炎症性腸疾患は主として消化管の原因不明の炎症性疾 患であり,その予防・治療法の開発が強く求められてい る.われわれは自然免疫受容体C型レクチンの一種であ るDectin-1(デクチン1)を欠損させたマウスは大腸炎 を起こしにくく,また,デクチン1の細胞内シグナルに 対する阻害作用をもつ低分子
β
グルカンを摂取すること により大腸炎の病態形成を抑制できることを見いだし た.そこで,その抑制メカニズムの解析を行った.その 中で,粘膜(腸管)免疫学および食品免疫学の分野に大 きく貢献する新たな知見を得ることができたので,その 研究成果を紹介したい.免疫 は当初,生体内で外来病原性微生物など非自 己物質を認識・記憶して,排除・殺滅し,さらに再感染 を防ぐ生体防御機構として知られていた.その後,免疫 学研究の進展に伴い,病原体感染に対する防御免疫のみ ならず,化学物質やアレルゲンによって惹起されるアレ ルギー,自己の組織抗原に反応する自己免疫なども免疫 応答であることが知られるようになった.免疫応答に は,病原体などの抗原に反応する免疫担当細胞の存在が 必要である.血液中,または各組織に常在している白血 球はその免疫担当細胞であるが,その中には,積極的に 抗原に反応し炎症性サイトカインと呼ばれる免疫応答を 惹起・増強する物質を分泌する免疫担当細胞だけがいる ことでなく,過剰な炎症性免疫応答を抑制することに働 く免疫制御性細胞も存在している.
私たちの腸管は常に食品に含まれるさまざまな物質に さらされており,これらの中には病原体のほか,アレル ギーを誘発したり,粘膜炎症を引き起こしたりする物質 も含まれている.腸管免疫系は免疫制御性細胞を介して 大量に入ってくる食物抗原によって惹起される食物アレ ルギーなどの炎症性反応を抑制し,いわゆる経口免疫寛 容を起こす.一方,人間の腸内には数百種類,総計約 100兆個にも達する腸内細菌が生息し,私たちの健康に 多大な影響を及ぼしている.これらの細菌の中には私た ちに必須の栄養素を作り出してくれる,あるいは炎症を 抑制するような役割を果たす細菌が存在している.これ までの報告により,微生物多糖ポリサッカライドAを 分泌することによってマウスの腸管炎症の抑制能をもつ 腸内細菌 (1)と,短鎖脂肪酸である酪 酸を分泌することによって免疫制御性細胞の一種である 抗炎症性サイトカインを産生する制御性T細胞(regula- tory T cells, Treg)の分化を誘導する腸内細菌
(2, 3)が実験動物および人間の腸内に常在している
ことがわかっている.その反面,毒素を出したり炎症を 引き起こしたりするような細菌,たとえば腸管または全 身の炎症性疾患の誘導に働く炎症性サイトカインinter- leukin-17(IL-17)の誘導能をもつSegmented filamen- tous bacteria(4)などの菌種が哺乳類動物の消化管粘膜上 皮細胞に接着することによって粘膜組織に刺激を与え,
病原性を示すことも知られている.腸内常在細菌は腸管
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腸内相互作用の理解に基づいた健康の増進・疾患の予防-2低分子βグルカン摂取により炎症性腸疾患を予防,改善する
昆布がお腹の調子を整える!—腸内細菌を介した分子機構の解明—
唐 策 * 1 ,角田 茂 * 2 ,岩倉洋一郎 * 1
*1東京理科大学生命医科学研究所実験動物学研究部門,*2東京大学大学院農学生命科学研究科実験動物学研究室
粘膜上皮細胞のアポトーシス・再生修復,自然・獲得免 疫細胞の分化誘導・抑制に影響を及ぼす一方,これらの 細菌の増殖は腸管組織細胞や自然免疫細胞から分泌され る抗菌ペプチド・タンパク質や獲得免疫細胞から産生さ れる抗原特異的なIgA抗体によって制御されている.
