講査報告
福島県における被爆者の現状について
星 埜 惇
一 調査の趣旨と調査項鎧
露85年から86隼にかけて、馨本原水爆被害者程雑体協議会(以下、麩本鞍懸脇 と酪称)による被爆者実態講査が行なわれた.擁島県内では、そ蕊を分担して 緊原爆被害者協議会(以下、県被爆脇と酪称〉が約灘入の被爆者を蝦象として 講査を鴛なったのであるが,以来、こんにちまですでに7年を経過し、被爆者 の高齢匙も進み、その生活や健康に深刻な不安が生じていると思われる。そこ で、懲92年5懸、わたくしは福島寮内に住む被爆者(新被爆者健康手緩葺新詩 者余毒鯨の被爆塞鋳の状況と堤漫について、あらためて独議にその実態を購ら かにする必要性があるとし、県被爆協の総会に提起し、その決定をえて7月末、
事務騰から以下のごとき調査項§の調査票を灘在し、全被爆者に協力を依頼し た。二の調査によって・一一人ひとりでは訴えること6)できない体験や現状を集 約し、被爆者援護法凝定への国民的賛瞬をさらに高め、またそれを通じて、羅 および地方籍治捧に施策の改善充実を求めていくことができれば.というのが われわれの額いであった。
今麟の調査票は梁内6)被爆者手暖海持者金員に濯籍し、霞叡のうえ、年齢懸・
爆住地霧・難雛・被爆地幾・手緩の号数購等の、可能な分類のもとに集計処蓬 を行い、いうまでもなく麺メ、が特定できるような甦遷はせず、また簸建につい て凝答者の要望事項があれば、それに誠実に瞬延することとした・調査の性賂 一と、さきの馨本被鐵協の調査と線様、罎答を逡巡するような質問も盗まれたが、
青酸縫会講集 第5巻 第3号
再建なかぎりの協力を要請した.なお、縁答は、調査票到着後2鍛以内に返送 するよう依頼した1.
質鶏項§のみを篶単にあげれば以下のごとくである。
鱗 ㊤愛住翫。②牲幾。③生年馨難、
麟 ①被爆地。⑫被爆者健康手鰻の種類.③i号手綬醒持者の被爆の場新、爆 心からの鋲離。@渥内被爆、鰹外被爆の霧.⑤麗内被爆における建物の購 造と建物の倒壊・被害状浸・⑥その時従事していた仕事の内容・⑦2号・
3暑手緩解持者の救援・死鉢焼隷などの作業に健事した期闘、場瞬、作業 内容。⑧4号手緩聯詩者の繹の被爆状混.⑨i暑手緩議持者の被爆時のけ が・火傷の斌態、被爆後の後遺症、人通鞍状溌、ぶらぶら病の嘗無。2・
3・4号手緩療持春の後遺痘、入通院について.
麟 ⑦被爆鋳の家族の人数、家族構成.⑨家族内の被爆者数。③被爆による家 旗の「薩爆死∫、年内の「饒後死3。◎昭趣盛年以後現在までの罫その後死ま の死没者、死亡縛鞘、病名.
轡 ②被爆後、手緩駈持者における瞳害をもつ子の鐵生の有無.ゆ理在の家族 数、薦避鶴者の碧無。
麟 瑛姦の生活・仕事や健康・病気経ついて、⑦現在ある不安とその内容、あ るいは不安のない運毒。②璽鷹持つつらさとその内容.⑧愛鷹ある悩みとそ の内容.④理在の病気、⑤寝たきりの人は、その生じた時鰹と状況.翁介護 を受けている人は、その生じた時期と状溌。⑦被爆者健康診騒受診の有無.
⑧葬受診者はその遷轟、
㊨ ②現在の仕事の有無、生活の根擁.②饗在受給している被爆者騨係諸手当 の名称、あるいは受給していない理由。
(7} (麟聡在の生きがい、あるいは⑫生きがいのない至墾蜜。
麟建)核兵器廃絶に関する貴覧、その遅海.◎被爆体験を語った経験の有無、
あるい1ま言藷らない遜窃。
(9/(茎)被爆者援護法驥足に関する意毘、その獲歯。②擁や票に修する要望。(塗 一纏一
擁瑞験における被爆者の理状について(星埜 惇)
畦本被籏脇・漿被爆1嘉の活動に媛する感想・意莞。
糠 その縫の意箆、等。なお.以量ず)項舞とその内容については、県被爆協 1舞繋舜会長の意発も縷いて最終決定した.
二 桑海被爆者の概況
懲92年7月齢馨に講査票を発送し,おおむね8月中に罎駿されたが、最後の 繕答が聡いたのは9月欝霞であった.癸送は渠内思9名の被爆者(「被爆者健 康手緩1所持者全嚢〉に対し董鷺名66.3%、ほぼ予想どお箏の麟答率であった が、金網査項羅についての完全な醸警は多いとはいえず、意議的な鱗答難避や 設鶏への誤解もあ警、設麗の仕方の反省を求められたように思う.また鰻警者 の鷺住地域・年令・乎緩号数・性霧・被爆地等が、必ずしも全県の頷肉と合致 しないこともあって、調査の分類・整礫は、大霜した年齢屡劉を基本とせざる をえなくなった.
麟答について逮べる羨に、あらかじめ調査瞬始時点の羅内被爆者(被爆者手 緩解持者〉の鰻猛的な状溌を1表i]で地繊翳(虜郡甥)1こ総捲し、さらに
1表21に調査闘誉者についての機猛表をかかげておこう。
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行政祇会論集 第5巻 第3号
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備考 一躍4§は芒難寺38享までグ)人、一丁6は盛諜縛28才までの人、一S2は獲 縛雄才までのノ、、一S玉2は睾舞舞8重までび)入、S欝一線瓢時7才以下の 人と震体考えられる.県内全被爆者では.大至糞5年生まれの入が最大の 峰とな辱、ついで大豊3年、昭穣4年、大正諺年び)縷にな駄i大1董三欝年 生まれが平均年令であって,全薩平均よりは2才ほど農齢となる。なお、
事務騰で保管する名簿の手緩号数と、睡答煮の答えた琴数が食い違った 部分が、験靴地藝と郵禽地籔との2ヵ所に葬雀したが、ここでは醸答に
あわせた。、
*は,講査申の8鷲61麟こ死去された方玉人を含む,また孝琴嵐調査終了 後9鍔登霞に死去された方i人を含む。こうして事緩所持煮は、9月末 聡在で欝7名となった。なお慧弄餐8i二㌶こ、いわき蜷嚢乳にさらにi名の死霊 煮があった。
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一62一
轟轟県における被爆者の環状について(星埜 惇〉
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備考:ここでは,1表葺の一凝憩と一丁6を一籍した。2段賃の数字は醸答 率を激す.
