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はじめに 本稿は安全保障の現場に近い場所で取材し

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はじめに

本稿は安全保障の現場に近い場所で取材し、それを主として日本語で報道・論評してい る記者が日本と世界の安全保障を考える試みである。学者による学説整理ではない。学問 的作業でもない。最初に安全保障とは何かを考える。広辞苑には次のようにある。

「【安全保障】外部からの侵略に対して国家および国民の安全を保障すること。各国別の施策、

友好国同士の同盟、国際機構による集団安全保障などがある」。

日本の現実に絡めて考える。2004年12月10日に閣議決定した「防衛計画の大綱」にはⅠ の「策定の趣旨」に続き、Ⅱに「我が国を取り巻く安全保障環境」の章があり、そこには

「新たな脅威や多様な事態に対応することが求められている」とある。

広辞苑と防衛計画の大綱に書かれている内容を総合して安全保障の定義を試みれば、そ れは一国、友好国による同盟あるいは国際機構などによって脅威に「対応」することだろ うか。対応を「管理」と言い換えられるとすれば、脅威の管理が安全保障となる。

現実の安全保障政策には、脅威の削減・除去に向けた幅広い内容、手段が含まれる。外 交交渉だけでなく、軍事力行使の場面も当然ながら含まれる。事実、1957年5月20日に閣 議決定した国防の基本方針によれば、日本の安全保障は、自衛隊と日米安保体制の二本立 ての機能によって侵略を抑止する。

では「脅威」とは何か。日本政府のさまざまな統一解釈を掲載している『防衛ハンドブ ック』(朝雲新聞社刊)を繰ると、1980年11月4日に大村襄治防衛庁長官が衆議院内閣委員 会で「潜在的脅威の判断基準」を述べた答弁がある(1)。そこでは潜在的脅威を語る前提とし て「もともと脅威は侵略し得る能力と侵略意図が結びついて顕在化する」とある。

一般的に語られる「脅威は意図と能力の結びつき」とする見解を明確に記録している一 例である。大村はさらに「意図というものは変化するものであり、防衛を考える場合には、

わが国周辺における軍事能力について配慮する必要があると考えております」とも語って いる。脅威は意図と能力の結びつきではあるが、二つを比べれば、意図よりも能力をより 重視する考えをすでに明言している。

大村は「意図というものは変化する」と述べたが、なぜ変化するのか。意図が国際関係 の所産だからだろう。

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一般的に、ある国とある国の間で何らかの問題が発生し、それによって関係が悪化すれ ば、侵略意図は高まり、問題が解決し、関係が改善すれば、意図は低下する。脅威を構成 する二つの要素のうち、意図よりも能力が重要だとする考え方は、冷戦後あるいは2001年9 月11日の米同時テロ以後に出てきたものではなく、冷戦まっただなかの1980年に日本の防 衛庁長官が当然のように語っていた。

そうなると、問題は能力となるが、大陸間弾道ミサイル(ICBM)をもち、グローバルに 軍事力を展開しうる米国、ロシアあるいは中国を除けば、ほとんどの国の能力の意味は相 対的である。ある国のミサイル能力は、その射程に入る国にとっては脅威となるが、射程 外の国には直接的関係はない。

やや意味が違うのが核兵器の場合である。ある国が核兵器を開発したとする。その国が それを運搬するミサイルをもっていたとすれば、ミサイルの射程内の国にとって脅威とな るのは当然だが、射程外の国にとっても無関係ではない。とりわけ核開発した国がそれに より利益を得たと判断できるような反応を国際社会がすれば、それは核拡散を誘い、全地 球的な安定を損ね、憂慮すべき事態となる。テロリズムについても同様なのだが、現実に はこうしたグローバルな視点はもちにくい。

本稿は脅威認識と脅威感覚の差が生み出す国際的および国内的な問題に焦点をあて、そ れを克服する方法を考える。

1 脅威認識と脅威感覚の差

同盟国の間ですら、脅威が地理的条件によって左右され、それぞれの国によって差が表 面化し、共通認識がもたれにくい場合がある。脅威認識と脅威感覚の間に差があるからで はないのか。

