第 4 章 解決手法
4.2 マルチキャスト運用支援のためのネットワーク監視環境
本研究では、前述の要求事項を満足する、マルチキャストネットワークの監視環境を提 案する。本環境では、マルチキャストネットワークの状態変化や検知した障害をオペレー タが視覚的に参照できる。本環境により、マルチキャストネットワークの監視、障害への 対処、および設定や動作の検証といった運用サイクルのうち、前節で論じた要求事項を満 足するネットワーク監視を実現する。
想定するネットワーク環境と着目点
本研究では、提案するネットワーク監視環境を構築する際に、次に示すようなネット ワークを想定する。
• ネットワーク
本研究が対象とするネットワークの範囲を単一のAS内とする。このとき、ASを構 成するルータの数は限定せず、各ルータはユニキャスト経路制御プロトコルにOSPF を使用することとする。
• マルチキャストグループ管理手法・経路制御プロトコル
本環境では、ASM、SSMの両方に対応する一方で、マルチキャスト経路制御プロト コルとしてPIM-SMを想定する。
本研究では、ユニキャスト経路制御プロトコルとマルチキャスト経路制御プロトコルに
OSPF、およびPIM-SMを想定している。この理由として、現在の多くのネットワークで
OSPFとPIM-SMが普及しており、本機構の適用範囲もっとも広げられると考えられる。
OSPFでは、ルータは隣接する他のルータとLSAを交換することにより、ネットワー ク全体のユニキャスト経路表を計算するためのLink State Databaseを生成する。従って、
OSPFが動作するルータはそれぞれLink State Databaseを持ち、単一ルータのLink State
Databaseを参照することで、そのネットワークの全トポロジが把握できるという特徴があ
る。また、PIM-SMにおいてトラフィックのパスがRPTの状態である場合にはトラフィッ クはRPを経由するが、パスがSPTの状態である場合にはトラフィックは送信者から受 信者までの最短経路を使用することとなる。
このため、マルチキャストトラフィックの送信者、および受信者がAS内に存在する場 合には、RPとして機能するルータとマルチキャストの受信者に隣接したルータを監視す るだけで、それらのルータを通過するマルチキャストトラフィックのパスをネットワーク 全体の視点から把握できる。本研究では、この特性に着目し、監視対象となるマルチキャ ストルータを低減しながら、ネットワーク全体の視点からマルチキャストの運用情報を監 視する。
マルチキャスト運用情報の定義
本環境では、マルチキャスト運用情報をマルチキャストルータの状態と、マルチキャス トトラフィックの状態に大別し、ネットワーク全体の視点から可視化する。それぞれの分 類は、次に示すような個々のパラメータを持つ。
• マルチキャストルータの状態 – Rendezvous Point – リーフルータ
– その他の中間ルータ
4.2. マルチキャスト運用支援のためのネットワーク監視環境
• マルチキャストトラフィックの状態 – 送信元IPアドレス
– 宛先マルチキャストグループアドレス – パスの経路
– パスの状態(SPT、RPT) – トラフィックによる帯域消費
マルチキャストルータの状態とは、監視対象となっているマルチキャストルータがどのよ うな状態で機能しているかを示し、PIM-SMにおける機能の分類からRendezvous Point、
リーフルータ、そしてその他の中間ルータに分類される。マルチキャストルータの状態 は、ネットワークトポロジにおいてルータの機能を示すための情報であり、個々のルータ の機能に応じて異なる形態で可視化する。このとき、リーフルータとはマルチキャストト ラフィックの受信者に直接接続しているルータを示す。また、その他の中間ルータとは、
Rendezvous Pointやリーフルータとしては機能せず、ネットワークにおける中間ルータ
として機能するマルチキャストルータを示す。
マルチキャストトラフィックの状態とは、あるマルチキャストトラフィックがネットワー ク上のどのノードからどのマルチキャストグループ宛に送信されているか、そのときの パスはネットワークのどの経路を使用しているかといった、個々のマルチキャストトラ フィックの詳細なパラメータを示す。
図4.1に示すように、マルチキャストトラフィックは、同一の送信者から同一の宛先マ ルチキャストグループアドレスに対して伝送されている場合にも、パスの状態がSPTの 場合とRPTの場合とでは配送経路が異なる。このため、マルチキャストルータにおける
PIM-SMの状態を監視し、パスの状態がRPTかSPTかを明らかにすることで、マルチ
キャストトラフィックのパスが変化するか否かが予測可能となる。
Monitoring Server
G S1
Leaf Router SPT
RPT Rendezvous
Point INTERNET
Sender
Sender
Receiver
Receiver Multicast Router
図 4.1: SPTとRPTでのパスの違い
図4.2のように、あるマルチキャストネットワークにて複数のマルチキャストトラフィッ クが伝送されている場合を考える。あるルータ間で2つのマルチキャストトラフィックが 伝送されている。このとき、ルータ間のマルチキャストトラフィックの合計量は、マルチ キャストルータのMulticast Forwarding Cache (MFC)から各トラフィックの使用帯域を 取得し、合計することで知ることができる。
Monitoring Server
G S2 S1
100kbps 200kbps
300kbps
= 200kbps + 100kbps
MFC (S1,G) (S2,G) INTERNET
図 4.2: 各フロー毎の情報から全体を把握するための情報
ネットワークにおける監視対象の選別
マルチキャストネットワーク全体の状態を把握するには、どのくらいの数のルータを、
またどのルータを、監視すべきかの議論が必要である。
本環境では、マルチキャストネットワークにおけるトポロジはOSPFのLink State
Databaseを参照することでその全体を提示することができる。しかし、マルチキャスト
の受信者はマルチキャストネットワークにおいて常に特定の場所から固定的にマルチキャ ストグループに参加するとは考えにくい。
本研究では、マルチキャストの受信者がネットワークのどの部分からマルチキャストグ ループに参加するかを、ネットワークの運用上一般的に構成されるトポロジの階層構造を 例に考察する。
次の図4.3に示すように、大規模なネットワークはコアネットワーク、ディストリビュー ションネットワーク、リーフネットワークというように、ネットワークの末端に近づくに 従って細分化される。このとき、ISP等のネットワークにおいてユーザがリーフネットワー クに属してマルチキャストサービスに参加するように、マルチキャストの受信者はリーフ ネットワークに接続している場合が一般的であると考えることができる。
従って、本環境において監視対象とすべきルータとしては、ネットワークにおいてリー フルータとして機能するルータ、およびRendezvous Pointとしてネットワークの運用ポ リシから指定されたルータを選別するのが適切である。