抗菌ペプチド(antimicrobial peptide)は腸粘膜自然免 疫細胞,上皮細胞またはパネート細胞から分泌される一 群の低分子量タンパク質であり,細菌や真菌,ウイルス の増殖に対する抑制能をもっている(5)
.これまで同定さ
れているメジャーな抗菌ペプチドは10種類以上あり,その中には特にCalprotectinやREG3
γ
などのグラム陽性 細菌を優先的に抑制する(6〜8)ものと,α ・ β
-defensinと いったさまざまな微生物に対する抑制能をもつものがよ く知られている(9, 10).このような腸内常在細菌と宿主側
の複雑な生理・免疫学的な相互作用によって腸内環境の 恒常性が維持されていると考えられている(11).最新の
腸管免疫に関する研究により,腸内細菌と腸管免疫系と の相互作用は,腸内環境のみに限局したものではなく,全身性免疫系・全身性免疫疾患にもさまざまな影響を及
ぼしていることがわかった(12〜14)
.
炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease; IBD)は 主として食道以下の消化管(胃,小腸,大腸)における 慢性・亜急性粘膜組織の炎症の総称で,大別するとク ローン病(Crohn s disease; CD)と潰瘍性大腸炎(Ul- cerative colitis; UC)の2種類の疾患からなる.IBDの 発症原因はまだ完全に解明されていないが,病原性微生 物の感染や自己免疫,食生活の欧米化,精神的なストレ ス,遺伝的素因など,さまざまな要因により惹起される と考えられている.日本では40年前にはIBDの患者は ほとんど見られなかったが,近年増加傾向にあり,現在 では18万人を超えるが,米国では140万人もいると言わ れ,この疾患に対する新たな予防・治療法の開発が強く 求められている.本研究室では以前,樹状細胞やマクロ ファージなどに特徴的に発現するDectin-1(デクチン1)
と呼ばれるC型レクチンファミリーに属する1種類の自 然免疫受容体が,カンジダ菌など真菌の細胞表面に広く 存在する多糖成分の一つ,
β
グルカン(グルコースがβ
1,3- あるいはβ
1,6-結合により連結した多糖)を認識す日本農芸化学会
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昆布は和食には欠かせない食材であるが,日本に おける消費量は食生活の変化に伴い漸減傾向にある.
しかしその一方で,特に海外においてはミネラル補 給食品や食物繊維に富むダイエット食品などとして 重視され,食用消費が増加している.われわれは遺 伝子改変マウスを用いて感染免疫および自己免疫疾 患の分子機構について研究を続けてきたが,その過程 で偶然,このような昆布に含まれるラミナリンと呼ば れる多糖類が炎症性腸疾患の予防・治療に利用でき る可能性を見いだした.
日本において,難治性疾患である炎症性腸疾患の 患者は40年前にはほとんど見られなかったが,近年 は年々増加傾向にあり,現在では17万人を超えてい る.その増加理由については食生活の変化等諸説あ るが,実際のところよくわかっていない.炎症性腸 疾患と言えば,安倍首相が第一次政権を辞任した理 由の一つが潰瘍性大腸炎の悪化にあったとされたの も記憶に新しい.炎症性腸疾患はストレスにより悪 化し,著しいQOLの低下を招く.そのため,潰瘍性 大腸炎の治療が奏功し,寛解したことが,安倍首相 の復活,長期安定政権につながった大きな要因と言 えるのではないだろうか.
果たして,このような昆布摂取量の低下が日本にお ける炎症性腸疾患増加の一因なのであろうか.そし て,われわれがマウスで見いだした本研究成果は,ヒ
トにどこまで当てはまるのだろうか.昆布ラミナリ ンによる抗炎症効果は腸内細菌を介したものであり,
ヒトとマウスでは共生する腸内細菌が異なることか ら,マウスの結果がそのままヒトに当てはまるとは 限らない.そこで現在,われわれはヒトへの応用に 向けての研究を進めている.昆布は,典型的な島国 である日本にとって伝統的な食材である.生物は長 い時間をかけてそれぞれの環境に適応することによ り進化を遂げてきた.急激な近代化がヒトの適応能 力を超え生体恒常性維持に破綻が起き,疾患を引き 起こす要因の一つであることは明白である.われわ れは伝統食品を最新の解析手法を用いて分子レベル で見直すことによりヒトの健康増進につなげる,そ んな研究を続けることにより,社会に貢献したいと 考えている.