冷戦末期の1984年、米バージニア州ウイリアムズバーグで開いた先進国首脳会議(サミッ ト)では、当時の東ドイツに配備されていたソ連の中距離ミサイルSS20の脅威に対し「サ ミット参加国(2)の安全は不可分」とし、共通認識を確認した。脅威感覚の差を埋める政治 意思を必要とした例である。逆に言えば、それなしには脅威認識と脅威感覚との間には埋 めがたい開きが生じやすい。

認識と感覚との間にはどんな違いがあるのか。再び広辞苑によれば、それぞれ次のよう に説明される。

「【認識】①[哲](cognitionイギリス・Erkenntnisドイツ)知識とほぼ同じ意味。知識が主と して知りえた成果を指すのに対して、認識は知る作用および成果の両者を指すこと多い。

②物事を見定め、その意味を理解すること。『時局を―する』『―が足りない』」。

「【感覚】(sensation; sense)①光・音や機械的な刺激などを、それぞれに対応する受容器によ って受けたとき、通常、経験する心的現象。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚など。『指先の

―がなくなる』②物事を感じとらえること。また、その具合。『美的―』『―が古い』③(接 頭語的に)あたかも…のような感である意。『ゲーム―で学習する』」。

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認識、感覚とも複数の意味があるが、それらを総じて言えるのは、認識は理性の営みで あり、感覚は感性の営みである。認識は知的な営みであり、感覚は直感的な営みである。

一般的に認識は全体的、永続的な判断であり、感覚は局部的、一時的な判断だろうか。

脅威認識、脅威感覚に話を戻せば、軍事当局者が留意しなければならないのは脅威認識 だろう。軍が感覚に左右されてはならない。一方、政治家や外交当局者は一般国民がもつ 脅威感覚にも留意しなければ、彼らを安心させることができない。安全保障政策に対する 支持を得て、それを実効的に推進するには脅威認識と脅威感覚の両方に留意する必要があ る。

どこの国であれ、国内的には脅威認識、国際的には脅威感覚を説明する作業が重要にな る。ある国の内部で脅威認識と脅威感覚が一致し、それが国際社会で広く共有されれば、

安全保障政策の決定・実施は円滑となる。

9・11テロ直後は、それに近い状況だった。ほとんどすべての国がテロとの戦いの決意で

結束した。北大西洋条約機構(NATO)は9月12日に集団的自衛権行使を宣言した。日本で もテロ対策特別措置法は事件後1ヵ月もたっていない10月5日に国会に提出され、わずか3 週間あまりの審議を経て29日に成立した。

2003年3月に始まったイラク戦争ではまったく違う展開となった。フランス、ドイツなど

多くの欧州諸国は反対した。日本政府は米英の行動を支持したが、人道・復興支援のため の自衛隊派遣を目的とするイラク特措法をめぐっては国論が二分した(3)。それはいまも続い ている。

国論が二分された理由は一つではないが、イラクの安定は日本が石油資源を依存する中 東の安定に死活的に重要であると政府は説明し、理解を求めた(4)。政府は脅威認識に基づく 説明をしたわけであり、それは国民的な脅威感覚には一致しなかった。イラクは遠いとす る脅威感覚が日本国内にあったからだろう。

ただし米国の中東政策には脅威感覚によっている部分もあるようだ。イスラエルがもつ 米国内政への影響力に左右されるとする指摘がある(5)。この見方に立てば、中東をめぐる米 国の脅威感覚は日本のそれより強かった。

逆が北朝鮮の例だろう。地理的条件から当然だが、日本は脅威感覚、米国は脅威認識で 考えるようだ。2006年10月9日の北朝鮮の核実験直後の世論調査の結果をみてみよう。『朝 日新聞』が9日夜から10日夜にかけて全国で実施した緊急電話調査によると、核実験によっ て北朝鮮の脅威を「強く感じる」44%、「ある程度強く感じる」38%、「あまり感じない」

