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はじめに 漁業資源・海底鉱物資源の保存・管理

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(1)

はじめに

漁業資源・海底鉱物資源の保存・管理、それぞれの海域における違法行為の取り締まり 権限の在り処、各種海域の境界画定等、海洋における諸問題をめぐっては国家間紛争が頻 発している。日本がこれまでに直面した数少ない国際裁判のいくつかにおいても、海洋に 関係する諸問題が争点となった。たとえば、日本が国際裁判の初めての当事者となったマ リア・ルス号事件(1875年)は、港に停泊中の外国船舶に対して沿岸国管轄権がどこまで及 ぶかを争点のひとつとしていたし、1950年代には、日本とオーストラリアとの間でアラフ ラ海の真珠貝漁業をめぐる紛争が生じ、最終的には両国間の交渉によって事件が解決され たため裁判は実施されなかったものの、国際司法裁判所(ICJ: International Court of Justice)へ の付託合意書が作成されている。これらの場合には、本特集の酒井論文で検討されたよう な種々の要素を考慮しつつ、裁判を通じた紛争処理の可能性が探られることとなるのであ り、まずはICJ等における紛争処理一般に関する議論が当てはまる。

紛争処理一般に共通する要素に加えて、海洋紛争の国際裁判を通した処理に特徴的な点 があるとすれば、それは、もっぱら

1982年に採択された国際連合海洋法条約

(以下、「海洋 法条約」)が創設した紛争処理手続をめぐって生ずる。同条約は、後に詳述するように一定 の類型の海洋紛争について国際裁判所に強制的な管轄権をもたせる紛争処理制度を構築し た。1994年に同条約が発効して以降、これまでに合計

15件の紛争が同条約上の制度に則っ

て一方当事者によって裁判に付託されている(このほかに

2

件の合意付託例がある)。国際紛 争の裁判を通した解決例の増大は、海洋紛争について言えば、こうした強制的紛争処理制 度の創設によって一定程度後押しされている側面がある。そこでは、どのような背景によ って紛争の裁判による解決が重視され、あるいは実際に活用されているのだろうか。海洋 紛争の処理について司法的解決という手段はいかなる位置を占めるのだろうか。本稿は、

日本が当事国となったみなみまぐろ事件、豊進丸および富丸事件を手掛かりに、上記の観 点から海洋法条約上の紛争処理手続について検討を加えるものである。

1

強制的手続の意義と射程―みなみまぐろ事件

1) 海洋法条約における紛争処理の仕組み

本論のはじめに海洋法条約における紛争処理手続について、いま少し詳しくみておこう。

(2)

紛争処理について定める海洋法条約第15部は以下のような構造をもつ。第

1節

(279―285条)

は総則であり、海洋法条約の解釈・適用をめぐる紛争は当事国が合意する手段を通して平 和的に処理されねばならない旨を規定する。引き続く第

2節

(286―296条)は、第1節に定 める手続で解決されなかった紛争について、拘束力ある決定を伴う義務的手続を用意して いる。すなわち、同条約によれば、海洋法条約の解釈・適用に関する紛争であって他の方 法によって解決が得られなかったものについては、いずれかの紛争当事者の要請により、

第2節に基づいて管轄権を有する裁判所に一方的に付託されうる(286条)。具体的には、締 約国は、これらの紛争につき、国際海洋法裁判所(ITLOS: International Tribunal for the Law of the

Sea)

、ICJ、附属書Ⅶに基づいて組織する仲裁裁判所(以下、「附属書Ⅶ仲裁」)、附属書Ⅷに基 づいて設立され漁業・環境保全・海洋の科学的調査・航行に関する問題を扱う特別仲裁裁 判所のいずれで処理するかを選択する旨の宣言をすることができ(287条

1

項)、紛争が生じ た場合に、両当事国が選択する裁判所が同一である場合には、その裁判所が当該事件につ き管轄権を行使する(同

4

項)。当事者が選択する裁判所が異なる場合や裁判所を選択する宣 言が行なわれていない場合には、附属書Ⅶ仲裁が管轄権を行使する(同5項)。日本は、同条 のもとでの裁判所選択宣言を行なっていないので、日本がかかわる海洋法条約上の紛争に ついては、原則として附属書Ⅶ仲裁が管轄権をもつこととなる。第3節(297―

299

条)は、

第2節に定める手続が適用されない例外的な紛争類型について定めている。

このように、海洋法条約は条約の解釈・適用をめぐる紛争が生じた場合に、一方当事国 が拘束力を有する決定を伴う義務的手続に相手当事国を訴えるという選択肢を一定の条件 のもとに準備している。ICJが強制管轄権を有しないのとは対照的に、海洋法条約上の紛争 解決手続は一方当事国による訴えの提起によって開始されうるのである。

以上のような海洋法条約上の紛争処理制度を、日本が当事国となった/なりうる場合に ついてどのように受け止め、対処してきた/すべきであろうか。紛争解決という観点から は、第15部第

2

節に定める拘束力を有する決定を予定する手続が一方当事国の訴えの提起に よって強制的に開始されることが常に望ましいのだろうか。そうした強制的手続が及ぶ紛 争の類型・射程はどこまでなのだろうか。以下にみるように、日本が関与したみなみまぐ ろ事件では、この点が争点のひとつとなった。

2) 事件の経緯

高度回遊性魚種であるみなみまぐろについては、1950年代から漁獲が開始されたが、

1970年代後半に至ると資源状況の悪化が深刻に懸念されるようになった

(1)。日本、オースト

ラリア、ニュージーランドの

3ヵ国は、資源保存・管理のための協議を開始し、1985年から

毎年の総漁獲可能量(TAC: Total Allowable Catch)と国別割当決定のための自主的な協力枠組 みを構築した。この枠組みは、1993年にはみなみまぐろの保存のための条約(以下、「みな みまぐろ条約」)の締結へと発展し、各国の批准を経て同条約は翌年発効した。