みられるように、女性、紹載欝年以降の箆較的若い馨の繕答率は、櫓講的に 少ないといわざるをえない.調査結果の分類方法は、躍答の状混から鉄下のよ
うにした。
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行激甚会議集 第5巻 第3号
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三 調査結果の概要
以下、1表31の年齢屡辱llに、それぞれの特徴について述べていくこととする。
至.ここでは、生年が大正6年までの、当時ほぼ28才以上、現在75才以.歎の人 びと、27名の状溌について述べる.この年齢馨の露答考のうち、最高年令は絹 絵37年生まれ、当時曇才、愛在雛才の男雛である。
①まず、i号談叢者篶名について.被爆距離はL5キロから4.5キ翼 (海上〉の 闘に分毒し、広島・長編を含め、2キ貸から3.5キ窟が2§人中懸人を羨めてい る.また、被爆の場辮は、膣殉難、屋外9、屋内の多くは本造のi〜2購で、
建物の倒壊・破損、ガラス片の飛散によるタト傷と、熱線による火傷が20人中i8 人に及んでいる.繕答考の一人は次のように遠べている,
「広島帯艶治議鏡第撰8§額縁(船舶麹兵鑓浅令部/兵器諜の事務室内におい て執務申、米軍の投下せる原爆により気を失い、建物の下敷きとな甑怠醗・
右背に打撲傷を負ったが、奇跡的にも命拾いをした。建勃は本造平屋バラック 建、屡根はギザギザのトタン、床面積約欝坪、ピカードン、一一一瞬にして建物が ぺしゃんこに倒壊し、強力な圧力でつぶされたようであった。譲がついてみる 一艇一
蕪鶏県にお謬る被爆煮の礎状について(熊祭 惇/
とあた鴨まもうもうとした爆煙のため至メートノレ先も疑えない状溌であり、爆 煙が構えるとともに毒内の各地よ弩火災が発生し、一一瞬ののちに海内は火の海
とな/)た。部隊襲務室において負傷の治療を受け、軽傷のため、部隊において 救勧斑が編威され、竃緩の命によって被爆者の救勤にあたった・縛が経つにつ れ、潔民の人々、老若男女、被爆し、全身焼鼓ただれにな瞬、兵隊さん救けて 一、お水頂戴一と、続々艶治鐵に向かい動けを求めてくる、、その惨状はどう表 現してよいかわからない。生きた縷霊のようだ。一麟1にして地獄絵を躄る思い であ/)た・負傷者は応悪手1蕪をして宇品線で病綻へ、死没者はll茎にそのまま安 置し.緩薬鐙、1ま縫い果し.経務を違背して救援部豫と交替した,死没者のご冥 篠を締り、二度と戦争をやらない,原子爆彊をなくし.こんな熱こ選わないよ
う析経たい達(男性、79才/。
全体を通じて、顔藏・背離・醗・脚等の外傷と火傷が多く、、1二半身ほとんど の火傷を始めとして、やがて原爆薮3内瞳をひきおこした鰻の異常2、原鑓不覊 の鼻露の持続等がみられる.このため、被爆による1叢後の入遜錠は女権を含め8、
選互は負傷をおして救援・蔓体焼隷・焼跡整礫等に従事し、その後後遺症によっ て入続もしくは通院を余儀なくされたものが5,いわゆるぶらぶら病も5人が 経験している。その意畷では、玉弩被爆者のうち動けた人は、2・3号被爆煮 の経験をも持つ。
楽蒔の職業については、調査票の質竸が不適切であったためか.軍人が莚と
、髭嬬が2のほかは必ずしも醗確ではないが、男樵の多くは、いわゆる暁部隊を 中心とする軍人・軍騰であったことはほぼ確かであろう。このほか.兵器麗孫 の疑簡工場業務に穫事していた入もいる。これらのうち、事大だけが被爆した のは欝人、家族とも被爆が7家族、述べ34入が被爆している.家族は、本人を 食め2〜5人の燦模で、家族全員被爆が3家族ある。これら家族のうち、藏爆 死によって妻と9ヵ鍔の長男が鴛方不覊となった人、夫と中学生の長男を失っ た人があるほか・生き残った家族も、年内に4入が死亡、その後撫齪病・ガン による死が3人あげられている。さらに、その後生まれた子供についても、死
行政歓会論集 第5巻 第3弩
産i、患生一ヵ月後死亡i、虚弱児の難生が2存在する.子嚢の縁組に瞠るの で、被爆者健鞍手鰻の申請をしばらく控えていたという人もいる.
その後、再娯を含めて、現在醗礪者と子供、その飽の家族とともに生活して いる人は鰺家族あるが、いわゆる原爆孤老も2存在する。これを盗めて、多く の被爆者、その家族が、高齢化のなかで幾分たちの健康と生活に不安と簸みを 抱いて生きてきたことが知られるのである.堤在、これらの被爆者のもつ疾病 は、被爆関係諸手当の分類でいえば、燈機能緯書7、籟環器緯書6、騒壷管瞳 害5、運動機能鐘審5、呼畷器障害3、消化暴緯書・駐機籠瞳害・海分婆機能 鐘害各2、塔嶽機籠障害・言語機能瞳審・腎機籠鐘害各iを数え、このほか壮 年簸の老化急進2、藏栓による下肢認鎌i,さらに介護中の人2がみられるの である。これらの病気は一人平均2であ鞍、…般の講年高齢者に発してとくに 多くはないかもしれないが、症状からするその健康・生濡不安はきわめて高い ものがある.
年2暴の被爆者健康診籔を受診している人は誓、受診していないもの2(う ちiは入院中)、不醗iである。生活の根麗は、年金によるもの7、子供によ る扶養5、年金と子僕董こよる扶養3、不購5である.これらのうち、被爆者閣 係諸手当を受けているのは、健康管礫手報欝、保健手当2、医療特需手当i、
介護手当iで、飽の年齢麟に比して姥鮫的高い率であるが、残る3人は、不明i、
隷下i、病気が認定対象外iである.この年齢馨の諸手轟依存の度合いは飽に 比しきわめて高いものであろうが、それでも、この年令で不該嘉、隷下が生ず
るのは遷解しがたい。したがって、この屡のもつ要求は、手当増額5を筆頭に、
生活艨艟・援護充実4、手当受給i、指定病饒増i等で、要求をあきらめて叢 かない人が多かった.これらの人々縁、将棋・鉾句・手芸・ゲートボール・簾 舞・庭いじ吟・軽い労働といった趣駿のほか、老人会・ボランティア活動など の人聞麗孫保鋳、戦争犠盤者の僕養、孫の成長、病気羅復の望みを生きる擁り 翫とし、率には、核兵器廃絶、学習による社会構勢の掘握を生きがいとして蔭 張っている人もいる。しかし、病気に絶望して、生きがいを失ったと配した人 一66一
蕪霧察における被爆煮の現状について(墨埜 惇)
も2人いるのである.
麟答者のうち、子孫のため,人道一k、人類のため、2度とあの惨織をもたら さないようにと、雄人が核兵器廃絶を顯い、さらに、被爆者援護法の麟定(子 孫のため・認齢化した被爆者のため〉を望む人も、やや少ないがi5太いる。後 者については、麟会に望みを失った、被爆者の実態を醗が穂密にしているうち は麟定できないというあきらめが書かれていた.
