazeta, 26 September 2012, p.3.

参照

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