みなみまぐろ条約は、みなみまぐろ保存委員会を設置し、毎年のTACと3当事国の国別割 当を決定する権限を同委員会に与えた。保存委員会は、条約締結以前の

1989年以来協力枠

組みのなかで合意されてきた数字(TAC=

1

1750

トン、日本の国別割当=6065トン、オース

(3)

トラリア=5265トン、ニュージーランド=

420トン)

を踏襲する決定を

1997年まで繰り返した。

しかしながら、保存措置によって資源は回復基調にあり漁獲量を増大すべきとする日本と、

それを拒否するオーストラリアおよびニュージーランドの間で対立が生じ、1998年には保 存委員会がTACと国別割当について決定できない状態となった。

こうしたなか、資源状況に関する科学的不確実性を減少させるために、当事国が共同し て調査漁獲計画(EFP: Experimental Fishing Programme)を実施することが3ヵ国間で検討された が具体的方法等をめぐって合意に至らず、日本は1998年

7

月、1400トンを目処として一方 的に試験的EFPを実施した。これに対しオーストラリア、ニュージーランドがみなみまぐろ 条約に反するとして抗議をしたため、3ヵ国間でみなみまぐろ条約

16条に基づく紛争解決の

ための協議が行なわれたが不調に終わった。

1999年に入り、日本が年間2000

トンを目処とする3年計画の

EFPを開始したところ、オー

ストラリア、ニュージーランドは、日本の一方的EFPは公海漁業に関する協力義務を定める 海洋法条約64条および

116

―119条違反であるとして同条約附属書Ⅶ仲裁に提訴するととも に、290条

5項に基づいて EFPの停止等を求めてITLOS

に暫定措置を要請した(2)

3) 第

15部紛争処理手続の射程

(a) 両法廷の判断

本事件はいくつかの争点を含むが、海洋紛争の国際裁判を通じた解決という本稿の観点 からは、みなみまぐろ条約および同条約の紛争解決規定の存在にもかかわらず、海洋法条 約上の附属書Ⅶ仲裁が管轄権を有するか、および資源保存措置について司法裁判所が判断 をなしうるか、という2つの点が注目される(3)

本件において、オーストラリア、ニュージーランドは日本の

EFP実施を海洋法条約違反と

評価して海洋法条約上の紛争処理手続に訴えている。これに対して、日本は、本件紛争は みなみまぐろ条約上の紛争であって海洋法条約上の紛争ではないとして、海洋法条約上の 附属書Ⅶ仲裁の管轄権を否定する主張を展開した。この点について、1999年に下された

ITLOS

暫定措置命令は、附属書Ⅶ仲裁が一応(prima facie)の管轄権をもつと判断し、他方、

翌年に示された附属書Ⅶ仲裁の管轄権判決は自らが管轄権を有しないと結論づけて、手続 は終了するに至っている。

最終的な結論は分かれたが、ITLOSも附属書Ⅶ仲裁も、本件がみなみまぐろ条約にもっぱ らかかわること、他方で海洋法条約上の紛争でもあることを等しく認めている。ITLOSは、

当事国間でみなみまぐろ条約が適用されることは、海洋法条約の適用を排除しないとした うえで、原告が提示した条文から本件が海洋法条約の解釈・適用をめぐる紛争であること がみてとれると判示した(4)。附属書Ⅶ仲裁は、紛争の性格決定について、「真の紛争(a real

dispute)

」が主張されている条約と合理的に連関するか否かが基準となるとするが、本件に

ついては、紛争がみなみまぐろ条約にその中心をおくとしても海洋法条約下でもまた生じ ているとして両条約の並行的適用例と捉えた(5)

両法廷の判断が分かれたのは、本件紛争が海洋法条約上の紛争と言えるとしても、海洋 法条約上の紛争処理手続によって処理すべきか否かという点についてである。ITLOSは、あ

(4)

くまでも暫定措置命令を下すのに必要な範囲で一応の管轄権の存在を確認したにとどまる ものの(6)、みなみまぐろ条約上の紛争処理手続の存在は、海洋法条約第

15

部の利用を妨げ ないとして、附属書Ⅶ仲裁は一応の管轄権をもつと結論づけている(7)

これに対して、附属書Ⅶ仲裁は、以下の理由によって自己の管轄権を否定した。すなわ ち、本件が海洋法条約をめぐる紛争でもあることを前提として、海洋法条約における紛争 処理規定をみれば、281条

1

項が、締約国はいかなる紛争解決手続を採るかについて合意に よって選択することができ、この選択を行なった場合には、当該手続によって解決が得ら れず、かつ当該同意が他の手続の可能性を排除していないときに限り、第15部の手続が適 用されるとしている。裁判所によれば、みなみまぐろ条約のように紛争処理規定を備えた 条約に加盟することによって締約国は海洋法条約以外の手続に合意していると解される(8)。 みなみまぐろ条約16条は、第1項で平和的手続によって紛争を解決するため当事国間で協議 を行なう旨を定め、第2項で協議により解決されない紛争はすべての紛争当事国の同意を得 てICJまたは仲裁に付託する旨を定めている。16条は、規定に定める方法による紛争解決が 奏功しなかった場合について明示的には他の手続の可能性を排除してはいないものの、附 属書Ⅶ仲裁は、ICJまたは仲裁への付託が紛争当事国の同意を得て行なわれねばならないと し、当該合意ができなかった場合には1項に定める協議を尽くすように定める16条の仕組み を全体としてみれば、同意を得ない強制手続への付託を認めないという当事国の意思が読 みとれるとして、海洋法条約の強制的紛争解決手続は排除されると結論づけた(9)

