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教育実践報告:大学での実習指導の研究方法
岡 知史
社会福祉教育における現場実習の重要性は、ますます認識されつつある。それにしたがって社 会福祉現場での実習指導についての文献も増えている。この報告では1987年度から(研究休暇の 1年間を除いて)現在まで11年間、上智大学で社会福祉現場実習に携わった私の経験から教育棟閥 における実習指導の研究についての考察を行う。この方面の研究の必要性と重要性について指摘
し、さらに研究を行う際の問題点と可能な研究方法をとりあげて論じる。
なお、私の実習教育は上智大学社会福祉学科の方針に沿って行っているが、この論文で述べる ことは学科の籠忠に基づいたものではなく、私個人の意見であることを冒頭に断っておく。
研究の重要性
指導審の変化:福祉穫関での指導の重視へ
これまで市販された6つの主な社会福祉実習の本をとりあげ、そこで実習がどのように把握さ れているかを日次構成によってみてみると、その構成原理として少なくとも三つのものを拾い出せ る。(表1)
表1主な「指導啓」の構成原理
編者 出版年 現場一学校 時系列 分野別
原田他 1981 石井他 1986 学校連盟他 1989 大島他 1992 宮田他 1994 学校連盟他 1996
ヽJ ▲ノー ▲フ一 っJ
1第→レベルの見だしで凍れている 2第ニレベルの見だしで現れている 3第三レベルの見だしで現れている x見だしに浸れていない
ひとつは時系列の原理である。実習前一美雪中一美習後というように実習時期によってその課 題を整理する。日本社会事業学校連盟・全国社会福祉協読会(以F、連盟と略)(1989.1996)は、こ れを第一の原理として全体をまとめている。
もうひとつは分野の原理である。つまl)老人福祉、障害者福祉、児童福祉等の分野での、それ ぞれの実習先での課題を整理する。社会福祉士資格に関連した実習が始まった年(1987年)より以前
に発行された2仰の本と、それ以後に出されたヰ冊の本を比べると、後者のほうが分野の原理で整
TbmofumiOka:ResearchMelhodsfbrSocialWorkPlaeementsa(lheUndergTaduateLevel
上智大学社会福祉研究1999.3
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理した部分が(給ページ数に対する割合で比較すると)多い。(図1)
図1 分野別に記述された部分の割合(ページ数換算)
岸田他(198り
石井他(1986)
大島佃ilSg2〉
宮田他11§94l
迎執柑96)
O 10 20 30 ヰ0 5(】 60 70 80 90 100
そして≡つめが福祉機関(実習先)と教育権閥(学校)に分ける方法である。これは、石井・吉 沢(1986)では第1レベルの構成原理になっており教育機関における実習指導について多くのページ が割かれているぐまた原田・市瀬・橋本(1981)では、スーパービジョンについて教育権関における 実習指導のみについて善かれてある。しかし、あとに出された4冊の本では教育機関における実習 指導についての記事は少ない。実習指導内容を時系列的に整理する場合、教育機関における実習指 導と福祉機関におけるそれとを分けて見ることは薙しいが、第2レベルの見だしでこの区分が使わ れている連盟(1989.1996)にしても、教育権関に求める準備教育として、それぞれ2ページ(「実習 指導教員が留意すべき事項」【pp.62−63】)と3ページ(「教育機関に求める事前準備」rpp.52−54】)が 割かれているにすぎない。
このように目次構成の原理の変化からみれば、実習指墟を教育権関と福祉機関という二分法で 考える視点が薄れ、分野詩的に整理する視点が強くなっている。これは実習教育において福祉積関 での指導がより重視されるようになったということであろう。なぜなら分野論的に行われる実習指 導法は具体的な実践現場をもつ福祉鞍関においてこそ可能だからである。多くの教育校閲には福祉 分野ごとに実習担当教員を配置できるほど教員がいない。したがって各分野の実習に則した授業を 行うことは(例外的に多くの教員を配置している学校を除いて)不可能である。