13%、「まったく感じない」4%だった(6)。同年7月のミサイル発射後の調査では「強く感じ る」38%、「ある程度強く感じる」39%、「あまり感じない」16%、「まったく感じない」6%

だった。脅威と感じる回答が増え、要するに、8割強の日本人が北朝鮮の脅威を感じた。

一方、米国ではどうか。同じ調査ではないので正確な比較はできないが、CNNが10月17 日に発表した世論調査では、北朝鮮を米国への「差し迫った脅威」と考える人は20%にと どまると『朝日新聞』は伝えている(7)。ワシントン支局の小村田義之記者は「核実験実施後 の調査だが、米国と北朝鮮は地理的にも太平洋をはさんで距離が遠く、冷静な反応につな

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がっているようだ」と解説した。地理的条件の差が脅威感覚の差につながる例である。

『読売新聞』が日米双方で実施した調査では、この傾向がさらに明確になる。

日本で2006年11月17―20日、米国で11月10―20日に実施した日米共同世論調査(8)によ ると、北朝鮮に核を放棄させるために国際社会がとるべき対策について、日本では「金正 日体制を打倒する」39.8%、「北朝鮮を含めた『6カ国協議』などの場で対話する」32.8%、

「制裁を強める」13.0%が上位となり、体制打倒が最も多い。

一方、米国側の上位は「北朝鮮を含めた『6ヵ国協議』などの場で対話する」が49.6%と ほぼ半数に達し、「制裁を強める」22.5%、「アメリカと北朝鮮が直接対話する」6.9%が続く。

米側は総じて対話志向にみえるが、「核施設の破壊に限定した軍事攻撃を行う」は日本では 1.9%だが、米側では5.0%いる。

しかし2007年調査では米側の対話志向に微妙な変化がうかがえる(9)

日本側で同年11月15―18日、米側で11月9―18日に実施した調査によると、北朝鮮関係 では「6カ国協議によって北朝鮮の核兵器と核開発の放棄が実現するか」との問いに、日本 側は「そう思う」13.2%、「どちらかといえばそう思う」13.9%、「どちらかといえばそう思 わない」16.7%、「そうは思わない」42.3%、「答えない」13.9%となった。米側ではこれらが それぞれ10.5%、11.4%、16.0%、55.9%、6.1%となった。否定派が日本で59.0%、米側で 71.9%と米側が上回った。

米ブッシュ政権は、2007年1月、ベルリンでの米朝交渉で融和路線に転換したが(10)、この 調査結果をみる限り、米国民は必ずしもこの対話路線を支持していない。2006年の調査で は日米間の脅威感覚に差があったが、それが縮まったのかもしれない。本稿執筆時点(2008 年1月)では米大統領選挙の民主、共和両党候補者とも北朝鮮政策をめぐって明確な見解を 述べていない。6ヵ国協議に象徴される対話路線は超党派で支持されているようだが、読売 調査からみる限り、それは国民意識との間に差がある。

だれが大統領になるにせよ、この差がどのように影響するかを見極める必要がある。そ れは日本の安全保障にとって重要である。

2 9つの課題」を再点検する

2007年1月のブッシュ政権の北朝鮮政策の転換は、日本側に「戦略的一体感の喪失」(梅

本哲也静岡県立大教授)を心配させた(11)。それに先立って実施された各種の世論調査でも、

日米間の国民レベルでの脅威感覚の違いはすでに明らかだった。戦略的一体感が実際に失 われることになれば、同盟関係は空洞化し、機能障害が起こる。同盟を構成する諸国の間 で多少の同床異夢があるのは現実ではあるのだろうが、程度が過ぎれば、同盟は名存実亡 に向かう。

小泉純一郎首相時代の日米蜜月関係をピークに安倍晋三、福田康夫両首相時代の日米関 係は、双方の当局者の外交修辞にもかかわらず、下降傾向にあるように映る。象徴的な事 実だけを指摘する。それは安倍政権下では首相訪米の遅れであり、福田政権下では日米首 脳会談で両首脳が共同記者会見を避けた点だ。