(b) その評価

以上のような両国の主張および両裁判所の判断は海洋紛争の司法的解決という観点から どのように評価できるだろうか。判断の分岐点は、海洋法条約281条およびみなみまぐろ条 約16条の解釈にある(10)。附属書Ⅶ仲裁が示した解釈に対しては、後の合意によって海洋法 条約が定めた強制的な紛争解決手続を骨抜きにするものとして一部から批判が寄せられて いる(11)。この点についてどのように考えればよいのだろうか。

訴えられる立場となった日本は、海洋法条約281条に基づき既存の条約中の紛争処理規定 の存在によって海洋法条約上の紛争処理手続を排除しうるとし、みなみまぐろ条約が強制 的手続を排除する合意を内包していると主張した。この主張は附属書Ⅶ仲裁によって肯定 されており、その意味では日本が「勝訴」した事件である。もっとも、日本が将来的に類 似の紛争において原告の立場に立つことも考えられないわけではない。任意の紛争処理手 続のみを備える地域的漁業管理条約が多いなかで、漁業紛争に対する強制的裁判手続の適 用を封じる効果をもつ解釈を主張することの是非はこの観点からは問題となりえよう(12)。さ らに、附属書Ⅶ仲裁が示した281条の解釈は、みなみまぐろ資源や公海漁業をめぐる事案を 超えて一般的な射程をもつ(13)。海洋法条約上の紛争処理規定の適用射程を狭めうるような 解釈をとることが政策的に望ましいか、条約解釈として妥当なのかという疑問が呈されて いるのである。仲裁判断へのこうした批判の背景には、海洋法条約が定めた強制的紛争処 理手続を高く評価し、同手続を通した紛争解決を広く行なうことが海洋法条約の趣旨に合 致すると捉える考え方がある。これらの説は海洋法条約において強制的な紛争処理手続が

(5)

導入されたことの特殊性を強調し、安易に強制的手続の余地を狭める結論は同条約の趣旨 と両立しえないとするのである。

それでは、海洋法条約においては、なぜ強制的な紛争処理手続が採用されたのだろうか。

採用の背景には、いくつかの理由があるとされるが、その意義は必ずしも明らかではない(14)。 第1に、拘束力ある手続を義務化することは、海洋法条約が達成したさまざまな国家間の利 害バランスを将来にわたって維持する必要性に根ざしていたと指摘される。海洋法条約の 規定の多くは、8年間にわたる交渉を経て、問題領域ごとに沿岸国と旗国あるいは先進国と 開発途上国等の関係国間のときに厳しく対立する利害を条約全体として調整した結果採択 されたものである。ある問題については自国の利害を最大化できないとしても、他の問題 について他国の妥協を求めることによって、総体としてみたときに締約国間のバランスが とれるように妥協が図られたという趣旨である。たしかに、そうして達成された交渉結果 を保全すべく海洋法条約がパッケージ・ディールとして採択されたことは、同条約が締約 国に対して一切の留保を認めていない(海洋法条約

309

条)ことからもうかがわれる。起草 過程においては、困難な交渉を経て達成されたこうした微妙なバランスは、実効的な紛争 処理手続がなければ、「たちまちにそして永久に瓦解してしまうだろう」ことが懸念され(15)、 妥協に基づく当事国間の利害バランスを将来にわたって維持するために、違反に対しては 司法的解決を用意して条約が定めた適法状態へ復帰させることが重視された。紛争処理規 定が「妥協の繊細な均衡を維持するための立脚点」(16)と評されるのはこのためである(17)

第2に、上記のように多くの条数を尽くしてもなお、採択される海洋法条約が十分に詳細 な答えを用意しておらず、規定の解釈を要する問題が将来的に発生するであろうこともま た起草段階においてすでに予想されていた(18)。その後の運用において実際にも、条約規定 が直接かつ詳細に対応を定めていないような事態は多数生じている(19)。海洋法条約において は関係国のバランスを維持するために、こうした場合についても強制的な紛争解決手続に よって対応することが理想とされたと言われるのである。

しかしながら、大部分の条約は多かれ少なかれ交渉を通じた妥協の結果採択されるので あり、条約が十分に予見しなかった事案が生じてその解釈が求められることもまた一般的 である。海洋法条約についてことさらに義務的紛争処理制度の必要性が存在することの説 明としては上記2つの理由は必ずしも十分ではない。また、第

15部は第 3

節において義務的 手続からの例外を広範に設けている。第3節が強制的手続から排除した紛争類型が当事国間 のバランスの維持という観点から手続を必要としないものであったとは言い難い(20)。加え て、海洋法条約においてある紛争が強制的手続に付されるか否かは、紛争の定式化次第で左 右される側面もある。たとえば、強制的手続の適用除外を定める297条において、沿岸国に よる主権的権利または管轄権の行使に関する紛争は、航行の権利を含む国際的に適法な海 洋の利用について沿岸国が条約規定に違反して行動したと主張されている場合には強制的 紛争処理手続の対象となるが(297条1項(a))、他方、生物資源に関する主権的権利またはそ の行使にかかる紛争について沿岸国は第2節の手続を受け入れる義務を負わない(同

3

項(a))。 沿岸国による主権的権利行使の結果、航行の権利に対する違法な侵害がなされたと主張さ

(6)

れる場合に、両規定の関係をいかに理解すればよいかは不明確である(21)。同様に、298条の もとで選択的除外宣言をなした国による法執行によって航行の権利を侵害されたと主張す る国家が、297条1項(a)に基づいて管轄権の存在を主張した場合についても、両規定の関係 は海洋法条約上は明らかにされていない。

このように考えると、海洋法条約のもとでは強制的紛争処理手続の導入が原則であり、

その適用を広く確保していくことが同条約の趣旨に適うとは単純に言い切れない。みなみ まぐろ事件は海洋法条約281条をどのように解釈すべきかを争点としたが、この点を考える ためには、海洋法条約においてどのような基準で強制的紛争処理制度の必要性を判断する のかについて、いま一度検討する必要が残されていると言える。

