島根大学地質学研究報告 12.53〜66ページ(1993年3月)
Grol.Rept.Shimane Univ.,12.p.53〜66(1993)
宍道湖西部域の湖底地形と堆積層
田村嘉之*・中海・宍道湖自然史研究会*
Topography and Sedimentary layers of the westem part
of Lake Shinji by echosoundingYoshiyuki Tamura and Nakaumi−Shinjiko Research Group
Abstract
The westem part of Lake Shinji was surveyed by SH−20echosounder to determine the topography and sediment layers to a depth of about20m.Here,the Hii River Delta develops eastward,forming a subaqurous channel with natural levees on both sides.By comparing the present results with the bottom topography surveyed during1962−63by the Geographical Survey Institute,the Hii River Delta is shown to have prograded eastward about L5km.
Several reflected layers are discovered in the bottom sediments.These layers increase in number toward the river mouths.To determine the composition of these reflectors,a1.4m long sample was taken by gravity coring and was studied by soft−X Ray and grain size analyses.
Two coarse layers were identified,which correspond to the reflected layers.These two layers are assinged to be flood deposits at A.D.1934and A.D.1635,respectively.The rate of sedimentation is evaluated at2−3mm/y(before l635),3−4mm/y(between1872and l934)and 7mm/y(after l934).
Key words Lake Shinji,Hii River Delta,size analysis,flood deposits,echo−souder.
は じ め に
中海・宍道湖自然史研究会(略称N.S.R.)は,1982 年以来,一連の研究(その1〜その12)をおこない,中 海・宍道湖の湖底地形や底質についての基礎資料を蓄積
してきた(三梨ほか,1988;徳岡ほか,1990など).宍道 湖の湖底地形と堆積層については,1987年にアトラスデ
ソ20型精密水深測定器(クルップ社製)およびユニブー ム(E G&G社製320−1型)を用いた音響探査がおこな われた.この時の調査では,宍道湖全般の湖底地形およ び堆積層についての探査がなされ,報告された(三梨ほ か,1988).この時に用いたユニブームは,深度50mまで の状態や大きな構造をしることができる反面,浅い部分 の情報を得ることが困難であった.その後,SH−10型
(およびこれを改良したSH−20型)底質探査装置(千本 電機株式会社製)を用いることによって,中海(徳岡ほ か,1991)および宍道湖の堆積層では,特に20m以浅の
* 島根大学理学部地質学教室
Department of Geology,Faculty of Science,Shimane Universi−
ty,Matsue690,Japan。
状態をよく把握できることが明かになった.本研究で は,SH−20型底質探査装置を用いて宍道湖西部を調査し た結果を記載する.また,湖底下堆積物中に見られる反 射層が斐伊川の河口に近いほど多く記録されることが明 かになったので,その反射層と斐伊川から運搬される堆 積物とのかかわりについて述べる.
調 査 方 法
調査は,1992年7ガ14日,25日,8月20日の3日間に 宍道湖西部において島根県水産試験場三刀屋分場のrは
るかぜ」を使用しておこなった.船位の決定はGPSフ。
・ッタ・JLU−121P(日本無線株式会社製)により行っ た.調査測線を第1図に示す.湖底地形および湖底下堆 積物については,島根県水産試験所三刀屋分場所有の精 密音波探査装置SH20型(千本電機株式会社製)を用い て調査を行った.
湖 底 地 形
SH−20型の記録から読み取った水深をもとに斐伊川デ ルタおよびその周囲の湖底の等深線図を作成した(第2 53
54 田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会
音響探査測線(1992年)
平田市 04
蓉伊川2
簸川町
0508、1114
1 1
1 20 さ061 15 55 5 10 15 10 10 ユロ ロ
1 5
1 115 10
揃槻旭
・占101もイ6
出雲空港
35
30
2525@ 07
宍道町 一一一〇 1km 03
0542
第1図 調査地域における音響探査測線 は第8図の断面図の区間
図).ただし,今回の水深の記録は,東京湾平均海水面
(T.P.)への補正を行っていない.
