国立大学法人豊橋技術科学大学 Press Release
2023年11月22日
<概要>
豊橋技術科学大学情報・知能工学専攻の博士後期課程 及川 達也、博士前期課程 野村 健 人(2020年3月修了)、原 利充(2019年 3月修了)、次世代半導体・センサ科学研究所 の鯉田 孝和 准教授は、脳活動を記録した場所を特定するための非常に小さな「目印」を 付ける技術を開発しました。この目印は、タングステン製の電極を脳へ挿して脳活動を記 録したあとに、微弱な電流を流すことで作ることができます。また、目印を付けても脳組 織へダメージを与えず、生きている動物の脳内で安全に残り続けます。本技術によって、
特定の機能を持つ神経細胞の脳内分布を高精細に示すことができるようになりました。本 研究成果は、2023年9月11日付でeNeuroにオンライン公開されました。
https://www.eneuro.org/content/10/9/ENEURO.0141-23.2023
<詳細>
海馬や視床のような脳深部から脳活動を記録する研究では、針状の電極を脳に挿して、
神経細胞の電気的活動を記録する方法が広く使われています。電極を挿す脳活動記録法は、
fMRI や脳波測定よりも高い時空間分解能で、かつ脳深部の組織からも記録できるという利 点があります。しかし、針状の電極は細くて曲がりやすく、脳は圧力で容易に変形するた め、電極を抜いた後に電極の先端が脳内のどこに位置していたかわからなくなるという欠 点がありました。この欠点を補うため、記録部位に目印をつける「マーキング」手法が多 く開発されてきましたが、その空間精度は低く、脳組織を壊してしまうという問題があり ました。そのため、従来の実験手法だと脳の微細構造は0.1 mm程度の精度でしか理解でき ませんでした。
そこで、及川らは電極の材料としてよく使われるタングステンの電気分解に着目し、電 気分解で発生する酸化タングステンを脳内へ留置する手法を開発しました。タングステン 電極は電気分解によって、プラスの電流では金属酸化物、マイナスの電流では水素の泡を 発生させます。ここでプラスとマイナスの電流を早い間隔で繰り返し流し続けると、タン グステン電極の先端では酸化物の発生と、泡による酸化物の剥離が起こり続け、結果とし て酸化物の塊が形成されます。この酸化物の塊を脳内で作ることで、電極の位置を特定す るための目印となります。
及川らはマウスとサルの脳を対象に、タングステン電極の先端位置で数十 μm 径の酸化 物を生成し、脳内に留置可能であることを確かめました。加えて、この目印をつくるため の電流と脳内に留置した酸化物が脳組織にダメージを与えないことを確認しました。さら に、脳内に留置した酸化物は、脳スライスの標準的な染色法(ニスル染色)で染色され、
暗視野照明による顕微鏡観察によって赤く光ることから、生体細胞やノイズと明瞭に区別
脳内に微細な「目印」を置く技術を開発
~脳深部の機能的構造の解明に向けて~
可能となることを発見しました。これによって、マイクロスケールの小さなマーキングで あっても広い脳内から容易に見つけることもできます。
<開発秘話>
及川らの指導教員である鯉田孝和准教授は、以下のように言います。「当初の計画では、
マーキングは電極先端に付けためっきを剥がして目印にするという方法でした。実験手順 の手違いでめっきを不完全に行った電極で実験していた際に、なぜか目印が作られること に気づきました。考えてみると、タングステン電極を針状に加工するときには電気分解が よく使われており、生体内でも同じ加工ができるのは当然でした。さらに、電気分解に必 要な電流電圧のパラメーターは、電極に電流を流して神経細胞を強制的に活動させる実験 のものと同一にできることも分かりました。つまり、マーキングに伴う生体への安全性は、
これまで行われてきた電気刺激実験で実証済みだったと言えるのです。電気刺激によって 電極の先端が削れてしまうことは誰もが知っていましたが、同時に発生する金属酸化物が 生体内に留置され、マーキングになるということには誰も注目していなかったようです。」
<今後の展望>
現在及川らは本技術を応用し、ニホンザル脳深部の視覚中枢である外側膝状体がいそくしつじょうたい
の微細な 機能的構造を解明すべく研究を進めています。効果的な応用例となることで、脳神経科学 の基礎技術として普及することが期待されます。
また、生体内で金属の電気分解と留置を応用する加工技術は、脳動脈瘤を治療する塞栓 コイルなどでも医療応用されており、一定の信頼があります。本研究で利用している微細 な金属電極による計測と留置を組み合わせることで、医療に応用することも期待されます。
<謝辞>
本研究は JSPS 科研費 JP15H05917、JP19K22881、JP20K12022、JP20H00614、
JP21H05820、JP23H04348の助成を受けたものです。
<論文情報>
Oikawa T, Nomura K, Hara T, Koida K (2023) A fine-scale and minimally invasive marking method for use with conventional tungsten microelectrodes. eNeuro ENEURO.0141-23.2023.
図: (A-C) 本技術の概略図。(A) 本技術の原理。(B) 生理食塩水中のタングステン電極の電 気分解。黒い物体が酸化物。(C) 生体へ本技術を適用する手順。(D) 脳深部へ本技術を適用 したマウス脳スライスの暗視野観察像。(E) (D)の黒枠部の拡大図。赤く光る物体が酸化物。
本件に関する連絡先
広報担当:総務課広報係 岡崎・高橋 TEL:0532-44-6506 FAX:0532-44-6509