しかし、毒分の被爆体験を子に語った人は欝入、地太に語った人は誓人に及 び、思い織したくない、言いたくないは3人にすぎない、緩爆者組織の運動に ついては、こ蕊もあきらめのせいか、催の屡よりやや少なくこの屡の半分が支 持と激励を表萌し、よ吟強力な運動の展醗を望むもの2、原子力発電翫の必要 性を遠べ、安全確保を条件としたうえで原子カー鍛の否定はしないでほしいと
いう要望を述べた人も2人あった.綾爆者の一一人は訴える、「あと3年で被爆灘 周年になります。被爆者もますます老齢となります。職業はとうに離れて毎渥 健豪だけを額っています」(男雛、7§才〉,と。
⑨次に、この年齢麟の2号該婁者について(3・4号はいない/.いずれも広 島の被害者であ瞬、男種5、女雛2、計7名が薦答している.いずれも8月7・
8転1までに入毒し、家族の捜索、救援活動、看護、死体焼藻、警備等にたずさ わって、8月i5露ないし25醸まで毒内にとどまっている。職業は、軍人2、軍 綴・公務員もしくは軍需関連企業3、主婦2である.本人だけの被爆は5.家 族5人中全員被爆が2績ある.これらの人々も、醗後に霧環器薄書、運動機麓 瞳霧:、むくみ、鱗毛、発熱等の症釈をひきおこし、入院2ヵ月、遍羅完8年に及 んだ人もいる。ぶらぶら病にかかった人も2人ある、
現在夫婦・子を含む家族がある人は4人、不萌3、子供が生まれなかった人 がi太いる.これらの人々も高齢で多くの不安と憾みに蕾まれている。それは、
自分の健康、後遺症、嵩齢化と生活、夫嫁とも病気で根互に介護しあわなくて はならぬつらさなど、深麟であり、その掩えている疾病は、徳環器瞳害4、運
行致社会譲葉 第5巻 第3号
動機能3、内分泌系i、造戯機業…iである。そして、年金生活が3、子供によ る扶養が1.不明は3である.被爆者検診受診煮は5、健康管理手離の受給煮 は5である.
これらの人々のあげる生きがいは、新顯・交友・軽作業等があ韓、核兵器廃 絶を望むもの4、超大薦の核探書鍾やむをえないとする入もi人ある。また、
巖らの原爆体験を子や纏人に議した人は4人であるが、つらくていえない・需 っても分からないとする入も2人あった・被爆者援護法の鰯定をつよく望んで いる人は5(戦後魑蓬未了、轟齢位・病気への対策、羅家責任1、あと1雄略が なかった.さらに麟や察に講ずる要望としては.健康施策を充実し、諸手峯の 受給手続きを簸素発すること,捲定の藪醗をもっと増やすことが望まれ、至)翼0 派兵に疑鰐をもつ主張もあった.察の被爆脇に請しては、事務島の負譲遍大解 溝のため案内複爆者の積癒的な支援・協力を要望し、また感謝のみで繕もいえ ないという声もあった.
琵.この繕は、大正7年から昭誰12年までに生まれた、幾時ほぼ27才から雄才 までの書年屡である。
窪)玄鶴の1号被爆者が男34・女4.長麟のi弩被爆者が男女それぞれ董、今繧 の調査では各屡のうちもっとも多く、計韓名の疑答がえられた.
爆心からの距離は、2キロ以一下が2蓉メ、に及び、このなか裟は§、5キロの女難i
iも存在する。2〜3キ寂が7、3〜4キロが6、5キ霞がiである.木造建築 物i〜2酷の屋内での被爆が男女ともで2暮人、コンタ醤一ト建屋殉で3人、履 舛被爆が賢人である.これらのうち、軍人がもっとも多く23人、軍総ないし軍 需縫係二£場職嚢2、教轟・動賛学徒2、保健婦i、主婦3,不瞬9である。た
とえば「鏡第欝7欝離縁全員朝食後就寝許可によ馨就寝中、兵舎倒壊下敷」(男 性、69才/、r校庭に整爽して中線長の講辞を聞いていた」(男性、74才/、 r部 隊で教育講練終了後、趨磁長縷麗のため鴬庭に整擁中」(73才、男雛〉, 「一髪半 身操で醜立て伏せをやっていたユ(72才、男縫/・ r外鐵の点縛が終わ馨、班内
一68〜
熱熱桑にお1ナる被爆春の礎状について(鰹埜 惇1
に震って一一・憲ついたとき光を感じた。その鋳一一瞬にして兵食はつぶれ・濤露が 暗懸となる.灘下にあった防火講本の脇に倒れていたところを誰か紅救けられ、
瞬辺に運ばれた」(警才、男性/. r手繰をおぶって外縷から帰った時、家は表 から嚢へ爆愚で吹き飛びました蘇69才.如隻/.「木造校創設壊、地、雛緊
までコンタ貸一ト校舎を爆醗が吹き抜1ナ、窓枠がなくなり、2賠にいた2§◎名 の子供たちは全糞吹き蕪んで死体も残らなかった」(65才、男性〉. 「一購に窓 が吹き飛び、火が吹き込んだ3(66才、女性/. r私は肇時保健婦をしていた。
魚腹糊講義の陸の義蕩に灘遣され.2購の窓であの光線を受辱、大きい机の下 に潜ってガラスの舞に麟されることもなかったが、失神している舞犠こ救難られ、
水を浸した毛葎にくる象れていた。そして欝眩を覚えながら救護活動に入った。
身体が熱い、火のなかである.梨が食べたいと誘いながら爽気の強い畷畦を続 けて人が死癒.3嚢めにピ董宅にい・)てみた。まだ燃えていて黒い死体が続いて いる.私が生きていることが不思議だ.救護活動についてきた女子昔年の人々 も毎1窪髭んでいった」(66才、女性〉.