1.現在の地形
調査地域は斐伊川河口デルタの突出部にあたり,東側 に緩く傾斜していて,湖底平原に移化している.さらに 南側に湖の最深部を持っている.調査地域の地形は,大
きく3つに区分することができる(第3図一A).
a)頂置面 水深が2m以浅,傾斜はほとんどなく平均 0.05度である.測線05,06,06ンおよび07の記録をみる
と,この部分はほとんど平坦な地形をなし,斐伊川の 流路の延長部と考えられるような凹部をみることがで きない(第4図一1).一方,国土地理院発行の5万分 の1地形図でも記載されているが,水面上に河口州 (mouth bars)を見ることができる(第3図一A).
b)前置面 水深が2〜4m,傾斜が平均0.38度であ
る.測線07でみられるように,東方へ非常に緩やかな 傾斜をなした部分である.また,頂置面と同様に斐伊 川の流路の延長部と考えられるような凹部をみること ができない(第4図一2).c)底置面 水深が4m以深,傾斜が平均0.04度であ
る.この部分では斐伊川のチャネルの延長と考えられA
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頂置面
自然堤防 A
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簸川町
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4.Om 前置面
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底置面
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平田市
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一
〇 1kmゆめ
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宍道町
第2図 宍道湖西部の湖底地形
B
εO.d /ε︒6
B
♂
∀ 頂置面
)\」
前置面
一ε︒好!
レ防荊 醍や 然・チ 自B︑
自然堤防
底置面
第3図
(A)
(B)
斐伊川デルタ周辺域における地形とその名称 1992年
1962−63年の湖沼図を加筆
窄
宍道湖西部域の湖底地形と堆積層 55
1
2
醐
然堤防 堤防
第4図 音響探査で記録された代表的な湖底地形 1) 斐伊川デルタの頂置面(測線08及び09)
2)斐伊川デルタの前置面(測線07)
3) 斐伊川デルタの底置面(測線10)
56 田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会 るチャネルと自然堤防が形成されている(第4図一
3).自然堤防は,北側の方が明瞭でチャネル部との 差は最大50cmである.自然堤防は東北東および南東方 向へ,チャネルは東南東に延び,消滅している(第3 図一A).
2.30年間の地形変化
上記で明かにされた湖底地形を1962−63年測量の国土
地理院による1万分の1湖沼図と比較してみる(第3
図).図に示したように,斐伊川河口から斐伊川デルタ 突出部の末端部までの距離は,1962−63年では1.5㎞(B−B )で,1992年では約3㎞(A−A )に達している.ま た,過去30年間(1962,63年から1987年)の水深変化を みると,現在の地形では自然堤防に当たる部分および,
北岸の小河川の延長部で,水深の浅化が著しい(第5 図).後者の部分は非常に限られた地域でのみの減少で あるが,前者は斐伊川デルタの前面に水深の浅化域が広
く分布している.
600φ / 漸φ
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平田市
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艦伊.即製
簸川町 40cm
600 n
も _ヲ
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宍道湖
ooψ
出雲空港
宍道町
O l km
一
湖底下堆積物
1.音響探査記録本調査でおこなった音響探査記録の測線を第1図に示 す.調査地域の北部では洪水成堆積層と考えられる明瞭 な反射面(同層の反射面の存在はすでに中海・宍道湖自 然史研究会ほか(1985)でも明かにされている.)の記録 を得ることができた.一方,南部は散乱層の存在により 記録は不明瞭であった.散乱層の分布を第7図に示す.
散乱層の分布については,1987年の調査でも記録されて いる(三梨ほか,1988).1987年の散乱層の分布と今回の 分布とを比較すると,全体としてはあまり違いが認めら れない.しかし,調査地域の北西部では1987年に認めら れた散乱層が今回の調査では認められなかった.このこ とは,音響探査機の性格の違いを反映していると考えら れ,浅い部分の堆積物の記録としては,今回使用した SH−20型精密音響探査機がより優れているといえる.そ こで,今回の調査では比較的浅い部分の堆積物の特徴に ついて,とくに散乱層の少ない部分の記録について記載 する.記録及びその解析図を第8図に示す.
A.HI9203
反射面の記録は合計13枚である.この中で特に強い 反射面の記録は,圖,團,囚,囹,圃,囮である.音響 基盤とその上位の反射面との関係はアバット不整合で ある.散乱層は11付近から湖心側で出現し,湖底面ま で達している.4付近では湖棚が記録されている.
B.HI9204
反射面は合計8枚記録されている.強い反射面は固 と囹で,よく連続している.それ以外の反射面は非常
第5図 宍道湖西部における過去30年間の水深差 国土地理院1962−63年の湖沼図と三梨ほか(1988)の 湖底地形図との比較
平田市
2.Om
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簸川町
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出雲空港 4.Om
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一
〇 l kmヨゆめ
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字9や
宍道町
第6図 柱状採泥地点(HI9201C)
に弱く,連続性も悪い.音響基盤はやや不明瞭である が,湖心に向かって深くもぐり込んでいる.散乱層 は,29から湖心に向かって深度6.5m以深にかけて存 在する.音響基盤と反射面はアバット不整合の関係に
ある.