4) 漁業紛争と司法判断

海洋紛争の司法的解決という観点から、みなみまぐろ事件が提起するもうひとつの問題 は、漁業紛争を司法判断を通じて処理することの適切性である。本件の中心的争点は、み なみまぐろの資源状況に関する見解の不一致、およびこれを前提としたうえで一方的な

EFP

実施の是非であった。仲裁手続において、日本は、TACおよび国別割当決定の前提となる 資源状況やリスクについては法内在的に導かれるのではなく、科学的判断を要するため司 法審査に適さないと主張した。むろん、合意された国別割当を超えた違法漁獲を司法手続 を通して認定し、責任を問うことは可能だろう。TACおよび国別割当の合意が達成されな かった場合に一方的にEFPを行なうことが、合意された手続的側面との関連で国際法違反に なるかについても、あるいは司法判断が可能かもしれない。しかし、みなみまぐろの資源 状況を評価して

EFPが資源状況に悪影響を及ぼす危険性の有無を実質的に判断することは裁

判所になしうるか、というのが日本が提起した問題である。

この点、損害発生の危険が科学的に不確実な場合、原因と損害の因果関係が科学的証拠 によって確定されない場合であっても、損害発生の危険を未然に阻止するための一定の措 置を要請する予防原則(precautionary principle)を適用すれば、EFPの禁止が法的に導けると する考えがある。予防原則とは、相当の注意に基づく損害発生の防止ではなく、損害に至 る危険そのものを規制するために、予防が行なわれている状態自体を継続することを国際 法益として設定する考え方である。科学的不確実性を前提とする以上、科学的知見や予見 可能性に応じて保護に資する義務の基準を設定することはできない。極端な場合には活動 そのものを禁止し、活動の安全性を立証した国家のみにそれを許容するというかたちで立 証責任の転換が図られるが、多くの場合には、条約によって、規制対象行為や許可制度等 の特定、注意基準の設定を通じて客観化された義務内容を決定して、その遵守を締約国に 要請する方式がとられる。この場合、当該基準を設定するための意思決定メカニズムの存 在が不可欠となる。予防原則の特質は、科学的不確実性が伴う問題に取り組むためには、

行動基準を何らかの手段によって決定しないことには規制が困難であるという点にある(22)。 このことは、裏を返せば、予防原則が慣習法化になじみにくいことを示すとも言える(23)

みなみまぐろ条約が保存委員会を設置し、毎年の

TAC

と国別割当を決定する仕組みを採 用したのは、まさにこの観点からであった。委員会における決定は法準則に則って行なわ

(7)

れるのではなく、科学的根拠を考慮しつつ、なお不確実な場合に行政的・政治的な決断と して行なわれる性質のものである。そうした決定の性格に照らしてみた場合に、保存委員 会が合意に至らず紛争が生じた場合に、司法機関がこれに代わって何らかの判断を下すこ とができるのか、というのが日本が提起した問いと言うことができる(24)

附属書Ⅶ仲裁は、先にみたように海洋法条約281条の解釈によって管轄権をもたないと結 論づけたため、この点に関して詳細な見解を示さなかったが、資源管理や汚染防止をめぐ る海洋紛争については今後とも類似の問題が生じる可能性は残されている。この点につい ては、附属書Ⅷによって組織される特別仲裁が、漁業を含め、それぞれの問題に関する専 門家のリストから仲裁裁判官を選出しうる手続を作成していることが注目される。国連公 海漁業協定もまた、一般には当該協定の解釈・適用に関する紛争について海洋法条約上の 紛争処理手続を準用するとしつつ(30条

1

項)、技術的な性質を有する紛争については関係国 間で設置する特別の専門家委員会への付託を予定している(29条)。専門家委員会は、拘束 力のある手続によることなく関係国と協議して問題を速やかに解決するよう努めることと される(同条)。このように海洋法条約および公海漁業協定は特別の対応を予定しているが、

当事国が通常の司法手続に問題を持ち込むこと自体は禁止されないため、訴えの提起を受 けて裁判所としてはいかに対応すべきか、裁判所の対応を念頭において当事国としてはど のように紛争処理過程を計画するかが問われるのである。

実体基準をめぐる合意形成が頓挫している漁業紛争において、法規範を適用して裁判所 が行ないうることは、TAC等の合意に向けて誠実に交渉すべきことを当事国に命ずるにと どまるだろう(25)。そうであるとしても、そのような判決を得ること、あるいはそもそも裁判 手続に訴えること自体が交渉再開に向けて意義をもつことは十分に考えられるし、実際、

本件においても一連の裁判手続は、3ヵ国を漁獲量に関する交渉のテーブルに戻す効果も及 ぼしたとも評されている。また、本案判断を得ることは困難であっても、本件のように、

暫定措置命令が下される可能性は別途存在する。漁業紛争において保存管理措置の中身そ のものの決定は行政的・政治的判断を要するとしても、そうした交渉結果を保全するため の一時的な差し止めであれば法的に下されうるからである。公海漁業協定が漁業措置につ いては専門家委員会への付託を予定していることは前述のとおりだが、同協定も暫定措置 については司法判断の余地を認めている(7条)(26)。さらには、国内外に対する政策上のパ フォーマンスとしての意義も存在する。当事国は、そうした種々の要因に照らして裁判手 続の有用性を判断することになる。

海洋法条約はたしかに一定の場合について強制的な紛争処理手続を準備した。しかし、

その意義や射程には上でみたように不明確な点が残っており、また、実際の紛争処理過程 においては、それが可能だとしても必ずしも強制的な措置に訴えることが常に望ましいと は限らない。紛争当事国としては、紛争処理プロセスの一環として裁判手続をどのように 利用することが有益かを見極めることが重要となるのである。

(8)

2

速やかな釈放手続

1) 釈放制度の概要

海洋法条約上の紛争処理手続のいまひとつの大きな特徴は、速やかな釈放(prompt release)