これらの人々のほとんどが全身の怪我・火傷を含む被害を受けた.靉靆・首・
顔・騨・薦手・欝・講等の高度の火傷、裂傷、菩撲などを受け、顔や左単身に ケ窪イドを残す人、全聾、左鰻失明,腰骨の変形などのほか、直後に脱毛・紫 斑・灘壷・下痢、倦怠・しびれ・ぶらぶら病の後遺症を持ち、直後はもちろん、
昭顯韓年伐か穿)糧姦まで入通院を繰り返している人が25人にのぼっている。そ こには、奏臨球の織少を誘えた人、海部形成簿手術を行なった人もみられる・
新左顔面・左葺・左縫・濤縫簾・左大縫部・左縫簸部・左足畢、火傷第i度、
左葺全聾・左翼ケロイド・左足縫籔ケロイ瞬(遜才、男性)。
これらのうち,本人だけ被爆した人は灘、本人と妻の被爆i維、家族ともに 被爆は2人中2人被爆が4緯、5入中5人被爆がi (その後ガン死i瓦 5人 串4人被爆がi(その後ガン死碁、不覊3である。さらに瞳害を持つ子の罎 生もこグ)屡に多く、聾喚i、麟疾患2、霊弱i、紫斑病亙、麻癒L未熟箆・
、む臓奇形・嚢露球藏少至である.こうした設闘には醸答しなかった人もいるで
行政廷会論集 第5巻 第3畢
あろう、
現在、濯綴音を含む家族がいる人は29、配儒者のみ3、窺ないし子とともに 生活している人3.懸老2、不瞬3であり、このなかには長く寝たきりの人もi ある。これらの人々の不安・苦悩は多く、自分や醗潟者の病気・健康について 溢入(原鑓不明の病弱4、だン再発の恐れi、会話不能董〉、子僕について7
(病気2、子供の結婚i、家庭不穏iなど〉、叡人減3などが罎答されている、
なかには、子供が育ったからもう安心という入もあ蓼、また、死を患う、心醒 してもどうしょうもないとする人もいる。
この馨の織答した主たる疾病は、籏環難瞳害鍵、擁機能7、内分泌機能S、
驚籔機能6.消化器機籠5、脳室管機籠4、騎瞬機籠3,造壷機能2、細胞増 殖機籠玉、腎機能亙、全身倦怠i、神経麻痺董、露足壊疽i等に及んでいる.
被爆者縷診の受診者は、大体受けている3を含め36人、嚢務の離合で受診で きず・職場で受診が2、介護を受けていて行けないが茎で、不明里である。健 康管運手当受給は22、保健手当6、医療特懸手当董であるが、2キロ外である からという不可解な理由で該当しないと霧いた人も1あ鯵、また、該当しない と思う3、勝得凝銀がi、企業年金があるので(?〉i、生活が安定している から蓬、健康だからがi、もらわないiと、手当受給については、たびたびの 事務轟からの連絡にもかかわらず、まだ饗解が行き届いていないことを感じさ せている。
理益の生活の根擁は、年金によるもの27、仕事を持つもの4、年金と仕事4、
年金と子供による扶養i、仕事と子僕による扶養1、子供に依存i、不瞬2で ある。また、この屡のもつ生きがいは、趣練が9(読霧・碁・簾舞・ゲートボ ール・釣管など)、健康で働くこと8、家族・子や孫の成長6、ほかに歓会奉 麺・生涯学習2、被爆者運動の成功三等も存在している.しかし、生きがいが ないという入も存在する.病気・家庭問題・子や孫に恵まれぬ・惰性で生きる
しかない等がその還譲であった、しかし、核兵器廃絶を切望するものは3§人に のぼり、罫人類絶滅の呉羅によるあの悲惨な霞を子や孫にあわせたくない」(驚才、
一7春心
篠島県における被爆者の現状について(星埜 惇〉
男性/という人が多く、またr核兵欝廃縫は決してお舞謡ではなく、できない はずはない」(男性、蕊才〉という前向きの意見もあった。
被爆体験を子に語っている人28(35年たってからiがいる/、懸人に語った 人も28、全くない5であるが、語った人のなかにも「本当は語今たくない、晦 がつまって友達や多くの人の死にざまが思い鐵されてま(66才、女性〉と書き 換えた人もいる。ないのなかには、語ってもどうせ分からないL鱈じてもら えないi、あまりに惑惨な話だからi、偏見があるからi、家族に不安を与え るi、娘が結婚できなくなる1、、意い出したくないi、被爆捧験に負い馨があ る工などの追記があ蓼、また「諾したら伝染を恐れて逃げた人がいたまという 追記さえ存在する.被爆者援護法の麟定は、切望するもの誕(薪援護法は補蝶 麟度の擾幹となるものであり棲兵器否定の遷念を確立するもの涯73才、男性、
r被爆者はすでに老齢の終講を逢えている.時鷺の余裕はない。不安はますま す塔大するばかりである。生存者を主体に単急に被爆者援護法の成立を望む歪 博才,男性/であるが、縫方、望んではいるができないだろうが翫その遷露
として鰹の戦災者がたくさんいるから3・自浸党政権だからiがあげられてい る。参議院縫会労働委員会の質疑における、寡費党議員の反難論麺が被爆者の なかにも一定の影響をもっていることがうかがえる。被爆者運動については、
賀の共感・支持の意見があったが、注文も数多い.梁被爆協に帰しては、会運 営への参癩者が少なく全体としての活動が鈍い・各地絨に翫置された灘会長の 活動を活性化すべきである、体験記刊行が継続できないなら蕪験をテープにと ることを検討してはどうか、などがあ吟、また全国運動については・政治的分 裂が残念・一本化せよ(練水禁運動と混同している?〉、運動が懇懇活動とみ られがち、また、たとえば東京では広島の人が多く長麟の人は発書できない、
傷をなめあうような会合には議たくない、などがそれである。誤解もあろうが、
考慮、すべき閣題も含んで終る.
さらに、蟹・漿当局に対しても、麟内外の連帯による軍縮と戦争廃維への努 力がみられない、遍ちを繰彗返すな(f曝元邊ぎ轟ば熱さを忘れるのとおり、
行敏縫会論集 第5巻 第3号
数戦のとき、鍵界に麟し羅幾に帰し誓った二度と繰り返しませんの言葉を守っ てほしいま72才、劣性)、援護法に賛隣した羅会議員一一人ひとりが貴注をとっ て成立に努力せよ、党灘を超えた法成立を望むといった大きな意発から、やや 具体的な、羅や察の実態控握の不十分さ・数だ謬でなくもっと各人の実態を掌 握し原爆の蓬体を冤届1ナるべき、県の独衰政策が篠轟で1ま皆無、鴛酸撞楽者が 不髄強で不要の書類の強譲がある等が指摘され、さらに援護据置について,轟 齢者介護の法的整備、検診繕数の増撫、金聾の認定疾病飽、心身障害毒婦策 (授産を含む)、検診結果の攣期連絡(欝彰1骸!で)、櫨診結果だけで手婆の支給