C. HI9205
反射面は合計8枚記録されている.強い反射面は 囮,回,囹,囮,團である.音響基盤の記録はやや不 明瞭で,ほぼ深度7m前後で一定している.また,北
▼
宍道湖西部域の湖底地形と堆積層 57
散舌し層の分布
平田市
蓉伊川g
簸川町
灘灘
宍道町 〇 1km
一
第7図 音響探査の結果明かになった散乱層の分布 側(1付近)では深度10mまでもぐり込んでいる.こ の音響基盤とその上位の反射面とは一部アバットの関 係であるが,北側では不整合である.散乱層は,10よ
りも湖心側に存在する.
D.HI9206
反射面の記録は合計6枚である.これらの中で強い 反射面は,[コ,囹,囹である.全体として反射面の連 続性はよい.音響基盤の記録は明瞭で,湖心に向かっ て深度が増している.この音響基盤と上位の反射面と はアバット不整合である.散乱層は18より湖心側で出 現している.散乱層の深度は,15〜18の間は深度6m 前後であるが,15より湖心側では4.5m前後である.
E. HI9208
反射面の記録は合計8枚である.これらの中で強い 反射面は連続性がよい.音響基盤の記録は不明瞭で,
2より湖心側では記録されていない.音響基盤と上位 の反射面との関係はアバット不整合である.散乱層は 3より湖心側で出現している.散乱層の深度は3〜6
の間は深度5〜6mで,6より湖心側では深度4〜5
mと湖底而まで達している.F.HI9210
反射面の記録は合計6枚である.国以外の反射面の 記録は非常に弱い.音響基盤は12から北側にかけて非 常に明瞭に記録されている.音響基盤と上位の反射面 との関係はアバット不整合である.散乱層は12より湖 心側で出現し,深度は約4.5mで湖底面まで達してい
る.
G.HI9211
反射面の記録は合計4枚である.国および圖の反射 面が非常に強く記録されている.音響基盤は8から北 側で,その深度は北に向かって浅くなり,1から2に かけて湖底面まで達している.音響基盤と反射面との 関係はアバット不整合である.散乱僧は8より湖心側 に出現し,湖底面まで達している.
H.HI9213
反射面の記録は合計6枚である.団,固および囹の 反射面は非常に強く記録されている.音響基盤の記録 は14より北側で明瞭に記録され,その深度は北側ほど 浅く,20付近では湖底面に達している.音響基盤とそ の上位の反射面とは不整合の関係である.散乱層は14 より湖心側で出現し,湖底面にまで達している.
1. HI9214
反射面は合計6枚である.国以外の反射面の記録は 非常に弱い.音響基盤は8付近から北側で明瞭に記録 され,その深度は北に向かって浅くなり,1〜4の間 では湖底面にまで達している.音響基盤とその上位の 反射面との関係はアバット不整合である.散乱層は9 より湖心側で出現し,湖底面まで達している.
これまで記載されてきたように.北側で記録されてい る反射面の枚数は場所によってことなる.しかし,反射 面の数は河川の河口に近いほど多く,しかも明瞭に記録 されている.このことから,反射面は洪水の際に形成さ れた堆積層を示すと考えられる.
2.柱状採泥による湖底下堆積層の検討
音響探査によってもたらされた記録が実際の堆積物で はどの様に見られるのかを確認する目的で,音響探査に よって明瞭に洪水成堆積層が記録されているポイントを 選んで,柱状採泥をおこなった(第6図).この柱状採泥 には,島根大学理学部地質学教室所有の松本式柱状採泥 器を使用した.使用したパイプは,全長2mのアクリル 製である.今回の採泥では長さ約130cmを採取すること ができた.この試料は縦に半割され,化石の有無,堆積 構造などの肉眼観察の後,1つは長さ25cm,厚さ1cmの プラスチックケースに整形して,軟X線写真の撮影を行 い,残りは保存用試料とした.また,もう一方の試料 は1cm毎に分割し,粒度分析をそれぞれ行った.軟X線 写真つ粒度分析の結果をそれぞれ第9.10,11図に示
す.
今回使用した粒度分析器は,本教室所有の粒度分析器 SK−LASER7000S (セイシン工業株式会社製)で行っ た.試料はあらかじめ1cm毎に分割されたものを使用し た.試料の粒度分析は,まづ炭質物の除去するために H202処理後行った.