(5)

2006年9月に就任した安倍首相の初訪米は2007年4月26日であり、就任7ヵ月後だった。

鈴木善幸首相の就任後10ヵ月に次ぐ遅い記録である。鈴木首相の初訪米の遅れの理由は米

国の1980年の大統領選挙だった。いわば特殊事情があった。

安倍首相の場合も国会情勢など日程上の困難があったのは事実だが、訪米の可能性があ った2007年1月に米国ではなく、欧州を訪問した。ベルリン滞在中の1月10日にブッシュ大 統領から電話を受け、イラク政策の説明を受けた際に早期訪米を求められた。ちぐはぐな 光景だった。それはちょうどブッシュ政権が北朝鮮政策を転換するころだった。

福田首相は2007年11月16日のホワイトハウスでのブッシュ大統領との首脳会談の後、大 統領とともに記者団の前に姿を現わした。両首脳は質問に答えずに立ち去った。昼食会の 時間が迫っていたのは事実だが、日米間では1991年7月の海部俊樹首相と先代ブッシュ大統 領との米メーン州ケネバンクポートでの会談以来、首脳会談の際の共同会見は、ほぼ慣例 化しており、福田・ブッシュ会談はきわめて異例だった(12)

日本政府当局者は「米側のアレンジの結果」と説明する(13)。一方、シーファー駐日米大 使に確認を求めると、「知らない」と答えた(14)。どちらがもちかけたのか真相は確認できな い。当時、日米間では北朝鮮のテロ支援国家指定の解除を核無能力化に向けた交渉の材料 としたいと考えるヒル国務次官補の思惑に対し、拉致問題の進展へのテコを失いたくない と考える日本側の対立が表面化していた。

共同会見があれば、日本側の記者は真っ先にブッシュ大統領に指定を解除するつもりが あるかどうかを聞いただろうから、米側がこれを避けたいと考えたとしても不思議はない。

大統領の答えによっては日本側が窮地に立たされるから、日本側がこれを避けたいと考え たとしても不思議はない。同床異夢を覆い隠したい点で双方の外交当局の利害は一致した のだろう。それは逆に同床異夢を強く印象づける皮肉な結果を招いた。

福田首相は2007年12月28日、北京で中国の温家宝首相と会談した後は、共同記者会見に 応じた。日米関係、日中関係の空気をそれぞれに反映する事実である。同床異夢があって 当然の日中関係に対し、日米関係は同盟関係ゆえ、その点に神経質にならざるをえない。

北朝鮮に対する脅威感覚の違いが日米間にあったためだろう。

地理的理由がある以上、日米間の脅威感覚の違いを埋めるのは難しい。それぞれに国内 で脅威感覚と脅威認識の差を埋める作業があれば、おのずと戦略的一体感は戻る。そのた めに歴史を少しさかのぼる。

1996年の日米安保共同宣言から2006年の小泉政権の終わりまでの10年間、日米同盟の意

味は深まり、機能が広がった。安保共同宣言に続き、1997年の日米防衛協力のための指針

(ガイドライン)が合意された。2001年にはインド洋での海上自衛隊による給油活動の根拠 となるテロ対策特別措置法、2003年にはイラク特措法がそれぞれ制定された。

現状が戦略的一体感喪失が心配される事態だとすれば、当時の議論を振り返る作業は新 鮮な意味をもつ。戦略的一体感の回復には何が重要かを示唆する。次の表は1999年の拙稿

「ポスト・ガイドライン―これから日本が直面する9つの課題」で使ったものである。「9 つの課題」は『外交フォーラム』誌編集者が考えた見出しであり、表の短期、中期欄にあ

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る課題を数えると、それが9つあったからだったという。

あらためて同じ表を眺めてみると、短期の課題は一応済んだ。○をつけたのはこのため である。総合的有事法制も完全かどうかは別にして緊急事態対処法の形で姿を整えたので

△とした。無印は長期の課題だった安全保障基本法となる。当時、安全保障基本法の名で 語られていたのは、現在、一般法あるいは恒久法などと言われる、自衛隊の国際活動を時 限法でない形で制定することを意味した。その際には集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変 更が前提とされた。

