杉之原 真子
海外の企業や資本を自国経済に呼び込むこと、つまり対内直接投資を増大させることは 経済成長に欠かせない。一方で、米中を軸に主要国間の政治的対立が深まり、「新冷戦」と さえ呼ばれる状況下では、対内直接投資の受け入れがもたらす安全保障上のリスクも高 まっている。本稿では、まずどのような点がリスクと考えられているのかを近年のトレン ドを中心に考察した上で、米国の対内直接投資規制の最近の展開を検討する。そして、日 本の政策に対する示唆を論じる。
1.対内直接投資と安全保障上のリスク
(1)対内直接投資の現状
海外直接投資(FDI)は、資本自由化や通信技術の発達、冷戦の終結などを背景に
1990
年代以降大きく増えた。世界の国内総生産(GDP)に占めるFDI
の割合は、1990年には7%
であったが
2018
年には40%
を超えた1。FDIの増大は、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)の発展とも密接にかかわっている。2017年の報告によると、アジアでは、外資によっ て所有されている企業の
57%
(製造業では70%
)がGVC
に関連した活動に従事しているの に対し、GVCに関わる自国企業の割合は11%
であった2。FDIは、製品の製造工程を細か く分割して国境を越えた分業を行うことで最大限の効率化を図り、その結果として各国経 済がつながりをいっそう密にするという国際経済の展開と切り離せない関係にある。投資の流れのパターンにも変化がみられる。従来
FDI
の投資元の国は、アメリカやヨー ロッパ、日本と言った先進国が中心であった。しかし2000
年以降、新興国からの投資の 比率が増大した。国連貿易開発会議(UNCTAD
)によると、2020
年の先進国からの対外FDI
の総額は3470
億ドルで、世界のFDI
の47%
だったのに対し、中国を含む途上国から は総額3870
億ドルで、先進国を上回った3。特に目立つのは中国からの投資の増大である。2003
年には中国の対外直接投資額は29
億ドルだったが、2005
年に120
億ドル、2010
年に688
億ドル、2015年には1457
億ドルと拡大した。2020年は1329
億ドルであった4。対内直接投資の呼び込みは、先進国・途上国を問わず経済成長の原動力と位置付けられ、
各国は投資を考える外国資本への情報提供、法人税減税や外資系企業に対する各種優遇措 置などによって、投資誘致を競ってきた。対内直接投資が対外直接投資の額を大きく下回 り続けてきた日本においても、対内直接投資は第
2
次安倍政権の経済成長戦略の柱のひと つと位置付けられていたように、その重要性は広く認識されている。経済産業省のホーム ページには、「我が国への外国企業・資本の呼び込みは、優れた技術や新たなノウハウをも たらし、我が国のイノベーション創造や技術集積の高付加価値化を促進させる可能性を有 しています5」と掲げられており、対内直接投資の推進は重点政策となっている。(2)FDIの受け入れと安全保障上の懸念
一方で、前述したような
FDI
の構造変化の結果、新たな懸念も生じている。20世紀後半 にはFDI
の多くは民主主義国でもある先進国からの投資であったが、21世紀になり、非民第2章 対内直接投資規制と安全保障:米国の事例から
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主主義国からの投資も増大した。西側先進諸国にとっては、価値観を異にする国からの投 資は、安全保障上の脅威になる可能性がある。
安全保障の観点に基づいた対内直接投資の規制は、従来から存在した。経済協力開発機 構(
OECD
)の「資本移動自由化コード」第3
条は、安全保障上の脅威を理由とした対内 投資の制限を認めている。古くから想定されてきた安全保障関連のリスクとしては、安全 保障上重要な企業や施設が悪意ある所有者の手に渡ることでアクセスが妨害されること と、機微な技術・情報が国外に流出することが挙げられる6。ただし「安全保障上」重要 な企業や施設、技術の範囲は明確ではない。軍事的に重要なものだけに限定されず、国民 の生活に重要なインフラや、軍事技術にも転用可能な民生技術、さらに主要産業全般が広 く解釈すれば投資制限の対象となりうるため、外資による投資からの保護の対象を際限な く広げることができる。近年、こうした規制の対象にするべきであると考えられる産業や経済活動の範囲が大き く拡大している。その理由は以下のようにまとめられる7。
・対象となる産業の拡大
軍民両用技術の範囲が拡大したことで、安全保障上重要となりうるインフラや産業の範 囲も拡大した。狭義の防衛関連産業だけでなく、ハイテク産業はすべて対象となりうる。
・個人情報の重要性