連盟(1996,p.8)では「主として現場実習指導者がどのように実習生を指導していくかの方法・手 続きについて述べることを意図して編集されており」、教育権関の教員を実習指導者として考えて いない。ここには福祉接関での実習指導を重視する傾向が、よく現れている。
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教育機閲での指埠の雉しさ
実習の相計酎二おいて、福祉機関での実習指導が重視されるようになったことは、逆にいえば、
教育犠閲での実習指導への関心が相対的に低くなったということだろう。その昔現のひとつには、
大学教月例の実習指導の難しさがあるのかもしれない。
大学教員側の実習指軌二おいて、その多くの聾しさは、私の経験からいえば、教員側の時間の 不足からきている。′ト島容子(1986)は「日本の実習教育者をめぐる関越」として以下の指摘をして いるが、それは10年以上たった今日でも状況はほとんど変わっていないだろう「すなわち、
わが国の社会福祉教育は、実習教育などは度外視した講義方式中心で行われる他の文科系教育 とほとんど同程度の認識をされている。….わが国では多数の実習を担当するインストラクダー が、実習のうえに幾多の授業時間ももつという、海外では想像できない過重なワークロードを かかえて幼いているのであるこ ワークロードが多すぎると、どうしても実習生の面摺やゼミや 絶間との接触にかける時間が犠牲にきれてしまう」p」92)
もっともわかりやすい例は実習先訪問である。連盟(19恥)では「社会福祉援助技術硯虜実習北海 道ブロック協議会」の「耗・の訪問マニュアル」が掲載されている「そこでは大学教月のr訪問国 致は1回以上とする」とある(P.240)。しかし、それは私の場合、たいへん任しいlつそれを今年度 の私の事例で示すことにする。
表210月−12月の実習状況
学生 10月 11月 12J二J 実習先
削
#2
#3
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e g・1 k l
b C C r− h.J計 8 8 6 14
表2は10月から12月までに私の担当したIl人の学生の実習期間と実習先をホしたものである。
′ト文字a,b,‥.nは、実習先を意味する。現在の上智大学の結実習日数は60[】であり、鶴申して 行えばこの3ケ月でほほ終わる。9月までに実習を終えた学生座=)もいるし、それまでに実習を
半分、終えた学!l三もいる(削、2,7,8,9.10)。しかし、前期に就職活動をしたり、また前期での実習を断 られた学生は後別に行わざるを鐸ない(実際、年度変わりの前期での実習は断られることがある)。
その結果、IO月から12JJの3ケ月の間に実習克が14箇所になi)、単純にj些‖回の訪問を行っても 14週かかる。年末をのぞけば、この時期は13過しかない。また、そのコケ月だけで、実習オリエ
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ンテーション、日本社会事業学校連盟の会議、日本社会福祉学会、大学の推薦人試が、それぞれ通 常の講義・演習の業務以外に、土・円の週末に入った。したがって、それらの4週は、その他の日 は授業の準備をせぎるをえないから、実際に使える週は9週である。
もしも私が実習だけを担当している教員なら、り週間で14箇所の訪問はなんの問題もないだろ う。しかし、実際には通年と半年の講義をそれぞれ2科日ずつ、したがって平均して年間とおして 3科目の語義を担当している。これらの科目は内容がそれぞれ異なっている。これに加えて、やは
i)通年の科目の、ゼミと社会福祉援助技術演習がある。それぞれ内容が全く違うので、さらに授業
の嘩備が必要である。これだけで毎週、95分授業の5コマ分、つまi)約8時間分の授業になる。(実 際には、毎週のグループ・スーパービジョンの時間があり、授業時間は約9時間半である)。これ
らの準備と授業をするだけで、ほほl週間は終わってしまう。授業だけではなくIO−12月は入試問 題の作成や入試の採点も教員の大きな負担になっている。
また、大学数貝は教育だけではなく研究の義務も負っている。社会福祉の研究は図書館や妄験 室のなかだけで行えるものは、ほとんどない。実際に社会福祉の現場に出ていかなければならな い。研究のために現場に入るためには頻繁に現場に迫をはこび、現場のワーカーや利用者との信 頼関係を築く必要があるため、これにも多くの時間が必要である。このように実際の教育の現場