表を眺めて、もう一つ気づくことがある。北朝鮮、台湾海峡をめぐる情勢に大きな変化 がない点だ。双方ともいつ危機に発展するかもしれない点に大きな変化はない。だからこ そ、日本の安全を考えれば、日米同盟の抑止力の機能が重要であり、そのためには戦略的 な一体感が必要とされる。このために集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更は大きな意味 をもつ。

しかし日本政治の現実は必ずしもその方向に動く見通しではない。安倍政権が設置した 安保法制懇談会(座長:柳井俊二前駐米大使)による集団的自衛権の憲法解釈の変更に向け た議論は宙に浮いた形になっている。福田康夫首相の消極姿勢は周知であり(15)、公明党はも ともとこれに消極的だ。民主党の小沢一郎代表は国連安保理決議を重視する独特の理論を もっており、それは柳井懇談会の流れとは方向が違う。

小沢氏は海上自衛隊による給油継続に反対する理由を民主党のホームページで説明して いる(16)。インド洋での海上自衛隊による給油活動は集団的自衛権の行使にあたるから憲法違 反であるとし、一方で「国連の決議によってオーソライズされたもの」について次のよう に語る。

アフガンで言えば、ISAF〔国際治安支援部隊〕は憲法に抵触しないので、政権を担い、

外交・安保政策を決定する立場になれば、参加を実現したいと考えています。国連の平和 活動に積極的に参加することは、たとえ結果的に武力の行使を含むものであっても憲法に 抵触しない、むしろ憲法の理念に合致すると考えています。日本が参加するテロとの戦い の枠組みを、米軍中心の活動から国連活動に転換しよう、ということです。

第 1 表 

○船舶検査法案

○国連平和維持軍(PKF)

 本体業務凍結解除

○危機管理立法

○包括的メカニズム作動

○普天間飛行場代替地決定

○駐留米軍経費特別協定

○日米物品役務相互提供協定(ACSA)再改定

北朝鮮危機 台湾海峡危機

日  本 日米協力 地域情勢

(出所) 伊奈久喜「ポスト・ガイドライン―これから日本が直面する9つの課題」(『外交フォーラム1999年特別篇:

21世紀の安全保障―岐路に立つ日本外交』、都市出版、所収)から。

短  期

△総合的有事法制 第2次日米安保共同宣言(安保再々確認) 朝鮮半島情勢の転換 中  期

安保基本法 憲法改正

第3次日米安保共同宣言(安保再々々確認) 中台関係の転換 長  期

(7)

国連安保理決議がなければ憲法違反だとする見解は、一般法を考えるうえで問題を生じ る可能性がある。世界を見渡すと、国連決議を求めずに、国際社会による平和協力活動を 求めている例が少なくとも4例ある(17)。以下の4例であり、うち3例はアジアである。

(1)ミンダナオ国際監視団(2004年―現在)。停戦監視、人道復興支援。マレーシア、ブ ルネイ、リビアで構成。軍、警察、文民約60人。

(2)スリランカ監視ミッション(2002年―現在)。停戦監視。ノルウェー、アイスランド で構成。文民のみ約34人。

(3)シナイ半島駐留多国籍軍監視団(1982年―現在)。停戦監視。米国、カナダ、フラン ス、イタリア、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランドなどで構成。軍、文 民約1700人。

(4) アチェ監視ミッション(2005年8月―2006年12月)。停戦・武装解除などの監視。英 国、ドイツ、スペイン、オランダ、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、タイ、

ブルネイ、マレーシアなどで構成。文民のみ約200人。

政府当局者によれば、4例のうち、国連安保理での合意ができずに多国籍軍型になったの はシナイ半島駐留多国籍軍監視団であり、ミンダナオ、スリランカ、アチェの残る3例は和 平交渉の第三国仲介者が存在したため国連での議論が不要だった。特にスリランカ、アチ ェは当事者が国連での議論を望まなかったという。