コ ラ ム
ることによって,その下流で活性酸素種を誘導したり,
サイトカインIL-17を分泌する獲得免疫細胞Th17の分 化を誘導したりすることにより,真菌感染防御に重要な 役割を果たすことを明らかにした(15)
. β
グルカンは,真 菌の細胞壁の主な構成成分の一つとしてきのこや酵母な どの食品中に大量に含まれ,食品添加物としても利用さ れている.これまでの糖鎖研究により,分子量10,000以 上の高分子量β
グルカンは,デクチン1に認識された後,細胞内に正のシグナルを伝達することから,いわゆるデ クチン1のアゴニストのリガンドとして機能することが 知られている.これらの
β
グルカンは,主にきのこ,大 麦,酵母などに含まれている.一方,分子量5,000以下 の低分子量β
グルカンは,デクチン1と結合するものの,細胞内シグナル伝達を惹起せず,かつ同時に高分子
β
グ ルカンとデクチン1との結合を阻害することから,デク チン1のアンタゴニストリガンドとして機能することが 知られている.ラミナリンと呼ばれるガゴメ昆布などの 海藻由来のβ
グルカンがこれに該当する.昔から,β
グ ルカンの経口摂取によって免疫力が上がり,抗感染,抗 腫瘍,抗炎症効果があると言われていたが,科学的な根 拠がほとんど得られていない理由には,このようにβ
グ ルカンの分子量により生理活性が変化するなどの複雑な 事情があったためと考えられる.一方,デクチン1は大 腸において腸管自然免疫細胞上で強く発現しており,デ クチン1のシグナルが腸管免疫システムに影響を与える 可能性が十分考えられた.そこで,われわれはマウスの 実験的大腸炎モデルを用いて,デクチン1の腸管炎症性 免疫応答・腸内環境恒常性の維持における役割について検討した(16)
.
デクチン1シグナルは大腸腸管炎症の病態形成に関 与している
腸管免疫恒常性・腸管炎症の病態形成に対するデクチ ン1シグナルの影響を検討するために,われわれはま ず,ヒトの潰瘍性大腸炎の実験動物モデルであるデキス トラン硫酸ナトリウム(Dextran sulfate sodium salt;
DSS)飲料水投与誘導急性大腸炎モデルを用いて,SPF
(Specific Pathogen Free)環境下の野生型C57BL/6マ ウスに大腸炎を発症させた.定常状態のマウスに比べ,
炎症発症マウスの大腸腸管でデクチン1をコードする遺 伝子 のメッセンジャー RNAの発現レベルが著し く上昇した.また,デクチン1のタンパク質発現を調べ たところ,腸管粘膜層においてデクチン1を発現してい る主な細胞はF4/80陽性腸管マクロファージであること がわかった.腸内デクチン1のシグナルが本当に腸炎の 発症と関与しているのか明らかにするため,われわれは デクチン1の遺伝子を欠損させた( −/−)マウス にDSS投与したところ,野生型マウスに比べ,
−/−マウスでは炎症による大腸組織の腫れと腸管長の短 縮が有意に緩和し,組織の炎症像や炎症性細胞の浸潤も ほとんど見られなかったことから,デクチン1を欠損さ せることによってDSS誘導大腸炎に顕著に耐性となる ことを見いだした(図
1
A‒C).
図1■βグルカンの受容体デクチン1遺伝子 欠損マウスでは大腸炎の発症が緩和される A) 4%のDSS飲料水投与後の大腸炎増悪化 に伴うマウスの生存率を観察した.B) DSS 投与後11日後にマウスを解剖し,大腸炎症 による腸管の短縮を観察した.C) DSS投与 後11日後にマウスを解剖し,腸管組織の炎 症像・炎症性細胞の浸潤程度をH‒E染色病 理切片で観察した.
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デクチン1は腸内細菌を介して腸管炎症を制御する 腸管炎症は腸内細菌と免疫システムとの相互作用に よって調節されると考えられている.興味深いことに,
デクチン1シグナルの欠失による大腸炎の抑制は,無菌 動物では認められなかった.このデクチン1欠損の効果 は本当に腸内細菌と関与しているのかを検討するため,
SPF状態の −/−マウス由来の腸内細菌を無菌マウ スの腸管に移入してからDSS大腸炎を誘導すると,野 生型マウスの腸内細菌よりも, −/−マウス由来の 腸内細菌が有意に高い大腸炎抑制効果をもつことが確認 された.これらの結果から,デクチン1の遺伝子欠損に より大腸炎耐性を付与するような腸内細菌叢が形成され ることが示唆された.そこでわれわれは,腸内細菌のリ ボゾームRNAの16S領域の塩基配列に基づいた網羅的 な解析手法を用いて,デクチン1の欠損がマウスの腸内 細菌叢に与える影響を調べた.その結果,野生型マウス に比べて,腸内細菌叢に門レベルまでの大きな分類では 変化がなかったが,Firmicutes門の中の乳酸桿菌
の一種である (
)が −/−マウスの大腸で過剰に増殖していた ことがわかった(図
2
A).