柱状採泥によって得られた堆積物は全てシルトサイズ
58 田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会 HI9203
4
0 2
46
8 10 12
毒14−1
(m)
5 6 7 8 9 10 11 12 13
HI9203
4
0 2
46
8 10 12 14
(m)
HI9204
36
02 4 6 8 10 12 f4
5 6 7 8 9 1O 11 12 13
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_2
1
6 7 4
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音響基盤
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(m)
HI9204
36
0 2 4 6 8 10 12 f4
35 34 33 32 31 30
35 34 33 32 31 30
29
29 28
27
▲フ ∠0 ん1
↓湖底
1 2
音響基盤 4
3
一 犀。蟹奪 27
(m)
第8図一1 SH−20型音響探査機による記録とその解析図.それぞれの区間は第2図を参照.
□〜圖は反射面を示す.第8図一3はHI9208の矢印は,柱状採泥地点を示す.
下
HI9205
1
02468101214
2 3 4宍道湖西部域の湖底地形と堆積層
5 6 7 8 9 1O
圃㎜
│⁝瀞臨傑︑構欄灘灘.⁝鞭蕪⑲︒:681︒蔦
︵
2 3 4 5. 6 7 8 9 10
59
↓湖底
2 1
5 4 R
回 6
音響基盤 ..玖,坤「,、
餐醗醗1鳳
團
1
散乱層 散乱層
18 17 16 15 14 13 12 11
18 17
懸
16 15 14 13 12 11
■フ
↓湖底
2 3
4 5
、、 一『^ 繭繰(i ■, ¥φ 熟 8 魁 議
・ζ蹄 i圭・
ア一逑ォ聾蝋t︐裡
6音響基盤
第8図一2
田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会 60
9 7 8
6 4 5
■■■昌▼3
2
婆 韮
難 鰯 解
誘
名
諸
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髪︑
凝 凹
灘 嚢
︐難灘彫 舞
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擁髪︑ 密
HI9208
1
0 2 4 6 8
霧燐釜
12 14
(m)
9 7 8
6 4 5
■■■一▼3
2
HI9208
1
↓湖底 ,砿
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3
6 嶢 一@cて、 ㌦
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音響基盤
卜》 一t輪瓢
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犠 ■ 〔 轡鐙釣
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02468111
18 17
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13
(m)
HI9210
12 0 2
ミ 4i,.、:華、..
6 漢意 8 ミ
灘
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織這灘 憲鉢.薫懸
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12・
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(m)
HI9210
17 18 16
14 15 12 13
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4
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5
国
音響基盤
回
0 2 4 6 8
10 12
14・
(m)
第8図一3
→
宍道湖西部域の湖底地形と堆積層 61
9 9 ︶9 田 ・2468m⑫M回田 ・2468mnM伽田 ・246
2 3 4 5 6 7 8 9
灘
難2 3 4 5 6 7 8 9
1
↓湖底 回︺ 国国
音響基盤
回1欝蹴撒乱層重
0へ∠4 8111
19 17 16 15 14 13 12 11
(m)
HI9213
20
02 4 6 8 10 12 14
19 18 17 16 15 14 13 12 11
zu 1り 10 ■」 1u ■
↓湖底
ぞぜ¢爵1
1 回 3
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5 4
騒・ 麟 」冗;、、1㌧、 ,}・,丼・.㌧一一ソ恒碗サ}一三・
音響基盤 固
(m)
第8図一4
62 田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会 HI9214
1
0 2
8 10 12 14
2 3 4 5 6 7 8 9
(m)
HI9214
1
0 2
8 10 12 14
2 3 4 5 6 7 8 9
↓湖底 一国 回 一艶{矯
国 回 桝晒琴
@・獅寧
@国土痩山「
音響基盤
4徹乱厭fい、 一転]「一輯一
(m)
第8図一5
に相当するものでことが粒度分析から明らかになった.この中でも,4つの平均粒径値のピークが見られる.そ れぞれ下位から,123cm(④),41cm(③),23cm(②),
7cm(①)である.このうち,音響探査による記録と比 較すると,反射面の国と圖が,平均粒径値の③と④にそ れぞれ対応していると考えられる(第7,11図).その他 の特徴としては,72cm付近より下位(以下C層)では7.
5〜8.0φの間で変動しているが,40cm付近より上位(以 下A層)では平均粒径値が6.5〜7.0φの間で変動してい る.また,40〜70cmの間(以下B層)では徐々に平均粒 径値の増加をみることができる.
音響探査によって得られる堆積物の記録の特徴とし て,反射面が強く記録する原因として堆積物の粒度が粗 粒であることが知られている.今回の場合も粒度分析に よる平均粒径値のピーク,③と④がそれぞれ国と圖に相 当することから,粗粒な堆積物によるものと考えられ る.この粗粒堆積物は,斐伊川から運び込まれたもの で,かなり大きな洪水時の堆積物と考えられる.