国連安保理決議を自衛隊派遣の要件にすれば、スリランカ、アチェのような例には日本 は対応が難しくなる。小沢氏はアフガニスタン、イラクのような米国が絡む例をもっぱら 念頭に置き、国連決議の有無を問題にするが、その視野から外れる例がある事実を説明さ れれば、将来の一般法論議の展開にも変化があるだろう。

3 グローバルな視点に立てば……

脅威認識と脅威感覚との差は、グローバルな視点に立つか、それぞれの国の視点に立つ かに左右される場合もある。グローバルな脅威はまさしく全地球に影響を与えるのだが、

意識されにくい。地球温暖化の危険を訴えた「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)と アル・ゴア前米副大統領が2007年のノーベル平和賞を受賞した事実は、環境破壊が安全保 障上の危機につながる事実を示す。

ゴア氏自身がこの点について明確に語っている(18)。「戦争と環境破壊との関係をどう考え るか。湾岸戦争での環境破壊はいまだに記憶されている」との質問に以下のように答えた。

「かつて戦争は環境破壊の大きな要素だった。いまは燃料を燃やすことが圧倒的なレベル に達した。それが戦争よりも大きな影響を与えるようになった。7000万トンの二酸化炭素

(CO2)が排出され、大半は石炭、石油などを燃やすことによる。戦争との類比で言えば、

私は軍備管理の専門家だが、軍事的な紛争は三つにカテゴリーに分かれる。局地的戦闘、

地域的対立、戦略的および全世界的な戦争だ。それぞれのレベルは異なった性質がある。

環境問題も三つのカテゴリーに分かれる。大部分は局地的だ。大気、水質汚染、有害物 質の投棄などだ。地域的な問題もある。米国の酸性雨はそうだし、東京、ソウル、北京ま

(8)

で大気汚染は広がりうる。風の動きは年中変わるからだ。いまは世界中に影響する戦略的 な環境問題がある。まれなカテゴリーだが、地球温暖化がそれだ。CO2は見えない気体であ り、においもしないし、局地的、地域的レベルでは気がつかない。グローバルにみれば、

大気中にたまり、壊滅的な惨事をもたらす。戦争はどこで起こっても恐ろしく破壊的であ り、環境に影響を与えるが、気候面での危機とは違う。

後者は今まで直面した問題のなかで最も重大だ。全人類、全文明に影響を与えうる最初 の問題なのだ。

環境と安全保障を関連づける議論をもう一つ紹介する。『ニューヨーク・タイムズ』紙の コラムニスト、トマス・フリードマンの「ペトロリズム(petrolism)」論である。記者(伊奈)

は、これを「油本主義」と訳した(19)

ペトロリズムあるいはペトロイスト(petro-ist)と指摘されたのは、ロシア、イラン、ベネ ズエラ、スーダン、ナイジェリア、中央アジア諸国(特にウズベキスタン)、サウジアラビア、

アンゴラ、チャド、シリアなどである。石油あるいは天然ガスを産出し、経済がそれに多 くを依存し、統治体制は脆弱ないし権威主義的な体制をもった国々である。

フリードマンは「米国とその価値に対する最も大きな脅威は、今日では共産主義でも権 威主義でもイスラム主義でもない。ペトロリズムだ」と書いた(20)。石油燃焼の拡大に歯止 めをかけなければ、ゴアが指摘した温暖化の惨事にとどまらず、ペトロリズムの席捲を許 す結果になる。ペトロリズムは経済面でオイルマネーを武器に世界経済を動かす。政治的 にも民主主義に挑戦するとフリードマンは危惧する。

2008年の日本外交は多くの資源を7月の北海道洞爺湖サミットに注ぐ。そこでは上のよう

な議論がなされてしかるべきだが、ペトロイストの盟主たるロシアが参加することを考え れば、困難だろう。主要国首脳の地政学的討議の場であるG8というシステムの問題点とな る。それはグローバルな安全保障上の問題にもなる。