制度の導入である。同制度は、外国の排他的経済水域(EEZ)において違法操業または一定 の環境汚染を行なった疑いによって当該沿岸国に船舶が拿捕された場合に、行為の違法性 の判断は当該国の裁判所が行なうことを前提として、その手続が進行する間、合理的な保 証額を支払うことと引き換えに船体と乗員を釈放する制度である(違法操業につき

73

条2項、

海洋汚染につき

220条6

7

項および226条

1

項)。保証金を支払ったにもかかわらず船舶・乗員 が釈放されない場合や、提示された保証金額を争う場合には、抑留されている船舶の旗国 は沿岸国を相手どって条約第15部の手続に訴えることができる(292条)。具体的には、抑 留から10日以内に別途合意しない限り、287条に従って抑留国が選択している裁判所または

ITLOS

に付託することが認められており、2010年

9月までに発生した 9

件すべてがITLOSに 付託されてきた。日本も、2007年、第

88豊進丸事件

(27)、第

53富丸事件

(28)で、ともにロシア に拿捕された船舶と乗員について速やかな釈放を求めてITLOSに提訴した。日本が初めて 国際裁判で一方的付託により単独で原告の地位に立つことになった事件である(29)

この制度は、違法性判断と切り離したかたちで釈放を確保するところに意義がある。執 行措置に伴って船舶の運航が不可能になれば、運航者や荷主が莫大な損害を被ることは避 けられない。ある試算によれば、予定外の執行措置の対象となることによって、船舶の種 類・規模次第では毎時4万ドルにも及ぶ損失が生じうるという(30)。貨物船については、運航 の遅れによって、荷主等との契約上の違約金が生じることがあり、また燃料代・船員の賃 金などについては追加的な支出が必要となる。漁船については、一般に長くはない漁期に 抑留が行なわれれば、その年の収入に大きな打撃となる。こうした損失を抑えるために、

速やかな釈放制度のもとでは、ひとたび事案が

ITLOS

に付託されれば、15日以内に口頭弁 論の日時が設定され、口頭弁論から14日以内に判決が言い渡される(ITLOS規則

112条)

釈放制度の対象となる船舶は違法行為に従事した容疑をかけられてはいるものの、いま だ違法性の確定的判断がなされていないものである。速やかな釈放制度は、これらの船舶 の操業利益と沿岸国の取締権限とのバランスを図った制度であるとされる。ITLOSは、自国 法令の遵守を確保するために必要な適切な措置をとる沿岸国の利益と、自国船舶・乗員の 速やかな釈放を確保するという旗国の利益を意識し、保証金の支払いを通してのちの国内 手続への出頭や罰金支払いを確保しつつ、釈放を行なうという方策によって双方の利益の バランスをとるものとして同制度を性格づけている(31)

2) 釈放請求にかかる旗国と利害関係者の関係

速やかな釈放制度における利害関係は、こうして法的には沿岸国と旗国の間に想定され ているが、実際には、沿岸国法益が自国

EEZ

における漁業資源管理や環境保全を図るとい う国益であるのに対して、旗国側の利益は第一義的には船舶の享受する操業・航行利益で あることが特徴的である。むろん、特定の自国船舶を保護することを通して、自国船団一

(9)

般の法益を保護するという側面はあるものの、個々の事件において問題となる直接的な利 益は私的主体が享受しているのである。このように私的利益の実現をもっぱらの目的とす る紛争処理を国家間で締結された海洋法条約はどう位置づけているのだろうか。

拿捕された船舶は、何らかの沿岸国法令違反を犯した容疑をかけられているのであり、

旗国としてはそのような船舶を保護するインセンティヴを欠くことがある。船舶が旗国と 真正な関係をもたないような場合はなおさらである(32)。また、仮に旗国が釈放請求を行なう 場合も、それが船舶の利益に配慮して十分迅速に行なわれるという保証はない。こうした 事情への対処として、海洋法条約は、速やかな釈放にかかる申立ては「船舶の旗国又はこ れに代わるものに限って(only by or on behalf of the flag State of the vessel)」行なうことができる とする規定を設けている(292条

2

項)。国際裁判手続に国家に「代わるもの」が参加できる 特異な制度である。起草過程においては、当初は、船主や運航管理者等の利害関係私人が 申立てを直接的に提起しうる旨が提案されていた(33)。私人による国際裁判所への直接的な 提訴を全面的に認めることについては抵抗もあり、最終的には現行規定に落ち着いたが、

なお旗国が「旗国に代わるもの」として認めることを条件として利害関係者の参加の道を 残した条文である(34)。実際、これまでに提起された

9

件の釈放請求のうち、旗国自身が提起 したのはヴォルガ号事件と豊進丸、富丸事件の3件のみであり、それ以外の訴えは「旗国に 代わるもの」によって提起されている点は注目に値する(35)。旗国からの代理権を確保する必 要はあるが、利害関係の実態に即して、関係私人が自らのイニシアティヴで利用できる仕 組みになっていることが、同制度が活用されている最大の要因と言えるだろう(36)

釈放手続への利害関係私人のこうした参加を認めることが可能となった背景には、違法 行為の有無等の実体判断については拿捕国の国内裁判所に任せることを前提として、問題 を政治化せずにきわめてテクニカルに釈放条件のみを国際裁判所に判定させるという速や かな釈放制度の特徴がある。違法行為の有無に関する実体判断を国際的に争う外交的保護 制度では、問題を安易に国家間紛争化させないために国内救済完了が要件とされるが、速 やかな釈放制度のもとでは合理的な保証金支払いに基づく釈放という技術的な側面に限定 したうえで、利害関係者に対してはじめから国際的手続が開かれているのである。