を、揚足病院以外の検診による手轟認定を.埼玉の飼になら/)て襲麟会趨入の 一すべての医療機雛で検診可能にせよ、r被爆者の老齢化が進みます。堤在は縫 豪でも、いつどこでどのような悪い状態紅なるか心醗ですので、その霧合、病 醗への駿容、または介護の補勤等を有孝彗にしてください」、 健康診断のなか に一…般的な成人病検診的な蔀分も入れてください3(総才、女性、この闘答者 は43才の新大縫骨頭都舞辮、蓬輝が不思議がつた怪我であった/、被爆者棲診 の項羅が菓奈に乾し愚挙なので(尿と甑綾のみ、X艶・心電図緩査がない/厚 生省で統一的に験診項嚢を贈やしてほしい、籏人病院では診察に差騎がある、
ガン検診の項類堰、ガン手簿に援麟を(ダ私は昭秘磁年5月皐期がンの手織1を 受けましたが、羅からの援豹はあ鞍ませんでした,§下顔講神経麻癒で通院も 5ヵ懲となりました.神経麻痺が褻らないので遜っています3(69才、男性/、
験診で異常なしなのに投薬が多い、歩行露難考にタクシー券を支給してほしい など、なかには若干の誤解もみられるが、魑梨と箆べた差異を含め、きわめて 数多くの不満と要求が繊されているのである。そして、各種手当の増額と不塞 な支給麟銀の撤廃、被爆者年金の麟設、認定手続きの籍素化、生活羅難の度を 換える被爆者への援動、軍人軍需との差霧撤廃(f援護法について馨は飽の戦 災者との鋤較を云々して成立させないが、騰疑の義務で徴兵された我々軍人被 爆者と傷擁軍人との差はあま瞬こも大きいのではないでしょうか」器才、男性)、
さらに「すべての戦争鞍害者への援護を」も含めた、戦後麺運への窃実な騒い 一72一
癌鑛鱗毛にお葬る被爆者の奪歪状について(羅鯵 惇1
がみられるのである,
②この隼代の2・3号被爆者は、広轟8(女性i〉・袋織i(女性!の9名で ある.軍人ないし軍属とみられるもの5、主婦・看護購謙2、不明2であ甑 家族の捜索・看護・死体麺鍵・救援活動・警備・焼け跡整漣等にたずさわって いる。たとえばr私は長麟に投下されてから欝謎あまり経ってから久蟹米の陸 軍病続から長鑛陸軍病羨へ救援を撫ぜられ、2ヵ月あまり寝食を忘れて饑きま した。蕩時は瓦礫の霞、入鶴患者は毎舞舞縫下職.轟露、内灘奮を繰り返し亡 くなっていきました・汚物の洗濯、死体の焼隷など、疲れ果て・めまい・食欲 不振など・… それでも頑張ってきました.その婁時の友が,跨羅(講査票 の罎いた前議)2人亡くな辱ました。皮麟ガン等が療欝で、やは鯵、と思いま す.戦争は絶韓にいけません.原爆の話でも東北は遠い醗のように悪います。
私は九州に暮らしていたせ いか、人々の縫心も違うと思います。緩療関係につ いても考え方が違うと思いますf(薄才,女性/、と、そして,この曝にも被爆 にかかわると思われる直後・その後の入通院・ぶらぶら病は4件ある。家族を 含めた健康・病気への不安は全員を覆い,したいのに仕事ができないという人
も2太いる.本人のみ被爆したのは4,家族鐙人中5人が被爆し、夫が嚢爆発 した女性もいる.そして、被爆後、障害をもって生まれた子も3 (脊椎奇形・
心瞬瞳害、虚弱)である.
藝避編者を含む家族のいる人は8、懸老董で、この屡の抱える病気は、消抱羅機 縫3・関籔機籠3・婚環器機縫3・羅露管機籠2・呼暖器機籠2・分泌機縫2・
邊機籠iで、妻が働き、本人は絶入介護を受けている人もいる。
被爆者検診は金聾が受診しているが,■蛋二記の疾病紅もかかわらず、縫療管獺 手当の受給は5iことどまり、該当しなかったとする人が4太いる。年金生活は5、
仕事と年金が2,仕事と子に扶養が2である.
被爆体験は子に議した7,縫入に議した7、悲惨ゆえ謡さないがiであるが、
全員が被爆煮援護法の成立を望んでいる(縫7年瞬健康の不安に悩まされどお
術数桂会譲葉 第5巻 第3号
しだったから」薦才、男性、「飽の戦争と違う特定された広鶴と長編への援護 は、原爆絶滅につながる365才、男性〉.戦争被害…般との差、核兵器寵籍と の連関、原爆死没者への震いのあかしを認識している人と、望んではいるが、
しかし醗が無責任で、飽の戦争鍍害者も多いからあまり期待しないという人も いる.これらの人の生きがいは、子や孫の成長・家族との生漉が6、健康2、
講書・ドライブ・札勝参りiである。家族や子孫の成長を生きがいとすること は誰しも講じであると思われようが、被爆者にとっては切実である。核兵器廃 絶は全員が望んでいる(ギ盤雰平撫のためj66才、男性/。県被爆鰯に薄しては、
将来とも思想的に編らぬようという要望i、会費が少ないから増やしてもよい iで、6人は評癒している.
縫方、講・県当騰に対しては、広島壷みの援護を、手鰻ですべての病醜の受 診を(体のため透くで受診したい、指定病院は待たされてかえって病気が悪秘 することもある/、兵歴換算の年金を(罫私は軍隊にいって被爆者となったが兵 歴の年金簾舞もえられず一・ 自分嚢身で生活を維持して余生を送るのみ」
弱才、男性/という声とともに、原発も安全性を軽擬したまま増やすべきでな い、改憲論考は自ら兵卒として前線にいくべきだ、のほか、麟に侮を言っても 無駄だ、欝分しか頼るものはいないという悲痛な声もあった。
1嚢.この雇は、当時誓才から8才の、学生・生徒・晃童が多い。
①広島の正号該当者は男3、女王、長綺は男9、女3、計絡で,繧答は長麟が 多いという特徴がある.爆心からの被爆距離は8§倉メートルから9.8キβにおよ び、3キロ麟後が6人、2キロ以下が4人である。
軍人・軍属・籔罵3(「陸軍船舶特騨幹蕊躾補生として教育鎌長の譲語中被 爆」63掌、男性〉に対し、学捷動員、生徒・晃童が9で(ゼ学後勘員の夜襲明 けで帰宅した直後ま64才、女性、「幾麟三菱兵器製作醗廷、熱工場の窓近くで作 業中」63才、男性、「丸襟で燐遊びをし、土手にあがったとき」54才、男{勢、
そのせいか主として木造の麗内被爆が6であるのに対して、塵界での被爆が欝 一7護一
懸、鶏銀における被爆煮の環敷について(笙埜 惇〉
(船一鉦i)にのぼっている。このため、左誰身ないし前半身の第2度の火傷・
あるいは全身の三分の一の火傷のほか、背中・艇の火傷や駿毛、手首・右競の 皮縷が垂れさがる、ガラスによる切傷などが多くみられ.人通饒はiしぶらぶ
ら病は4とな〆)ている.