腸内 の増殖がデクチン1シグナルに よって制御され,大腸炎の発症に関与する
デクチン1の欠損によって過剰増殖した乳酸桿菌 が大腸炎の抑制機構に関与しているのかを解明 するため, NBRC 14221単一株を無菌マウ スに定着させた後,SPFマウスから腸内細菌叢を移入し
てDSS大腸炎を誘導していたところ,前定着なし群に 比べ, 前定着群マウスの腸炎の発症は著し く抑制された(図2B)
.無菌の
−/−マウスにSPF マウスの腸内細菌を投与すると,同じ細菌叢を受けた無 菌の野生型マウスに比べて,全腸内細菌に対するの割合が時間とともに −/−マウスで顕著 に増えていったことから, の増殖制御には デクチン1のシグナルが必須であることがわかった(図 2C)
.
が腸内制御性T細胞の分化・増殖を誘 導できる
デクチン1欠損マウスでは が増殖してい ることとともに大腸粘膜固有層に存在する過剰免疫応答 の抑制に働くTreg細胞の割合も増加していた(図
3
A).
この現象から,デクチン1シグナルの欠損が乳酸桿菌の 増殖を引き起こし,過剰増殖した乳酸桿菌がTregの細 胞分化を誘導していることが示唆された.その可能性を 検討するために, を無菌マウスに移入して から腸管Treg細胞の増加を調べた.その結果,Tregの マーカーであるFoxp3陽性のCD4 T細胞の割合がの移入によって有意に増加した(図3B)
.Treg
の割合だけでなく,炎症抑制性サイトカインである IL-10の産生性CD4 T細胞も によって誘導 された.デクチン1の欠損により増加していたTregが 炎症抑制に働いているのかを証明するため,T細胞のい ないRAG(Recombination Activating Gene)欠損マウ スにDSS大腸炎を誘導したところ,RAG-デクチン1二 重欠損マウスはRAG欠損マウスと同様に激しい大腸炎 図2■腸内乳酸桿菌 の増殖が デクチン1シグナルによって制御され,大 腸炎を抑制できるA)腸内細菌のリボソームRNAの16S領域の 配列解析により の存在率を調べ た.B) を無菌マウスに定着させ た後SPFマウスの全腸内細菌叢を接種し,さ らにDSS投与して大腸炎を誘導した11日後 に,腸管組織の炎症像・炎症性細胞の浸潤程 度をH‒E染色病理切片で観察した.C) SPF マウスの全腸内細菌叢を無菌野生型とデクチ ン1欠損マウスに投与し,経時的に
の存在率をリアルタイム qPCRで調べた.
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を発症し,抑制性T細胞は大腸炎の抑制には不可欠で あることが示された.また,腸内 が増加し ていたRAG-デクチン1二重欠損マウスにナイーブCD4 T細胞という胸腺で分化成熟し,抗原と一度も遭遇した ことのない免疫機能未熟なT細胞を移入すると,同じ 細胞を移入した野生型RAG欠損マウスより,ナイーブ からTregへの分化が二重欠損マウスの腸管で著しく亢 進し,それに伴って大腸炎の発症はRAG-デクチン1二 重欠損マウスで有意に緩和されたことから,デクチン1 の欠損による の増殖とそれに引き続くTreg の増加が大腸炎を抑制していることが強く示唆された.
がTGF-
β
やIL-10の誘導を介してTreg の細胞分化・増殖を誘導する腸管Tregの分化誘導に重要なサイトカインである TGF-
β
の発現が野生型マウスに比べて −/−マウス で有意に亢進していたことから,過剰増殖しているがTGF-
β
を誘導してTregの分化を促進させる と想定された.その可能性を検討するため,大腸粘膜固 有層に存在するCD11bおよびCD11c陽性の抗原提示細 胞を単離し, で , などの腸内 細菌単株と共培養してからTregを誘導するサイトカイ ンの発現レベルを調べた.その結果,ほかの腸内細菌に 比較して, で刺激した抗原提示細胞からの TGF-β
およびIL-10の産生が極めて強いことがわかった(図3C)
.さらに,粘膜固有層全細胞と共培養すること
によって, のみFoxp3の発現が有意に上昇した.これらの結果から,腸内乳酸桿菌が抗原提示細胞 からサイトカインTGF-
β
とIL-10を誘導してTregの分 化を促進させると考えられた.デクチン1シグナルが抗菌ペプチドを介して の増殖を制御している
上皮細胞や自然免疫細胞から分泌される抗菌ペプチド は,細菌の表面に接着することにより細菌の動きを止め たり,細胞膜に穴をあけて細菌を殺したりする能力をも ち,腸内細菌の増殖を抑制することが知られている(5)
.