むすび

第1表にある第二次日米安保共同宣言に簡単に触れてむすびとする。日米安保共同宣言に よって日米同盟の再定義・再確認がなされたのは1996年である。いまから12年も前である。

その間に日本周辺の安全保障環境にはどんな変化があったのか。

第一に、中国の成長は予想を上回る勢いで進んだ。これに反比例するかのように、日本 の地位の相対的低下も進んだ。日本の国内総生産(GDP)はいまや世界の10%を割り込んだ。

日米同盟がこの状況にどう対応するかの議論を避ければ、惰性で続く同盟になる。

第二に、朝鮮半島の南北対立構造の変化である。1996年の日米安保共同宣言は、朝鮮半 島有事が心配されるなかでまとめられた。だから共同宣言に続いて「日米防衛協力のため の指針」(ガイドライン)が合意され、日本では周辺事態法ができる。その南北関係はいまや すっかり変わった。韓国だけでなく、米国も融和主義に陥った。李明博大統領の出現によ っても、方向性には変わりがないだろう。

第三に、当然ながら、9・11テロ後の世界全体の変化もある。

(9)

そう考えれば、第二次安保再確認・再定義が必要ではないか、といった議論があっても いい。が、福田政権は日米同盟とアジア政策の共鳴という外交路線を打ち出しており、日 米同盟の強化ととられる動きには関心を向けないだろう。普通に考えれば、集団的自衛権 の解釈の見直しに議論が及ぶから、福田首相は聞きたくないだろう。

しかし日米関係を少しさかのぼり、かつ東アジアの変化を考えれば、日米同盟の再定義 はいま少なくとも頭の体操でもいいから、東京の外交・安保コミュニティーでは議論され てしかるべきテーマである。米国で民主党政権ができればなおさらである。1996年の宣言 はクリントン政権との合意だった。

1)『防衛ハンドブック2007』、朝雲新聞社、643ページ。

2) 当時、これら諸国は「西側」と呼ばれた。

32003年12月18―21日に日経リサーチが実施した世論調査では、イラクへの自衛隊派遣に「賛成」

33%、「反対」52%、「いえない・わからない」15%だった(http://www.nikkei-r.co.jp/nikkeipoll/results.

html)

4) 防衛省「19年版日本の防衛」、280ページ。(イラクに対する日本の支援活動は)中東地域全体 の安定に寄与するのみならず、石油資源の9割近くをこの地域に依存しているわが国にとって、国 家の繁栄と安定に直結する極めて重要なことでもある」と記述している。

5) ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト(副島隆彦訳)『イスラエル・ロビ ーとアメリカの外交政策(Ⅰ・Ⅱ)、講談社、2007年。

6)『朝日新聞』2006年10月11日。

7)『朝日新聞』2006年10月18日。

8)『読売新聞』2006年12月16日。

9)『読売新聞』2007年12月14日。

(10) 元『ワシントンポスト』記者、ドン・オーバードーファー氏が2007年8月23日、日本国際問題 研究所での講演でこの点を明らかにしている(http://www2.jiia.or.jp/report/kouenkai/070823_oberdorfer.

html)

(11)『日本経済新聞』2007年3月8日(社説)

(12)『日本経済新聞』2007年11月18日(社説)

(13) 2007年11月21日、日本政府当局者が記者(伊奈)の取材に対して。

(14) 2007年12月17日、シーファー大使が記者(伊奈)の取材に対して。

(15)『日本経済新聞』2007年12月31日。

(16) 民主党ホームページ(http://www.dpj.or.jp/special/jieitai_kyuyu/index.html)から。

(17) 2007年11月15日、日本政府当局者が記者(伊奈)の取材に対して。

(18) 2007年1月14日、記者(伊奈)とのインタビューで。

(19) 伊奈久喜「2008年の日本と世界」『フォーサイト』(新潮社)2008年1月号、参照。

(20) The New York Times, January 6, 2006.

いな・ひさよし 『日本経済新聞』論説副委員長 [email protected]

参照

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