また,B層でみられる平均粒径値の増加は,いわゆる 三角州のプ・グタンデーションにともなった上方粗粒化 現象によるものと考えられる.すなわち,この柱状試料 の上部は三角州の前進を示すものと推測される.このこ
とから,C層から下位は河川の影響の少ない場,B層か ら上位は河川の影響を徐々に強く受けていったと考えら
れる.
3.反射面の示す年代と洪水堆積物
上述した堆積環境変化と歴史的なイベント,特に川違 えや大洪水といった記録と比較検討していく.この地域 にデルタの影響を及ぼす時期(B層より上位)として は,斐伊川の流路が現在の流路とほぼ同じ位置の時と考 えられる.斐伊川史(長瀬,1950編)によると,天保11 年(1840年)以降の流路に相当すると考えられる.ま た,A層で平均粒径の変化がみられないことから,デル タのプ・グラデーションがほぼ停止状態になったと考え られる.この現象は,明治30年(1897年)に砂鉄生産か らもたらされる流砂の規制,それ以降の河床掘削による 堆積物の運搬量および堆積量の減少,そして湖岸線の前 進があまりみられない(出雲工事事務所,1977)ことと
よく調和的である.
以上のことから,反射面国および囮の年代を推測す る.反射面国はA層の下位にみられることから,1900年 初頭と考えられる.この時期の大洪水の記録としては,
昭和9年(1934年)があり,その洪水時のものと考えら れる.これから推定されるA層の堆積速度は,約7mm/
→
0
5
10
15
20
25
蕪
0−25cm
灘慧
萎垂羅
隻脚
鑽
孔
25−50cm 50−75cm 75−100cm 100−125cm
第9図 柱状採泥された堆積物の軟X線写真.採泥地点は第6図及び第8図一3を参照
125−132cm
繍羅灘鑛 鐘羅
轍懸 .嚢襲灘
鑛 垂.、. 鞭澱 鑛雛藝叢
難難壁
鯉
雛螺
幾盤 講
遜
懸灘難謹
賠嵐重圏嶺嬉3藍鼠誉銀伴藩翩翩①Go
cm O
5
10
15
20
25
0−25cm
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25−50cm
◎
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50−75cm 75−100cm
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第10図 第9図の軟X線写真のスケッチ
100−125cm
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一
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一
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叉
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一
一
125−132cm
一 一 一 一
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宍道湖西部域の湖底地形と堆積層
一
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6.0 6.5 7.0 7.5 8.0(φ)
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② A
③
B
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P00
P10
P20
P30
P40
C
④
7mm/y
A.D.1934国
3−4mmly
A.D.1840
2−3m m/y
A.D・1635回
第ll図 柱状採泥された堆積物の平均粒径値の鉛直変化(鉛直方向の単位はcm)
①〜④は平均粒径値のピークを,国と圖は第8図一3のHI9208の解析図における反射面をそれぞれ示す.
65
66 田村嘉之・中海・宍道湖自然史研究会
年となる.この値は,玉井(1986MS)で求められた
Pb−210法による年代測定のうち,地形的に同じで,デ ルタに近接したSJ85−5の6.7mm/年とほぼ一致する.
反射面囹はB層の下面より約55cm下位に見られること から,天保11年より以前と考えられる.この時期より以 前の大洪水の記録としては,かなり多く存在する(出雲 工事事務所,1977ほか).そこで,C層の平均粒径値から 推定すると,このC層は現在の湖心部に相当すると考え られる.玉井(1986MS)のPb−210法による年代測定の うち,湖心部のSJ85−13における堆積速度,約2〜3mm
/年を元に計算すると,B層の下面か約270年〜180年前,
約1580〜1670年に相当する.この時期には,寛永16年
(1635年)の斐伊川東流を引き起こした大洪水がある.
渡辺ほか(1988)によると,この時期の珪藻遺骸群集で は淡水棲種が優勢であることを報告し,その深度を湖心 部では約85cmに設定している.すなわち,今回の採泥地 点はより斐伊川の河口に近いことから,より深い部分に 出てくると考えられ,そのことと調和的である.以上の ことから,この反射面は1635年頃と推定できる.
謝辞 宍道湖の調査に際して,島根県水産試験場三刀屋 分場の中村幹雄氏には調査船rはるかぜ」を使用させ ていただき,あわせて船の操作についても便宜を計っ ていただいた.心からお礼を申し上げます.
文
献
出雲工事事務所,1977:地域社会と河川の歴史(H),
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