−/−マウスの腸管組織では,Calprotectin S100A8 や,Reg3
γ
, Reg3β
などの抗菌ペプチドの発現が野生型に 比べ顕著に低下していた.一方,デクチン1のアゴニス トリガンドdepleted-Zymosanの刺激によって,腸管組 織からのS100A8や,Reg3γ
の発現が誘導されることか ら,デクチン1シグナルが腸管の抗菌ペプチドを誘導す る こ と が わ か っ た.さ ら に,recombinant S100A8+S100A9ペプチドが で の増殖を有意 に抑制することから,腸内デクチン1シグナルが抗菌ペ プチドCalprotectinを介して乳酸桿菌の増殖を制御して いることが明らかとなった(図3D)
.
デクチン1シグナルの阻害による大腸炎の予防・治 療
β
グルカンを特異的に認識するタンパク質を用いた解 析により,マウスの腸内にはβ
グルカンをもつ細菌は存 在していなかった.一方,哺乳類動物の腸内には真菌が 図3■ の増殖がデクチン1シグ ナル下流に誘導された抗菌ペプチドCalpro-tectinによって制御され,その制御が解除さ
れると がTGF-βを誘導しTreg の分化を促進させる
A)定常状態のデクチン1欠損マウスの大腸粘 膜固有層にいるFoxp3+ Tregの割合をフロー サイトメトリーで測定した.B)単一株の
を無菌マウスに定着させ,3カ月後の 大腸粘膜固有層にいるTregの割合をフローサ イトメトリーで測定した.C)マウスの大腸粘 膜固有層にいるCD11bおよびCD11c陽性抗原 提示細胞をAutoMacsで単離した後,単一株 の腸内細菌と共培養し,12時間後に細胞での TGF-βのメッセンジャー RNAの発現上昇をリ アルタイムPCRで測定した.D) Recombinant Calprotectin S100A8+A9 5 μMを
がいる培養液に添加し,3, 9時間後に の増殖相対量を分光光度計で測定した.
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存在し,デクチン1を欠損させると日和見感染している 病原性真菌の腸管バリア内への侵入を許し,腸管炎症が 増悪化することが米国の研究グループより報告されてい たが(17)
,われわれが解析に用いたSPFマウスは極めて
清潔な環境で飼育されており,次世代シークエンサーを 用いた解析から腸内に病原性真菌が存在していなかっ た.しかしながら,実験用マウスの餌の中には,不溶性 のβ
グルカン顆粒が大量に存在していることから,腸内 デクチン1は主に餌由来のリガンドによって活性化され ているものと考えられた.ワカメや昆布などの海藻に含まれる
β
グルカンの一つ であるラミナリンは分子量が小さく(3,000,あるい はそれ以下のものが主成分),
デクチン1に結合する ものの活性化させず,むしろ酵母やきのこ由来の不溶 性の大きな分子量をもつβ
グルカンのデクチン1への結 合を阻害する.いわゆるデクチン1のアンタゴニストリ ガンドとして機能することが知られている.マウスにラ ミナリンの混合餌を食べさせると, とTreg の割合が増加する(図4
A)とともに,DSS大腸炎の惹 起が抑制されることがわかった(図4B).この現象は
−/−マウスのフェノタイプと一致していたことか ら,低分子
β
グルカンを摂取することによってデクチン 1の腸内シグナル伝達を阻止し,マウスの炎症性腸疾患 の発症を予防できることがわかった.おわりに
今回の研究結果は,私たちが日常摂取している食品成 分の一つである
β
グルカンがどのように腸内の微生物叢 に影響を与え,それがどのように免疫系や健康に影響を 与えるかについて,初めて詳細なメカニズムを明らかに したものである.実際に,ヒトの炎症性腸疾患の1種類 であるクローン病の患者では と近縁の乳酸 桿菌 の腸管内の存在割合が健常人より有意 に少なくなっていること(図4C)から,ヒトにおいて もこれらの乳酸桿菌が炎症性腸疾患を抑制している可能 性が考えられる.デクチン1の阻害活性をもつ低分子β