(少なくとも私の現場)から見れば「1回の実習先訪問」は理想であっても現実には非常な困難が ともなうのである。
現場としての教育機関を報告する必要性
福祉横間は社会福祉実践の「現場」であるが、同様に大学は社会福祉教育実践の「現場」であ る。「理想」は「理想」として理解していても、それを実甥することが雉しいのが「現場」に携わ る者の実感であろう。ト一人ひとi)の実習生の実習ノートを毎日、読んで、コメントを番いていた だきたい」と要望を出すと、「現場ではなかなかそういう時間がとれない」という答えが返ってく る。「一人ひとりの実習生をていねいに指導するのが理想」であるとはわかっていても、福祉「現 場」の条件が、それを許さないのである⊂それと同様に、「実習生が実習をしている期間中に実習 先を訪問する」ということが「理想」であるとはわかっていても、教育「現場」の状況では難しい のである。
しかし、この教育「現場」の状況を「教育の実践者」として大学の教員は、どれほど「福祉の 実践者」に知らせてきただろうか。私は「学生の実習期間において、最初の日と最後の日には教員 が必ず訪問するように」という実習先からの要望を受けたことがあるが、このような実習先には現 実的には学生を送ることができないだろうこなぜなら実際に、すべての実習先に最低1回、訪問す
ることも現実には非常に難しいからである⊃この現実を福祉現場に伝えないと、「大学は実習生を 福祉機関にあずけっばなしで鯉資性だ」という批判をあびることになるだろう。
大学の教員は自らの研究成果を公開することは積極的に行ってきたが、教育者としての自らの 実践を公開することにはそうではなかったと思う。学内でもそうなのであるから、まして学外者に 対して教育実践を公開することは少なかっただろう。しかし社会福祉教育では、その実習教育につ
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いて、大学数貝はその教育実践を公開する必要に迫られている。そうしなければ福祉桟関と教育権 関という、それぞれ理想とその理想の実現を阻む現実をかかえた「二つの現場」の相互理解が図れ ないのである。
また、このような現状では社会福祉の実習教育が充分に実施できないことを大学当局に訴えて いくためには自らの不充分な教育実践を、このような学内紀要に報告していかなけれぼならないと 思う。学内紀要は、これまでほとんど研究芙韻の報告のために使われてきたが、今後は学科の教育 実践の報告にも使われてよいと思うし、また、教育実践の報告を行うのに、このような学科の紀要 が最もふさわしいと思うのである。
研究の難しさ
教育実践の報告は、単に実践の「反省文」めいたものではなく、調査研究(research)あるいほ評 価(evaluation)として行うことが望ましいだろうが、それには二つの制約があると思われる。ひとつ は教育目標を追求しながら研究を行わなければならないという教育的制約であり、もうひとつは大 学教員としての他の業務と平行して研究を行わなければならないという時間的制約である。
教育的制約
教育的制約としては、まず秘密保持の問題がある。通常の研究の場合、事例研究をしたとして も、その事例が、どこの誰なのかはわからない。しかし自分の教育実践をもとに現場を研究対象と
したとき、事例は、その教員が実践をしている現場からとったものに限定される。たとえば、私
が、みずからの教育実践をもとに事例に言及するとき、それは上智大学の学生に違いない。とすれば秘密保持が難しい。
さらに、研究活動と教育実践の両立の任しさがある。実習指導の研究は実習指導の教育よりも 優先されるべきではない。たとえば実習指導の録音記録を取ることが、学生たちの自由な討論を妨 げるおそれがある場合は、そのような記録はとるべきではない。調査研究の70ロセスそのものが、
なんらかの教育的効果をもつことが期待されるが、そのような教育的配慮と研究者としての知的な 追求を両立させることは現実には放しいものがあるだろう。
時間的制約