ただし、何が合理的な保証金かの算定にあたっては、実際には違法操業が行なわれてい たか、その重大性はいかなるものか等の判断が必要となり、実質的に国内判決をある程度 予断せざるをえない側面がある(37)。釈放された船長・乗組員らがその後の国内手続に出頭す ることを期待するのは非現実であるため、設定された保証金は事実上罰金支払いの機能を 果たすからである。それでも、ITLOSは、あくまでも釈放のみにかかわる手続として速やか な釈放制度を位置づけることによって、この制度の独自性を維持しようとしている。釈放 条件のみを扱う技術性と実質的利害人による申立ての道を開く間口の広さが、釈放制度活 用の鍵と言うことができる。

おわりに

本稿は、海洋紛争の処理の特徴を一定の場合についての強制的裁判手続の導入と利害関

(10)

係私人による訴えが可能な速やかな釈放制度に求めた。速やかな釈放制度は、投資紛争仲 裁等例と同様に、本国による保護を待たずに利害関係私人が訴えを提起する可能性を開き、

今後も利用が見込まれる。紛争の実態に即した処理手続の構築がなされた例である。他方、

海洋法条約における強制的な裁判手続の意義と射程については、いまだ不明確な点が多く、

今後の実行を通じた明確化が望まれる。具体的な紛争処理手段の選択は、実際の紛争のな かでの紛争の主題と請求原因の特定に応じて変わりうるが、日本としても、どのような場 合に強制的紛争処理のオプションが残されることが望ましいかを整理したうえで、想定さ れる紛争をいずれの手続を組み合わせて処理すべきか、条約全体との関係であらためて検 討しておく必要があるだろう。

1) 以下、経緯についてより詳しくは、兼原信克「みなみまぐろ事件について―事実と経緯」『国 際法外交雑誌』100巻3号(2001年)、1―44ページを参照。

2) 前述のように本件については附属書Ⅶ仲裁が管轄権をもつ。しかし、常設の組織ではない仲裁裁 判所は裁判官の選任や法廷の設置等の諸手続に時間がかかるため、本案判決までの間に「紛争当 事者のそれぞれの権利を保全し又は海洋環境に対して生ずる重大な害を防止する」(290条1項)緊 急の対応を要する暫定措置を仲裁裁判所に求めることは困難を伴う。そこで、海洋法条約では、

本案が仲裁裁判所にかかる事件について、暫定措置要請から2週間以内に当事国が別途合意しない 限り、暫定措置のみを常設のITLOSで審理する手続を設けている(290条5項)。本件については、

この手続に従って、ITLOSが暫定措置要請についての審理を行なった。

3) その他の論点を含め、同事件について詳しくは、「特集『みなみまぐろ』仲裁裁判事件」『国際法 外交雑誌』100巻3号(2001年)、所収諸論文参照。

4 Southern Bluefin Tuna Cases(New Zealand v. Japan; Australia v. Japan), Provisional Measures, paras. 51–52.

5 Southern Bluefin Tuna Cases(New Zealand v. Japan; Australia v. Japan), Jurisdiction, para. 52.

6 ITLOSは、附属書Ⅶ仲裁が本案について「管轄権を有すると推定する場合に」暫定措置命令を下

すことができる(290条1項)。暫定措置は、本案判決が出された暁に認められるかもしれない権利 や救済が画餅に陥らないように当事国の権利を保全するものだが、当事国の活動に一定の制約を 課すものである以上、本案管轄権が存在しない場合にこれを命ずることは控えなければならない。

他方で、暫定措置は緊急の対応の必要性に根ざした制度であるから、本案管轄権が存在するかを 入念に検討する時間的余裕はない。双方の要請の均衡点として、管轄権が一応(prima facieに)存 在することの確認が求められるのである。

7 Southern Bluefin Tuna Cases, Provisional Measures, supra note 4, para. 55.

8 Southern Bluefin Tuna Cases, Jurisdiction, supra note 5, paras. 53–54.

9 Ibid., paras. 56–63.

(10) なお、本事件は、国際法の「分断化(fragmentation)」にかかわる一類型として位置づけられるこ とがある。分断化は、さまざまな文脈で論じられるが、差し当たり、(1)紛争処理機関が増加した ことに伴って同一の規範について複数の機関で下される解釈が分裂する可能性に対する危惧(た とえば、帰属基準をめぐるICJと旧ユーゴ国際刑事裁判所の判断の相違やLauder事件に関する投資 仲裁判断の分裂)(2)別個の法分野で生成した実体規範の(一見したところの)衝突にかかわる問 題(たとえば、環境保全のための貿易制限措置が世界貿易機関〔WTO〕諸協定に反する可能性)

(3)上記のような実体規範の衝突についてその一部についてのみ管轄権をもつ機関が判断を下すこ との問題性、などに分類することができる。本件において、日本政府は、本件紛争が形式的に海 洋法条約上の紛争にも該当するとしても、海洋法条約上の紛争処理手続に乗せ、海洋法条約を適

(11)

用して解決することは、真の紛争の解決とならないとして、(3)の観点からの主張をした。たしか に、ある紛争が適用法規の側面で限定的な特定のフォーラムに付託される場合には、その手続の ために加工され切り取られた本来の抗争全体の一断面のみが判断対象となり、本来事案に適用さ れる規範の全体が勘案されないことになる。そうした状況下で裁判を実施しても紛争解決に資さ ないという危惧は十分に理解しうる。ニカラグア事件において、慣習法のみに照らして判断を下 すことは当事国間に適用がある国連憲章および米州機構(OAS)憲章の規定を捨象し無意味である との主張はこの点を問題とするものであったし(Case concerning Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua, Dissenting Opinion of Judge Schwebel, I.C.J. Reports 1986, pp. 302–306, paras. 91–99) WTO紛争処理手続において、環境保全にかかる措置の適法性をかろうじて関税貿易一般協定