グルカンを食品添加物として摂取することにより,乳 酸桿菌増殖とそれに続く免疫抑制性Treg増加という戦 略により,炎症性腸疾患だけでなく,食物アレルギーな どの全身性炎症性疾患の治療および予防効果が期待でき ると考えられる.この戦略は,食品成分により大腸に共 生する有益な細菌を選択的に増殖させるという点で 1995年にGibsonらによって提唱された プレバイオ ティクス と似ているものの,有用成分の標的が宿主側 という点で異なる新しい概念である.われわれはマウス で見いだされた本現象を実際のヒトへ応用することを検 討するため,現在,より有用な低分子量β
グルカンの創 出を進めている.そして今後,この低分子量β
グルカン を用いてヒト前臨床試験を進めていく予定である.図4■低分子量のβグルカンを経口投与すること によって腸内デクチン1のシグナル伝達を阻止 して大腸炎の発症を抑制する
A) 5%の海藻カゴメ由来の低分子量βグルカンラ ミナリンをマウスに食べさせ,3日後にDSSを投 与し,11日後の大腸粘膜固有層にいるTregの割合 をフローサイトメトリーで測定した.B)ラミナリ ン(デクチン1のアンタゴニストリガンド)また はカードランという高分子量βグルカン(デクチン 1のアゴニストリガンド)を経口投与し3日後に DSSを投与してから継時的に大腸炎の重症度を観 察した.C)炎症性腸疾患の患者において,腸内 の近縁乳酸桿菌 の糞便中 の細菌に占める割合をリアルタイムPCRで測定し た.CD: クローン病患者,UC: 潰瘍性大腸炎患者.
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プロフィール
唐 策(Ce TANG)
<略歴>中国河北省出身/2004年中国河 北医科大学歯学部卒業後,九州大学医学系 学府に留学し,生体防御医学研究所・感染 制御学分野で結核菌感染の防御機構や新型 のBCGワクチンの開発などの研究に従事 し た/2009年 博 士 課 程(医 学) 修 了 後,
同年4月より東京大学医科学研究所システ ム疾患モデル研究センター細胞機能研究分 野(岩倉洋一郎教授)の助教となる.岩倉 教授の東大定年に伴い,2012年4月より東 京理科大学生命医科学研究所に助教として 異動<研究テーマと抱負>現在腸内微生物 叢と粘膜免疫系の相互作用について研究を 行っている.
角 田 茂(Shigeru KAKUTA)
<略歴>東京大学農学部獣医学科卒/東京 大学大学院農学生命科学研究科博士課程修 了/2002年に東京大学医科学研究所ヒト 疾患モデル研究センター・助手に着任後,
信州大学ヒト環境科学研究支援センター・
助教を経て,2013年より東京大学大学院 農学生命科学研究科獣医学専攻・准教授
<研究テーマと抱負>大学院時代より一貫 して遺伝子改変マウスの作製および解析に よる炎症性疾患発症の分子機構の解析に従 事している.
岩倉 洋一郎(Yoichiro IWAKURA)
<略歴>京都大学理学部卒/同大学院博士 課程中退後,京都大学ウイルス研究所助手 となり,インターフェロンの研究に従事/
1978年 よ り2年 間 米 国Sloan-Ketteringが ん研究所に留学し,マウス初期胚の発生機 構の解析を行った/1985年東京大学医科 学研究所に助教授として異動後,同実験動 物研究施設教授・施設長,同ヒト疾患モデ ル研究センター(後にシステム疾患モデル 研究センターに改組)教授・センター長を 歴任した/2012年東大定年退職後,東京 理科大学生命医科学研究所に異動し,教授 として鋭意研究を継続している/東京大学 名誉教授/免疫関連遺伝子の欠損マウスの 作製と解析で免疫学領域に大きな業績を残 しており,2014年にトムソン・ロイター 社の「高被引用論文発表研究者(免疫学分 野)」に選出されたほか,2009年「リウマ チ 学 会 賞」,2012年「第24回 安 東・田 嶋 賞」,2015年「第58回 野 口 英 世 記 念 医 学 賞」など多数受賞している.
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.128
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