現場のソーシャルワーカーに現場のことを論文に書くように勧めると、「現場が忙しすぎて研究 どころではない」という答えが返ってくることが多い。大学の教員にも自らの教育実践を研究対象 とするとき同じことがいえる。実習担当をしている教員は必ずしも実習指導を自らの研究テーマと はしていない。というより、多くの教員が実習以外のことを研究テーマにしているのが実情だろ う。とすれば実習指導を研究するのなら自分の本来の研究に割く時間とは別に、実習教育の研究の ために時間を見つけなければならない。それほ、現場のソーシャルワーカーが研究のための時間を 見つけることが難しいのと同じくらいに薙しいといえる。
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可能な研究方法
以上の二つの制約を考えれば、おのずと研究方法はしほられてくるだろう。たとえば、実習指 導を主たる研究テーマとはしていない教員が実習指導をリサーチ・エリアにした大規模なサーベイ を実施することは考えられない。また実習の教育実践において、すでに時間的余裕が奪われている 状況において、さらに多大な時間を費やする研究方法をとることは実際には不可能である.〕そこで 以下に、とることが可能であろうと思われる研究方法を述べる二
実習ノートの分析
多忙な教育現場において調査のための囁データ府Wdala)をいかに手に入れるかは切実な閑適で ある。そこで私が注目しているのが実習ノートである。そのコピーを提出させることによって、上 智大学の場合、実習生l人IUあたり、ヱページ分(1ページは時間表、もうlページは自由記述)
が原データとして得られる。60日で120ページニそれがt5人分あればば(氾ページである。それは テキストデータとしては膨大な量であるこただ、それを読み分析するには、やはり多くの時間と労 力を必要とする。
授業のなかの実習指導の記録
実習ノートを研究のための原データとするときの雉点は「時差」である。すなわち実習ノート を教員が読むのは、実習生が番いたかなi)後のことになるのが通例である。なぜなら、実習生は実 習ノートをまず福祉現場の実習指導者に提出し、そのコメントを待って大学数員に出すのだが、教 員に会うのが週l回であるうえに、福祉税場の実習指導者のコメントが遅れたら淀むのが2−3週間 あとになる。I週間に1度、実習生と会う時間を持っているにもかかわらず、実習ノートに現れて いるのは数週間前、ときには数ヶ月前の学生の姿である。
その点、週にl度の、授業のなかでの実習指導の場は、現時点での実習生の状態を把捉できる 貴重な機会である。それは12−15人の集団のなかで行われるため、l人ひとりの細かな梯子は見る ことができないが、グループ討議を通して互いに似たような状況にある学生相互のダイナミックな 交流が促進され、学生と一対一で向いあったときには到底期待できないような感憫の発露が見られ る。
このグループの記録は実習指導の研究のための貴重なデータとなることは間違いないが、残念 なことに、この授芙のある日は、上智大学では4年生が過に1日だけ出てくる日になっており(そ の他の曜日は実習に配慮して4年生向けの授業が入っていない)、そのため実習の個別相談はもち ろん、事業論文の指導や就職活劇の相談まで4年生とかかわるすべての業務が集中している。グ ループ記録はグループが終わったあとすみやかに行うのが基本であるが、実際には、グループが終 わったあと多くの某務をこなす必要に迫られ、記録をする余裕がないのが実情である。
福祉機関実習指渇者との意見交換
実習ノートには多くの詳細な記述をし、実習指導のグループ討議においても熱心に談論に参加 している学生が、福祉機関の実習指導者からは驚くほど低い評価を受けることがある。福祉機関の 実習指導者の意見を実習生の評価に鋳びつけることは難しい。実習指導者によって評価の基畔がか
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な町違うからである。数日の日から見れば、熱心に取り組んでいたように見えるサ生が「意欲がな い」と判断されたり、迎に、こちらが心配するはど学校では意欲を見せなかった学生が「よくやっ ている」と高い評価を・受けたりすることがある=これは実習指導者の評価基準の個別差が原因なの かもしれないし、学生が学校での「頗」と実習先での「顔」と使いわけているのかもしれない。あ るいは、呈勘こ払の学生を見る目が正確ではないだけなのかもしれない〔
ただ、他の学生と比べることはできないが、一人の学生に対して、同じ福祉税場の実習指導者 と、学生の変化について意見を交換することはできる。そして、それが研究のためのデータになる ことは充分に可能であろうこ