(GATT)20条の例外規定に読み込んで対応するという苦肉の策がとられていることも、この点に 関連する(小寺彰「WTO紛争解決手続における『紛争処理』の意味」『小田滋先生古希祝賀 紛争 解決の国際法』、三省堂、1997年、395―412ページ参照)。しかし、海洋法条約上管轄権を有する裁 判所は、同条約の解釈または適用に関する紛争を扱う(286条)ものの、加えて「この条約に反し ない国際法の他の規則を適用する」ことができる(293条)点に注意する必要がある。附属書Ⅶ仲 裁が海洋法条約の関連規定の違反の有無について検討する際には、それら規定を実施するものと して位置づけられうるみなみまぐろ条約上の権利義務を勘案しうると考えられる。そうであれば、

本件においては適用法規の部分性に起因する抗争の実態と定式化された紛争のずれは生じないこ とになるからである。

(11) たとえば、附属書Ⅶ仲裁のKeith判事は、拘束力ある手続を義務的としない紛争処理手続を定め る条約を締結することにより、海洋法条約の強制的紛争処理制度を無意味にすることが可能にな ってしまうと指摘し多数意見が採用した解釈を批判する。Southern Bluefin Tuna Cases, Jurisdiction, Separate Opinion of Judge Sir Kenneth Keith, paras. 19–23.同様の見解に、A. Boyle, “The Southern Bluefin Tuna Arbitration,” International and Comparative Law Quarterly, Vol. 50, 2001, p. 449; C. Romano, “The Southern Bluefin Tuna Dispute,” Ocean Development and International Law, Vol. 32, 2001, p. 331.

(12) J. Peel, “A Paper Umbrella which Dissolves in the Rain? The Future for Resolving Fisheries Disputes under UNCLOS in the Aftermath of the Southern Bluefin Tuna Arbitration,” Melbourne Journal of International Law, Vol. 3, 2002, p. 74.

(13) もっとも、その後、別事案において組織された附属書Ⅶ仲裁は、281条は事件発生後のアドホッ クな合意を想定しており、既存条約上の紛争処理規定の海洋法条約15部への影響の有無は282条の 問題であると判示している。282条は、一方当事者の要請により拘束力を有する決定を伴う手続へ の付託が可能な条約のみを対象としているので、この判断に従えば、みなみまぐろ条約における 合意は海洋法条約上の手続を排除しないことになる。Arbitral Tribunal Constituted pursuant to Article 287, and in accordance with Annex VII, of the United Nations Convention on the Law of the Sea, in the Matter of an Arbitration between Barbados and the Republic of Trinidad and Tobago, Award of 11 April 2006, para. 200.

ただし、両仲裁は相互に独立に設置されており、後の法廷の判断が優越するわけではむろんない。

(14) 本文で挙げた理由のほかに、国際裁判は政府の責任を回避する道具としても有用であることが指 摘されている。すなわち、裁判手続は、中立的な裁判所の決定に従うという「品位ある後退

(graceful retreat)」を可能にし、外交交渉等で妥協を余儀なくされるケースに比して、国内からの政 府への批判を和らげる機能をもつという。Statement by Expert Panel, “U.S. Policy on the Settlement of Disputes in the Law of the Sea,” American Journal of International Law, Vol. 81, 1987, p. 440.

(15) 第3次海洋法会議第4会期における議長声明。M. H. Nordquist, S. Rosenne and L.B. Sohn, United Nations Convention on the Law of the Sea 1982: A Commentary, Vol. 5, 1989, p. 10.

(16) “Memorandum by the President of the Conference,” Third United Nations Conference on the Law of the Sea:

Official Records, Vol. 5, 1984, p. 122.

(12)

(17) この意味で、紛争処理規定も海洋法条約の切り離すことのできないパッケージのひとつであった との指摘に、J. Collier and V. Lowe, The Settlement of Disputes in International Law: Institutions and Procedures, 1999, p. 86.

(18) たとえば、紛争解決規定を提案した米国代表のこの観点からの発言については、Nordquist, Rosenne and Sohn, supra note 15, p. 6を参照。

(19) ごく一例を挙げれば、海洋肥沃化実験を海洋の科学的調査の枠組み内で捉えうるのか、排他的経 済水域(EEZ)内での給油行為について沿岸国は主権的権利の対象として取り締まることが可能な のか、深海底の遺伝子資源について国際海底機構が管轄権を有するのか、沿岸国の同意を得ない で行なわれるEEZ内での海洋科学調査に対して執行管轄権の行使が可能なのか、など。

(20) 海洋法条約のさまざまな規定を強制的紛争処理手続を不可欠とするものとそうでないものに仕分 けようとする試みもあるが、成功しているとは言い難い。たとえば、N. Klein, Dispute Settlement in the UN Convention on the Law of the Sea, 2005を参照。

(21) ITLOSにおけるサイガ号(No. 2)事件では、旗国セント・ヴィンセントが297条1項の紛争とし

て問題を定式化し、義務的手続に服する紛争であると主張したのに対し、沿岸国ギニアは、航行 制限が漁業管理を理由として行なわれる限り、同条3項(a)下で義務的管轄から除外されると反 論した。ITLOSは、暫定措置段階においてはprima facieに管轄権の存在を認定したが(The M/V

“Saiga”[No. 2], Provisional Measures, paras. 27–30)、その後の手続においてはギニアが管轄権への抗 弁を行なわなかったため、この点についての判断は下されていない。

(22) このことは、持続可能な開発や共通だが差異ある責任など、他の環境法上の基本原則にも当ては まる。不確実性のなかで予防的にリスク管理を行なうことが他の国際法分野と比較した場合の環 境法の特徴であり、そこでは具体的な決定を行なう条約制度が不可欠だからである。この観点か ら、持続可能な開発概念が内在的に慣習法化になじまない旨の指摘に、A.V. Lowe, “Sustainable Development and Unsustainable Arguments,” A. Boyle and D. Freestone, eds., International Law and Sustainable Development: Past Achievements and Future Challenges, 1999, pp. 19–38.