また、こうした年令構破のため、本人だけの被爆は5、不明2に難し、家族 とも被爆が8継にのぼる.5人申3人が被爆して母は行方不明のまま、9人家 族が全員被爆し父・兄はその後ガン死、講じく9人家族が全員被爆し醗爆死・
醗後死が3人、その後死3(ガンエ〉、7入中7人被爆しその後死3(羅鐵叢・
ガン・骨瞳害/、6人家族で5人被爆し大勝ガン・スモン等で3人がその後死、
7人中2人被爆しその後父は心臆病、母は臆藏栓、姉が尿毒症で死亡、そのほ か5入家族全員被爆、7人中峨人被爆、家族賛入中、兄2人がその後ガン死し たなどの事弼があげられている.戦後生まれた子の障害としては、精神薄弱L 子が生まれなかったまがある。蔦人中、醍儀者と子供を蕾む家族持ちは欝人で あるが、妻を失った人ま、纏老工がある。
こうして、聡在の不安や苦麟は、本人の後遺症を含む病気甑体力の衰え叙 子供の病気i、家誹i、兄のだン死で自分も不安などで、不安がないのはi人 にすぎない.堤在の病気は、運動機能瞳害7、婚環機能障害4,屏機能2、内 分泌機能i、脳姦智機能i、消化器機籠iである.被爆者検診は、大体受診し ているiを入れて欝人が受診しており、i人は往事で受診できないとしている・
健康警邏手当は8人が受け、ほかに2人が保健手当を受けているが、殺人があ るから、該当しないからという理康で受けていない入が6人、輝下された人が
1である.これらの人びとの生活の掻麺は、年金6、嚢営4、会祇嚢務2、年 金とパートi、子供による扶養と年金が工であった.そして、体がきかず生き がいもないという人が里、健豪で仕事をするのが生きがい3、子供の成長・結 購2、ほかに信蔀i、老後の生活設誹i、戦争のない歓会の実現がiである。
核兵器iの廃緯を望む人は慧人(難算卑称のため・人類滅亡を防ぐため〉、被 爆体験を子・鰹人に語った経験をもつ人はそれぞれ稔人で、不明3、捧がきか
行政社会譲隻 第5巻 第3号
ず議せないがiであった.被爆者援護法の簿1定を求める人も講じく簸(鐵家責 任をはたすこと、一一生苦しみながら生きている、戦争がなかったらこんなこと になっていない、二度と鍵層しないためにも、どれだけ多くの人が被爆で亡く なったか、また家族がばらばらになったか、この悲惨さに対する代欝を)、望 んではいるが璽難であろうとするもの玉 (一般戦災考との蝿箆〉であった、騒 本被懸腕・察被爆編に対しては、活動方針が鱗確で結構・さらに奮縫を望む2、
ほかに県内各地域での総会の灘崔、調査を秘密にやるべきでない(?)各iで あった。麟や票に対しては、平灘を守れ歪、県も援護法成立に積極的になるべ き重のほか、梁の理解・対策を縫梁叢みにしてほしい2、措定病競の増撫玉、
麟民健巖保険の免税・鑛畏健豪傑験なしに通院再籠に2、瞬得税の減免2、全 員に健康管運手炎の支給1、手楽受給手続きが至鱗ですむようにi(だんだん 芋続きしにいくのが苦になってきた/、タクシー・は鯵・マッサージも手緩で 擁籠にiと.すでに難桑で実施されているものを事鱗とした切実で具体的な要 望がみられた.
⑧この縷の2号該峯者の醸答は、広爵麺(女性il・長綺玉(男嫌/である.
軍人2(、翫陸霧舟艇の.となど)、徴罵1.学生・生徒・甦童8 (登校準、陸軍 病続へ動員中など〉、不羇iであった。負傷者の叡容・治療ないしその徳勤、
死体処理・火葬等に従事した箆較的年長の人と、もっと幼少の人を含んでいる。
この緩のなかにも、化艦が続いたり.ぶらぶら病にかかった人があ蓼、嶽後の 入通院も4ある.ヂ原子爆弾投下直後、爆心地である浦.ヒで3馨2醗救護活動 に従事したが、甕体の燧躍をしたり、その時の空気を吸ったり、そこで食べた
りしたので、野霧したのだが、おそらく薩後のことだから、侮かの影響があっ たと思うが不瞬のままである.嘉馨の救護活動者への身体への影響度のデータ があれ.ば知蓼たい∫(§3才、男性〉という声もある.
本人のみの被爆は5、家族ともが7、家族5入中3人被爆し本人以外の父母 はその後いずれもガンで死亡,あるいは3人中2人被爆しその後継父がガン死 一76一
蕪鳥難における被爆餐の覆状について(獲埜 惇/
した事飼が醸答されている。したがってこの縷にも、瞬一の経験をした友人の 死(だン倉などから、被爆の影響による病気への不安が8人に及び、子嚢へ の心配、経済不安なども存在している。饗に瞳害をもつ子が董・生まれなかっ たが玉ある.
配鶴者・子供をもつもぴ)は9.醍綴音を亡くした人が2、不覊iである。寝 在掩えている疾病は鱈環器機議4、灘籠運動纏縫4、内分泌機籠3、消化器機 縫3、解織機能2,髄鉦管機籠2、覆機籠2、造嶽機能i,賢擬態i、耳の障 害i等と、かなり障害が多発している.被爆者検診は受診9、大体受診iで、
無人に会うのがいやで受診しない玉、種事先でやるから受診しないが歪ある.
この屡はまだ仕事をもつ人が7人あ諺,年金生活は5である。健康管理手}難の 受給が7,保健手楽がi、不明董、該察しない(病気の種類・瞬得・働いてい るから?)というの解3である。
勧めはいやだったが、という人も食めて、全攣が子や勉人に被爆体験を語っ ている.援護法蔵立を望むもの9(年々体に不安がつのる、常に不安に嫌えて いる、被爆者を救い再び被爆者をつくらぬ証しとしてほしい、高齢化した被爆 者の生活安定を〉、望んでいるができないだろう(飽にも戦災奢がいる,今の 駿癖では嚢底できない〉2、不明iである.しかし、核兵纂廃絶起ついては全 員が切望している(「琿露はどうであれ、米麗が人道、1二許しがたい原子爆弾と いう兵器を旋電したことσ)責任を感じ、人類として、また鍵雰の夢一ダーとし て、その非を認め対逃することにより、量饗各購の人ぶ、人類の一員としてま た入間として、このような核兵難の綾絹がいかに悪いことであるかを身にしみ てわかることが必要であると思う三63才、男性、紅戦争を起こした瞬は戦争被 害者紅責任をとるべきだ、二度と戦争に撫摂するようなことをしてはならない三 63字、男性)。しかし、そうした運動を進めている被爆者継織への閣心はこの 屡にはあまりなく.感謝するのみが董、会費が遍小だから蟻やしたらどうかが
iあったにすぎない.
躍・漿に嬬しては、アメサカの責任曙i本政癖の責任を集たすべきだ、援護
行政桂会誌集 第5誉 第3弩
は匿の「心まの縫題だ、戦争に趨挺することに長講、誠実な短策をたて縫察と の横壷びと称して最低の施策にとどめるのはやめてほしいといった声があり、
援護法の鰐定をあらためて強調しているほか、詣定病貌の増撫を要望する声摂 ここにもある。
欝.昭諏欝年以後生まれた人々で、i号が広繕i、長綺が5 (女性3〉と騨答 は少なく、隷溌についての認識も構婦的には乏しいといわざるをえない.