デジタル産業の発達により個人情報の重要性が拡大している。軍事機密にはまった く関係のない個人の行動記録や嗜好、交友関係、健康情報といったデータへのアク セスも、対内直接投資規制の新たな対象となっている。
・
GVC
の複雑化GVC
の深化に伴い、単一のサプライヤーへの依存に対する懸念も増大している。も ともと軍事技術にかかわる分野では、外国資本の傘下にあるサプライヤーへの依存 は懸念されていたが8、ハイテク産業における国際分業の深化に伴い、製造工程のご く一部にかかわる部品を生産する企業が外国資本に買収された場合でも、安全保障 上深刻な影響をもたらす可能性が生じる。こうした状況下で、2000年代半ば以降、投資規制を強化する動きがみられる9。2010年 代以降は、安全保障を理由とする外国投資の審査制度を導入・強化する国がさらに増えて おり、この流れは新型コロナ禍によりさらに加速した10。なお、安全保障上の懸念から投 資規制を強化した国は、先進国と中国をはじめとした新興国に集中している。2020年に各 国で新たに導入されたり改訂されたりした対内直接投資にかかわる規制のうち、先進諸国 では大半が安全保障上の懸念に関するものであった。これと対照的に、アジアやアフリカ の途上国では、新規の政策の
8
割は対内投資を促進するものであり、経済の発展段階に応 じた温度差が見られる11。2.米国の「2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」
(1)米国における対内直接投資規制
米国は従来から、包括的な対内直接投資規制を有していた。1975年に、対内直接投資の
影響を監視し検討するための機関として、対米外国投資委員会(
CFIUS
)を設けている。CFIUS
は財務長官を委員長とする省庁間委員会である。この制度を強化し、規制当局に幅広い裁量を持たせた法律が、「1988年包括通商法」の一部である「エクソン・フロリオ条項」
である。この条項は、「外国人によって国内企業の支配に結びつく可能性のある合併・買収・経 営上の支配権獲得が計画された場合、それが国家の安全保障に及ぼしうる影響を調査し、場 合によっては買収を禁止する権限」を大統領に与えた12。審査を行うのは
CFIUS
である13。2007
年には「外国投資及び国家安全保障法(FINSA
)」が成立し、審査体制がさらに強 化された。同法は、国家安全保障の概念を広げ、審査基準に「買収が、アメリカの重要産 業基盤に対する外国の支配を招く危険がある」ことを付け加えた。ここでの「重要産業」の定義はあいまいにされており、広範な適用を可能にした。また、議会に対する説明制度 と報告書の提出制度が導入された14。
米国の審査制度の特徴の
1
つは、事前申請による審査を行う日本の体制とは異なり、幅 広い事後審査が可能なことである。米国では投資時の申請は任意であるが、申請の有無に かかわらずCFIUS
は投資完了後も審査を行い、売却を命じることもできる。(2)「2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」による規制強化
2018
年8
月13
日、「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」が成立した。その目的は、CFIUS
の権限強化と、審査対象となる取引の範囲の拡大である。FIRRMA
の成立によって、対内直接投資の審査制度は以下のように変更された15。①
CFIUS
の審査範囲の拡大改正前には対象となるのは「米国企業を支配する外国企業の投資」であったが、新 たに以下の事業活動が追加された。
(
1
)一部の不動産取引。米軍施設・空港・港などに隣接する土地の購入・賃貸・譲渡(2) 重要技術・重要インフラ・機密性の高いデータを持つ米国企業に対する非受動 的投資(非支配的な少額出資でも対象になる場合がある)
(
3
)外国企業が投資する米国企業において、支配権が外国企業に渡ったり、機密性 の高い重要技術・重要インフラ・データなどへの外国企業のアクセスが可能に なったりするような権利変更(4) CFIUS審査の迂回を目的とした取引・譲渡・契約。
② 審査期間の延長
審査期間が、第
1
次審査では30
日以内から最大45
日に、第2
次審査では45
日以内 から最大60
日に延長された。③ 簡易届出制度(宣誓制度)の新設と一部取引への事前申請の義務付け
正式な審査の前に、宣誓書(declaration)を提出し、正式な審査を受ける必要がある かどうかの判断を事前に
CFIUS
に求める簡易届出制度が新設された。また改正前はCFIUS
への申請は任意であったが、FIRRMAにより、特定の技術に外国政府が実質的に影響力を有することになる取引と、重要技術が関連する取引の場合は義務化された。
④ 審査手数料の導入
改正前は