個別面接の記録
惜別に学生と面接し、その日標が達成できたかどうかを点検する作業を記録し、それをデータ にする。評定尺度法を恥−て数量化すればsingles〉▼Stemdesignを適用できる二1乳キlま、面接をする 時間がとるのが律しいということである二 実習生がくる日は他に授業や学科の会議がはいってい て、学生にも教員にも時間がない。しかし、集団で行う実習指導の時間を削れば、これも可能かも
しれない。
研究の教育的効果
いくつか研究方法をあげたが、教育現場からの懸念は、これが教育の抑制こなるのではないか ということであろう.二しかし、この研究の結果ではなく、過程そのものが教育的効果を持ちうるこ とに注意したい。.それは以下の2点が考えられるだろう。
実践のなかでの調査のモデル
社会福祉の専門性発展のためには、その研究活動が、人字数貝たけではなく、まきに社会福祉 税場のなかで実錆している人びとによって行わ九ることが求められる。しかしながら卒業論文で俊 秀な成績を繕めたかつての学生たちが、福祉現勢二出たあとは「多忙」を口実にいつまでも論文を 書かないのを見て失望する教員は多いことだろうこ私もまた、その一人であったが、では自分が教 育「現場」にいる「実践者」として、自らの教育裏貰を題材とLた論文を番いてきたかと振り返れ ば、やはl)「多忙」を「1実に、ほとんど何も書いてこなかった二「現場」の混沌とした状況や、調 香のための条件が整わか−うちに実践を進めなければならないこと、空理できないほどの不可解な 間護の連続、クライエントとの緊張関係、祖義上の問題など、大学教員がかかえている教育「現 場」は、福祉「現場」と外見は追っていてもhumansenriceprofも∬ionalsの「現場」としては共通の 性格も多くある。
大学教員が自らの専門分野ですっきりと整理された形で調査領域に入っていく械f・を見ても、現 場のワーカーは、それと似たような形では自らの現場を調査できないことを知っているr」しかし、
同じ教員が時間の不足に悩み、多様な学生との対応に苦慮し、福祉機関や大学当局との→定の緊張 関係のもとで、懸理しきれない混沌とした状態にある自らの実践を評価しようとするとき、その姿 は草葉後に、まさに自分自身の福祉税場で調査研究をしようとする苧/巨たちの参考・あるいはモデル
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になるだろう。つまり、調査の「プロ(専任者)」が行う調査ではなく、現場をもちながら現場の 制約のなかで、自らの実践の評価を行うモデルを、大学数月は実習教育の研究を通して学生たちに 示すことができるかもしれないのである。
薮調査者としての体験
学生にとって教員の研究がもたらすもうひとつの教育的効果は、学生自身が研究の対象者にな る経験をすることである。秘密保持への不安や、調査の倫理の問題、データの解釈の仕方など、調 査の対象者として気になることは、そのまま学生たちが自ら調査するときに思い出すべき注意点に なるだろう。カウンセリングを学ぶ良い方法の一つとして、自分自身がカウンセリングを受けるこ とがあるが、それと同じように、調査を学ぶ(とくに倫理的側面を学ぶ)良い方法は調査をされる 対象になる体験をもつことである。
結語
社会福祉の実習は実習の指導番を見るかぎi)、福祉機関での指導が重視され、相対的に大学等、
教育検閲での指導への期待が少なくなっているように見える。福祉榛関だけではなく教育機関でも バランスよく指導が行われる必要があるが、それにしては教育権閲の側での人員・資源の配置は、
実習指導を行う態勢にはまだまだ不充分である。しかし、その不充分さは大学数貝が、自らの教育 実践を内外に報告することを充分にはしてこなかったことからきているのかもしれない。この報告 では、大学数貝が、その時間的余裕のないなかでも実習について研究できる可能性をさぐった。そ して、これらの研究をすることそのものが学生に対しても教育的効果があると考えられることを示 した。
参考文献
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173−193..
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宮田和明・川田尊書・米澤臨書・加藤幸娃・野口走久栴(1994)「改訂社会福祉実習j中央法規出 版.