(23) 各種紛争処理機関における手続において、当事国は慣習法上の予防原則に基づく活動規制を主張 するが、いずれの事件の判決においても予防原則は直接的には適用されていないことも同原則の 位置を示唆する。たとえば、Case concerning the Gabcikovo-Nagymaros Project, I.C.J. Reports 1994;

Request for an Examination of the Situation in accordance with the Paragraph 63 of the Court’s 1974 Judgment in the Case concerning Nuclear Tests, I.C.J. Reports 1995参照。なお、みなみまぐろ事件暫定措置命令が予 防原則に則って日本に調査漁獲の停止を命じたとの評価もあるが、ITLOSは同原則を明示的には採 用していない。この点、Treves判事は、海洋法条約2901項が、紛争当事国の権利を保全し、ま たは「海洋環境に対して生ずる重大な害を防止する」ことを暫定措置の目的としていることから、

予防の要素が暫定措置概念そのものに内在することを指摘する。Southern Bluefin Tuna Cases, Provisional Measures, Separate Opinion of Judge Treves, para. 9.

(24) 同様のことは、判断の裁量の余地が大きいとされる境界画定についても一定程度当てはまるかも しれない。もっとも、海洋境界画定については、第1に衡平原則という法規範の適用というかたち がとられており、第2に海洋法条約298条が境界画定について司法判断を望まない締約国に選択的 除外を認めており、除外を行なわない当事国が画定に関する判断を裁判所に委ねることに同意を していることは明白である。

(25) ICJにおける事案であるが、アイスランド漁業管轄権事件では、漁獲制限や割当量の調整は漁場 に関する科学的知識を前提とするとして、その決定を当事国による交渉に委ねる交渉命令判決を 下している。Fisheries Jurisdiction case(U.K. v. Iceland), I.C.J. Reports 1974, pp. 31–32, paras. 73–75.

(26) 前述のアイスランド漁業管轄権事件も暫定措置段階では漁獲停止を命じている。

(27) 日本企業が所有する流し網漁船第88豊進丸は、ロシアから許可を得て操業をしていたが、2007

(13)

6月1日に臨検を受け、操業日誌の不実記載(漁獲したベニザケの一部をより安価なシロザケと 記載)の容疑で拿捕され、カムチャッカ港に引致された。船体および乗員17名(全員日本人)が 抑留されたまま、ロシア側から保証金額の提示がなかったため、日本が7月6日に速やかな釈放を

求めてITLOSに提訴した。提訴後の13日、ロシアから船体および乗員釈放のための保証金として

2500万ルーブル(約1億2000万円)が提示されたが、日本側は合理的な額ではないとして手続を 続行した。ITLOSは、合理的な保証額として1000万ルーブル(約4600万円)を認定したうえで、

その支払いにより船体を早期に釈放し、船長と乗組員も無条件に帰国を認めるようロシアに命じ た。The “Hoshinmaru” case(Japan v. Russian Federation), Prompt Release Judgment.

(28) 日本企業が所有・運航し、日本を旗国とする底引き網漁船第53富丸は、2006年10月31日に許可 対象外の違法操業をしていた容疑で、ロシア当局に拿捕、引致された。事情聴取後、乗員は釈放 され帰国を許されたが、ロシア国内では船主に対する罰金と船体没収の判決が下された。船主は 没収を不服として上告していたが、ITLOSでの口頭弁論終結後にロシアの国内手続が完了して船体 没収が確定した。ITLOSは、没収は船舶所有者の変更を意味するが船舶の国籍の変更を意味しない としつつ(The “Tomimaru” case[Japan v. Russian Federation], Prompt Release Judgment, para. 70)、船体 の早期釈放を求める日本の請求目的が失われたとして訴えを退けている(Ibid., para. 76)

(29) 両事件の分析については、S. Hamamoto, “La procédure de prompte mainlevée préjuge-t-elle le fond de la procédure interne de l’état cotier?” Revue Générale de Droit International Public, t. 113, 2009, pp. 851–871 照。

(30) P. Wendel, State Responsibility for Interferences with the Freedom of Navigation in Public International Law, 2007, p. 180.

(31) The “Monte Confurco” case(Seychelles v. France), Prompt Release, Judgment, paras. 70–71.

(32) 自国漁船の違法操業を助長し、あるいは他国から助長の誹りを受ける事態を避けたいという旗国 の事情について、濱本幸也「国際海洋法裁判所の船舶および乗組員の早期釈放事案」『国際協力論 集』15巻1号(2007年)、47ページ参照。

(33) Nordquist, Rosenne and Sohn, supra note 15, p. 68.

(34) Ibid., pp. 70–71.

(35) P. Chandrasekhara Rao and Ph. Gautier, eds., The Rules of the International Tribunal for the Law of the Sea: A Commentary, 2006, p. 309.

(36) 他方で、国家の側に、他の自国民・自国船舶を保護するという観点から、速やかな釈放を求める インセンティヴがあるとしても、関係私人は将来の継続的操業にとってマイナスになりうる場合 には国際請求を積極的に望まないという逆の事態も生じうる。こうしたねじれは同様に私人の利 益をとりあげる国家間請求たる外交的保護制度においても生じうるが、外交的保護の場合には国 内的救済を尽くすことが要件とされるので、国際請求を欲しない被害私人は、違反国における国 内救済手続に訴えないことによって国籍国による国際請求を実質的にブロックすることが可能で ある。他方、速やかな釈放については、請求にあたって実際には利害関係者の意向が勘案される と思われるが、私人の側にこうしたコントロール手段は存在しない。釈放制度において、旗国の 権利と関係私人の利益の関係をどのように理解すべきかは、この文脈においても問題となる。

(37) より詳しくは、Hamamoto, supra note 29.

にしむら・ゆみ 東京大学准教授

参照

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