廷)爆心2キロないし3キ窪の被爆が4人、4〜5キ皿が2人で、ほとんど木造 の渥肉慾宅)で被爆している.庭で遊んでいた、家族とデパートへ行った帰
り、生後8ヵ月で母の背に負われていたなどで、よく覚えていない人も多く、
発童i、幼還・乳晃が4、不明iであり、ほとんどが家族とともに被爆し、怪 我をした人もいる.家族9大会鍵被爆(父は戦羅・その後昆4・うち弟がだン 髭〉、家族7人全員被爆2(直爆琵i〉、4人中全員被爆、3人中全員被爆(父 母が心藏と騒でギその後死」〉などである.障害をもつ子はいないが、子供に 恵まれなカ}つたが1ある。醗在癬群舞者・子供とともξこいるものは5、 i人は婆虫 身である.独身ゆえの健康・生活不安のほか、子供の病気、子供の結婚(友人 の子が被爆者の子を理由に破談となった〉が指擁され、不安はないというもの は2人であった.
聡在もっている疾病は、籍環器機能2、内分泌機籠i、腎機能i、運動機籠i、
ほかに轟の擾性的病変が認定疾病に該当しなくて露っている人もいる.被爆者 検診は、大体受けている亙を含め4人が受診し、受診しないのは、能事の都合玉、
勉のかかりつけの医院でがiである。被爆者関係の手当については、5人が該 当せず(健豪だからなど〉として受けておらず・保健手当受給がiあるのみで ある.全員が、自営・事務職・保母・新賜醍達筆、侮等かの仕事をもっている.
しかし、猛事がつらく生きがいがないという人もあ鯵、家族・友人・子供を生 きがいとする人3、読書等の趣味が2であった.この屡では、核廃絶を主張す る人は4(長麟での身近な人の死、「万が一、三たび使うことがあると、多くの 一78一
藤島県にお葬る被爆費の現状ξこついて(鶴埜 惇/
人々がまたすごく苦しくなる、 農律¥縁がなかったらPKOも問題1こならなかっ たのに、ついに隊として外醗へも行くことになった。決して使わな》、という原子 爆弾も、周羅の変位でどうなるか分からない、ないものは誰も整えない」52才、
女養勢、あるのもやむをえない(武器すべてを無くさないと結局は綱じだ〉が2 ある・被爆者援護法を望む人は3、望んでも馨にその気がなくあきらめている2、
繕答なしiである.被爆体験は4人が飽の人に話し、子供に蝿しては2人、語 ることはしないが2人であった。被爆者の組織に一一定の評簸をしている人はi 人にすぎず、運動そのものにまだ関心をあま辱もっていない.国・県に対して は、長編と瞬榛どこでも手緩で診療できるようにしてほしい、福島では捲定病 院でも手緩を出すのに遠感があるという声もみられる.縫方、繕尿病で健康管 選i手業を受給していることに感謝を表醸している人もいる。手当、核廃絶、援 護法講定等については認識の乏しさもみられるが、縫方f父を戦争で失い、弟 はガンで死んでしまい、いろいろ考えていると、私も単鞍を守るために侮かし なければとあせるのみです。家族がみんな生きていく、そろって食事をするこ
とを…番大事にして子育てをしました。戦争はいやです.家族そろって食事が できなくな撃ます」(52才、女性〉といった、実感のある核戦争への友婦の思 いも鮭露されているのである.
②この懸に属する2号被爆者の凝答は広島の男女2のみであった.いずれも当 時幼甕で、瞬窺とともに被爆者の看護についていって家族とともに二次被爆し た人もいる.家族5人中5人とも被爆、8人中7人被爆(父母:はその後死、う ち母は肝騰ガン/、現在配儒者と子があるi、不覊i、いずれも繧環器系の病 気に憾んでいる.検診は2人とも受けているが、健康管蓮手盛受給はi、iは 不絹である、核兵器についてはいずれも反帰し、体験は2人とも子や飽人にも 議している。しかし、援護法舗定については1人が望んでいるが、もう一一人は 園答がない・人数のせいもあるが、解答欄の空露が多く、全体の傾霧を推し量 ることはできなかった。
行酸桂会論集 第5巻 第3号
霞 調査結果の報告をしめくくるにあたって
最後に、この調査で明らかになった事実のうち,被爆者のもつ瞳害、被爆煮 縫係諸手叢の受給状溌、鷹や県紅耕する要望の、全体をとりまとめておこう。
まず購書について。全体を合算してみると.籏環器瞳害魯を筆頭に、運動機 籠薩害壌(姦栓による下肢燐漸茎、梅足壊療iを含む〉、魏機縫瞳霧誓、内分 濾機籠緯書蔦、脳姦智瞳害i5(言語機籠障害iを含む〉、消化器緯書懲、駐機 籠瞳害9、陣畷霧鐘害5、増姦機籠薄書5、腎機籠瞳寄継、繕胞増殖機籠i、
神経麻癒1、耳・轟の瞳害2、このほか壮年期に老生急進2、全身倦怠の持続 i、介護中の人3となる。この環形1については、箆較的若い馨を除いて、あま 参闘答は繕避されていない蔀分であるが、灘纏謎算して1鴛入で誓4に及ぶこれ らの疾病は、蕎齢者にとっては1蕪然として見通ごしてよいとは思えない・若い 屡を含めて、編環雛・騰籔・複機能等の疾病が早期に多発し、今1鷺こ至ってい るのである。しかも、後述するように、鷺88年以来7年縫で手緩解持者の欝%
の死者潜、多くガン死していることをみれば、今後さらに増えるであろう被爆 脅の疾病への配慮の必要惟は、緊急である.
罫鞍懸綿疇新聞の簿鐙年鶴舞号は、敏躰線被爆者医療醒蝶協力推進鶉議会纏 置原爆放窮線の人体影響欝§蝶〔光文続暮)において、被爆者の疾病を「放躬 線誘発の各種藏器の発癌3におき、「高線量甕接被爆による登癌3を今だに確 認しつづ1ナているが、最近「低線量綾離縁は蕎線量と全く違う方法で影響を与 える」ことが明らかになってきていること、霞磨ガン・子宮だン・原発性肝騒 ガン・婚環器疾患・嚢ガンなどに低線量の被爆起鎧姓があることを指摘してい る.今縫の調査における婚環露瞳害の多さ、2・3暑被爆者にもこれが多いこ とは、翫のとおりであ鯵、ぴときわ撲診の捻大と被爆者蹉療の水準の進歩の重要 性を感じるのである.
次に手豊丘についてみよう.健康管礫手1圭舞8(蓉92年3月堤荘、祭内金受給者 一瞬一
麺、麩漿にお捗る被爆者の現状について(星埜 惇〉
は66)、保験手轟鴛(麟墨二2虜、医療特罰手量2(講と、iが医療特遜手数 i は特欝乎諭、介護手当i(欝瑛年末、介護手業○.家族弁護手筆鱗)で、不 醗2、舞下2である。察全体の受給率からいえばかな吟高くなっているが、そ れは手窯を受1す、また援護に縫心のある被爆者が多く麟吝したからでもあろう。
ただ、該当せずと繰答した25入のなかには、霧得舗譲による2・健康であるか らレ病気の種類が該嶺しない2のほかに、企業年金があるか転生活が安定 しているから、取入があるから、働いているから・被爆が2キ貨外であるから などの、それだ諺では不可解な理露で該当しないとした人がいる。このほか該 当しないと患うが3人、もらわないとする人iで、手当受給の条件、疾病の種 類や状溌1こついて、本弄、だけでなく、鷲政攀縁や難癖機麗の認識不足鋳鞍伝 達の欠離が認められる。会の運動のなかで、ニュースを通じた椿鞍伝達をしば
しば行なっているが、本人が建解していない場合や遠慮して請求しない場合も かな穆存在していることは・電謡讃談などでも瞬らかになっている・運動と行 政との連騰もきわめて必要なことであると患われる・
この調査を通じてみられた被爆者の要望は、窪)聡宥法を前提においた手当醐 係に聴するもの、たとえば、被爆者縫係諸手箋の増額、被爆者全員への健康管 理手当支給、高齢者・瞳霧者には羅難となった認定手続きの癈棄{紘検診緋果 のみによる手当の支給、不当な支給麟罎の撮廃、撰定病院以外の験診による手 当認定譲、(1葬葦じく、蹉療・生活関係に濁するもの、高齢化や体講による近辺 の揚足病院の拡大、もしくは手緩によるすべての病院の受診可籠化(埼玉の趨瓦 認定疾病の鉱夫・榛診総数の増撫・東京灘こ銘し過小な検診項譲の贈撫掌摩生 省による統一的な検診壊羅の紘大・充実(ガン・心藏・麟疾患等瓦検診結果 の準期連絡(欝馨以内/、燧人病醗にみられる診察差購の是正、被爆者とりわ け高齢者・障害者の健康管還・生活保護施策の充婁(入院・手衛・介護・授産 等〉、被爆者健康手緩によるはり・マッサージ治療やタクシー耕馬、③さらに、
負糧が遍大となった羅甕健康保験の免税.あるいは瞬民健康保験なしの診療、
瞬得税の減免などがあげられ・ている。また・④被爆者援護法にもかかわる要求
行政徒会論集 第5巻 第3号
として、生活保瞳・援護の凝度的充実、軍人・軍縷との援護差懸の撤廃、被爆 者年金の麟設などの要求がみられるのである.屡答のなかでは、要求をあきら めて書かない人が多かったが、被爆者1こ対するきめ継かな施策の必要性は、以 上だけからみても緊急の難題であろう。
換えて、桑・得政当局への不満と要求も多い。たとえば、県には勉都道購漂 のような独窪の被爆者薄策が皆無である、緊の被爆者への運解・援護薄策を飽 県重みに、あるいは広島重みにしてほしい、察隷施策の遅れた絶察との撲叢び だけ考えて最低の施策しかしていないなど、勉都道癖嬢から転入した被爆者、
あるいは縫都道府察の被爆者に知人のいる被爆者から、萢で実趨されている施 策を事綴とした燐実かつ具体的な要望がみられたのである.そしてこれ以外に も、脆較的に被爆者の少ない地域の、保健醗を含む行政推当者が、関連法燦等 に不勉強で、不要の書類を強請されたりするといった不満もみられた。
露答者中、核兵器廃絶を望むもの欝3人、§5%.被爆者援護法を望むものは やや少なく95人、85%。この数字は侮を勅語っているのか。自らの被爆捧験か らする、家族、瞬民、そして人類の平鞍な将来を燐望しつつ、しかし現在の政 治に嬉しては、被爆者援護法の成立について、諺観と悲観が生じはじめている ことを意瞭していると思われる.このような諦観・悲観の拡大こそ、現行行政 の獲いであったと考える繕答もあった.もしそうであれば、被爆者の高齢建、
死の増大、被爆者の急減のなかで、そのような非人道的な獲いを成功させてよ いはずはない。緩爆者だけでなくrすべての戦争被害者への援護を」と願った 一墜答者の意見は、被爆周題を含めた戦後婬理への切実な額いをその中にこめ ているのである。
結果は以上のごとくであった.裏窃、謡答内容は警護iなかぎり数字による表 示で示そうと考えていたが、麟答数、厨答内容を検討した結果、本稿のような 簸獲をすることとなった.曖昧で舞籔しがたいものは、すべて不明とした.も
ともと、県内の被爆者は調査時点で欝9、調査串および調査薩後に、羅答され た2名の被爆者が死去されて欝7人となってしまった. 東麓では宮城祭につい 一82一
裾轟渠における被爆者の現状について(星埜 惇)
で被爆者の人数は多いものの、全国的にみればきわめて少ない。県の被爆者纏 縫を再建した欝85年から7年を経遇し、この闘22人の死没者を確認しているが、
それ以前の死没者の記録は会にはない.7年闘でみれば死者は雄88年以降急増 し、しかも22人の多くはガンであって、rその後死」であることを示している ように思われる。それでも、再建妾蒔の手緩解持者数と現在のそれがほとんど 変わらないのは、転入・新規取得意が、死亡・転出をカバーしているからであ る。新燐取得者はこれまで何らかの還由で睾拳請を控えていた人びとが、高齢化 とともに不安を強め、意を淡して申請した人が多いと思われる・すでに長く串 議しつづけ、認定されなかった人もあ瞬、被爆後長驚闘経過し、被爆の証擁1を 示すことが毯難となっている事椿が存在する.ig鎗年の襲勢調査で、累内に294 名の被爆者がいたことが認められているが、それらの人がすべて転崖・死亡し たとは考えられない.県内には、豪だ穏された被爆者が存在していると思われ る・したがってまた、この内容の調査の、この薮答率では、県内被爆者の現潟 を完全に示しえたとは患われない。当藏、4つの縷に分類した擬況を叙遠し、
むしろできるだけ阜く鞍告することに努力するはかなかった.このため、問題 発掘がなお不十分であるとの擾判は営受するほかない。
なお、講査纂にそえて、醸答の補充を行なってくれた被爆者も多くいる.そ れらのうち一部は、この整理のなかで「」または(/のなかに要約して尽 すこととした,被爆体験について、かつて縫の群行勃に掲載されたものをコピ ーして送ってくれた人もいる。その一部は長文のため本稿では割愛せざるをえ なかった.ただ、すでにわたくしたち察被爆脇事務局編纂による福島の被爆 者一一あの1、月の灼かれた羅から…圭第i集(欝87年2月、沓掛幾蔽/・第2集
(嬉88年i環、扇欝が鐵版されているので、いずれこの調査結果等を含めて・
余響穣こよる鷺待を企慰する課に.これらの体験を取録させていただきたいと考 えている.
調査麗始が8月葦葺、調査結果が集まったのがほぼ9月7雛、これに遅れて 到蒼した董をあとで補充して、本稿の大綱をこの形でひとまず整還しえたのは
行政後会論集 第5誉 第3畢
9月緯馨であったから、鞍告を急いだあまりに、嫉急かつ糧雑な警邏となった かもしれない。この点も、先の奮行を金醸する蝶、園答者の意見があれば、そ れを入れて再整運を試みたいと、想う.
一8蓬一